第5話(冬休みスペシャル)一掛け、二掛け、三掛けて、仕掛けて消してターミネート Bパート
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異世界『マンハンタン』
とある路地裏
パーーー!
「っ!・・・ここは?」
けたたましいクラクション音で気がつくと、周りの風景が一変していた。
左右に見えるのは、レンガやコンクリートでできた、パイプや配線の通るビルの壁面。
その壁面の間、狭い路地裏の向こうには、人と車が行き交う賑やかな大通りが見えた。
「本当に、異世界へ来たのかな?」
さらに周りを見渡すと、近くに蓋が閉まらないほどパンパンに詰め込まれたゴミ箱があり、その周りの地面には、油で汚れた新聞紙やスナックの袋が散らばっている。
新聞の文字を確かめると、意外な事に英語だった。
「えっと、『Manhuntan journal』、『マンハンタンジャーナル』かな?・・・マンハンタン、叔母さんの言ってた地名・・・って、叔母さん!?」
今更ながら、叔母さんとヤタさんの姿が無い事に気がついた。
前後に伸びた路地を見渡しても、2人が居た形跡すら見当たらない。
「・・・迷子?」
頬と背中に、冷たい汗が流れる。
携帯端末を取り出すが、まぁ当然ながら、電波は圏外だった。
このまま留まる?それとも、大通りに出て助けを求める?だが助けを求めようにも、スカウト対象の『レン』なる人物の情報は、ほとんど叔母さんしか知らない。
どこに住んでいて、表向きはどんな仕事なのか。身長は?見た目は?年齢は?
そもそも、新聞やゴミに印字されているのは全て英語。と言うことは言葉が通じない可能性もある。私の英語能力は、英検準2級どまり、文は読めるし、簡単な単語なら耳でも認識できる。が、話すのは無理だ。日常会話も、早すぎて『あわあわわ』としか聞こえない。
「・・・どうしよう」
助けを求められないなら、ここでじっとしてるか?一緒に転移したんだから、せめて近くにいるはず。というか居ないと困る。
だが、出発前のあの言葉が、頭の中に響く。
『路地裏に入れば必ず、強盗か暴行魔に遭遇する、Z指定な所よ』
「ここって、路地裏、だよね?あわわわ・・・」
即断即決!危険地帯から今すぐ脱出すべし!私は後先考えず、大通りへ出ることに決めた。
・・・けど、時既に遅し。
「Hey、リトルガール、ロストチャイルドかい?」
背後から、明らか~に、善良な市民ではない、ダミ声が聞こえた。それも、私より頭身が2つ3つ高い位置から。
私は振り返ることも出来ず、背後に向けて返事する。
「・・・あ、アイアム、ジャポニーズ。キャンユー、テルミー、ジャパニーズランゲージ?」
ああ、カタカナ英語しか話せない自分が恨めしい。しかもどこか間違えたし。
もっとブル◯ス・ウィ◯スやニコ〇ス・ケ〇ジの映画、字幕スーパーで観とくんだった。
けれど、天は我に味方した。
「おいおい、ニッポンからの観光客だぜ?親とはぐれたんじゃねぇか?」
「ほう、だったらたっぷり『謝礼』が貰えそうだな」
あ、よかった。日本語で話してる。ご都合主義?でも何でもいいやぁ。会話の中身が物騒でも気にしなーい。
ほっとした私は、さっと後ろを振り返り・・・ぎょっと身体を強張らせた。
「おう!ずいぶん可愛い娘っこだぜ?アッシュ」
「へへ、俺たちの姿見て固まってやがるぜ。・・・おじょうちゃん?おじちゃんたちは、こわくないよ」
いや、恐いし!
