第5話(冬休みスペシャル)一掛け、二掛け、三掛けて、仕掛けて消してターミネート Fパート
今回は2話同時投稿です。
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同日 深夜
3番街14丁目 廃教会
何年も前から打ち捨てられ、建物内も各所で崩落が起きている廃教会。
警察により入り口に『立ち入り禁止』のテープが張られた入り口を掻い潜り、1人の女性がそこを訪れた。
思い詰めた顔をした、喪服に身を包んだ彼女は、大きく膨らんだ封筒を抱えながら奥へと向かう。
聖堂の中は天井が抜け、散乱する瓦礫を月の光が照らす状態。そんな身廊を抜けた先には、不気味な像が立つ祭壇があった。
左右のこめかみからヤギのような巻いた角が伸び、口元からは見えるのは飛び出た2本の犬歯。巻き付いた蛇が股間と胸を隠すだけの半裸状態で、地面へ垂直に突き刺さった剣にしなだれかかった姿の女性を象った邪神像。
教会とは不釣り合いなそれに、女性が慄いて立ち止まると、向かって左手側から声がかかる。
『こっちだよ、迷える子羊さん。頼み料を持って、「6番」に入りな』
「っ!?」
女性が声の方を向くと、壁沿いに並んだ告解室の内、6番のプレートが架かった扉が、独りでに開いた。
恐る恐る入ると、中は電話ボックスほどの狭い個室。奥の壁は木製の細かい格子窓になっていて、その向こうに人影が見えた。
蝋燭に照らし出された、修道女の姿をしたその影は、彼女に訊ねる。
「お名前は?」
「・・・ミーアと言います。貴女が、<イレイザー>?」
「アタシは元締めって奴さ。あんたの殺したい相手は?」
「・・・『GARGLE』の社長、スキート・スワム。あいつは、会社で開発したツールを強盗団に渡して、競合相手の顧客を襲わせていた。それにはディック・テーターって警官と、ディア・アヴァーロって偉い奴も関わっているわ」
「スワム、テーター、アヴァーロ。その三人かい?」
「それと強盗、『ガーゴイル』の5人組。奴らは普段、『GARGLE』の『製品検査班』として、本社ビルに出入りしているの」
そこまで語ると、ミーアはうつ向き、言葉をつまらせた。
「ジョンは、私の恋人は・・・『GARGLE』の技術者で、自分の発明が犯罪に使われたんじゃって疑って・・・会社と強盗の繋がりを突き止めて・・・私に証拠を送ったせいで、奴らに・・・」
「辛かったね。仇は、アタシらが必ずとってやるとも」
ミーアは涙を流しながら、札束の入った封筒を、衝立の下の隙間から渡す。
そして立ち上がると、修道女―ボティシアに告げた。
「今夜中に、あいつらを始末して。そうしたら私、彼に報告しに行くから」
そう言い残して部屋を出て、濁った眼で邪神像を一瞥すると、ミーアはふらふらとした足取りで去っていった。
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頼み人が去ったあと、邪神像の前にはボティシア本人の他、レンさん、アトラちゃん、ミッドヴィレッジ巡査長、ラタン医師、マーガレットちゃん、3番街のイレイザー>一同が揃っていた。
そして、少し離れたところに、私と叔母さんが控えて、様子を見守っている。
黒づくめの修道女は、紙袋の中に入っていた札束を解き、祭壇の上で6等分する。
「標的は『GARGLE』社の社長、スキート・スワム。その社員、通称『製品検査班』こと強盗団『ガーゴイル』。警察本部人事部長、ディック・テーター。マンハンタン自治議会の議員、ディア・アヴァーロ。以上さ」
「・・・アヴァーロは、私が貰います」
最初に前へ出たのはアトラちゃんだった。
祭壇から取り分を掴みとった彼女は、そのまま外へと出ていった。
その背中を見送る一同。けれど姿が消えたあと、マーガレットちゃんは、不安そうにレンさんを見やった。
「ねぇ、あの子に単独で殺らせるのは早くない?」
「解ってるさ。ボティシア、俺は今回アシストだから、半額で良いや」
そう言って彼は、取り分をさらに二等分し、律儀にも余った札の半額の硬貨を置くと、アトラちゃんの後を追った。
「やれやれ、そんなルールを作った覚えは無いんだけどね」
「まぁ、その律儀さが取り柄ですから。では、『ガーゴイル』は私とマギーで殺りましょう。次いでに、社長も貰いますね。3・3で分担です」
「はぁ、あんたは社長だけ殺んなさいよ。たかが5人、あたしだけで十分よ!」
勝ち気にいい放つと、マーガレットちゃんはラタン医師を急かしながら、この場から退いた。
最後に残ったのは、ミッドヴィレッジ巡査長。そしてその標的は・・・
「ったく。てめぇんとこのお偉いさんだぁ?ヒラ警官になんて野郎を相手させやがんでぃ。ちったぁ年寄りを労れや」
愚痴をこぼしながらも、老警官は誰よりも殺気を放ちながら、廃教会を後にする。
そしてボティシアは、祭壇に残された自分の取り分と、レンさんの置いていった半分を回収し、私たちに声をかけた。
「どうだい?本物の『悪』を見た感想は・・・」
「・・・・」
目の前で行われていた、暗殺者達のやり取り。その流れの、あまりにも淡々とした様に、私は言葉を失くしていた。
「ショックだったかい?まるでダイナーで昼飯を注文するかの様に、あいつらは標的を選んでいった。でもね、あんたが創ろうとしてる『悪党』ってのは、こういう連中の集まりなんだよ。つまり、アタシは未来のあんたなんだ、サムラ・イツキ」
アタシに成る覚悟はあるかい?
