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薄暮

 

「待ってたよ。柚月」


 下宿に戻った僕を洸が待っていた。

 エントランスのソファーに座り、真っ直ぐにこちらを見つめてる。


「どうしたの?こんなところで」


「それはこっちのセリフ。どうしたんだ?こんな時間に出歩いて」


 いつも通りフランクだが、どこか問い詰めるような口調に背筋が凍った。迷惑をかけている自覚はある。大家さんはもちろん、今日は洸たちにも。少し後ろめたさを感じながら洸の隣に座った。


「こんな時間って。まだ8時だよ。コンビニ行ってただけだし」


 手に持ったコンビニの袋がカランと音を立てた。中身は缶ビール2本と軽い弁当。別に中身を隠すつもりもない。


「とりあえず俺の部屋に来ない?お茶でも入れるからさ」


 逃げられない。そう感じさせる力強さがある。


「わかった」



 彼の部屋は僕の部屋より荷物が多かった。サッカーのスパイクやその手入れ道具が玄関に置かれていて、いかにもサッカー少年の部屋という印象を受ける。


「そんなとこに居ないで早く入れよ」


 玄関で突っ立っていた僕に洸が言う。


「お言葉に甘えて」


 初めて誰かの部屋に入ったけれど、置いてあるものや片付け方に人が出ている。同じような部屋でも僕と洸でこうも違うと面白い。


「ここの下宿綺麗だよな、これ飲めよ」


 椅子に座ったところで僕の前に冷えた麦茶の入ったコップが置かれる。


「ありがとう」


「気にすんなよ。大したことじゃないけど相談があって待ってた」


「うん、そんな気はしてた。いつ帰ってくるかわからない僕を待ってるのなんて絶対おかしいし。で、なに?」


「柚月って口は固い方だよな」


 僕が聞くと真面目な顔になって洸は言った。ここまで言葉を詰まらせている洸は初めて見る。


「そんなに言いづらいなら言わなくていいよ。洸が困るようなことに僕がなにかできる気がしないし」


「いや、柚月にしか相談できないことなんだ。柚月は恋愛ってしたことある?」


「なに、いきなり。ドラマの見過ぎ?」


「ゆず」


 氷のような目線が僕に突き刺さる。


「ごめんごめん。真面目に聞く。で恋愛がどうかした?」


 洸は「ゆずの冗談とか言うんだな」とため息をついてから続けた。


「俺、中学の時にそれ絡みで友達と大喧嘩したんだよ。友達がある人に告白してさ。フラれた理由が他に好きな人がいるからって。でその好きな人ってのが……」


「洸だったと。それは洸が悪いわけじゃないし、仕方ないことってあると思うよ」


 僕が言うと洸はまた難しい顔をした。彼にとってこれは辛い思い出で、そんな傷口を土足で踏み荒らしているようだった。あまりいい気分はしない。


「応援するって話は前からしてたんだ。裏切られたと思ったんだろうな。そいつは口も聞いてくれなくなったよ」


「洸はそのこと知らなかったんだから」


「その時は俺も腹が立ったけど、今はどうすれば良かったのかなってそればっかりだよ」


 僕が何も言えずにいると洸は力なく笑った。


「柚月も気付いてるでしょ、戸田さんのこと」


「自分で気付いたわけじゃないよ。悠里に聞いただけ」


「そうか、悠里が。僕にはすぐわかったよ。ああいう視線を向けられることは今までもあったんだ。例の友人との間にいた女子もちょうどあんな感じだったよ」


洸は天井を見上げる。多分その目は何もみていない。


「戸田さんには悪いけど、不快なんだ。そういう感情を向けられること自体が」


「戸田さんはそのことを知らないよ。だから、断るのならちゃんと断ってあげてほしい。そうしないと……」


「俺は今の4人と卒業まで仲良く過ごしたいと思ってる。同じ下宿に居るのにお互い避けるようなことになるのは嫌だ」


 洸が戸田さんを振れば少なからず僕たちの関係性も変わるだろう。


「僕には洸が求めるものはわからないけど、それなら戸田さんの気持ちを受け入れちゃえばいいんじゃないの」


「そんな無責任なことを?」


「僕には戸田さんの気持ちもわからないし、洸のことだってそう。だけどこんな気持ちのままで一緒に居てもきっと長続きしないよ。付き合うのが無理ならしっかり振った方がいい。逃げ続けるのが一番不誠実なことだと思うよ」


「不誠実か……」


「うん」


 僕は悩む洸の姿を見て、少しだけ羨ましいと思った。僕には今まで悩むだけの関係性すらなかった。いつだって自分のことだけで精一杯。


 その後の洸はいつも通りでお互いの中学のことを語り合った。と言っても僕の方から話せることなんてほとんどなく、洸の部活の話を聞いていただけだった。そこでもやはり、僕と洸の違いが目立った。


 帰り際、洸の部屋を出るときに「柚月」と呼び止められる。


「今日は急にごめん。俺、もう一度ちゃんと考える。これからどうするか、どう向き合っていくか」


「いいよ、全然。それにさ……」


 口籠る僕を洸は訝しげに覗き込む。


「僕が戸田さんを好きになったりすることは絶対にないよ」


 それは聞いた洸は目を見開いた。そして一度頷いてから笑った。今度はどこか吹っ切れたような気持ちのいい笑い方。


「聞いてねえよ」


 洸は僕に向かって言った。


作者のリアルの都合でしばらく更新できません。

ご了承ください。

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