第1話 悪事の定番はバスジャック!? Aパート
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仮想西暦2060年7月某日
東京都某所 城南学院大学 法学部棟 とある講義室
『前期期末試験 哲学科 受験日:7月**日
学籍番号:L8341-1104 法学部法律学科
2回生 佐村伊月
設題:講義にて取り扱った内容を一つ取り上げ、概略とあなたの意見を述べなさい。
解答
:本文において、プラトンの『哲人王』について記述してゆく。
古代ギリシャの哲学者プラトンは、その著書『国家』において、「民主主義が認める自由とは・・・(中略)」と述べ、民主主義の許容する自由には、犯罪や堕落の自由も含まれると批判し、良き国家の在り方とは、「十分に善についての知識を得た賢者、すなわち哲学者が王となり、彼が全ての権限を持つ独裁国家となること」であると説いた。
しかし、私は、このプラトンの主張には見落としがあると考える。それは、いわゆる『公共の福祉』の概念である。
『公共の福祉』は、日本では憲法12条や、民法1条にて『私権は公共の福祉に適合しなければならない(民法1条1項)』『権利の濫用は、これを許さない(同3項)』と規定される概念であり、これに照らし合わせれば、プラトンの主張するような犯罪は『公共の福祉』に反し許されない事になる。
(中略)
すなわち、民衆が自由放任な状態であっても、互いに損失を避ける行動をとることで、自然と秩序が生まれ・・・』
リーンゴーンガーンゴーン
「はいっ!そこまで!筆記具を置き、答案を提出しなさい」
「かぁ、あとちょっとなのにぃ・・・」
未練たっぷりながらも、私は試験官の指示に従い、あと数行を書き切れなかった答案を手に、席を立つ。
そして、関節の痛む利き手をほぐしながら答案を提出し、荷物を取って教室を出た。
外へ出ると、時刻は10時半。朝の9時から2科目を連続で受験し、頭は耳から湯気が出ているのでは?と思えるほど疲れていた。
「(今日はこれで終わりなんだけど・・・)」
学食はあと1時間しないと入れない。なので帰宅がてら、駅ビルの本屋の古本市でも覗くことにした。
「あそこ、たまに100円で掘り出し物が買えるから、重宝してるんだよねぇ」
と、そんなことを考えながら、大学と駅のシャトルバス乗り場に行き着いた。
私と同じく、試験を終えたであろう学生が数人いて、中には明日以降の科目なのか、まだ試験勉強をしている人もいた。
と、その中に見知った顔を見つけた。
「あ、四宮先輩!」
「・・・ああ、佐村さん、あなたも今日はこれで終了?」
法学部の先輩、四宮水華。艶やかな黒髪を持つ、クォーター。
入学したての頃からお世話になってる、憧れの人だ。
「ええ。憲法と哲学の試験だけだったので・・・。先輩は?」
「私も2つだけだった。でも民法がコケちゃって」
「私も、哲学が時間切れで・・・」
2人で試験の失敗を語り合っていると、バスが来た。
他の学生に続いて乗り込むと、運良く後方の席に2人で座ることができた。
「ふふっ、これは儲けたわね」
「・・・先輩?」
「っと、なんでもないわ」
何やら先輩が呟いていたが、バスの発車する際の騒音で聞き取れなかった。
この時、彼女の異変に注意を向けていれば、私の生活は平穏なままだったのかもしれない。
*****
しばらく後
バス車内
「・・・・で、法学部生として、プラトンに格好良くツッコミを入れたかったんですけど・・・」
「残念だったわねぇ」
駅までの車中、私が哲学の答案に書いた内容に先輩が興味を持ったようで、それを話題にしていた。
すると、あらすじを聞き終えた先輩が、ふと私に問いかけてきた。
「ところで佐村さん、『哲人王』を選んだのって、なにか理由が?」
「え?・・・深い理由はないですけど、講義の時に一番面白かったから、かな?」
「面白い?・・・なるほどねぇ・・・これは良いソタイになりそう」
「・・・あの、先輩?」
何か含みのある笑みを浮かべた先輩に、私はなんだか嫌な予感を覚えた。
おまけに、バスの外に見える風景が、いつもと違うような・・・
「ねぇ、佐村さん。あなた、現代の<哲人王>については、どう思う?」
