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【1】

 私の名前は葉山莉乃(はやまりの)

 現代日本の小さな会社で事務員をしていた23歳だ。


 学生時代の友人たちがチラホラ結婚を決め始め、自分も婚カツをせねばと焦りだした時にピエレオス(異世界)に聖女として召喚された。


 この世界に召喚されたあの日。

 人生で初めての合コンに挑むはずだったあの日。

 二時間後に控えた合コン(狩り)のために気合いを入れてマスカラを塗っていたあの日。


 絶対に合コン相手(狩り対象)には見せられない目のかっぴらき具合で真剣にまつ毛を盛る私を鏡の中から()ぶ声がした。


 三年前に一人暮らしを始める時に買ったドレッサー。

 その鏡面から、私を喚ぶ声がする。


「この鏡、中にスピーカーでも入ってるんだっけ?」


 そう思って鏡に触れた瞬間。

 私の周りの景色がグニャリと歪み白く発光した。

 そのあまりの眩しさに瞼を閉じて、次に開けた時には私はもう自分の家にいなかった。


 あー。子供の頃お兄ちゃんとやったRPGのお城とやらがこんな感じだったわ。


 きんきら金の王様の椅子に、それに座る髭の王様。両脇に控える甲冑の兵士。ハゲ頭の大臣。青いローブの神官。赤い絨毯とシャンデリア。ゲーム画面で見たことのある光景にそっくりだ。そしてその絨毯の真ん中にマスカラを握りしめて立つ私。


 あれ、私、いつの間にかコスプレの撮影スタジオに紛れ込んじゃった?


「よくぞピエレオスに参られた! 異世界の聖女よ!」


 白く長い眉毛で目元が見えない神官(※推定)が高らかに告げてイベントが始まる。 

 

 ちょ、まっ、私、まだ片方しかマスカラ塗ってないんですけどっ!


 ――などと大勢の初対面の人間の中で突っ込めるはずもなく。

 私はまつ毛を片方だけ盛ったままの状態で自分がこの世界に喚ばれた理由、魔族が如何に人間へ悪影響を与えているか等の説明を受けたのだった。


 ……うん、服と髪型はバッチリ合コン(戦闘)仕様だったのが救いかな!



*



「──で? あの時あんたたちが私に説明した『ピエレオスの自然破壊や貧困格差の原因は魔族』って言うのは真っ赤な嘘で? 自分たち王族の悪政のせいだってわかってたのに? 民衆の怒りの矛先を魔王に向けさせてたってことで間違いないのよねそこのボンクラ王子?」


 魔王の座る玉座の横に立ち、さっきまで自分がいた位置に這いつくばる王子とかつての仲間を見下ろす。


 金髪で典型的王族スタイルなこの国の第一王子。

 正直、一緒に旅をする中でもしかしたら愛が生まれちゃうかも。そしたら私、玉の輿じゃない? 人気の異世界ロマンスじゃない? 王子、25歳だし年齢差もちょうどよくない? 私は愛のためなら残りの人生を異世界でだって生きていくわ! ……なんて思ってた時期もあったけど、3ヶ月という期間を魔王討伐のために行動を共にしてもイマイチ人間として好きになれなかった。

 それは旅の途中で泊まった宿屋でのお店の人への横柄な態度だったり、ちょっとした言葉の使い方だったり。どこか引っかかる部分があったのだ。


「違うんだリノ……! 君は魔王(ヴァルシュ)に騙されて……!」

「うるせぇ。ゴタゴタ言わずにイエスかノーで答えろ」

「…………イエスです……」


 がっくりと項垂れるその金髪をむしって十円ハゲを作ってやりたい。


「リノ! 王子になんて無礼な口をきくのよ! それに貴女、今までとずいぶん態度が違うじゃないっ!」


 王子と同じく、私の立つ場所より数段低い位置で床に転がっていた魔術師メノウが彼を庇う。


「怒りのあまり被ってた猫が逃げってったのよ。後で探しとくから大丈夫、気にしないで。本当の私は兄の影響で口が悪いの」


 メノウ。ストレートの黒髪と褐色の肌がエキゾチックな18歳。

 若くして最高位の魔術師になった彼女は気むずかしいところもあったけれど、女同士仲良くできたらと思っていた。


「……メノウ。貴女はいつもどこか私に壁があるような気がしていたけれど、それは私に隠していることがあったからなのね? 魔術師たちは魔王を倒したら私を日本(元の世界)へ送還してくれると言っていたけれど、本当はあなたたちにそんな力ない。私を喚ぶだけで精一杯だったんだ」


「……っ!」


 真実を言い当てられたメノウが榛色の瞳を潤ませる。泣きたいのはずっと騙されていた私の方だ。


「すまなかったリノ! だが無事に魔王を倒した暁には俺たちは君の今後の王都での生活をちゃんと保障するつもりで……!」


 戦士アカギがその巨軀に相応しい重低音の声で叫ぶ。

 アカギ、あんたのことは気の良いオッサンだと思っていたわ。


「財政が火の車で傾きかけたピエレオスでの今後の生活? 魔王を倒したって何の解決にもならないのに? ……って言うかアカギ。そう言うってことはあんたもグルで、私を魔王討伐のデモンストレーションに利用してたのね」


 ピエレオスの草木が枯れるのも作物が上手く育たないのも。税が重いのも民衆の生活が楽にならないのも。全ては魔族のせいで。全ては魔王のせいで。

 この国の中枢部の連中は魔族を悪に仕立てることで民の不満を自分たちから逸らしてきた。聖女を召喚し、魔王を打ち倒すことで王族の信頼を回復しようとしていた。あわよくば魔族の土地や財宝を掠め取ろうとまで計画して。


