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哀切

 

 食堂では大学生数人が集まって話をしていた。こういうガヤガヤとした雰囲気への苦手意識と食事への抵抗から僕はこの場所があまり好きではなかった。


 4人でテーブルを囲んで座る。こうして誰かと集まって座るのは新鮮だ。向かいの席に誰かがいるということは1年近くもなかったから。


 さっき僕らを先導していた男子が3人の顔を見渡してが話し始める。


「よし自己紹介といこうかな。俺、梶浦洸。小中とサッカーやってました。高校でも続けるつもり。よろしく」


 サッカーか。元々僕は運動が得意ではなかったからあまりいい思い出はない。そんな運動への苦手意識が運動部員への苦手意識につながり、今まで梶浦くんのようなタイプとは今まで関わりがなかった。


「それこないだも聞いた」


「悠里、中尾くんは初めてでしょ?私は戸田涼子。でこっちの無愛想なのが相坂悠里ね」


 つまらなそうに頬杖をついていた黒髪の女子が言うのを背の低い優しそうな女子がなだめる。


「僕は中尾柚月。相良高校が家から遠くてここに下宿することに決めました。よろしく」


 仲の良さそうなやりとりに気後れしながらも自己紹介をする。


「柚月か、なんか可愛い名前だな。ゆずって呼んでいいか?」


 梶浦くんが笑いながら言うと戸田さんも「いいね」と乗っかる。相坂さんはそれを見て小さくため息をついていた。僕も別に嫌なわけではなかったので否定はしない。


「好きに呼んでよ。ところで3人は元々知り合いだったの?」


「ううん、梶浦くんとはここで初めて会ったの。高校生って私たちしかいないから自然と集まって。悠里とは中学が一緒なの。ね、悠里」


 そう言って戸田さんは相坂さんの方を見る。それを相坂さんは軽く流した。多分普段からこんな感じなのだろう。


「そうだね。まぁ中学の時はそれほど喋らなかったけど」



「悠里は釣れないなぁ。そうだ!梶浦くんも中尾くんもこれから一緒にご飯とか食べようよ。どうせ食堂に集まるんだし」


「俺、学校が始まったら朝は部活があるからなぁ。夜なら平気だぜ」


「そういうことなら夜だけかな、悠里と中尾くんもいい?」


「いいよ」


「私も構わないわ」


 相坂さんも僕に続いて了承する。


 正直、僕にとって食事は誰かと共にしたいような楽しい時間ではなかった。けれど、この3人と仲良くなりたいという気持ちはある。梶浦くんのような用事があるわけでもないので断る理由もない。


 話が落ち着いたところで相坂さんが席を立った。


「そうだ、私これから少し用事があるんだ、だから私は部屋に戻るけど。ごめんね」


「じゃあそろそろ部屋に戻るか」


「そうだね」


 梶浦くんの言葉に戸田さんが乗っかり、僕も頷いてから立ち上がった。


 まだ話し始めてから30分も経っていないけれど、正直食堂にいることが僕としてはあまりいい気分ではないので異論はなかった。


 食堂を出て踊り場まで来たところで相坂さんは声をかけた。


「私とゆずは上のフロアだから、ここで」


『ゆず』という呼び方にドキっとしたが、平静を装って返事をする。


「そうだよ。上の階、と言ってもさっき来たから知ってるよね」


 納得したように洸も続ける。


「そういえばそうだな。俺と戸田さんはここだから。じゃあまた明日かな。入学式で」


「うん、今日は誘ってくれてありがとう」


 戸田さんは小さく手を振って洸の方へ向かっていった。

 相坂さんは僕の隣を淡々と歩いている。その顔はどこかつまらなそうに見える。


 2人が見えなくなってから相坂さんが「はぁ」とため息をつく。


「正直、ゆずが来てくれてよかった」


 さっきまでの緊張が緩んだように微笑む相坂さんはとても綺麗だった。


「ゆず?」


 呼ばれるたびにくすぐったい感じが僕を襲う。こんな風に呼ばれたことは家族からもなかったから。


「いや、その呼び方採用されたんだなって」


「嫌ならやめるけど?」


「ううん、なんかそういうの嬉しいなって」


「ならいいじゃない。私のことも悠里でいいよ」


 あっけらかんと言う。うろたえた僕が馬鹿みたいだ。


「それで、さっきのどういうこと?」


 少し考え込んだあと、ため息をついて、ゆっくり歩きながら悠里は言う。


「ゆずならいっか。さっき言った用事があるって嘘なの」


「なんでそんなことを……」


「別にあの人たちが嫌いってわけじゃないの。まぁこれはずっと見てるからわかるんだけど、涼子は梶浦くんに惚れてる。本人にもそれとなく確認済み」


「ほれ……?」


「ゆずってばかなの?」


 その場で固まっている僕を見て相坂さんは少し呆れたような表情をした。そんな横顔すらも美人がやると綺麗に見えてしまう。


「ま、まぁ意味くらいはわかるけど、なんでそれを僕に?」


 そう訊くと前を歩いていた悠里はこちらに振り返り、今までで一番強い語調で捲し立てた。


「あのね!ゆずが来るまでの2週間!私は、“好きです” オーラ全開の女子とそれに気づかない鈍感男子に挟まれて生活してたのよ?そこに1人でいるのともう1人いるのでは全然違うの。どうせ今頃、涼子と梶浦くんは2人でイチャコラしてるわよ」


 今までの冷めたような雰囲気からは想像もつかないような勢いだった。案外こっちが悠里の素なのかもしれない。


「災難だったね。それと、僕なんかに戸田さんの恋愛事情なんて喋ってよかったの?」


「私は涼子から『梶浦くんには言わないで』としか言われてないもの」


 悪びれもせずに言う。こういう物怖じしないところには素直に憧れる。揺れる黒髪が艶を帯びており、彼女の凛々しさを際立たせている。


 前を歩いていた悠里が突然立ち止まる。


「じゃあ、私の部屋ここだから。今日は楽しかったよ。明日からよろしくね」


「うん、今日はありがとう。僕も楽しかった。こちらこそよろしく」


 僕は部屋に入っていく悠里に小さく手を振り、自分の部屋に戻る。


 部屋にはまだ開けていないダンボールがいくつか残っていた。


「片付けないと」


 さっきまでの賑やかな空間から1人の空間に戻ってくるとそこがとても虚しい場所のように感じてしまう。

 まるで一人砂漠に取り残されたみたいな、そんな気持ちになった。


「慣れてるはずなんだけどなぁ」


 父親が帰ってくることはほとんどなく、一人暮らしをしていたけれど、どんなに暗く冷たい部屋に入ってもこんな気持ちになったことはなかった。


 __なんだよ、これ。


 そんな気持ちをごまかすかのように僕はベットに飛び込んだ。

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