第5話(冬休みスペシャル)一掛け、二掛け、三掛けて、仕掛けて消してターミネート Cパート
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伊月と庵の合流からしばらく後
災歴世界 マンハンタン 2番街某所
はぐれたヤタさんを探すため、私はダイナーの店員アトラさんと一緒に、人や亜人でにぎわう大通りを歩いている。私やアトラちゃんと同じ人間も居るには居るのだが、やはり目立つのはそれ以外。
さっき路地裏で絡んできたのと同じ、スーパーなミュータントっぽい姿の『オーク』、全身又は一部がトカゲのようになっている『リザード』、色々な獣の特徴を持つ『ビースティアン』。
「まるで、MMORPGの中に居るみたい」
「私も、この世界に来てすぐは戸惑ってばかりでした。・・・でも伊月さんは、随分と落ち着いていますね。やっぱり、悪の総帥になるとそれくらいの度胸が?」
「っ、違う違う!私、成ってまだ24時間経ってないから。・・・まぁ、『逸般人』の中には姿も変異しちゃう人も多いから、こういう光景を見慣れてる、てのが大きいかな?」
私は『はた迷惑なヒーローショー』の後に生まれた世代。街中に変わった身なりの人が居るのは当たり前、という環境で育ってきた。
そんな私を、アトラちゃんはなぜか、興味深そうに見つめてくる。
「ジェネレーションギャップってやつですね。私が向こうにいた頃は、まだそういうのが社会に広まる前でしたから」
「・・・パードゥン?」
思わず立ち止まってしまった私を振り向きながら、アトラちゃんは言う。
「庵さんから聞いていませんか?あっちの世界とこっちの世界は、時間の流れがズレているみたいで。私がこの世界に来たのは、こっちの時間で2年前。でもその時、あっちの世界は2039年だったんです」
「に、2年前!?私たちが出発したのは2060年。・・・ここでの1年が、私たちの11年ちょっとってこと?」
「まぁ、向こうではそんなに経っていたんですね。道理で庵さんが老け・・・いえなんでもありません」
アトラちゃん、もといアトラさんは、クスクスと笑いながら言った。
「ちなみに、レンさんがこちらへ来たのは2037年。私と再会した時は、こちらで1年くらいしか経ってなかったんで、今のイツキさん見たいに、びっくりしてましたね」
「2人は、向こうでも知り合いだったの?」
「知り合い、というか・・・。あの人、向こうの世界でも暗殺稼業をやってて、私はそのターゲットだったんです」
「なんと!?」
それからしばらく、ヤタさんを探す傍らで、アトラちゃん(本人の希望でちゃん付けに)は、レンさんとの関係、2人が異世界へ来るきっかけになった事件について語ってくれた。
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奈倉亜虎、当時は高校生。
国会議員、奈倉虎徹の娘だった彼女は、ある日、父の汚職を知り、その証拠を手にいれてしまう。
自分の中の正義に従った亜虎は、それを虎徹と対立していた派閥へ告発しようとした。
それに対し、虎徹がとった行動は、娘の暗殺依頼。そして請け負ったのが、当時<糸切り>のレンとして名が売れていた、久重廉太郎だった。
レンは自殺を試みていたところを『師匠』と呼ばれる男に拾われ、当時は『世の中の迷惑になる人間』だけを標的にしてきた暗殺者だった。
亜虎に接近し、暗殺しようとするレン。しかし亜虎は、レンに対して一歩も引かず、自分の命を引き換えにしてでも、告発をやめようとはしなかった。
そんな彼女に心を動かされたレンは、亜虎を死んだと偽装し、逃がすことを選んだ。その時に彼女を匿ったのが、虎徹と対立する政界の重鎮を祖父に持ち、レンとはオンラインゲームを通じた知人であった、佐村庵と、タツキの夫婦だった。
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「え!?叔母さんたちの家に匿われてたの?」
「ええ。その節は、お2人にとてもよく助けて頂いて。偽装からしばらくして、父の追っ手が襲ってきたのですが、・・・その・・・」
「あー、言わなくていいです。察しがつきました。『地雷とタライって、似てるよね?』でしょ?」
