第1話 悪事の定番はバスジャック!? Bパート
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仮想西暦2035年8月
始まりは25年前、アメリカの片田舎だったそうだ。
番組製作の為、バードウォッチングに来ていた2人のテレビスタッフが、最初の目撃者となった。
彼らが目撃したのは、巨大なフリスビーのような形の岩塊に人面がひっついた姿の怪獣と、それを追撃する、人型機動兵器と戦闘機の部隊だった。
怪獣と謎の部隊は、森の中で呆然と見上げる目撃者の目の前で、数分間の戦闘を繰り広げた後、共に空に開いた穴へと消えた。
しかしこの後、両者はワシントンDC、ロンドン、パリ、モスクワ、北京、そして東京と、世界各地をワープ移動しながら戦闘を続け、その都度、道中で破砕された人面岩の破片や流れ弾により多くの被害が発生。事態を察知した各国の軍隊も迎撃に加わったが、有効なダメージを与えられないまま、そのことごとくが撃破された。
そして最後には、東京駅上空で岩の塊は完全に破壊され、中から『巨大怪獣』が出現。(後に研究チームのリーダーの名から、ツブラと命名される)
そのまま着地し、東京駅のホームを踏み潰した。
自衛隊と在日米軍、そして謎の部隊による猛攻が行なわれるも、ツブラの反撃により人型機動兵器は撃墜された。
しかしその墜落地点から、光に包まれた巨人が出現。交差させた腕からビーム攻撃を繰り出し、ツブラは爆散。謎の部隊の生き残りは巨人と共に、再び空の裂け目へと消え、二度と現れる事は無かった。
戦場となったこの世界に対して、何ら謝罪も償いもせずに・・・。
『はた迷惑なヒーローショー事件』
後にそう命名されたこの騒動はしかし、世界各国に甚大な被害と、2つの福音を残した。
それは、謎の部隊が遺していった人型兵器の残骸を分析して得た新技術と、戦場となった地域において発見された、未知の物質。
『Variable indeterminate penetration shapeshift』因子。通称を『Vips因子』と名付けられたソレは、岩の破片や怪獣の遺骸から発生し、人間にのみ影響を及ぼした。
その影響とは、マンガやアニメだけの存在とされてきた、『特殊能力』の発現。国連主導で残骸の回収が始まったものの、時すでに遅く、破片の多くが裏社会に出回った。
そして、『Vips因子』に触れた特殊な力を操る者『逸汎人』を巡り、世界は二つに分かれた。
能力を世界平和の為に使う『ヒーロー』陣営と、自らの欲望の為に使う『ヴィラン』陣営である。
そして世界は、星の数ほどの『個人ヒーロー』や『戦隊』、『悪の組織』が乱立し、両陣営とも時に共闘し、しかし時には同士討ちを行う、群雄割拠、乱世の時代を迎えた。
それから25年。ヒーロー達の多くは、東京湾に新設された人口島「第24区津布楽谷」に置かれた拠点『アズマバーエ』に籍を置き、総司令官ジャスト・ジャスティス指揮の下、『ヴィラン』との戦いを続けていた。
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???
高校生の頃の、歴史の授業の夢から覚めると、私はどこか薄暗い空間の中で、宙に浮いていた。
「・・・?ここ、どこ?・・・って、なにこれ!?」
いや正確には、何か台のようなものに縛り付けられ、それが地面と垂直に立て掛けられている状態だった。
そして目の前には、見慣れた顔が、見慣れぬ姿で佇んでいた。
「・・・先輩、それ半魚人?」
「誰が半魚人かっ!?」
四宮先輩は全力で否定するが・・・。
ふくらはぎからヒレの生えたブーツ。鋭い爪が延び肘までびっしり鱗で覆われたグローブ。見えちゃいけない部分を隠すように、軟体動物の触手が巻き付いた意匠のボディアーマー。そして、なぜか顔の左半分だけを隠す、鮫がモチーフのマスク。
これを半魚人と呼ばずして、なんと呼ぼうか。
「ホッホッホッ、ずいぶんと威勢の良い後輩じゃな。ディスノミア」
「はっ、取り乱してしまい、申し訳ありません。Dr.エリス」
いつの間にか、先輩の隣には1人の老婆がいて、先輩はその人に低姿勢で応じた。
哲学の授業で見た、古代ギリシャ風の衣装を纏ったその老婆を、私は、どこかで見たことがあった。
確か、ヴィラン組織の一覧の中で・・・。
「Dr.エリス・・・世界に不和を広げようとしてる、『エリス・ファミリア』のボス?・・・じゃあ、先輩もヴィランだったんですか?」
「あら、その通りよ。さすが佐村さん、ウチみたいな弱小組織まで把握してるなんて、博識なのね」
先輩は嬉しそうに、半分隠れた顔を邪悪に歪める。
でも先輩、お隣、お隣っ!
