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自嘲

 

 ホームルームが終わってから洸たちはサッカー部の仲間たちと教室を出ていった。ワイワイと騒ぐ彼らの声が聞こえる。それは教室の外というだけだったけれど、違う国の人達の会話を聞いてるみたいに遠い会話だった。


 洸とは下宿仲間という縁がなければ関わることはなかっただろうと思う。洸だけじゃない。悠里も、戸田さんもきっとそう。僕は今、恵まれた環境にいるのかもしれない。


 そんなことを考えながらボーッと教室を出たところで後ろから声をかけられた。


「あっ柚月くん、昨日ぶり」


 振り返ると笑う戸田さんがいた。今朝の悠里ほどの衝撃はなかったけれど、なんでみんなこうも後ろから話しかけてくるのか。そんな下らない疑問を胸にしまい返事をする。


「戸田さん、どうしたの?」


「梶浦くん探してて、何組だかもわかんないしLINEも見ないしで連絡つかなくて……」


「洸なら僕と一緒の1組だよ。同じクラスでさっきサッカー部っぽい人と一緒に歩いて行ったけど……」


「あー部活か、ありがと!クラスはどう?」


 戸田さんは『しまった』という言葉を擬人化させたかのような表情をして、それからすぐに元の笑顔に戻った。この子、絶対嘘とか吐けないよな。悠里が言っていたことがなんとなくわかる気がする。


「まぁこれからって感じかな。新しい環境での人間関係づくり苦手だから」


「高校生活これからだもん、頑張らなきゃだよ!あと、教えてくれてありがと。それじゃあまた後でかな?」


「うん、また後で」


 戸田さんは笑ってそう言うと小走りに駆けて行った。走る姿に揺れるポニーテールがよく似合っている。


 戸田さんみたいに毎日を一生懸命生きられる人はすごいと他の生徒で見えなくなる後ろ姿を見て思う。


 僕のそういう気持ちは味覚と一緒にあの時止まってしまったような気がする。


 知らない男子生徒2人がコーヒー牛乳を買って楽しげに並んで歩いていく。僕はコーヒー牛乳であんな風には笑えない。


 そんな彼らを見ているのが辛くなって下駄箱で靴を履き替え、足早に校舎を離れた。


 みんなが当たり前に感じているものを感じることができないということへの劣等感から中学の友達とは距離を置いてしまった。僕は彼らにこの障害のことを打ち明けることができなかった。そのことで気を遣われることはもっと嫌だったから。


 なんてわがままなんだろう。


 信号を待つ間にイヤホンをつける。時間帯のせいなのか車は1台もいなかった。何を待つわけでもなく、ただそこでの停滞を求める赤色。嫌がらせをしているんじゃないかとすら思えてくる。


『__続いてのニュースです。横断歩道を歩いていた親子に車が……』


 イヤホンから流れる誰かの不幸が読み上げられていくだけの単調なニュース。


「こんなんばっか……」


 僕は青になったのを確認して横断歩道を渡った。


 こういうニュースが流れるたびに母が事故に遭った日のことを思い出す。僕が学校から駆けつけたときにはもう手遅れな状態になっていた。どれだけ泣いても無駄だと分かっていたのにそれでも涙は止まらなかった。


 鍵を開けて自分の部屋に入る。ここに引っ越してから2週間ほど経つけれど、まだ家という感覚はなかった。電気のついていない部屋は薄暗く、今の気分にはちょうどいい。


 ブレザーを椅子に脱ぎ捨てて、冷蔵庫からチョコレートを一かけら取り出して乱暴に齧った。冷えたチョコレートは比較的食べやすい。栄養のあるものを食べなければと頭で分かっていても、それができない。多分それが僕の弱さ。


 ワイシャツのままベッドに寝転ぶ。


 __なんだか疲れた。


 普段ならシャワーの一つでも浴びるところではあるけれど、何もやる気が起きなかった。長い時間座っていたせいか、睡眠不足のせいか、初対面の人との慣れない会話が多かったからか、とにかく身体が重くて、錆び付いた自転車のようにぎこちない動きしかできなかった。


 薄暗い部屋で手の輪郭が歪んでいる。僕は横になったまま目を瞑った。





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