1話 始めまして
「う……うん……うぇは! どこ此処!?」
顔に草や花が触れる刺激によってゆっくりと目を開き、脳が覚醒することで自分の状況を理解した。目が覚めたら何処かの森で倒れていた。
え、森……なんで?……ひょっとして拉致された。いやいや、だったらこんな森に放置なんてはずだよね? だったらなんで一般現代人の私がこんな森に居るの? 私が野生児だったら分かるよ、でも違うよね。その証拠に普通の服だって着て……。
「えっなにこの服」
現代の服は着ていた、ただ自分の身体には合わないものだった。『コーヒマメ!』とプリントされた買った覚えのないダサいティーシャツ、サイズが合ってないぶかぶかのスニーカーとデニム、スニーカーに至っては重くて歩きずらく、デニムは押さえていないとずり落ちてしまう。自分で着た覚えはないし、拉致られて着替えさせられたのかな? ダメだ謎が多すぎてなんもわかんない。
「う~ん拉致じゃないなら、あとは夢か」
拉致よりは現実味がある。いや夢に現実味があるとか矛盾している気がするけど、じゃないと今の状況の説明つかない。ヨシッ夢なら試してみようかな!
そこら辺に落ちていた手になじむ大きさの石を二つ拾って深呼吸。石を小刻みに振ったあとへその前に持って行き機械にセットする感じで置き(石は下へ落ちる)構え叫ぶ。
「変身!」シュッシュバ
なにも起こらない。
「やっぱりベルトとアイテムがないとダメか。アイテム出ろって思っても出てこないし、ひょっとして現実なの? でもドラゴンっぽいの飛んでるしな」
見上げたら空色のドラゴンが近くを飛んでいるのが見えたから隠れてやり過ごす、はずだったのに気づいたら追いかけてた。地上に降りて来たそれを認識した時にはすでに、アレがリンゴっぽい実を食べている音が聞こえる程に近づいていた。好奇心は猫を殺すってこういうことなんだなって嫌でも実感する。
「イット、イット」
でも食事に夢中でばれてないからセーフ。そのあとしばらく木の陰から観察してたら満足したのか何処かへ飛び去っていった。
「ドラゴン出てきたしさすがに夢……じゃあなんでお腹が空くの?」
当たり前こと、当たり前のことなんだよね。でもそれは現実だったらの話であって、いや今はどうでも良いや。
隠れるのをやめてドラゴンがさっき木を揺らして、落としたのに手を付けなかった木の実を拾うとほのかに甘い匂いがした。
そして空腹が判断力を働かせず毒があるかどうかよく考えもせずにかぶりつく。
「うぅ酸っぱい」
毒の有無以前に酸味が強すぎて体が拒否反応を起こす。匂いは良いのにこれっぽっちも甘くない。あの3個入りガムからスッパイの引いた気分。
よく見たら下に落ちているのは全部、木に実っているに比べてかなり青い。木を揺らして採ろうとしても私の力じゃ全く歯が立たないし、登って採る気力も出ない。
「はぁ最悪」
仕方なく落ちている物から虫食いが無いのを選んで口にした。でも空腹が満たされるとなんとなく余裕が生まれた気がする。
「とりあえず歩いてればそのうち覚めるでしょ」
それから森をさ迷うこと1時間。
「こんなに歩いているのにぜんーぜん景色が変わんない。いやそもそもどうやって夢から覚めるの!」
肌に当たる風や溜まってゆく筋肉の疲労、加えて鳥の鳴き声が少しずつ現実味を実感させる。ただ森の木々が色んな絵具をキャンバにぶちまけた様な色をしていたり、羽が生えた寸胴の蛇がそこら辺を飛んでるし、これのせいで現実だと思えないだよね。
いやなんと言うか麻薬中毒者が見る幻覚って感じ。もう少し可愛く表現するなら不思議の国のアリスに出てきそうなシャム猫が居そうな森、まあアリスはD社のアニメしか知らないけど。
「アリスっぽい夢を見てるのならウサギか猫がもうそろそろ登場しても…アダッ!えっなに…居た!」
何か頭の上に落ちてきたので思わず、上を見上げると結構高い崖に籠を背負った子供が登って居るのが見えた。猫でもウサギでもない人だ! ようやく第一村人を見つけた。人間を見つけてこんなに嬉しいなんて初めてかもしれない。
もうルンルンで声を掛けようとする私の真横に岩が落ちてきて鈍い音を立て、土が飛び散る。
「ひえっうん? うあぁぁ!?」
改めてあの子を見たらあれ登ってんじゃなくて、あれ崖から落ちて、飛び出てる木の根っこに籠が引っかかってぶら下がってるだけじゃん。誰か呼ぶ、いや無理だよ、こっちは此処が何処か知らないもん。えっちょっと待って、これ私が助けない不味くない!?
でもそれに気づいた時にはもう私は答えを出していた。がむしゃらに崖を駆け上がり、片手で子供を抱えてそのまま上によじ登る。
「ぜぇ……ぜぇ……」
案外なんとかなった、でもこんなの都合が良すぎる。私にこんなことできるわけない。
「あっありがとう、うあっ!」
「な、なにどうしたの?」
子供は青ざめた顔で私を指差す。
「うん? うわっグロ」
殺人鬼にでも出会したのか服は切り裂かれ血を流し、デニムは赤いダメージジーンズと化していた。どうしてこうなってるのか登った、崖の表面に鋭利な刃物の様な岩が露出していた。
「大〜丈夫ぜんぜん平気!」
「えっえぇぜったい嘘だよ!」
流石に無理あるか。それにしてもこんなザックリやったのに痛くないってことはやっぱり夢なのかな?
