救難信号
暗い、怖い、助けて。お願い、誰か助けて。
ベッドの上で布団に潜り毎日そう祈る。
当たり前だが助けなんか誰も来ない。来るわけが無い。
僕にしか分からない。暗い部屋の中に確かにそれはいる。
いつも僕のカラダの中で暴れるんだ。喉から入って、心臓を撫でて、胃の中で暴れて、腸まで入っていく。とにかく苦しいし、痛いんだ。
光が弱点かも、そう思った時もあった。
明かりをつけてもそれはいる、でも分かったこともある。
それは毎日夜に、僕が1人の時にだけしか現れない。
でも朝が来るとそれは消えるんだ。昼間現れない。日中は活動しないんだろう。
もちろん知り合いや頼れる大人にも相談したさ。でもみんな口を揃えていつも言うんだ。
「ごめんね。話を聞くことしか出来なくて。」
分かってる。僕が友達に同じ相談をされても同じ事を言うよ。
いつも寝不足だからかな、目つきが悪いとよく言われる。
しょうがないさ。悪いのはあいつだ。僕だって楽になりたいさ。
そんな僕にも唯一の救いがあるんだ。平日にだけ、平凡な高校に現れる神様がいる。
ショートカットに小柄な体。でもいつも誰にでも明るくて、元気で、毎日笑顔なんだ。
「おはよう!駿太くん!」
ああ、この挨拶だけで楽になるんだ。
「あ、おはよう。七海ちゃん。」
「今日も暗いなぁ〜、どしたの?」
「これが通常なんだよ、ごめんね。いつも暗く見えて。」
心が晴れる。カラダの痛みや苦しさが消えていく。
「ん〜、もっと明るい方が良いと思うけどなぁ〜。」
「・・・」
「まあいいや!今日も部活で会おうね!それまで元気でいるんだよー!」
「うん。」
部活までは何も思わない。先生の授業をただノートに書いて体育の時はスポーツをする。それだけの作業を繰り返すだけだからね。
学校が終わり、3階の天文部の部室へいつも向かう。
「お、お疲れ〜。」
「うん。お疲れ様。」
天文部は僕達3年生の2人だけ。後輩の部員もいないから僕達が卒業すれば廃部になる。
「そろそろ文化祭の発表内容考えないとだけど、なーんにも思いつかない。」
「まあ難しいよね。」
「やっぱ無難に天体の写真とかかな〜。」
「写真どころか僕達先生がいないと望遠鏡もろくに使えないじゃん。」
「確かに。忘れてたなぁ。」
忘れちゃ駄目でしょ。でもそういうところも癒される。
「もう普通に活動記録だけ書いて発表すればいいよ。」
「先生の力借りてたまに星見てます〜って?笑われちゃうよ。
ていうか駿太くんいっつも夜になる前に帰るじゃん!」
「夕方の星はちゃんと見てるじゃん。」
「天体って夜がメインでしょ!いっつも私1人で星見てるんだから!」
「ごめん・・・夜は苦手なんだ。」
「前も言ってたね〜。ねぇ何で苦手なの?」
「色々あるんだよ。でも言っても意味がないんだ。」
きっとそうだ。
「なんで?もしかしたら分かるかもしれないじゃん。」
「そう言われて色んな人に言ったけど、解決はしないんだ。理解はしてくれる人はいたけどね。」
それに僕が怯えてることに理解はしてくれる人はいる。でもどうにもならないんだ。
「なぁるほど。」
「ごめんねいつも。」
「まあ聞きすぎて嫌われてもう部活行かない!ってなったら私も嫌だからね。深くは聞かんよ。」
「ありがとう。」
「あ、でも私もたまに夜苦手な時あるんだよね〜。」
意外だな。神様にもそんな時が、
「どうして?」
「色々あるのよ。」
「デジャヴだね。」
「それな。あ、そういえば忘れてたけど今日先生来れないって。昨日帰る時言われてた。」
「朝に言って欲しかったな。」
「テヘペロ。」
可愛いなぁ。許してしまう。
「じゃあ今日は帰ろうか。」
「・・・」
「どうしたの?」
神様が僕を見つめている。あと5秒くらい続いたら心臓割れるんじゃないだろうか。
「いや!なんでも!帰ろう!」
陽が沈む前に部室の鍵を閉め、残業をしている先生達がいる職員室に返す。2人でこの時間に帰るのは久々だったな。にしても神様は随分静かだな、やっぱり星が見たかったんだろうか。
互いに無言のまま学校を出る。同時に少女は急に立ち止まった。
「ねぇ、駿太くん。」
「なに?」
「実はね・・・」
え?なんか暗いんだけど、もしかしてなんか暗い話されるのかな。
「前から言おうと思ってたんだけど、」
「は、はい。」
やばい。何だ。なにを言われる。ああ、なんか喉が閉まる。心臓も苦しいし、胃も痛い。怖い。
気がつけばそれが現れた。おかしい。夜でもないし、1人じゃないのに。助けて。助けて。
「って大丈夫?!なんか具合悪そうじゃない?」
「へ?!いや、大丈夫だよ。続けていいよ。」
嘘だ。それどころじゃない。何で今それがいるんだよ。
「あ、うん。実はね、駿太くんね、」
「はい。」
無理だ、無理だ。何を言う。お願い。助けて、助けて。
怖い。怖い。怖い。こわ・・・
「前からなんか取り憑いてると思うんだよね。」
「ん?」
「なぁーんか、煙?みたいな感じかなぁ。色はねぇ多分黒!」
どういうこと?何でいきなり心霊トークになったの?
