ep.16 別れ
ヴァシルスの恐ろしさに、ユラもメイも為す術もない。しかし、メイは最後の頼みの綱、アレムの名を叫んで ——。
アレムは窓の前でウロウロしていた。遅い。迎えに行こうか。いや、それは流石に野暮だろう……。いや、しかし……。
「ねぇ、アレム。絵本読んで?」
パジャマ姿の眠そうなシロが、分厚い魔道書を持ってきた。
「いや、これは絵本ではないだろう」
アレムは鼻で笑った。
「絵もあるよ?毎晩メイがこれで僕を寝かしつけてくれるんだ」
でも……と、シロは寂しそうに窓の外を見た。
「2人とも帰ってこないね」
「ああ」アレムも同じ方を向いた。
「あれ?」
シロの太い眉がピクリと動いた。
「キケンな動物がいる」
「は?どこに?」
アレムは窓の外を見渡した。
「違う。メイとユラの近く」
シロの目は、どこか別の世界を見ているようだ。
「何を言ってるんだ?広場はここから結構遠いぞ?」
「よくわからないけど、メイとユラの所に、禍々しい……ケモノ……か、何かがいると思うんだ」
シロの魔力は強大だと、ユラはよく言っているが、それと関係があるのだろうか?
「行ってみるか」
アレムは半信半疑のまま、シロと広場へ向かうことにした。
木の家から広場まで、半分ほど来た所で、メイの声がかすかに聞こえた。
「……ムー!アレムー!」私を呼んでいる!?
「シロ、ごめん。先に行く!」
アレムは血相を変えて、駆けていった。
フハハハハハッ。
ヴァシルスは不敵に笑いながら自分の馬に乗った。シェリは拘束したユラを連れ、ヴァシルスの前に乗せようとした、その時。
「メイ!」
泣き崩れるメイの元へアレムが駆け寄った。
「アレム……」
「なんでこんな目に?」
メイの髪は乱れ、口から血が流れている。
「来てくれたんだ……。あのね、ユラが」
「ユラはどこですか?」
アレムは必死に辺りを見回した。メイが瓦礫の奥を指差す。アレムは差した方向を注視した。そして、口と手を拘束されたユラを見つけた。ユラの後ろには、手綱を持ったヴァシルスがいる。
「まるで罪人のような扱いだな……」
アレムはギッとヴァシルスを睨みつけて、向かっていった。
「禍々しいケモノ……、ははっ、シロの言った通りですね」
「久しいな、アレム」
ヴァシルスは馬から降りた。
「私の大切な2人をこんな目に遭わせるとは。相変わらず野蛮ですね、貴方は」
アレムが剣に手をかけた、と、同時にヴァシルスも剣を右手に取り、向かってきたアレムの剣と剣がぶつかり合った。
「この愚か者がっ!なぜ6年も隠れた?」
「ユラは王宮にはもう、うんざりなんですよ!貴方もユラがいない方が好都合でしょう?」
「それが、今は事情が変わったんだ」
「アレム……」
わずかなズレが生じれば、アレムが真っ二つに切られてしまいそうで、メイは目を伏せた。なんせ相手は家を一軒丸ごと瓦礫にしてしまうほどの豪腕なのだ。
しばらく睨み合っていたが、剣を持っていない左手で拳を作り、ボゴッ!と、ヴァシルスはアレムを殴った。
アレムは飛んで、瓦礫の壁に当たった。
「ああっ……」メイは身を縮めた。
「シェリ。ワシは先にユラを連れて王宮へ帰る」
はい。と、シェリは馬に乗るヴァシルスに一礼した。
「アレムとあの女はお前の好きにしろ」
「承知しました」
「待って!」
ユラの乗った馬が走り出そうとしたので、メイはユラの元へ駆け出した。
「待ちなさい」
シェリはメイの腕を掴み、羽交い締めにした。
「んぐっ……」
メイの名を叫ぼうとしたが、魔法の拘束のせいでユラの言葉は、声にならない。メイとユラは目を合わせたまま、身動きが取れない自分をもどかしく思った。
「黙って見守りなさい」
シェリの力の強さに、メイは自分がまるで鉛になった様だと思った。
ユラの乗った馬はやがて見えなくなった。メイはポロポロと涙を流した。
「お前!変質者か!?メイを離せ!」
そこへシロがやってきて、シェリに飛びついた。そして、カブっと腕に噛み付いた。
「痛だたたっ!」
シェリは手を離してシロを睨んだ。
「このクソガキ…… 、ん?」
シェリはシロに顔を近づけ、まじまじと眺めた。
「お前!オレのメイに気安く触るな!」
「……やっぱり。シロくんだね?」
「!?」
シロを知ってる!? メイは目を丸くして、シェリを見た。
次回から、シロの話や王都へ向かう話になっていきます。




