ep30. 再会
踊り子として婚約パーティに潜入したメイ。意を決し、ユラとルヴィーナに「一緒に踊りましょう」と声をかけるが—— 。
「踊りなんて知りません。私は結構です」
ルヴィーナは、フンとそっぽを向いた。
メイに似た女は、呆気にとられたようで目を丸くしている。
「では、ユラ……王子殿下」
女はユラを見た。ユラはマジマジとその女を見た。間違いない。メイだ。
思わず涙が溢れそうになった。こんな所まで、どうやって来てくれたんだろう。今すぐ抱き締めたい気持ちをグッとこらえた。
「踊りですか……」
そう言いながら、メイの胸元に目が行った。前々から大きいと思っていたが、これほどまでとは。
ユラは腰に巻いていた布を取ると、「今日は冷えるので、これを」と、メイに掛けた。人の目に触れて欲しくない。
ユラはメイにステップを教わり、ほんの数分間、2人は踊った。
「仲間と訪れて良かったです」
「踊って頂き、ありがとうございます」
少ない会話を交わし、メイは会釈をしてその場を去った。
メイは、確信した。ユラは私だと気づいてくれた。またユラに会えた。話せた。溢れる涙を見せないよう、ユラから掛けられた布で、顔を隠した。
ヴァシルスは王宮の廊下から、パーティーを見下ろしていた。
アナカイリヤ王国との衝突は避けたい。バルドルアの面目を保ちつつ、この婚約を破談にするには……。
ふと、ユラと踊っている女が気になった。
あの女は。満月の夜を思い出す。異国の女に似ている。会釈して去って行く女を、ずっとユラは目で追っている。ヴァシルスはニヤリと笑った。
「おやおや、これは何の騒ぎですかな?」
ヴァシルスは衛兵の制止を物ともせず、会場へ入ってきた。
踊りを愉しんでいた会場が、ざわっとする。ヴァシルスの大きさに、怯む貴族もいる。
「ユラ王子は婚約されたんですか? 私は知りませんぞ」
ヴァシルスは大声を張り上げた。
「戦争にばかり駆り出されて、わが姉ながら、なんと冷たいことよ」
そしてゆっくりとバルドルア女王へ近づいていった。女王の顔は引きつっている。
「アナカイリヤ国王陛下、お目にかかれて光栄です」
ヴァシルスは女王の横にいた、アナカイリヤ国王に跪き、挨拶した。
「これはこれは。噂に負けず劣らす逞しい。ヴァシルス王弟殿下ですな」
アナカイリヤ国王はにこやかだ。婚約祝いの挨拶を終えると、ヴァシルスは1歩、アナカイリヤ国王に近づいた。
「陛下、こちらのワインはいかがですかな? そちらのワインに比べて劣るでしょう。我が国が2級品しか作れないことがバレてしまいますな」
「いやいや、これはこれで。楽しんでますよ」
アナカイリヤ国王はくいっと一口飲んで、再び微笑んだ。
「では」
「ええ」
「ふんっ、噂に違わず、驕り高ぶった男だ」ヴァシルスはつぶやいた。
バルドルア女王はヴァシルスに声をかけようとしたが、アナカイリヤ国王のワイン自慢が止まらず、身動きがとれないようだ。ワシの計画通りだ。ヴァシルスはそのままユラの元へ向かった。
そしてユラの近くに立つ、ルヴィーナをチラリと見た。侍女が懸命に、彼女のドレスやら髪やらを整えている。
「見ての通り、世間知らずの、蝶よ花よと育てられた娘だな」
ヴァシルスはユラに跪いた。
「遠征から戻ってまいりました、殿下。ご婚約おめでとうございます」
「ああ。……」
ユラは顔が強張っている。言葉が出てこないようだ。
「殿下、あの異国の踊り子がお気に召しましたか?」
ヴァシルスは振り返ってメイを見た。ルヴィーナがその言葉に、ぴくっと反応した。
「先ほどからずっと、彼女を目で追っているようなので」
「私もそれは思いましたわ」
ルヴィーナが口を挟んだ。
「ああ、これはこれはルヴィーナ王女。お目にかかれて光栄です」
ヴァシルスは跪いた。
「ここにある、どんな花よりも麗しゅうございますな」
「まあ」
ルヴィーナは嬉しそうに微笑んだ。
「ん? この美しいドレスはどこで作られたものですかな?」
ヴァシルスは大袈裟に目を見開いた。
「これは、私がデザインしましたの」
ルヴィーナはここぞとばかり、赤いドレスのこだわりを、畳み掛けるように話した。
「いやはや、こんなに美しいドレスは見たことがありませんぞ」
ヴァシルスは笑顔でそう言いつつ、付き添っていた侍従に指で合図した。侍従は「殿下、衣服の乱れを直しましょう」と、ユラを連れて行った。
ヴァシルスは屈んで、ルヴィーナに耳打ちした。
「ユラ王子とご婚約されるとは、姫君もご苦労されるな」
「え?」
哀れむ目を向け、ヴァシルスは首を左右に振った。
「あ、いえ。何でもありません。では」
「言ってください!」
ルヴィーナは去ろうとするヴァシルスの腕を、必死に掴んだ。
次回はヴァシルスの言動でどんな結果を招くか、投稿します。




