ep.39 王となる望み
箒と杖を折られたシロの代わりに、水を纏ったメイがヴァシルスに立ち向かう。ユラとアレムはそれを見ていられなくて—— 。
肉々しい巨体を、荒々しく振るうヴァシルスに、メイは追われ続けた。
初めての実戦がこの人になるなんて。
3ヶ月前。
森の中でアレムとシロが修行している中、メイは水に魔力を込める訓練をしていた。
1ヶ月半かけ、やっと水に魔力が入るようになった。
初めは流れを変えるだけだった水は、次第に精度を増し、優しく当てることも、鋭く当てることもできるようになった。
次はあの岩に当てる。
次はあの岩を貫く。
次はあの落ちてくる枯れ葉を貫く。
1人で黙々と標的を変え、課題をクリアーし、イメージトレーニングをした。
しかし、どうしてもアレムやシロとの実戦ができない。
怪我をさせたら、命を奪ってしまったら、それが怖くて人との実戦はできないままだった。
ユラの幼い弟妹を殺した。女王を殺した。この人を止めなければ、この戦いは終わらない。
それは分かってる。でも……。
メイは致命傷を与えることをためらっていた。
ヴァシルスの斧は、確実に速度を落としている。女王やシロとの連戦で、体力を消耗しているようだ。
やるなら今しかない。やるんだ、やるしかない。
メイが意を決して水の槍を作ると、ヴァシルスはまだしびれの取れない右手で、メイの顔面を殴った。
水の盾が衝撃を和らげたが、水は周囲に飛散し、メイは地面に叩きつけられた。
「お前ごとき小娘に、殺られるワシではないわ!」
ヴァシルスがメイの首に斧を振り下ろそうとした、 その時。駆けて来たアレム、そして、シロの制止を振りほどいたユラがメイの元へ走った。
「メイ!ユラがっ……」
シロの叫び声を聞いて、メイはユラを守らなければと思った。
アレムはこの2人のためなら、命をかけようと走った。
ユラはメイを守るため、僕がヴァシルスを倒して王になると誓った。
ヴァシルスの一振りが、庭に赤い血の雨を降らせた。
「ああっ……」
血を流したのはユラだ。
メイを守ろうと覆いかぶさり、脇腹を斧で切られたようだ。
アレムはあと一歩のところで、間に合わなかった。
「ユラ? ユラ?」
力なく崩れるユラに、メイは必死で呼びかけた。
「結界を……出したかった……魔力切れだ……ごめん……我慢できなくて……」
ユラは笑顔のまま目を閉じた。
ヴァシルスは雄叫びをあげた。
シンとした庭に、ヴァシルスの雄叫びだけがこだまする。
「シェリ元騎士団長、及び王国騎士団を殲滅しました!」
オゼンが庭にやってきた。
続いてユーリとユリヤもやってきた。
ユーリとユリヤは、横たわる女王の元へ走った。
「双子は生き延びたか。しかしそれは大したことない。この国の王はワシだ」
ヴァシルスは立ち上がり、空を見上げた。
「やっと、長年の夢が叶った」
メイはユラの脇腹に手を当てている。魔法をかけているようだ。
「……回復しても、治らない……」
メイは今にも泣きそうなのを、必死に堪えて言った。
「回復魔法では……、ユラはきっと……」
そう言うと、アレムは俯いた。
「あなたが王となっても、喜ぶ人はもう誰もいない」
アレムは沸々と湧き上がる怒りを抑え、絞り出すように言った。
「こんなにたくさんの命を奪って、どうしてそこまでして王になりたいんだ?」
アレムはヴァシルスを睨んだ。
「ワシが王となって喜ぶ人が、1人だけいる。ライラだ」
ヴァシルスは王宮の横に建つ、小さな離れを見た。
「ワシは王になった自分を、ライラに見せたいんだ」
「ライラ?」
メイはアレムを見た。
「ライラは、アイツの妻。つまり私の母のことです」
残り話数少なくなってますが、最後まで読んでもらえると嬉しいです。




