徒桜
__夢。
ただただ暗いところにいるだけの夢だった。自分がどこにいるのかもわからない。ただただ真っ暗闇の中を手探りで進む夢。どれだけ歩いても、どれだけ転んでも一筋の光も見えてこない。
目が覚めてもしばらくベッド上でボーッとしていた。窓の外はすっかり暗くなっていて眠りから覚めたのかよくわからない。
枕元のスマートフォンに手を伸ばし、時間を確認し、そのまま何となくネットニュースを見る。
『〇〇不倫発覚!相手は__』
どうでもいいってそんなの。
大きくため息をついて体を起こす。さっきほど重くもないけれど、誰かとご飯を食べながら笑い合ったりするような気分ではなかった。
申し訳ないと思いつつ、ネットニュースをスライドさせるそのままの指の動きでLINEを開く。
『新しい友達』という欄から洸の名前を探す。『ごめん、用事が入って夕飯一緒に取れなくなった』と打ち込み、送信ボタンを押した。
ボタンを押した指をスマホから離した瞬間、身体から力が抜けていくのを感じた。
「僕って大丈夫なのかな」
口に出して言ってみても全く感情に響かない。
__出かけよう。
ダボっとしたズボンとTシャツに着替えて、その上からパーカーを羽織る。
夜の街は好きだ。夜には昼間見えない光が見えてくる。その光一つ一つに人生があって、そのぼやけた光たちは殺風景な風景をこんなにも綺麗に見せてくれる。
部屋を出て財布と鍵をポケットにしまう。4月の夜はひんやりと肌寒い。
あてもなく、何も考えず、ただ歩く。けれどさっきの夢とは違う。一歩踏み出すたびに景色が変わって見える光も変わっていく。
この辺りは高台になっていて眺めが良い。遠くに見える高速道路では車の灯りが生き物のようにうねっていた。
前に一度、父さんにドライブに連れて行ってもらったことがある。その帰り道に車の窓から見えたぼやけた夜景が今でも忘れられない。車のスピードで流れる光はぼやけた流れ星みたいに消えていく。それを初めて見た時から、僕はこの夜の光に魅入られてしまっている。
少し歩くと今朝の公園が見えてきた。誰もいない夜の公園は少し背徳感がある。
僕はブランコに座り、頭上の桜を見上げる。夜の桜はザワザワと音を立てながら白い花弁を散らしていた。そのうちの1枚がひらりと僕の膝の上に乗っかった。
__誰かのために花を散らす。
今朝、同じようにブランコに座っている時、悠里は言った。その言葉が頭の中に響いている。そんな生き方ができたら素敵だろうなと思い、それからすぐに乾いた笑いが出た。
膝の上にあった花びらが涼しい風に流されて足元に落ちていく。綺麗に役目を終えた花びらたちを見ていると途端に自分が虚しく思えて仕方がなかった。
僕の役割ってなんだろう。高校に入ったのもなんとなくで特にやりたいことがあったわけじゃない。世の中には同じ歳でも、目標を持って毎日を精一杯生きている人はたくさんいる。
せめて誰かの手助けができたらいいな。自分が誰かに必要とされてそこに居場所があったらいいな。
少しは頑張ってみよう。
一人ブランコを漕ぎながら思った。