5.もとより承知です
これで完結です。
「ごきげんよう。ディアーヌ様。お招きありがとうございます」
本日わたくしはネル子爵家に招待されて、お茶会に伺っております。
「ごきげんよう。リリアナ様。早くお会いしたくて仕方がありませんでしたわ」
「まあ。嬉しいことですわ」
ネル家の侍女がお茶やお菓子を並べて、淹れたてのお茶を一口いただいたところでディアーヌ様が早速話を始めました。
「送ってくださった小説、早速出版させてくださいませ」
わあ!
結論が早い、早すぎなくらい早いです。
「嬉しいですわ。気に入ってくださったのですね」
「ええ、ものすごく!」
お声が弾んでいます。
「それはありがたい事です。うふふ」
もう一口、お茶を頂いて。
わたくしは内緒話をするように密やかな声で聞いてみました。
「どこが一番気に入って頂けて?」
ディアーヌ様は一瞬、虚を突かれたように止まり、そして同じように密やかな声で返事をしてくださいました
「あの方をモデルになさいましたわね。きっと今まで不満を溜めていた皆様方にも受けるお話だと思いますわ。絶対売れますわ。続きもどんどん書き進めてくださいませ」
こうしてわたくしの小説が世に出ました。
さすがに色々なことを考慮して匿名ですが。
ありがたいことにヒットしましたの。
内容は、とある少女の立身出世物語です。
よくある、清く正しく美しい、身分の低い少女が大きな幸運に守られて成功する話ではありません。
大きな野心を胸に、自身の美貌と頭脳、そしてスポンサーの力を武器に綿密に情報を分析し、大胆に作戦を実行し、身分という階段を軽やかに駆け上がっていくのです。
もちろん侯爵様の語るマリエ様とのエピソードや愛をふんだんに取り込ませて頂きましたわ。リアリティが出てすごく良かったと思います。
そうこうしてわたくしは公私ともに充実した生活を送っていたのですけど。
逆に侯爵様はだんだんマリエ様に対する愛が冷めていったようですの。
残念ですわ。もっともっとエピソードを聞きたかったのに。
「まあ、でも仕方がないのではありませんこと。
可哀想だと思っていたら戦略を立ててはめられた、ハニートラップにかかったことを自覚なさったわけですし」
ディアーヌ様が扇子で口元を隠しながらお話しされました。
「そうね。なんだか侯爵さまには悪いことをしたのかしら?」
まあ、潮時だったとは思いますけどね。
マリエ様は、実は隣国が周到に用意したハニートラップだったのです。
道理でいちいち舞台のような派手目なイベントが起きるのですわね。
一国の優秀なチームが作戦を立てて入念に準備するのですもの。
マリエ様は堂々たる主演女優でしたわ。
この舞台がラストまで筋書き通りにいったのであれば、この国は消滅したのかもしれません。
この真相にマリエ様がどこまで絡んでいたかは
結局わかりませんでした。
マリエ様は、自分の実力や魅力を高く評価してくれた方々が純粋に厚意でサポートしてくれただけ。
そう主張されていたそうです。
ほどなくして、マリエ様は体調不良であまり表に出てこなくなり、療養のために王都を遠く離れた王家所有の離宮で静養される事になりました。
そこに国同士の密かな折衝があったのか、それはよくはわかりません。知り過ぎては良くないかもしれませんし、触れずにおこうと思います。
わたくしの小説はあくまでもフィクション。
でも、フィクションはフィクションなりに下調べも仮説も念入りに立てますのよ。検証もね。
そこに公爵家やお義母様を通して王家の力をお借りすることもあったかしら?
いえ、断定はいたしませんの。
でも、利害は一致しておりますものね。
色々つかんだ証拠をわたくしは小説に、ある方は国のため、ある方は家のため、それぞれ有効に使った事と存じます。
「それにしても、よくおわかりになりましたわね。皆様がマリエ様の虜になり始めた頃、やはり調査は入ったと聞いておりましたの。そこで特に疑わしい事は出なかったと聞いていましたのに」
そう、そこです。
だから今まで、愚かであっても真実の愛とか言われちゃってたのですわね。
絶対に仕組まれているという確信を持って、誰がマリエ様のブレーンとなれるか、スポンサーとなりえるか?
接触しているのが当然すぎて見落とされている人をじっくり洗い出しましたの。
マリエ様に真実の愛を誓った殿方の中に1人。
それからマリエ様の男爵家に代々出入りしている商家の中に数人。男爵家のメイドが1人。
意外にも結構な人数が隣国と通じておりましたわ。
マリエ様のお名前が世間の間でも話題にならなくなった頃、侯爵様はわたくしに対して謝罪されました。
「自分は本当に愚かだった。可能ならば許しを乞いたい」と。
正直きょとんとしてしまいましたわ。
わたくしは小説家として成功し、公爵家の嫁としての仕事も事業も、忙しいながら充実した毎日を過ごしていました。
実家も立て直しができ、弟も無事に学園に通い始めました。
それもこれも侯爵様と結婚という商談を持ちかけてくださった事、建前だけでも妻として扱ってくださったおかげです。
感謝こそすれ、謝っていただくようなことなど何もないと思います。
ですのでそう申し上げると、なぜだかショックを受けておられます。
「商談…建前だけでも…」
ええ、愛されない事は、もとより承知でしたもの。
でもとても良くしてくださったと感謝しておりますのよ侯爵様。
そして、わたくしは今度は内緒で侯爵様をモデルにした小説を書くことを考えていました。
一部の界隈で熱心に愛読されている殿方同士の恋愛とか。
あら、これも真実の愛みたいなものかしら?
逆ハーヒロインに騙された被害者の会から始まる禁断の愛、なんてどうかしら?
皆様とにかくお顔が良いのだから、断定できない程度にモデルに使えば売れる気がするわ。
なんだか夢が広がります!
この後、侯爵様が「アランと呼んでくれ」と頼んできたり、色々距離を詰めてこようとするのですが、これはまた別の話。
つたない作品におつきあいいただきありがとうございました。
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