山姥伝説 ②
山姥の件について、茂吉にも(かなり渋々だったが)手伝ってもらって調べたところ、山姥事件の真犯人としてある盗賊団の姿が浮かんできた。彼らはわざわざ老婆の姿に変装してから人々を襲い、自ら山姥の噂を流していた。そしてことが大きくなると山の麓に住んでいる老婆に罪をなすりつけ、自分たちは姿をくらませていた。つまり最初から、老婆に罪を着せることを想定した犯行だったのだ。
となれば老婆の罪を晴らすために必要なことは、その盗賊団を捕まえることなわけだが。
(普通に捕まえるんじゃあ)
面白くない。
茂吉の話によると、盗賊団は今夜、盗んだ物を保管場所から移動させるつもりらしい。老婆はもう捕まってしまったのだから、これ以上大文字山で悪さはできないと判断したのだろう。拠点を移すのだ。
心はまず古着屋に向かった。庶民は基本的に新品の着物は買わない。心も変装用の着物が頻繁に必要になるので古着屋はよく利用していた。
「さて、今日は……」
心はできるだけぼろそうな着物を買った。さらに白髪のカツラも追加する。
「あとは化粧道具を取りに行って」
心は鼻歌を歌いながら、大文字山へと向かった。
◇ ◇ ◇
心は大文字山に着くと、盗賊一味が拠点にしている小屋近くの茂みに隠れ、奴らが出てくるのを待った。
夜空には大きな満月が出ている。
やがて盗賊たちは荷車をひきながら坂道を登ってきた。数は五人。
「こんだけありゃあ、しばらく遊んで暮らせるな」
「いっそ吉原にでも行ってみるか?」
「ばっか、京の花街は島原だろうが」
がははは。と声をあげる盗賊たち。とっても楽しそうだ。
「にしてもうまくいって良かったな」
「ああ。失敗してたらじゃばみ様に殺されるところだったぜ」
「あの人おっかねえからなあ」
(じゃばみ?)
頭領の名前だろうか。とすると、奴らの話からして頭領はここにいないようだが。
(まあ、あいつらを捕まえればいずれ分かるか)
心は茂みを静かに移動し、盗賊一味の行手に先回りする。
ちょうど坂道の上がりきったところ。大きな月を後ろに、心は盗賊一味に姿を晒した。
背は曲がり、乱れた白髪は月光に照らされ妖しく光る。まとったぼろ衣はゆらゆらと不気味に揺れていた。
盗賊の一人が前方を指差す。
「おい! なんだあれ。あそこにいるの!」
「え、あれってまさか……」
盗賊一味の顔に、緊張の色がはしった。
心はそれを確認すると、奴らの方へ向けて全速力で駆け出す。恐ろしい速さで迫り来る女に、盗賊たちは血相を変え元来た道を引き返した。
白髪を振り乱して爆走する女の姿は、もはやこの世のものとは思えなかっただろう。ただよくよく見れば、着物の裾からのぞく足がひどく若々しいことに気づいたはずなのだが。五人にそんな余裕があるはずもない。
「ひええ。本物の山姥だあ!」
「小屋だ! とりあえず小屋へ逃げ込め!」
盗賊たちは一心不乱に小屋を目指す。
だが、山姥の足の速さは尋常ではなかった。
「おい! だめだ。このままだと追いつかれる」
山姥はすぐそこまで距離をつめてきていた。
「荷は諦めよう!」
五人は荷台をほっぽりだし、身一つで小屋を目指した。
心はしばし足を止め、盗賊たちが置いて行った荷を確かめる。万が一冤罪だったらいけない。
(うん盗まれた荷で間違いない)
どれも調べた盗品と一致した。
心は立ち上がると、少し離れたところに見える小屋へ向かった。
小屋の扉はすでにしっかり施錠されていた。
「無駄だってのに」
心は難なく屋根の上に登ると、屋根裏に忍び込んだ。太い梁をつたって、下にいる盗賊たちの様子をうかがう。
奴らは囲炉裏に火をつけ、暖をとっていた。
「朝までここでやり過ごすしかないな」
「なあ、あれやっぱり本物の山姥だったのか?」
「知らねえよ。それより俺は腹が減ったぜ。なんか食いもんねえのか」
山姥に追い立てられたというのにのんきな奴らである。これはまだもう少し遊んでやらねばならないかな、と心が思っていると、盗賊の一人がどこかから壺を取り出してきた。
「重いから捨てていこうと思ったんだけどよ」
言いながら、男は壺の中身を囲炉裏に吊ってある鍋にそそいだ。
(なんだろう)
鍋の中味が温たまってくると、その香りが梁の辺りまで昇ってきた。
(うわ!)