背後にいたのは男(仮)が3人。(仮)なのは、万が一だが、女性という可能性も有るから。
3人とも、筋骨隆々、を通り越した筋肉ダルマ。身の丈は全員2m越えていて、肌は青カビのような緑色。履いてるズボンは半ズボンで、上半身はタンクトップ1枚か、革のジャケット。
某核戦争後の世界を舞台にしたゲームに出てくる、スーパーなミュータントのような連中だった。
「え、ええと。言葉、通じます?」
「おう、ちゃんと聞こえてるぜ、嬢ちゃん。・・・てことはひょっとして、『落ちてきた』類いか?」
「???」
謎の単語に首をかしげると、革ジャケットのオークが説明してくれる。
「ここはマンハンタンって、おかしな出来事がしょっちゅう起こる街だ。で、そのおかしな出来事ってのが、突然異世界から人間や亜人が迷い混んでくる事。皆すとんと落ちてきたみたいに現れるんで、『落ちてきた』奴って言い方をしてる」
「異世界から、人が・・・あのっ!私の他に、この辺でそういう人を、あと2人見かけませんでしたか?」
意外と、話せば分かってくれそうだったので、私はオークたちに訊いた。
すると・・・
「あー、お嬢ちゃんの連れかぁ。・・・ぐふっ、そう言えば、さっきそれらしい奴を向こうで見かけたなぁ。俺たちのアパートで休んでるはずだ」
あー、前言撤回。こいつら私を拉致する気満々だわ。
ちらりと連中の足元を確認しながら、私は表情だけは気づかなかった振りをして、更に話しかける。
「え?そうなんですかぁ!やった♪是非案内してくださいな(棒読み)」
顔には安心感を出しつつ、オークどもに近づく。
日の差さぬ路地裏とは言え、明かりが全く無いわけではない。大通りから差し込む光が、私の影を悪漢どもの方へ伸ばしている。
私の影がやつらの足にかかるまで、3、2、1。
「(ニヤリ)・・・『影、踏んだ』」
「はぁ?何言って・・・なひぃ!?」
「あぅ!」
「おほぉ!!」
3人は一斉に、身体をピンっと硬直させる。
そして、私の『手駒』へと堕ちる。
「私が誰か、言ってごらんなさい?」
「・・・イエス、マム。我らのご主人様です」
さっきまでの威圧感はどこへやら。すっかり従順になった3人の様子に、私の中で邪な心が芽生える。
具体的に言うと、悪の総帥ロールプレイをやりたくなった。
「よろしぃ!なら教えなさぁい。この街にいる、『レン』という男を知っていて?」
「・・・イエス、マム。『この街で手を出してはいけないヒューマン、ベスト3』の1人が、レンと言うガキです」
「・・・手を出してはいけない?」
「ヤロウは、『落ちてきた』奴でありながら、手を出してはいけないヒューマン1位、<8分署の旦那>に気に入られてるんです。しかも、本人も腕っぷしが強い上に、変な得物を使うんで・・・」
「なるほど。で、その手出し無用のレンくんは、どこに行けば会えるの?」
「2番街15丁目に有る、『シャロン's・ジャパニーズ・ダイナー』って店に、住み込みで働いています。そこの大通りが2番街で、右に8ブロック行くとつきます」
ふむ、マンハンタンと言うネーミングで、もしやと思ったけど、どうやらこの街、私の世界でいうニューヨークのマンハッタン島にあたる場所らしい。
なら、大通りを8ブロックと言うことは、50m×8区画(交差点8ヵ所)で、およそ400m。目的地は、案外近い位置にあった。
「だいたい解ったわ。ありがとう、私がこの路地から消えたら、元の生活に戻ること。ただし犯罪はダメ!もし何かやらかしたなら、自首するように!」
「・・・イエス、マム。お気をつけて」
悪の組織の総帥という自分の立場を棚に上げた命令を下してから、スーパーなミュータントたちに別れを告げて、私は移動を開始した。
*****
数分後
2番街15丁目『シャロン's・ジャパニーズ・ダイナー』
日本とは桁違いの賑わいを掻き分け、私は教えてもらった住所にたどり着いた。
そこは、交差点の角という立地の、2階建てレンガ作りの飲食店。
ガラス張りのドア越しに覗くと、中には4人の人影が見えた。そして、そのうちの1人には見覚えがあり・・・
「っ!叔母さんだ!」
私はすかさず、『open』の札が掛かった扉を開けて、中に入る。
カランカラカラン♪
心地よい鐘の音が響き、店内にいた全員の視線が、私に集まる。
「・・・ほらね。心配なかったろ?」
「伊月ちゃん!よかったぁ」
「・・・へぇ、俺より年下か。頼りになんのか?この嬢ちゃん」
「もう、そんな言い方しちゃダメよ。・・・いらっしゃい、サムラ・イツキさんね。カウンターへどうぞ」
叔母さんの他に居たのは、恰幅の良い、西洋人風の見た目の女将さんに、日本人に見える若い青年と女の子。
女の子の方に勧められ、私は叔母さんの隣に座る。
