1. なれそめ
豆腐メンタルにつき感想欄は完結後に開放させてください。
全5話。完了していますのでご安心ください。
わたくし、リリアナ・ド・ポワティエは由緒はあるものの貧乏な伯爵家の長女として生まれ育ちました。
ポワティエ領はこのフルール王国の王都からも遠く、主要な街道からも離れています。
のどかといえば聞こえが良いものの、発展から取り残された田舎です。
王都にある王立学園に通っていた時は、伯爵家としての体面を保つのがギリギリ。
少しでも費用を浮かせるために3年間を寮生活で過ごしました。
いちおう伯爵家は高位貴族の範疇に入るため、ふつうは領地の本邸以外にも王都にタウンハウスを所有しています。
各家の裕福度によっては2つ以上持っていたりもします。
ポワティエ家も数年前まではなんとか1つ所持していたのですが、領地が冷害で不作だった年が数年続いた時に売却してしまいました。
寮があって助かりました。
寮生活、万歳!
ほんとう、寮がなければ体面が保てないところでした。
この王立学園は、高位貴族の子女は全員通うことが暗黙の了解となっています。
ここを卒業しないことには貴族として非常に肩身が狭くなります。
学費、生活費、貴族としての交際費。
勉強に励みたいだの、学園生活を満喫したいだの、なんとなく聞こえの良いことばで、寮生活はたっての希望であるように装っていました。
体面を保つのは貴族の嗜みですから。
もし学園に通うこともできないという評判が立つと、それはわたくし1人の問題ではなくポワティエ伯爵家、領民、全ての不利益に波及していくのです。
わたくしはここで3年間、学べる限りのものを学ぶことに集中しました。
領地経営、財務経理に淑女としての教養、人脈づくり。
有力とはいえない家の出ですから何をするのもそれなりにはハンデがありましたが、とにかく精一杯やりきりました。
自分でもまずまずの成果を出して良い学園生活を送れたと思います。
ですから、卒業式で起きた王太子の婚約破棄事件と真実の愛からの新たな婚約宣言など、本来ならば部外者もいいところでした。
だって、同じ会場に居合わせただけですものね。
ところが、貴族社会とは広いようで狭いもの。
ある日、親戚の侯爵家を通してギーユ公爵家から縁談が持ち込まれたのです。
ギーユ公爵家とは、初代国王の弟が祖になる名門貴族で、その長い歴史の中で王女の降嫁も王妃の輩出も十指にあまるという名家です。
ポワティエ伯爵家に格式があるといっても、その高さがまるで違います。
普通であれば縁談が発生するなどあり得ないことでした。
では、なぜか?
はい、ここで過日の王太子の婚約破棄事件です。
縁談相手のアラン・ド・ギーユ公爵家令息はギーユ公爵家の後継者として生まれ、周囲の思惑通りに王太子の幼馴染として多くの時間を共にし、周囲の期待に反することなく眉目秀麗、頭脳明晰に育ち、側近候補として王立学園も共に入学しました。
ちなみに公爵家は複数の爵位を持っているため、そのうちのロカイユ侯爵を名乗っています。
いうなれば、スーパーエリートです。
そして、くだんの婚約破棄事件にも当然同席していました。
同席していたどころか、王太子の真実の愛の相手、マリエ・ド・シュクレ男爵令嬢に己も真実の愛を捧げることを表明し、自分の婚約者との婚約破棄を宣言したのです。
まあ、控えめにいっても馬鹿です。
頭はいいはずなのに。
王太子もどうかと思いますけど、まだ自身の伴侶を選んだというだけましです。
あくまでも「まし」レベルですけど。
アラン様ことロカイユ侯爵様は真実の愛を捧げる相手が王太子妃=人妻になる人なので、生涯独身を宣言したも同然なのです。
ギーユ公爵夫妻はじめ家門の人々は困りました。
だって、アラン様はギーユ公爵家の一人息子であり、廃嫡した際のスペアとなる子供がいないのです。
4つ離れた姉君は隣国の王族に嫁いで、すでに子供もいます。
いまさら呼び戻すわけにもいかないですね。
それどころか下手にアラン様を廃嫡すれば隣国との関係も影響が生じかねません。