「あと、『私の師匠はマカリ○ターさん家のケビンくん』とも」
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送り込まれた暗殺者より、それを撃退する佐村夫婦に恐怖を(若干)覚えながらも、亜虎は告発を成し遂げ、父・虎徹は逮捕された。
しかしその際、彼女は恩人の訃報を知らされた。
彼女が佐村夫婦に匿われている事が虎徹に知られた直後、彼女を逃がしたのがレンだということも、彼の『師匠』に知られてしまった。
そしてレンと『師匠』は、初めて出会った展望台で対決。『師匠』を仕留めるも、レンは銃撃を受け崖下に転落。死体は見つからなかったが、状況から死亡したと判断されていた。
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「でも、実際は違いました。レンさんは、崖から落ちた後、偶然開いた次元の穴から、この世界に転移していたんです。タツキさんがそれに気づいて、アテナ様を紹介してくれて。それで私もこっちに・・・」
そして、とある事件をきっかけにレンと再会できた亜虎は、彼と同じく暗殺集団<イレイザー>の一員、アトラとして、この世界で生きていくことにした。
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「そっかぁ。そんな経緯があるんじゃ、スカウトは無理かなぁ」
レンさんが言っていた通り、彼は私たちの世界では死んだ人間。異世界で新しい生活を営んでいる彼を、無理に連れていくのは、気が引けた。
けれどアトラちゃんからの、意外な返しがくる。
「いいえ。レンさんも、きっかけがあれば提案にのってくれると思います」
「それは、どうして?」
ちょうど、渡ろうとしていた交差点の信号が赤になったので、私たちは立ち止まる。
「これ、私から聞いたって事は、内緒にしてくださいね。今のレンさん、ほとんど惰性で<イレイザー>を続けているんです」
「惰性・・・、積極的じゃない、ってこと?」
「そもそも、あの人はこの世界に来てすぐの頃は、カタギとして再出発するつもりだったそうです。暗殺者としての自分は、向こうで死んだんだって」
しかし、まるで宿命であるかのように、彼は裏稼業へと再び足を踏み入れることとなった。
第二の人生をくれた恩人、シャロンがマフィアも絡んだ詐欺事件に巻き込まれ、殺されてしまった。
たった一度、敵討ちのために<イレイザー>と接触し、それを成し遂げた彼だったが、元締めである邪神は彼の技を惜しみ、小細工を仕掛けた。
それは、シャロンを自分の依り代となることを条件に甦生させるという反則技。
結果、彼は自分の居場所を守るため、稼業を続けている、らしい。
「・・・・」
私はなにも言えず、ただ通りの向こうのシグナルを見つめた。
交通の大動脈にあたる通りだからか、赤信号の時間はやけに長い。
と、思ったら、交差してる側の歩行者用信号が、点滅し始める。
「<イレイザー>の仲間たちを、嫌っているわけではないです。皆、クセの強い人達だけど、根は良い人たちばかりで。だから、何か今の状況をガラッと変えられる何かがあれば、彼らも伊月さんに反対しないと思います」
アトラちゃんがそう言ったタイミングで、信号が青になった。
動き出した人波に混ざりながら、私は考える。
「暗殺者を転職させる何か、か。・・・ん、何あれ?」
ふと、渡っている横断歩道の先、交差点の角に構えられた宝石店が目に留まった。
透き通ったガラス張りの窓越しに見える、上品な雰囲気の店内で、それとは不釣り合いな集団が動き回っていた。
私の呟きで、同じ光景を認めたアトラちゃんが、身体を強張らせる。
「ウソっ、強盗!?・・・でも、なんでだれも、気づいてないの?」
「警報装置の類いが、鳴ってないからだ!皆、自分と縁の無い店の中なんて、いちいち確認しないから」
交差点の半ばで異変に気づいた私たちは、歩みを早め、店に近づく。
すると、同じように強盗に気づく他の通行人たちが現れ始め、騒ぎが起き始める。
「おいっ、強盗事件だぞ!」
「け、警察を呼んで!早く!」
「巻き込まれるぞ!店から離れ・・・」
私たちが横断歩道を渡りきる、というその直前だった。店の中が眩い閃光に包まれた。
カッ!・・ダァーーン!
