2. 新婚?生活
幸い、ロカイユ侯爵様はわたくしに対して、公爵家の後継者の妻としての体裁を保証してくれました。
何もなかった初夜の翌朝、さっそく家令のレアルと侍女長のカトリーヌを引き合わせ、妻として重んじるように直々に伝えてくれました。
これは白い結婚である事が明らかであるわたくしにとって大変にありがたい事でした。
もっとも、お飾り妻という立場に誰がしたのか?という話まで考えるとどうだろう?というところではありますけどね。
なんにせよ、良かったぁ!
これでひと安心です!
侯爵様は王城に詰めており、週のうち1日〜2日ほどしか帰宅しません。
帰宅した際も、公爵家嫡男としての執務などを慌ただしく片付けると、さほどゆっくりすることもなく王城に戻っていきます。
ひとづてに聞いた話が大半ですが、あの卒業式の事件の後は当然ですが大騒ぎになりました。
それはもう色々な思惑が行き交ったそうです。
結果、マリエ様はとりあえずは王太子妃候補として王宮に部屋を賜り王太子妃教育を施されることになったそうです。
そして、慣れない環境に辛い思いをしていらっしゃるマリエ様を王太子はじめ学園時代のお仲間たちが足繁く通って慰めているのだそうです。
なんと一途なことでしょうか、という感想が浮かびます。
ちなみにここでいう学園時代のお仲間たちというのは、ほぼ王太子の側近候補とし学園に通っていた方々と同義です。
同じように育ち、同じ方に惚れ込み、同じようにそれぞれの婚約者を蔑ろにした方々でもあります。
婚約が破談になった方もいれば、続ける代わりに女性側の家に有利なように縁談の内容を再調整されてしまった方もいらっしゃいます。
卒業式では、王太子殿下の婚約破棄宣言と続く真実の愛の宣言、側近の方々の以下同文を見ただけでした。
その後の成り行きとかは当時はあまり知らなかったのですが。
婚約した頃から学園時代のお友達や同級生がたくさん手紙を送って知らせてくださいましたので、今はそこそこ事情通になることが出来たと思います。
そしてわたくしはその状況に対して特に不満を抱いたりしませんでした。
元々予想していたことでしたし。
それに公爵家の嫁という業務に取り組むことはなかなかやりがいのあることでした。
実家でも領地経営や家内の運営など両親のやり方を見聞きしながら手伝いもしていましたが、やはり公爵家となると予算規模も付き合う人々の幅もかなり違います。
家政の事は経理面はレアルに教わりながら帳簿をつけるところからはじめることにしました。
屋敷内のしつらえやお付き合い面の段取りはカトリーヌやお義母様に相談をしながら。
こうしてわたくしは充実した生活を送り始めたのです。
しばらくすると公爵家の使用人たちともだいぶ気心が知れるようになり、茶葉の好みなどのちょっとしたことまですごく快適に過ごせるようになりました。
さすが公爵家の使用人です。プロフェッショナル度が素晴らしいです。
仕事も家計を含めた財産管理や外部との交渉など、多岐にわたる業務に関わるようになりました。
実家との事業提携ができたのもとても嬉しいことでした。
公爵領は本当になんでもあって、ポワティエ領が一緒にできる事業なんてあるのかしら?と思うくらいだったのですが、よくよく探せばあるものですね。
わたくしが学園に入る前、実家が冷害による不作で大変困った時代がありましたが、そもそもポワティエ領はフルール王国の中でも北側のやや高地にあり元から寒冷地ではありました。
で、その寒冷な気候に適応した植物から取れる染料で公爵家の特産の絹を染めてみたところ、とても綺麗な仕上がりになったのです。
特に、ピンクから紫系統の色味が今までの市場になかった華やかな色に染め上がりました。
これは商売になるかしら?
さっそくお茶の時間にお義母さまに披露してみました。
「まあ!なんて素敵な色なのっ」
うっとりしながらご覧になっています。
お義母様は王弟殿下の姫君で、つまりは元王族です。
ローズマリア様とおっしゃいます。
お目も高く、王女殿下の頃からその美貌もあいまって社交界の華でいらっしゃいました。
そのお義母様が気に入ってくださるようでしたら、うまくいく確率が爆上がりですね。
嬉しいですし、ほっとしました。
自分でも良い品だと思っていたのですが、価値を認めてもらえたようです。
「リリアナちゃん、これは事業にするべきよ。
染料はどれくらい確保できるのかしら?
年に何反くらい染められるかしら?」
お義母さまも気分が高揚されているみたいです。
いつもよりやや早めの口調で、楽しそうに聞かれます。
「そうですわね。まだすぐには量産できそうにはありませんの。染料になる植物をまだ栽培し始めたばかりで、今あるのはほぼ自生しているものですので」
「まあ、では最初は希少価値を全面に押し出すべきね!」
お義母さまは積極的に相談にアイデアを出してくださいました。
そして2日後の今日。
お義母さまお気に入りの仕立て屋がさっそく呼び出されています。
え、この方王都で大人気のブランシュ夫人ですわよね。予約が1年先まで埋まっているという。
「リリアナちゃん。ブランシュ夫人はね、私が嫁ぐ前から贔屓にしていた仕立て屋なのよ。センスが本当に素敵なの」
「公爵夫人には王女殿下であらせられた時から大変お引き立て賜りました。私が今日あるのも公爵夫人のおかげでございます」
すごいです。
ファッションをリードする方々ってつながりがあるものですわねぇ。
言われてみれば当然のことですけど、今まで縁遠い世界でしたから、目の当たりにして初めて実感いたしますわ。
お義母さまとブランシュ夫人はデザイン画を前にあれはどうかしら?こんなのもいいわね?と話が盛り上がっています。
ニコニコしながら聞いていたのですが。
あれよあれよという間にお義母さまとわたくしのお茶会用、夜会用のドレス、日常用の少しシンプルなドレスと、どんどんオーダーされていきます。
だんだん、わたくしの為にオーダーされた数の多さに心配になってきました。
「あ、あの。お義母さま。
私の分はそんなに必要ないですわ。お義母さまのドレスをオーダーしてくだされば」
「リリアナちゃん、何を言ってるの!
あなたが着ないでどうするのよ!
あなたが!広告塔になって広めるのよ!」
ええー。お義母さまが広めてくださるので充分な効果があるのでは?
「いけませんわ。若奥様」
ブランシュ夫人もお義母さまに賛成のようです。
「奥様と若奥様が一緒に宣伝することで効果がより高まるのです」
なんてことでしょう。
「あの、でも、わたくし、お義母さまと違って美しくも華やかでもありませんし、適材適所といいますか」
「そう、そこなのよ!」
私の発言に被せるようにお義母さまがおっしゃいます。
「前から思っていたの。リリアナちゃんは素材はいいのに磨きが足りないわ!」
「失礼ながら確かに。マナーも立ち居振る舞いもきちんとしていらっしゃるので、あとは華を身につけていただければ素晴らしく輝くかと存じます」
ええー!?
「そうと決まればこちらも早速手配しましょう。
いいこと、リリアナちゃん。これはミッションなの。
あなたにはなんとしても社交界の華になってもらうわ!」
なんてことでしょう!
ミッションインポッシブルだと思います〜。