正体は甘酒だった。ふわっと甘い香りに包まれ、心の鼻の下が次第にのびていく。頬は赤く染まり、よだれが、あふれる。
盗賊たちは甘酒を飲もうと囲炉裏の周りに集まっていた。が、一人はいらないといって床にごろりと寝そべった。瞬間。
「あー!!!!!」
寝そべった一人が天井を指さして叫んだ。他の四人も一斉に上を見上げる。するとそこにいたのは、白髪の老婆。囲炉裏の火に照らされ、顔には不気味な影が落ちている。しかもその表情はうっとりと物欲しそうに、口からはよだれが垂れていた。
「ぎいやあああ!」
「いいいやだ! おら食われたくねえ!」
「逃げ、逃げ……」
ある者は腰を抜かしながら、またある者は足をがくがく震わせながら、戸口の方へ走っていく。
先頭の男が震える手で扉を開け放つと、五人はなだれのようになって小屋の外へ出た。
心はその様子を眺めながら眉間にしわを寄せた。
(なんだなんだ)
まだこれから遊んでやろうと思っていたのに。
心は首を傾げたが、ともあれ盗賊たちには十分恐怖を与えられたようだ。それに、もうすぐ彼らが来る頃である。
(私はこっちを片付けますかね)
心は梁から降りた。べろりと舌なめずりすると。
――ちゅー。ごくごくごく。
とんでもない勢いで甘酒はなくなっていった。
◆ ◆ ◆
五人の盗賊たちは小屋を飛び出すと、山道を一目散に駆け、先ほど荷台を捨てた場所まで戻ってきた。手つかずの荷台がそのまま放置されている。山姥は盗品に興味はなかったのだろうか。
「どうせなら持っていこうぜ」
盗賊たちは再び荷台をひいて走り出した。すると今度は前方に提灯の灯りが見えてくる。
「まずい! 役人だ!」
と誰かが言ったときには、役人たちに囲まれたあとだった。
「お前たちが、山姥のふりをして人々を襲っていた者だな」
なんとも見目麗しい侍が言った。
「い、いやおれたちは関係ない。人違いだ」
「そうだ。今、本物の山姥に襲われたんだ」
なんとか山姥のことを伝えようとするが、麗しき侍は全く信じくれる様子はない。
「そんな嘘はもう通用しない。それはおまえたちが偽装するために流した噂だろう」
「嘘じゃねえよ! さっき小屋まで追いかけてきやがったんだ!」
「すんげえ足が速くて、甘酒も一気に飲み干してた。ありゃあ化け物だ!」
必死な弁解も虚しく、盗品を運んでいたことが証拠となり、五人の盗賊たちは仲良く牢に入れられることとなったのだった。
◆ ◆ ◆
「山姥の件は解決したよ」
牛若は今日も天みつ堂にやってきた。心はまた彼の隣に座らされている。
「真犯人は盗賊だったんだ。老婆に罪をなすりつけて、自分たちは逃げるつもりだったようだ」
「へえ。そうですか。では無実のお婆さんは釈放されたんですか?」
「もちろん。無事に息子のもとへ帰ったよ」
「それはよかったですね」
「だが盗賊の頭領は捕まえられなかった」
盗賊一味が言うには、今回の計画は蛇喰という者が発案したものだったらしい。ただその人物の行方は一味も知らないそうだ。
「それにしても、盗賊一味のことを教えてくれたのは、一体誰だったんだろうな」
牛若は綺麗な瞳をちらりと心に向けてくる。
「さあ。奇特な方がいたんですね」
心はそっけなく返すと、立ち上がった。
「では、そろそろ失礼します。紅白饅頭の注文が入ったみたいですので」
そう言って心は、わずかに口角を上げてみせた。
□△○の鉄砲狭間は、姫路城にあるそうです。