「ほうほう、で?どこの誰が弱小組織だってぇ?ディスノミア」
「・・・あっ!」
気づいたときには時すでに遅し。Dr.エリスは懐から金のリンゴを取り出し、それを先輩めがけて投げつけた。
ビシッ、バシッ、ビシッ、バシッ。
リンゴの芯にはゴム紐が結ばれており、お祭り屋台のヨーヨー風船が如く、先輩の顔面とDr.の掌を往復する。
「アボッ!?ごばっ!あべしっ!ぎゃふんっ!」
「随分と態度がデカいじゃないかぁ?母親から名前を継いだだけの二世怪人の癖に。しかも先日、スパルタン相手に失敗したばかり!まさかそれも忘れたのかい?」
「ボサッ、ノバッ!い、いいえ。忘れておりません!」
マスクを吹っ飛ばされながら、先輩が尻餅をつくと、ようやくリンゴ攻撃は止んだ。
「いいかい!?次にヘマしたらヒラ戦闘員に降格だよ。給料は七割カット、勤務時間中の発言はすべて『エリスバンザイ』のみにするからね」
「(・・・うわぁ、まさにブラックな組織)」
私は、自分のことはどこへやら、先輩に憐憫の念を向ける。
すると、Dr.の興味は(ようやっと)私の方に戻ってくる。
「それで?何でこの娘を真っ先に?」
「はぁ・・はぁ・・佐村さん、もとい佐村伊月の家系は特別なのです」
「(ギクッ!)」
私は、(今更ながら)先輩達への警戒感を強める。
この間のパジャマパーティ、先輩がやけに私の個人情報を知りたがって絡み付いてきたのは、酔っ払ったからじゃなかったのか。
「ほうほう、特別ねぇ」
「はい、母親は弁護士。父親は他界していますが元地方議員。母方の祖父母も政財界に顔が知られており、何より彼女の曾祖父は、元・内閣総理大臣でございます」
「なんとっ!とんでもない逸材ではないか!早速改造しよう。そうしよう!」
Dr.エリスは舞台女優の演技の様に狂喜乱舞し、私の視界の外から、何やら巨大な機械を運んで来た。
私は何をされるのかを察し、先輩やDr.へ説得を試みる。
「ま、待って待って!こういうのって普通人質にするパターンじゃないの?改造なんて勿体なくない?ねぇ、先輩っ!」
「何を言うか。ただ人質にする方がもったいないであろう。貴様の身の安全と引き換えに金を要求しつつ、怪人にした後で解放すれば、その後にスパイや尖兵として暗躍させられるであろう。政財界の支配も夢ではないのぉ」
「そんな野望に私を巻き込むな!この鬼!悪魔!きゅーけつきー!」
精一杯の罵声を浴びせるが、Drはしれっと一言。
「儂らは『ヴィラン』じゃが、それがどうした?」
「大丈夫よ、佐村さん。痛いのは一瞬、すぐに気持ちよくなるわ」
しかしあっさりと失敗し、私の正面に、改造装置がセットされる。
ところが、装置を弄っていたDr.が、ふと首を捻った。
「はて?洗脳装置の調子が悪いのう。まぁ改造が終わってからでもいいか。じゃ、ポチッとな」
「ちょっとぉ!やること雑だろだろぅっぷ!?」
適当にスタートボタンを押したDr.に、思わず文句を叫んだ私だったが、そのせいで開いた口の中に、装置から飛び出した何かを詰め込まれる。
ゼリーのような感覚のそれは、まるで意思があるように、自分で喉の奥へと入り込んでいく。
そして・・・。
ドックン!
私の中で何かが弾け、その衝撃の強さに、意識が遠くなった。