表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

Prologue

 


「ゲホッゲホッ!」


 僕は運ばれて来たばかりのミートソーススパゲッティを吐き出した。

 周りの人がチラリとこちらを見る。


__味がしない。


 このファミレスには何度も来ていた。家の近くで安く楽にご飯を済ませようとするとこういう所に頼ってしまう。一人暮らしで自炊もするけれど、毎日はしんどいものがある。


 このスパゲッティを頼むのも初めてというわけでは決してなかった。


 でも、こんなことは初めてだった。


 もう一度、目の前のミートソーススパゲッティを見る。なんの変哲もない、多分冷凍のスパゲッティ。見た目と香りは一緒なのに味がなく、それでいて肉臭さみたいなものだけはあるのだ。とにかく今の僕には食べられたものではなかった。


 店員に文句を言おうと周りを見渡すが、僕以外にそういう人はいないらしく、みんな楽しそうに談笑している。


__僕だけなのか?


 勘違いだったのではないかと自分に言い聞かせながら二口目を食べる。


 それでも、やはり味はしなかった。また吐き出してしまいそうなのをなんとか水で流し込む。味のないミートソーススパゲッティはとにかく不快なものだった。


 隣の人から冷ややかな目線を向けられていることに気付いて、急に居心地が悪くなった。僕は学生カバンとコートを急いで取って席を立う。レジまでを走る寸前の速さの早歩きで進み、会計を済ませて逃げるようにファミレスを出た。『ありがとうございました』と丁寧にお釣りを渡す店員も顔も見れなかった。


 怖いと思った。何に対しての恐怖かはわからない。けれど、とにかく行き場のない不安と恐怖が胸の中で渦巻いていた。


 ドアをたった2枚隔てただけなのにレストランの外は恐ろしく寒かった。冬の夜の風が肌を突き刺す。


「さむ……」


 コートに包まるようにして歩いた。いつもの夜闇が一層黒く見える。


 借りているアパートは5分ほどでいつまであれば何も考えずにサッと歩ける距離なのだが、今はその距離ですら、ものすごく遠いものに感じた。


 近くの公園の自動販売機が煌々と夜道を照らしている。僕はホットのブラックコーヒーを買って、それから近くのベンチに座った。


__はぁ。


 自然とため息が出る。食費に余裕があるわけではない。あの味のしないスパゲッティだって、無料ではなかった。


 まだ温かい缶を開けるとコーヒーの匂いが辺りに広がった。すぐそこにアパートが見えているが、自分の家で確かめたくはなかった。普段はブラックなんて飲まない。買うとしてもカフェオレ。


 缶に口をつけ、ズズッと少しだけ口に入れる。コーヒーの香りが鼻から抜けていく。


「なんで……」


 無意識のうちに出た言葉だった。香りは確かにコーヒーだ。けれどブラックコーヒーのあの苦味がいつまで経ってもやってこない。コーヒー風味のお湯。


 嫌でもわかった。


__今おかしいのは僕の方だ。


 まだ一口しか飲んでいない缶をゴミ箱に投げる。乱暴に投げ捨てられた缶はゴミ箱を外れ、暗い藪の中に消えていった。ゴミを拾いに行く気も投げた時に手にかかったコーヒーを拭う気力すらも、僕にはもうなかった。


 中学3年の冬休み。僕、中尾柚月は味覚障害だと診断された。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