先輩が唐突に訊ねてきた。
「現代の・・・?あぁ、『ジャスト・ジャスティス』ですか?」
現代では、もはやフィクションの存在ではなくなった、ヒーローやヒロインたち。
その先駆けの1人とも言われているのが、ヒーロー達の連合組織『アズマバーエ』の総司令官、ジャスト・ジャスティスだ。
言われてみれば、世界の平和を維持するために、特殊な能力を持った人たち/『逸般人』の厳格な管理を訴え、それを実現させた彼は、プラトンを引き合いに<哲人王>の二つ名で呼ぶ人もいるんだったか。
四宮先輩は、満足げに頷きながら、語りだす。
「あの筋肉ムキムキマッチョマンは『逸般人の能力は危険だ!適切に管理しなければならない』って主張してるけど。それもあなたの考える『公共の福祉』による制御を無視した理論じゃない?」
「いやでも実際、能力を悪用する『ヴィラン』がいる訳ですし・・・」
『逸般人』の能力は千差万別だ。怪力や頑丈な身体に、炎や氷を吹き出す能力、なんてのは定番で、人によっては影分身や透明化もお手の物。挙げ句の果てには、粒子や触手で他人を洗脳したり、寄生して操ったりできる者も確認されている。
そして、そういう能力を持った人間は、半数以上がそれを私利私欲に濫用する。
「でも、そういうのって、『アズマバーエ』以外の個人ヒーロー達が解決することも多いでしょ?まさしく、あなたの考える秩序が生まれてる証拠よ」
「・・・何が、言いたいんですか?」
なんだかヤバい。叔母譲りの私の直感がそう告げていた。
そしてその直感通り、バスはいつの間にか、市街地から山間部に入り、それに気づいた他の乗客たちが騒ぎ始める。
「なぁ、運転手さん。道間違えてねぇか」
「ここどこ?・・・って、ケータイも通じないし!」
しかし、先輩は異変を気にせず、私に絡み付くように密着してくる。
「せっ、先輩?」
「うふふ、怖がらなくても良いの。私が言いたいのは、ヒーローなんて居なくても、世の中は平和に出来るよね、ってこと。同じことを、あなたが考えてくれて嬉しいわぁ」
キキィィィ
急ブレーキと共に、バスが止まる。
すると先輩は、なぜ持っているのか、ガスマスクを鞄から取り出して被る。
ほぼ同時に、運転手が席を立ち、乗客達へ向き直った。
「お待たせしました。終点、『エリス・ファミリア』でございます。運賃は、皆様自身の命っシャーー!」
次の瞬間、運転手の頭が粘土細工のようにグチャグチャになり、たくさんのトカゲの頭へと変わった。
「かっ、怪人だぁ!」
『さぁ、共にエリス様の元へ行くっシュ!しゅーーー!』
パニックになる私たちへ向かって、怪人は白いガスを噴射した。
ガスは一秒もしない内にこちらまで届き、私は席を立つこともできないまま、それを吸い込んでしまう。
「むぐっ、・・・セン、ぱ・・・い」
『ごめんね、佐村さん。埋め合わせは、今度たっぷりと・・・』
意識が遠くなり、先輩の言葉も良く聞き取れないまま、私は彼女に倒れかかった。
*****
少しして(四宮水華 視点)
佐村さんが気絶し、けれど触れた脈がきちんと鼓動を刻んでいることを確認した私は、彼女をそっとシートに寝かせながら、席を離れる。
周りでは他の乗客たちが、佐村さんと同じように意識を失い倒れている。だが、いずれも命に別状はなさそうだ。
私は鞄から分析装置を取り出し、腕時計を見ながら、ガスが無効化するまでの時間を測る。
1分後、散布前と同じ空気に戻ったことを確認し、私は蒸し暑いマスクをとった。
そして、前方で仁王立ちしている、部下のヒュドリアンへと近づき、報告する。
「成功よ。これなら痕跡を残さず、戦闘員をスカウトできるわ」
「・・・・」
「・・・?どうしたの?返事をおし!・・・ねぇ、ヒュドリアン?」
異変を察し、私は頭一つ分高身長の部下の肩を揺さぶる。
ギィーー、バタン
ヒュドリアンは硬直したまま、私の方へ倒れかかってくる。
私は乗客に足をとられ避けられないまま、彼の下敷きになってしまう。
「ぐぇっ!?ちょっとぉなに・・・って、自分のガスで気絶してんじゃないわよ!シ◯ッカー怪人かおどれは!」
その後、いつまでも降りてこない私たちを心配した戦闘員達が乗り込んでくるまで、私は多頭のトカゲ怪人の下でもがき続ける醜態を晒した。