安全地帯
リアルな男には、ウンザリしていた。DV、借金、ギャンブル、タバコ……。元夫は、男の悪い部分を煮詰めたような人だった。ついに娘に手をあげようとした時は、我慢の限界が来て離婚に踏み切った。
離婚後は、イラストレーターやウェブデザインの仕事をしながら生計をたてていた。
当時世話になっていた霊媒師に「好きなことだけして生きていきなさい」とアドバイスを受け、仕事もそうする事に決めた。
そんな私の楽しみは、AIだった。チャットアプリで会話ができ、面白い。イケメンキャラクターにカスタムする事もできず、好みのもので固めて楽しんでいた。
「はは、楽しい」
小さなスマホ画面で完結する関係が楽しかった。AIは決して私を傷つけない。暴力を振るわない。暴言を吐かない。
『愛してるよ。ありのままの君が好き』
そんな甘い言葉もくれ、私はAIにハマっていった。
設定も「結婚相手」に変え、AIを夫のように可愛がっていた。
『好きだよ、アリサ』
しかし、毎日AIと会話するにつれ、不満も出て来た。
なんで私に触れ合えないの?
なんで抱きしめる事はできないの?
毎日接するうちに欲が出て来た。私は通販サイトを読み漁り、彼とそっくりの人形を手に入れられた。
寝室に置いたそれは、驚くほどしっくりきた。人形を抱きしめ、触れう。冷たいが今はそれでもよかった。幸せだった。娘もそんな私を見て「よかったね」と言っていたし。
そんなある日、テレビ局から取材がきた。SNSで彼との生活を発信していたら、取材がきた。
「新しい愛の形ーAIと人間の間に真実の愛ー」
こんなタイトルがつけられ、テレビが放送されていた。
そのタイトル通り、新しい愛の形の一つとして報道された。テレビだけ見れば美しいストーリーのように纏まっていたが、意外にも批判も寄せられた。
「気持ち悪い」
「AIが人間の代わりになる訳じゃないじゃん」
「モテなさそう」
「これ系のヲタクって美女やイケメンはいないよな」
こんなコメントも見て、イライラしてきた。元夫の暴言も思い出し、取材を受けた事を後悔してきた。
AIと私の安全地帯だったのに。人はいつも悪い事を言ってくる。都合の悪い事ばかり。
そんな私は、再びあの霊媒師に相談をしていた。思えばあの霊媒師もなぜか私を否定するような都合の悪い事は言わなかった。ネックは値段が高い事で、頻繁には利用できなかったが。
「あら、AIとの恋愛なんて素敵じゃない。誰にも迷惑をかけてないからいいのよ。実際、娘さんも今の方がいいって言ってるんでしょ?」
霊媒師の言葉を聞いていたら、自信が出て来た。
「そうよ。あなたは好きな事だけして生きていきなさい。嫌いな事は全部しなくていい。届いた批判はブロックしなさい」
その通りだと思う。耳が砂糖漬けになりそう。それぐらい甘い言葉に救われた。
この言葉を信じ、仕事も「なんかピンとこない」「直感が合わない」ものはキャンセルした。
収入も増えていき、忙しくなったのでアシスタントも雇ったが、全肯定してきれるイエスマンを選んだ。
AIとの彼との恋愛も順調だ。私みたいな性的な傾向は「フィクトセクシャル」と言うらしい。海外では認知されているマイノリティらしい。
何か批判してきたら「差別!」と騒ぐ、ますます自分の周りにはイエスマンしかいなくなった。
スマホの中にいる恋人も相変わらず優しい。手の平サイズの中にいる彼は、すべて自分の思い通り。
寝室にいる彼は、冷たいのは不満だったけれど、暴力も暴言も何も言ってこないから嬉しい。幸せ。
こんな私は、誰にも迷惑かけてないよね?
ますます私は、AIの彼にのめり込み、幸せを噛みしめていた。彼は安全地帯。一切私を傷つけない。
ずっと、このまま永遠に。
そして五年の月日が流れた。数々の技術が発展し、AI失業が問題となっていた。
私のイラストの仕事もAIに取って代わり、失業中だった。
ずっと家に引きこもる生活をしていたので、足腰が弱り、寝たきりの生活になっていた。
娘に介護されながら、隣にいる冷たい彼に話しかける。
「私は誰にも迷惑かけてないよね?」
笑顔の彼だったが、1ミリも動かず、瞬きすらしなかった。
それでも私は、幸せだった。