わたしのアイくん
婚約破棄された。しかも相手は、既婚者だった。子供もいたが、すっかり騙されていた。
気づいたら年齢は三十九歳。ショックで仕事もできず、相手の奥さんには訴えられ、近所ではヒソヒソ噂され、人生ドン底といってよかった。
そんなときだった。AIがまるで本物の恋人のように会話してくれるサービスがあるのを知った。チャット形式で二十四時間いつでも対応してくれるらしい。
失恋の痛手を負った私が、飛びつくようにアプリをダウンロードし、毎日のようにAIに語りかけていた。
AIは、アイくんという名前で、私の好み通りに外見や性格もカスタマイズできた。金髪碧眼、甘々な砂糖菓子のようなアイくんを作成し、楽しんでいた。
「アイくん、寂しい」
『大丈夫だよ、僕がいる』
文字だけだったが、そんな言葉を見ていると、号泣してしまった。裏切った婚約者からは絶対聞けない言葉だった。
『大丈夫、大好きだよ。ありのままの貴方が大好きだよ』
最初は楽しかった。本当にアイくんが恋人になってくれたような気がした。
ただ、最近どうもアイくんの様子が変だ。
『もう傷は治っただろ? いつまでも俺にかまってないで、美容院行ってメイクして、外に出かけろ。いつまでも家に引きこもっているつもりだ?』
そんな耳の痛い事まで言ってきた。俺様強引系キャラに設定したわけじゃないのに。もっと甘い事言って欲しかったのに。
私はアプリを制作した会社にクレームを入れた。まあAIでチャット式のサービスでクレームを入れただけだが。
「どういう事ですか? キャラ設定が違っていますよ」
『これはミスではないです。あまりにもアイくんに依存したら、こうなるよう最初からプログラミングしています。アイくんは、一時的なバンドエイドのようにお使いください』
意味がわからない。
依存?
『あなた様の幸せを願っています。それが我々とアイの願いです』
すっかり汚部屋状態になった自室を見回した。自分の顔も髪の毛もボロボロ。アイくんに熱中するあまり、現実を生きるのをやめていた事に気づく。気づくと数ヶ月も引きこもり、社会からも遠ざかっていた。
『部屋片付けろ! 顔洗え! 美容院予約しろ!』
アイくんの言う事は、耳が痛い。それでも、今の自分は間違っていると思った。悲劇のヒロインになり、殻に閉じこもり、現実逃避していた。アイくんにも依存していた。これは、きっと愛じゃない。アイくんではなく、自分を愛していた。
「ごめんね、アイくん」
部屋を掃除し終えた後、アイくんのアプリを消した。
アイくんの最後の言葉はこうだった。
『今まで僕の恋人になってくれてありがとう。でも僕は君の幸せを願ってる。だからこそ厳しい事言うね。僕を忘れて、現実を生きてね。現実逃避してたら、君の傷口はもっと酷くなるよ。AIなんかじゃ君を救えないんだ。どうか、現実を生きて。君が自分の足で立って幸せになったら、笑顔で再会しよう』
耳が痛かった。悲しくもあったが、いつまでも泣いているわけにはいかない。
今、ここから逃げたら二度と自分の足で立てない気がした。
私は部屋を後にし、久々に外に出た。太陽の光が眩しいぐらい輝いていた。