「僕の家にポーションがあるから手当させてよ、ねっねっ!」
『おっおう』この子の勢い圧倒されてそんな声が漏れた。あと後ろに落ちそうになった。
ともかくこれで森から出られるってことは、もうそろそろ終わりが近いのかも。
「そういえばお姉さん名前なんていうの? 僕はメアリー”メアリー・ピース”皆はメリーって呼んでるよ!」
「私…私は”牡丹あやめ”っていうんだ。あだ名とかは特に無いかな」
うん改めて見たけどめっちゃ美少年、もうお人形さんかって感じの。こんな美少年が登場してくると益々夢かって感じ。
「ところであやめは旅人なの?」
「・・・なんて?」
「ここら辺じゃみない格好だし、髪が黒い人間は珍しいからさ」
あやめの黒い髪や格好を珍しそうに見る。
「え~と黒髪の人見たことないの?」
「エルフとかサキュバスだったら見たことあるけど、人間は見たことないな」
おぅ予想外の返答に戸惑ったけど、これは確実に夢だと分かったぜ。
「どうしたの? あやめ難しい顔して、やっぱり辛い?」
「な~んでもないよ」
ということは好きな相手が白馬に乗った王子が出てくる系か。いやだったらこんなブラッドな出会いしないか、あとこの表現は古いか。
「ここだよ」
そうして案内されるまま着いていくと大きいだけで何の変哲もない至極平凡な大樹の前までやってきた。いやちょっと違うか、何の変哲もないってことはこの森じゃあ不自然だし。登場人物が全員殺人鬼の中で約一名だけ一般人が混じってるくらい。
「それでここからどうするの?」
「この木の周りをグルっとするの」
グルっと? することは分かったけどそれやって何の…いややってみるか。言われた通りに木の周りを一周したら不思議な事が起こった。いつの間にか夜になったと思ったら全く別の場所に居たんだ。木の周りに囲むように豪華な屋敷が並び、間を石畳の道が繋いでいる。街頭のうねる灯りは太陽が海の底を照らす時に見える水模様で、道が海に沈み欠けている様だった。
とにかく写真映えしそうな場所だなって想っていたら少ししてメアリーがやって着た。
「ビックリした?」
「うんビックリした。ところでどうなってるの?」
「コニー曰く”木の周辺空間が歪んでダンジョン化しちまってんだろうな”だって」
なるほど道理で真っ直ぐ進んでも景色が変わんないはずだよ。ダンジョンってことは出口見つけないと出れないのがお決まりだし。
「ここが僕の家だよ」
メアリーのあとについていくと他の屋敷より質素、と言うよりは絵本に出てきそうな煙突がある可愛い家に案内された。
中はフローリングの床に絨毯、その上に柔らかそうなソファーと木のテーブルに4人分の椅子が向かい合わせで置いてある。玄関から奥のキッチンが見えるようになっていて、暖炉と二階への階段、他にも部屋が二つあってなんだか白黒洋画の中に居るみたい。
「ポーション持ってくるから待ってて]
そう言ってキッチンの冷蔵庫から何か入った瓶を持ってきた。
「はい、これ」
「えっなにこれ?」
「ポーションだよ? あ、そっか開けられないんだね。はい開けたからぐいっとぐいっと」
そんなビール一気飲みの掛け声で渡された冷え冷え瓶に入ったピンク色の液体からは凄く甘ったるい匂いがした。
「何が入ってるの、これ」
「えっとね、回復草でしょ牛乳にあとイチゴかな」
材料が普通過ぎてこれ飲んだ程度で治るのかな。半信半疑で飲み干すと傷口が光輝きだし傷が瞬く間に時が巻き戻るように治ってしまう。
「……そうだ怪我治ったけどさ、もう外は真っ暗だし危ないから泊まっててよ!」
「えっ」
「ほっほら助けて貰ったのにそのまま返すのもなんだし、御馳走するからねっね!」
「うっうん、泊ってく」
ダメだ、ちょっとこの勢いに勝てない。
「でも良いの? 知らない人を泊めて」
「いいの、いいの、お姉ちゃんしばらく家に帰って来ないし、それにここら辺は泊まれるところないしね。あと妖精が出るかもしれないから外は危険だよ」
妖精? どんなのか分かんないけど出会ったら死ぬ系のやつかな。なんにせよ泊っていくしかないか。
この後お風呂を先にお湯を頂いて、乾いた血と汚れを落とし、用意してくれた服に着替えようとするとサイズが大きくて袖が余る、お姉さんのかな。
そして夕食後は疲れたのか凄い眠い。
「ベッドは二階にあるから好きな方に寝て良いよ」
そう言われて二階へ上がると部屋にベッドは二つあった。一つは余り使われた様子がないのとベッドの隣りにある机に沢山フィギュアが飾ってあった。お姉さんの方のベッドを選んで、靴を脱いで横になる。
横になった瞬間眠気が一気に襲ってきて目を開ける力が出ない。ここがゴールなのを実感するとこの夢もなんだか名残惜しくなっちゃうな。
でもいい加減に起きよう。
こうして私は夢から覚めるために眠りにつく。
ポーション(メアリー特製)
回復草に牛乳とイチゴを混ぜて煮詰めキンキンに冷やしたものでとっても甘い。
ポーションは家庭によって加える材料が異なる。