異世界の邪神は、言外に私を、そう煽ってくる。
成り行きで総帥となった私は、それに頷けるだけの度量を、まだ持ち合わせていない。
けれど、そんな私を見たボティシアは、ふっ、と笑みをこぼし、私に語りかける。
「まぁ、じっくり悩みな。あんたには時間がたっぷりあるんだ。アタシだって、こうなるまで2千年はかかったんだからね。・・・で、だ」
ボティシアは、レンさんの分け前の残りを私に差し出しながら、ある提案を持ちかけてきた。
「今夜は、あんたにも裏稼業を手伝ってもらいたい。報酬はこいつと、それから追加で・・・」
「えっ!?」
それは正しく、邪神の誘惑だった。
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同日深夜
『シャロンズ・ジャパニーズ・ダイナー』2階 アトラの自室
窓から差し込む月明かりだけが頼りの、暗い室内で、アトラは防刃繊維の軍手をはめて、小さな部品に特殊なワイヤーを通していた。
シュルッ、キュッ!
ワイヤーが外れないように結ぶと、その部品を軸に、二つの半天球型の部品を組み合わせる。
カチ、カッ!
そうして出来上がったのは、手のひらに収まるサイズのヨーヨー。
アトラはその軸に、きつく引っ張り出したワイヤーを、絡まないようにゆっくりと巻き付けていく。
シュルッ、キリキリ・・・シュルッ、キリキリ・・・
月明かりが照らすその顔は、般若の能面のようだった。
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同時刻
二つ隣の部屋(レンの自室)
窓を締め切り、月の明かりすら入らない漆黒の闇の中、レンは鞘から、刃を内側にし、三日月型に反った形のナイフを取り出す。
そしておもむろに、そのナイフを壁に向けて振りかぶる。
ヒュンッ、カッ!
柄は握られたまま、刃は2メートル離れたダーツの的に刺さる。
そしてレンは、刃の無くなった柄の根元から、丁寧に油を差し、柄と刃とを結ぶワイヤーを磨いて行く。
その顔にどのような表情が浮かんでいるのかは、暗闇ゆえに誰にもわからない。
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同時刻
『Dr.ビアン・ラタン診療所』 1階 薬品貯蔵室
ビアン・ラタンは、マスクとゴム手袋をつけ、薬品の調合をおこなっていた。
複数の薬草を煎じた液に、市販の洗濯ノリを加え、更にそこへ、作り置きしていた透明な液体をゆっくりと注ぐと、銀製の箸を使ってかき混ぜ始める。
チャプチャプチャプチャプ・・・・・グチャリ。
やがてスライム状に固まったそれを、どす黒く錆びた箸で取り出すと、ビアンは更に、液体窒素を入れた水槽へと投じた。
シュバーーー!
トングを使って取り出すと、スライムは紅く半透明なあめ玉状に変化しており、青年医師はそれを、躊躇いなく飲み込んだ。
『・・・ふむ、今日はトリカブト風味ですか』
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同時刻
診療所2階 マギーの部屋
「ふん、ふふふん、ふふふーん、ふふふふーん♪」
マーガレット・スペルトーカーは、鼻唄混じりにウォークインクローゼットへ入ると、大事に吊るされた数十着の衣装を吟味していく。
「簡単に、着れてぇ、肩が、よく動く~♪・・・コレね」
淡い青色のイブニングドレスを取り出すと、幼女はそれを、脚の短い裁縫台へと持っていき、背中を上にして広げる。
そして、足元の道具箱から裁ち鋏を取り出すと、躊躇いなく裾からうなじの方向へ、縦に刃を入れていく。
シャキシャキシャキシャキ・・・
さらには、右腕から左腕へと横一線に鋏を入れていき、ドレスは十文字に切り開かれた。
するとマギーは、今度はマジックテープの帯を取り出し、それを切り開いた端へと縫い付けていく。
まるでママゴトに興じる様に、少女は衣装を作り替える。
しかしその両眼は、内に秘めた狂気により、黒と紅に濁っていた。
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同時刻
ニューダーク市警 第8分署
地下 資料保管室
モンド・ミッドヴィレッジは、職場であるかび臭い倉庫の扉を施錠すると、その隣の壁に架けられたネームプレートを裏返した。
そして、署の裏手へと続く非常階段を、ゆっくりと、されどしっかりとした足取りで、物静かに登っていった。