3. 公爵家の影響力
「社交界の華にわたくしはなる!」そんなミッションが与えられまして、わたくしリリアナは自分を磨きに磨くことになりました。
社交で必要な教養とダンスの講師、美容のスキルが高い侍女たち…。
教養とダンスはなんと王女殿下方をお育てした超絶プロと名高いカトリーヌ・ロワール前伯爵夫人です。
するすると滑るように歩き、しとやかでふわりと舞うように座り、ニコッと微笑めば辺り一面がパーっと明るくなる幻覚が…。お孫様もいらっしゃるお年だというのに美しさにくらくらしそうです。
ご主人の伯爵様が、引退されたあと念願の読書三昧生活に突入されたそうでちょうどお暇だったのだそう。
お義母さまとも仲が良いそうで快く引き受けてくださいました。
幸いにも学園で真面目に勉強していたことは身についており、ロワール夫人からは現状のチェックで合格点を頂きました。
「リリアナ様は優秀ですわね。良い奥様に来ていただけましたわね」
「そうでしょう。リリアナちゃんはね、とっても優秀なの。だからさらに磨きあげて欲しいのよね」
ああ…。お義母さまとロワール夫人の麗しいお姿の背景に薔薇や百合がこれでもかと咲き乱れるようです。
眼福ですわ…
「リリアナ様。ではさっそくカリキュラムを作りますわね。腕がなりますわ」
あ、あら?背景の薔薇からちらっとトゲが見えたような?
「よ、ヨロシクお願いいたします…」
「あら、リリアナ様。そこはもっと嬉しそうにお返事してみてくださいませ」
わたくしは動揺のあまりやや挙動不審気味な返事をしてしまい、早速たしなめられてしまいました。
それやこれやで特訓を受けること1ヶ月。
お義母様やロワール夫人、美容に長けた侍女のみなさんのおかげでわたくしリリアナの評判も次第に上がっていきました。
元々のわたくしの目的である新商品の絹の評判も上々です。
絹から始まった両家の共同事業も好調です。
あれから染料用の薬草畑も拡大し、量産に向けて工場も両家合弁で建築中です。
お互いの領民に雇用もできて嬉しい限りですわ。
そんなある日の茶会で、わたくしは隣国で流行っている恋愛小説の話題を耳にしました。
「最近、その恋愛小説がとても人気なんですって。特に身分違いの玉の輿にのるところが」
この話題をふってきたのはディアーヌ様。
出版事業で財を築くネル子爵家のご令嬢で、わたくしの学園同級生でもあります。後継ぎとして事業にも関わっていらっしゃいます。
お家の仕事柄、大変な情報通です。
「あら私も読みましたわ。でも、こんなことを言うと変かもしれませんけど、リリアナ様が学園にいる時に書いてらした小説の方が面白かったですわ」
「あら。それは光栄ですわ」
「ふふふ。実は私も」
同意してくださったのはジョゼフィーヌ様。ブローニュ伯爵家のご令嬢です。
「できればまたお書きになったものを読みたいものですわ」
「まあ、それは素敵ですわ。その時は私にぜひ声をかけてくださいね」これはディアーヌ様。
わぁ。
わたくし本当は小説を書くのがとても好きでした。勉強や結婚のこと、事業や嫁ぎ先での生活等に忙しくしていてすっかりご無沙汰でしたわ。
それにこんなに褒めてもらえて。
お世辞でも嬉しいことです。
そうね、今から書くとしたら…。
「…リアナ。リリアナ」
あ。いけない。
ロカイユ侯爵様が帰ってきていたのでした。
珍しいことですが、せっかくだからお茶でもご一緒にという流れになり、サロンにアフタヌーンティーを用意して向かい合わせに座っています。
「申し訳ございません。閣下。少しぼんやりしておりましたわ。お話をもう一度伺っても?」
「あ、ああ」
あら、なんだか言い淀んでおられます。
どうしたのかしら?
「君の、君が開発した布を分けてくれないか?」
あら?これってもしかして。
「ええ、もちろん構いませんわ。どのような布がご希望でしょう?色味も地模様も種類がございますの。
サンプルをお待ちしますわ」
さっそくたくさんあるサンプルを持って来させます。
「まだ発表していない新作がこちら。今一番人気なのがこちら。珍しくて手がかかる地模様を織り込んだのがこちらですわ」
ニコニコしながら説明します。
それにしても侯爵様の耳にも入っていたのね。
「どれか気になる布はございますか?」
「そうだな…」
なんだか物言いたげな侯爵様。
「マリエ様は髪も瞳もピンクですから、このピンク色で仕立てたドレスなんか春の妖精のようでしょうし、このハッとするほど鮮やかな青は閣下の瞳の色のようですわ」
「や、まだマリエに贈るとは何も言ってない!」
「あら、違いましたの?」
「いや、…違ってない」
ほら。むしろマリエ様あてでなければ、その方がびっくりですわよね。
「閣下はどの布がマリエ様にお似合いになると思われます?」
「む…そうだな…この色とか、これもいいな」
察するに侯爵様は、女性への贈り物があまりお得意ではない様子。ご自分の身の回りのものはセンスがいいので、贈り慣れてないのかしら?
とすると、これは多分。
「マリエ様からのリクエストは何かございますか?」
「えっ!どうしてそのことを?」
やっぱり。
「そうですね。なんとなくかしら…」
だってですね、わざわざ妻が手がけている物を夫が恋人に贈ろうと思うものかしら?
しかも自発的に布をプレゼントしたいと思った!という雰囲気ではなさげです。
恋人が欲しがればまぁあるかしら?みたいな?
でも、その辺はあまり追及しないほうが良さそうですね。
だいたい、決まった相手がいる女性にドレスを贈るのは、略奪宣言とみなされる可能性が高いです。
仕立て前の布地だけであってもアウトよりのセーフ…いえ、やっぱりアウトじゃないかしら?
まぁ、皆様マリエ様に真実の愛を捧げていらっしゃることを公言してますものね。
その辺はもう今更なんでしょうね。
結局、自分の瞳の色はさすがにやり過ぎだと思ったらしく、マリエ様の瞳の色に似たピンクを選んでいかれました。
ポーカーフェイスを保とうとして、でもわたくしに対して悪いと思いつつ、好きな人にプレゼントを用意できてホクホクしてる感じが隠しきれてない侯爵様がなんだか可愛かったです。