ep.1 家を取り戻す
芽依は、家が大好きだった。でも事故で両親を失い、家は伯母に奪われてしまった。家を取り戻すべく、バイトの日々は思いがけず終わりを迎えて——。
私は自分の家が大好きでした。
赤い三角の屋根と真っ白い壁が、おとぎ話に出てくるみたいで、とにかく可愛くて。
どちらかというと小さい家でしたけど、両親と私の3人で住むには充分な広さがありました。
でもあの日……。私が体調を崩して、両親だけが出かけて行ったあの日……。飲酒運転していた人の車が、うちの車に衝突して……。私は全てを失いました。
お葬式の日、私はわんわん泣いていたので、誰がどんな風に参列していたかなんて覚えてません。でも、唯一覚えていることがあります。
伯母の笑顔です。
『不謹慎』という言葉こそ誰も発しませんでしたが、彼女は葬式中よく笑っていました。
お葬式が終わった後、伯母は私に何度も精進弁当を進めてきました。私が仕方なくそれを受け取ったのを見計らって、彼女は言いました。『一緒に暮らそう』って。
周りの人々は拍手喝采しました。よく言ったな、と。あの時の彼女は親戚中のヒーローだったと思います。私はこんなに悲しいのに拍手だなんて。耳を塞ぎたい気持ちでした。
お葬式から数日経って、伯母夫婦が我が家に引っ越して来ました。その日から我が家は変わってしまいました。とにかく荷物が多いんです。白い家具で統一していたリビングは、赤や青、シルバーとか。奇抜な色の家具や家電に埋め尽くされていきました。季節ごとに色を変えていた庭の花壇は、倉庫を置きたいからと全てを潰されました。
私が中学3年生になって、進路を決める時、伯母が言ったんです。
「芽依ちゃん、寮のある高校がいいと、おばちゃん思うな?」って。「勉強に集中できるじゃない?」とも言っていました。
私はその頃はもう、反論する気も無くなっていました。何を言っても強行されるからです。今覚えば、私が邪魔だったこともあると思いますが、遺産に手をつけていることを知られないためでもあったと思います。
高校は楽しかったです。少ないけど友達もできて、勉強は元々好きだったし。でも長期休みがあるんですよね。盆と正月。先生や友達には迷惑をかけたくなかったので。嫌々、年2回、計6回、あの家に帰りました。
家は見る影も無くなっていたので、逆に清々しいほどでした。6回とも伯母夫婦は「旅行へ行くね」と言って出かけました。私もその方が良かった。でも、私の部屋くらいはそのままにしておいて欲しかった。ベッドも布団も無い、物置きになっていましたから。私はその狭くて暗い部屋で、ただただ休みが終わるのを待ち続けたんです。
「なるほど」と、向かいに座っていた弁護士は、こんなに長く話したのにメモも取らずに、呟いた。
「それで? 証拠はないんですか? 伯母さんが遺産を使用した証拠です」
「伯母の預金通帳がその証拠です」
「それは今、どこに?」
「あの家の引き出しに、多分あります」
「写真は撮ってないんですか?」
「……はい。撮っていません」
「そうですか……う〜ん……」
重苦しい空気が流れた。弁護士事務所の扉を閉め、芽依はため息をついた。
言いたいことが次から次へと湧いてきて、たくさん喋りすぎてしまったかもしれない。
それに、いくら気が動転していたとはいえ、通帳の写真を撮らなかったのが悔やまれる。
カン、カン、カン。
川崎芽依は、古アパートの階段を上り、角の一室に入った。
現在、芽依は19歳。高校を卒業し、一人暮らしをしている。
高校3年生の元旦。伯母の預金通帳を偶然見てしまってから、芽依には目標ができた。
両親の家を絶対に取り戻す。伯母夫婦を、あの家から絶対に追い出す。
だから大学には進学しなかった。弁護士を雇うには金が要るだろうと思い、毎日バイト三昧で、慎ましい日々を耐えて来た。
ある程度の金額が貯まったので、芽依は意を決して、近所の弁護士事務所の門を叩いた。
それがあの結果だ。もっとネットで色々な事務所を調べればよかった。またやってしまった。自分にはこういうところがある。後先顧みずに、動いてしまう癖。芽依は再び大きくため息をついた。
目覚まし時計を見る。18時45分。もうすぐバイトの時間だ。お腹は空いているが、何も摂らずに部屋を出る。1日1食の食事はバイト先で出る「まかない」なのだ。今日は何が出るんだろう……。そう考えていたら、
「あ、死んだ……」
アパートの階段で足を滑らせ、芽依は2階から1階へ転げ落ちた。
「おい!メイちゃん!大丈夫か!!」
朝夕必ず、階段下でラジオ体操をしている、お爺ちゃんが駆けてきた。
いつも芽依と挨拶ついでに世間話をする、笑顔の優しいお爺ちゃんだ。
「血がっ……誰か……誰か……」
このお爺ちゃんに看取られて死ぬのか。それも悪くないな、芽依は思った。
これでお父さんとお母さんの元へやっと逝ける。
ああ……ごめんね。
2人が大切にしていた家を取り戻せなかったよ……
そう呟くと、芽依は静かに目を閉じた——。
次に芽依が目を覚ましたのは草原だった。
一面の黄緑。雲ひとつない青空。爽やかな風が気持ちいい。
なんで私はこんな所で横になっているのだろう?、芽依は不思議に思った。
あれ? 誰かがこちらを見ている? 数メートル先の木に、人影がチラついた。
誰だろう? 気になって体を起こし、芽依は注目した。怯えた様子でチラリと再び顔をのぞかせたのは、金色の髪がサラサラと光り輝く、とびきり美しい青年だった。
初めて異世界転生のお話を書いています。