「七海ちゃんって、お化けとか信じるタイプなんだね。」
「違う違う!わたし何も見えてないよ!何かね、概念?じゃないけど〜、難しいけどね、なんか黒いの!」
「はぁ。」
「多分ね、駿太くん毎日それのせいでものすごく苦しいんだと思うの!私にもいるんだよ、その黒いの!たまに夜に1人の時に寝る前とかに来るの。」
分かるの?それが。
「え、ああ、えっと、分かるの?」
「分かるって言うか、なんかね、そいつはね、嫌なことがあった時とか、起こりそうな時にたまに来るの!寝る前に!」
それだ。間違いない。
「それだよ。」
「ん?」
神様にもそれが分かるんだ。
「じ、実はね、僕が夜苦手な理由、それなんだよ!毎日、それが寝る前に襲ってきて、苦しいんだ。」
「お、やっぱりねー!絶対そうだと思ったんだよ!」
どうしよう。初めてだ。こんなこと言われたの。
「私ね、そいつの正体実は知ってるんだ〜。」
「煙?」
「ちゃう!さっきは当てに行ってハズレたら気まずいからそれっぽくいったんだけどね。」
「うん。」
「恐怖だよ。自分が想像してる。」
恐怖、未来。
「え?」
「私もそうなんだけど、嫌なことがあったらこんな事になるんじゃないかとか、嫌な事が起こるんじゃないかという想像した恐怖なんだよ。」
言われれば、確かに・・・
「本当は駿太くんが大丈夫じゃないことも気づいてた。
いつも目が言ってたの。助けて〜って。」
分かってくれた。
「うん。うん。」
目が熱い。声が震える。
「だからね、あたしが助けてあげる。あたし1人じゃ無理なことがあっても、他の人の力を借りてでも助けてあげる。」
「ほんとうに?」
「うん。絶対。今流してる涙も私は見たくない。本当に苦しかったと思う。でももう大丈夫。」
泣いてることも分からなかった。初めてだったんだ。助けを求めて、助けてくれると言ってくれた人。
「実は・・・」
「おう。言ってみろ!」
「いじめられてるんだ・・!毎日何か捨てられるし、陰で笑われてるのも分かってるし、でも先生にも言えないんだ!言ったらその場じゃなんとかなるかも知れないけど、後から何かされるんじゃないかって。親にもそんな事いえなくてさ。」
「OK。任せて。」
大人になって結婚をした今でもそのセリフを覚えている。
全部が楽になった、助けてくれるって言われたら。誰も助けてくれないと思ったし、理解すらしてくれないと思ってた。
結局その後、神様が主犯格と話をしてすぐに解決してしまった。たったそれだけだった。意外とすんなりそれが消えた時はあっけない気持ちと、嬉しさと、謎の悲しさとか色々感情がわいてパニックになった。
でも今でもそれは現れるんだ。仕事をしてて、不安になったり、ミスをしてしまった時とかに。けど助けてくれるんだ。
「七海、聞いてほしい事があって。」
僕は今でも大切にしてる事がある。1人で解決しようとしない。無理な時はすぐに助けを求めるんだって。
もちろんこの勇気を情けない。1人じゃ何もできないって笑われたり、冷たい事を言われたりもする。するとそれが更に増えるんだ。でも良いんだ。僕は弱いのは分かってる。怖いけど、辛いけど、誰にも言わない事が1番きつい事に気付いたんだ。