すると、女将さんがコーヒーを淹れて私の前に置きながら、語りかけてくる。
「話はイオリと向こうの世界の女神様から聞いてるよ。・・・その前に、どうだった?初めての異世界は」
「あ、ええっと。・・・着いて早々に迷子になって、スーパーなミュータント3人に絡まれました」
「スーパーな・・・なに?」
女将さんは首をかしげるが、少し離れたところで棚の整理をしていた青年が、ツボにハマったらしく噴き出した。
「ぷはっ、ははは。確かに、奴らにぴったりな説明だな。そいつらは亜人『オーク』だよ。この界隈で3人組ってことは、アッシュたちか。奴ら、若い女の子を拐かしては、怪しい店で稼がせるクズどもさ。危なかったな、良く逃げられたもんだ。流石は<ナスティ>ジェイルの姪っこ」
「こら、レンさん!失礼よ」
女の子に叱られ、青年は「こりゃ失敬」と平謝りした。
(ちなみに後から聞いた話だと、<ナスティ・ジェイル>とは叔母さんのネトゲ界隈での二つ名らしい)
「えっと、あなたが、叔母さんの知り合いの『レン』さん?」
「おう♪本名は久重廉太郎。元はあんたらと同じ世界の出身だ。今の仕事は、ここの料理番と、暗殺稼業」
「えっ?」
他にも人がいる前であっさりと暴露したレンさんに、私は思わず固まってしまう。
けれど、女の子や女将さんは、苦笑しながらも訳知り顔で佇んだままだ。
「大丈夫。そこの2人、アトラとシャロンさんも関係者だ。というか、そこな女店主が稼業の元締めさ」
レンさんの言葉に、女将シャロンさんは、やれやれと頭を振った。
「全く、同じ世界の人間相手だからって、しゃべりすぎてやしないかい?」
そして次の瞬間、女将さんは足元から沸いた黒いもやに包まれ、黒装束の修道女の姿に変貌した。顔を黒いベールで隠したその修道女は、女将さんとは違った声で、私に語りかけてくる。
『改めて、自己紹介といこうかね。アタシはボティシア。次元の狭間からこの世界に移り住んできたモノさ』
「平たく言えば『邪神』だよ。暗殺稼業を取り仕切るのも、自分の燃料にするために、穢れた魂って奴を収集する手段だから」
「・・・どうして、私にその事を?」
『お嬢ちゃんの目的に関係有るからさ。・・・イオリ、あんたこの娘に説明してなかったのかい?』
修道女姿の邪神サマは、ツマミ片手に黙って見てるだけだった叔母さんを、こっちの話に引き込んだ。
叔母さんは、さすが神同士の戦争の経験者と言うべきか、一欠片のジャーキーを口へ放り込むと、事も無げにこう言った。
「伊月ちゃんをあんたらの稼業に関わらせるために来た訳じゃないんだから。レンくんをスカウトするだけなら、知らなくても障り無いでしょ?」
『大いに障ることさね!コレはこの店にとっても、稼業にとっても稼ぎ頭なんだ。二つ返事でやれるほど、安い人材じゃ無いよ』
ボティシアは不機嫌な口調で、スカウトを断る。そして、レンさん本人も、それに同調した。
「悪いけど、俺もパスだ。確かにジェイルの姐さんにゃ、アトラの一件で世話になったが。俺はもう、あっちの世界じゃ死人だ。戻るつもりは更々ねぇよ」
「レンさん・・・」
アトラちゃんは何か思うところがある様子だったが、言葉を飲み込み、壁際に下がった。
初手から詰んだ叔母さんと私は、それ以上何も言えず、店内には沈黙が広がった。
すると、そのタイミングで、叔母さんのポケットから電子音が聞こえ出す。
アテナダヨー!アテナダヨー!アテナダヨー!
「・・・(ピクッ)」
「(あ、叔母さんがキレた)」
叔母さんは、ポケットから音の出所である質素な作りの腕輪を、怒りに任せて握り潰さないように我慢しながら取り出すと、腕輪から、無駄に神々しい声が聞こえた。
<<聞こえますか、イオリ。私は今、あなたのポケットに忍ばせた通信機から・・・>>
「いたずら電話かなぁ?だったらへし折っても良いよねぇ・・・」
有言実行、『c』の形をしていた腕輪を『U』の形、さらには『v』に広げ始める叔母さん。
すると、次元の壁を越えて察したのか、声が素の状態になる。
<<まっ、待ちなさい!それを壊すなんてとんでもない!こちらに帰還できなくなりますよ!?>>
こちらの命綱を握って来やがった女神の言葉に、叔母さんの手が止まる。
「・・・なんの用?イツキちゃんの転送失敗を詫びてくれるとか?」
<<ソレについては、私には非がありませんよ。イオリはそちらの世界に、『<イレイザー>のレン』というマーカーが在りましたが、イツキは無縁。簡単に言えば、目的地を設定せずに出発したという事ですので・・・>>
「「そういうことは先に言え!!」」
まるで詐欺師の様な言いぐさに、私と叔母さんは二重奏でツッコミを入れる。