 なんて浅はか。

 なんてくだらない。


 こんな人たちより、私に真実を教えてくれた魔王の方がよっぽど信頼できるじゃない。



「……ねぇ。そろそろ帰って欲しいんだけど、この修羅場まだ続くの? と言うかなんで人間同士の仲間割れに僕が巻き込まれてるわけ?」


 私の隣で座る少年が呆れを隠さない声でぼやく。


「悪いわね少年。でも今は一人の成人女性の、私の人生の岐路なの。今ここで選択を誤ったら私の今後が詰むの。あなたも王を名乗るなら聖女に仕立てあげられたこの哀れな女の決断を見守ってちょうだい。……って言うかこっちの都合まる無視で突然呼び寄せて魔王討伐なんて危険な仕事させるとかコレって拉致とか詐欺とか犯罪にあたるんじゃないの? あーやっぱ無理。本気で無理。コイツらと同じ国に戻って生きてくとか、無理。あと少年お腹殴ってごめんね」


 そう。日本に帰る術がないとしても、この王子(クソ野郎)たちとまた旅をしてあの国に戻ることなど、あり得ない。


「王子、メノウ、アカギ。ここでお別れよ。あんたたちはさっさっとピエレオスに帰って自力で国を建て直しなさい」


「そんなっ君はどうするんだリノ!」


「だからうるせぇって言ってんだろ。自分たちの罪悪感を軽くするために私の心配をして見せるくらいなら最初からくだらない嘘つくんじゃねぇよこのボンクラ王子ども。あ、この『聖女の杖』返すわ。オーブは取れちゃったけど傷はついてないから後はそっちでどーにかして」


「そのオーブ、人間の持ち物にしてはそこそこ価値のある石みたいだけど返しちゃって良いの? 慰謝料として貰っておいたら?」


「いらない。婚カツ頑張って、いつか本物の王子様にもっと良い宝石のついた指輪貰う」


 そう言って『婚カツ』という耳慣れない言葉に首を傾げる少年王に向き直る。



「──と言うことで少年。私をこの城で雇ってちょーだい」



 なんで僕が?! と魔族の王たる美貌の少年は、その不思議な青色の瞳を見開いた。




*




 私が魔王城で魔王(ヴァルシュ)専属メイドになってから十日が過ぎた。


 魔王城でのメイド生活は、ぶっちゃけ日本でOLやってた時よりもこっちで聖女やってた時よりも快適だ。

 労働条件は8時から18時までの勤務時間で週5日。休憩あり、制服支給あり、まかない付きで住み込み可。お風呂にだって毎日入れる。聞くところによると労災や育児休暇なんかの制度もしっかりしてるらしい。


 尚かつ、婚カツのために家事スキルを磨いてきた私にはメイド業はなかなか性にあっていた。


(聖女の時は猫被りまくってて気疲れハンパなかったし、野宿もさせられたからな……。あのボンクラ王子、絶対旅費ケチってたでしょ)


 勢いで魔王に雇えと迫ってしまったものの、後から冷静になって考えると魔族の国の風習や食生活についていけるのか、今まで聖女()だった私が同僚とは上手くやっていけるのか。不安がどっと押し寄せてきた。このカッとなりやすい性格のせいで今まで何度後悔してきたことか。


 ……けれど実際に働き始めてみるとそんな心配は杞憂だった。魔族の人たちは、みんな私が王子たちに利用されているのを知っていて、同情的だったのだ。


(確かに旅してても魔物が私だけ襲って来ないなー? とは思ってたんだよね。聖女のオーラかなんかで近寄れない。とかじゃなくて別の理由で私には手を出して来なかったのか)


 そしてラッキーなことに、食文化や習慣もほぼ地球と似ていて、海外旅行をしている時の違い程度しか感じずに済んでいる。

 なんならお城の内装や調度品なんてピエレオス(人間)の城より綺麗で豪華だ。これが財力と資源の豊かさの差か。


(魔王城って言うからドクロとか真っ黒な十字架とか飾ってあってコウモリが飛び回ってる感じとか想像してたけど……)


 金と白を基調にした城内の各所にはめ込まれたステンドグラス。庭園の豊かな緑。咲き誇る季節の花。噴水。舞う蝶に唄う小鳥。

 日本人の私の感覚からしたら、魔王城は楽園にある聖なるお城みたいだ。


(さすがに働いてる人たちの外見には最初ちょっとビックリしたけどね)


 額から角の生えた初老の執事。一つ目のメイド長。全身が鱗に覆われた門番。二足で歩き人語を話す猫。炊飯器サイズのピンクのクラゲ。小さな妖精。働き者のドワーフ。


 でもみんな、姿が違っていても快く私を新人メイドとして迎えてくれた。仲間に裏切られていた私を気づかってくれた。都合も聞かず聖女として放り出した人間たちよりも、よっぽど温かった。


「あ、リノいた! ヴァルシュ様が執務室で呼んでるヨ!」


 勤務初日の自己紹介の時の同僚たちの笑顔を思い出して涙ぐみながらモップがけをしていると、メイド仲間のクミンがパタパタと廊下を走って来た。

 獣人族のクミン。猫耳と八重歯が可愛らしい女の子。私とお揃いのメイド服も、クミンが着ているとまた違った魅力がある。


「……萌え~」

「? なにソレ。リノの言葉は時々ムズカシイね」

「はっ。ごめんごめん。クミンが可愛くて、つい。ヴァルシュが私を呼んでるのね? 教えてくれてありがとう」

「たぶんお茶が飲みたいんだと思うヨ」

「げ。……お茶かぁ。うん、まぁ頑張るわ」

「行っテらっしゃーい」



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