直後、爆炎とそれに圧し割れたガラス片が、通行人たちを襲う。
そして私たちは、真正面からそれを浴びる位置にいた。
「(ヤバイっ)アトラちゃん!」
「きゃぁ!?」
私はアトラちゃんの肩を掴んで、後ろに引き倒し、それに前から覆い被さる。
その間、1秒足らず。そしてコンマ数秒後、鋭い痛みと熱さが、私の背中に届く。
「ぐっ!?」
「伊月さんっ!」
アトラちゃんの悲鳴が、なぜか遠く聞こえる。
・・・あぁ、耳鳴りがするせいだ。
不思議なことに、私の意識はハッキリとしていた。けれど、身体には全く力が入らない。
膝立ち姿勢でアトラちゃんを庇っていたが、それも続けられずに、私はズルリと横に倒れる。
背中に濡れた感触と、ヒリヒリとした鈍い熱さが広がった。
「あ・ら、ちゃ・・・、だい、じょぅ・・?」
「わ、わたしは大丈夫です!でも伊月さんが・・・」
―救急車をっ!誰かケータイを貸してくれ!―
―くそっ、なぜか圏外だ!使える端末はどこかに無いか!?―
―負傷者は店から遠ざけろっ!動けるやつは手伝え!!―
周囲の騒ぎが、微かに聴こえる。私以外にも怪我人が大勢居るようだ。
かすみ始めた視界の中で、アトラちゃんは携帯電話で助けを呼ぼうとする。けれど、なぜか通じないようだ。
「なんで・・・誰か、助けて・・・ボティシアさま、・・・レンさん」
端末を握りしめ、祈るアトラちゃん。
すると、それが届いたのか、私と彼女の間に、白い人影が割り込んだ。
「アトラっ!ご無事ですか?・・・こちらのお嬢さんは、お連れさんで?」
「っ、ビアン先生!」
正体はアトラちゃんの知り合いらしき、白衣を着た青年だった。
私の顔を覗きこみ、ペンライトの光を両眼にあてながら、彼は私の手を握り、問いかけてくる。
「意識はかろうじであるようですね。聴こえますか?私は医者です。聞こえたらこの手を握り返してください」
「ぅぅ・・・」
自分では握ったつもりだが、指は痺れてほとんど動かなかった。
それでも、青年は察知し、私の視界の外にいる誰かへ声をかけた。
「マギー!彼女とアトラを診療所へ!私はあと2人を診てから戻ります」
「はぁ?荷物はどうすんの?」
「人命優先っ!どうせすぐ買い直すんですから、その辺に置いときなさい。余裕があれば持って帰りますから」
「・・・覚えてなさい、服の恨みは恐ろしいわよ。(ドシャッ)ほら、あたしが脇を持つから、あんた足を持ちなさい」
「は、はいっ!」
勝ち気な幼い少女の声が、アトラちゃんを叱咤すると、私の身体が持ち上げられ、景色がゆっくりと動いて行く。
「・・・ったく、運が良いのか悪いのか。久々の買い物に出たら、帰りがけにウチの近所でテロ?犯人ども、なんであと5分待てなかったかなぁ。そうすりゃ荷物を置き去りにせずにすんだのに・・・」
そして頭の方から届く愚痴を聞きながら、私の意識はだんだんと闇の中へと沈んでいった。