ヒトを異邦で遭難させておいて・・・なんという人でなs・・・神だったわ。
<<・・・そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?>>
「どうぞ。どうせ知ってるんでしょうけど、こっちはスカウトが交渉前から失敗に終わったばかりよ?」
<<それは御愁傷様で。しかしこちらへすぐに戻ってくるのは無理、と伝えるために連絡しました>>
「はぁ!?なんでさ!『パルターナン』と違って、この世界との行き来は自由自在だって、前回の転移の時、言ってたよね?」
<<ええ。しかし今回は例外なのです。原因は不明ですが、あなた方が出発した直後、2つの世界の通路が破損してしまったのです。修復は可能ですが、最低でも24時間はかかります>>
『おいおい、それじゃあこの2人を、アタシの世界に丸1日泊めなきゃならんのかい?『西暦世界』のアテナさんよぉ』
ボティシアは迷惑だと、あからさまに主張するが、腕輪の中からの返答は変わらない。
<<『災歴世界』のボティシア、私もこの事態は遺憾に思います。しかし今のまま再転移を行えば、2つの世界に影響が及ぶ恐れが有ります。下手をすれば、『ツブラ騒乱』の再現となるやも>>
『っ!?』
「そんなにヤバイの?」
「(ツブラ騒乱?・・・いったい何のこと?)」
私は、女神の言葉が理解できなかったが、叔母さんとボティシアは、事態の重大さを把握できたらしい。
黒衣の修道女の姿をした邪神は、諦めのため息を一つ吐くと、私たちに告げた。
『仕方ない。寝床はここの2階を使いな。シャロンの死別した旦那の部屋が空いてる。掃除はあんたらがやるんだよ。家賃代わりさね』
「感謝するわ。復讐と夜陰の女神様」
「あ、ありがとうございます」
ひとまず、ゴロツキ溢れる路上で夜を明かさずにすんだ私たちは、家主に礼を述べた。
すると、レンさんとアトラちゃんも、気を休めるように、それぞれ手近の席に座る。
「それじゃあ姐さん、今から掃除を始めた方がいいぜ?あの部屋、電球切れてるから日が暮れると真っ暗だ」
「それより、お布団の用意が先では?イオリさんとサツキさん、お2人のどちらかは、床で寝ないといけないし」
「え、2人・・・?」
アトラちゃんの言葉で、私は何かを忘れていることに気がつく。
そして数秒の後、私は青ざめて叫ぶ。
「あぁぁぁっ!」
「どうしたい?姐さんの姪っこ」
「・・・ヤタさんのこと、すっかり忘れてた」
*****
同時刻
マンハンタン某所 ジャンクヤード
「イオリさーん!イツキさーん!ヘルプミーー!」
ワタシ、ヤタ4281182号は、廃材置き場の中心で、悲哀の叫びをあげまシタ。
ヤタシリーズで初めて異世界へ来た個体という名誉に我を忘れていたら、完全なロストチャイルド状態デース。
しかし私はヤタ。栄えある『ヴィランズ・インフォメーション・ポータル』、『V.I.P.』のアンドロイドとして、無駄な客死など許されマセーン。
街の全貌を把握すべく、 マッピングしながらの移動を開始しまシタ。
しかし・・・、
「うぅ・・・」
「つ、つえぇぞ。このバニー・・・」
いわゆる、ヒャッハーなゴロツキどもに絡まれてしまい、仕方なく本気を出して撃退デース。
お陰で、支給品のマスクが破けてしまいマシタ。
「ワタシの大事なマスクが・・・ナニしてくれてンダ、このトラッシュっ!ジャンクっ!デプリっ!」
ドゴッ、ガーン!
ブンッ、グシャ!
ヒュババババ・・・・ゴキュッ!
まだ動いていたゴロツキで、サッカーと砲丸投げと北○百裂拳ごっこをして、憂さ晴らしデース。
・・・と、アブナイアブナイ。『終焉モード』を起動してしまうところでシタ。
やったら本部のオリジンのみならず、キャメ○ンさん家のジ○ームズ御大にも怒られマース。チョサクケン怖い。
「・・・さて、イツキさん達はどこでショウ?」
この世界の情報ネットワークをハッキングした結果、イオリさんとその関係者『クシゲ・レンタロウ』と『ナクラ・アコ』のデータを発見しまシタ。
・・・というかイオリさん、こっちの世界じゃ前科者になってマース。
ゴロツキ相手の過剰防衛、まぁ納得の罪状デスネ。
それにしても、まさかツブラに関して、あんな事が異世界であったとは・・・来て正解でシタ♪
「早くイツキさん達に合流して、この情報を持ち帰らねば、デース」
「残念だが、あんたはもうどこにも帰れねぇよ」
「ファ?何事デス・・・?」
突然声をかけられたワタシは、声の主を確認しようと振り向きマシタ。
すると、直後に額に軽い衝撃を受け・・・
ピシッ、ヴヴヴヴヴ・・・・・
「あぅぅぁ!?」
頭部メイン回路に急激な過電流を検知。情報データベース、及び思考回路保護のため、シャットダウンします。