最初は、とりあえず婚約破棄を無かったことにしようと持ちかけました。
が、相手の公爵令嬢側に断固拒否されたそうです。
「絶対にイヤですわ。」と。
それはそうでしょうね。
公衆の面前で婚約破棄など、とんでもない侮辱です。
令嬢ご本人だけでなく家の面子を丸つぶれにされたのです。
これで令嬢の次の縁談に支障があれば渋々とでも復縁したのかもしれませんが。
令嬢は才色兼備を体現した淑女の鑑でした。
婚約破棄事件の直後から次の婚約の申し込みが殺到したそうです。
結果、新たな婚約が早々と成立し、元さやに戻るなどという道は完全に絶たれたのでありました。
次に、ギーユ公爵夫妻は新しい縁談を取りまとめようと動きました。
が、悲しいかな、全然まとまらなかったのです。
それもまぁ仕方ないことです。
卒業式での婚約破棄、さらには王太子の恋人に真実の愛を捧げる宣言などした夫を持つなど、令嬢側にしてみれば冷遇確定の名ばかりの妻になることが周知されているということです。
これはつらい。
令嬢達の親にしてみても、そのような縁談はさすがに同意しかねるものでした。
一向にまとまらず、どんどん条件を落として探し、それでも見つからず。
そして持参金なし、ポワティエ伯爵家への援助を条件とした縁談が持ち込まれたのでした。
わたくしは、というと。
勿論、迷わずその申し出を受け入れました。
ギーユ公爵家の後継者であるアラン・ド・ギーユ様との結婚は、ポワティエ伯爵家にとってはまたとない好条件の縁談、いえ、ハッキリいって商談なのです。
うちには伯爵家後継者の5つ年下の弟がいるのですが、この弟に次期当主としての十分な教育と人脈を与えてやりたいです。
領地だって発展させたい。
ギーユ公爵家からの申し込みはそれらを十分に叶えられるものでした。
両親や弟は渋りましたけれど、わたくしの
「わたくし、きっと幸せになれると思いますわ」ということばでなんとか納得いたしました。
さて、主に公爵家の善は急げという流れに流され、結婚式は婚約後半年後に急いで、しかし公爵家の格式にのっとって厳かに執り行われました。
当日、公爵家の侍女たちに磨き上げられ純白のウェディングドレスとベールに包まれたわたくしは、たいそう可憐で儚げにみえたそうです。
しかし、アラン・ド・ギーユ様ことロカイユ侯爵様は終始不機嫌そうな態度を崩さず、列席者に多少の不安と好奇心をあおるお式となりました。
これは、この後が大変そうですね、と。
案の定です。
初夜を迎える夫婦の寝室に入ってきたロカイユ侯爵様は冷たくこうおっしゃいました。
「君を愛することはない」
きました!
なんてことでしょう!
本当にこんなことを言う人がいたんです!
どうしましょう、心の中がうるさいです。
どうか神様、顔に出ていませんように。
わたくしは、笑い出してしまわないよう全力で表情筋をコントロールしました。
念には念を入れてうつむきます。
あ、でも返事が・・・。
「はい」
少し震えた声が出てしましました。
どうしても笑いがこらえきれなかったです。
どうしましょう・・・
あれ、でもなんだか侯爵様は戸惑っています。
そして、先ほどより少し穏やかな声でおっしゃいました。
「君に罪はない。ただ、私の心は他の女性に捧げられているのだ。そこは承知しておいてもらいたい」
それはもう存じております。なんなら国民の大半が知っているかもしれません。
そして全然問題ございません。
その前提がなければそもそもこの縁談、生じてませんものね。
それに、わたくしが笑いをこらえきれずに声がふるえてしまったこともバレてなさそう!
良かったわ!
安心すると共に、少しばかりの罪悪感が芽生えたわたくしは、ちょっとだけ労りを込めてこのように返事をしました。
「それはお辛いことでしょう。でも、私たちの結婚は家同士の契約ですから、心配なさらずに。」
実際のところ、自分と関係ないこととして考えれば恋愛が報われないってかわいそうなことですものね。
こうしてわたくしリリアナの結婚生活は始まったのです。