プロローグ
とても寒い とても痛い とても苦しい
全身に広がる不愉快極まりない感覚をその身に覚えながら、彼は歩いていた。
目の前に広がるのはどこまでも続く暗闇を彼はただ歩いていた。
自分がどこへ向かって歩いているのか、何のために歩いているのかも彼自身もわからず、また興味もなかったが、自然と前に進み続ける自身の脚に従い彼は全く視界の得られない空間をただ進み続けていた。
暫く進んだところで彼は、前方から心地よい歌声が聞こえてくることに気づいた。
覚えがあるその歌声に彼は苦笑すると、その声の方向にゆっくりと手を伸ばした。
「おはようございます♪ノクト様」
ぼんやりとし思考が徐々に覚醒しゆっくりと目を開けると、右側から落ち着いているがどこかうれしそうな、それでいて僕の心を柔らかく包みこむような美声が聞こえる。
「おはようレイラ」
ベッドに横になったまま顔だけを右に向けると、雪のように白い髪に染み一つない色白の肌そして目を合わすだけで吸い込まれるような金色の双眸を持つ美少女が微笑みを浮かべながらこちらをのぞき込んでいる
彼女の名は【レイラ】 少々問題があってなかな体の自由が利かない僕に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている僕の大切な人の一人だ
「いつも言っているけど毎日僕が起きるのを君が傍で待っていることはないんだよ? 君にはただでさえ手間をかけさせてしまっているんだから・・・」
「いいえノクト様、手間だなんて思っていませんしこれは私が好きでやっていることですから♪」
もはや日課となってしまっているこのやり取りに苦笑しながらゆっくりと身体を起こしベッドのすぐ側に膝をついて座っているレイラの頭を撫でてやる。
「んっ」
嬉しそうに目を細めるレイラの仕草に愛らしさを覚えつつゆっくりと立ち上がる
「正直ずっとこうしていたいのは山々なんだけれど 僕もそろそろ準備をすることにするよ」
「あっ! お着替えですね!それならここに準備してありますのでお手伝いさせていただきますね♪」
「毎回いうけど着替え位一人でできるから大丈夫だよ?」
「ですが・・・」
「大丈夫・・一人でできることは一人でやりたいんだよ、たとえそれが些細なことでもね?」
僕が柔らかく、しかし明確の断りの意志を告げるとレイラは一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべるがすぐに切り替えたのか再び笑顔を作る。
「わかりました! それでは部屋の外でお待ちしておりますね♪」
少し寂しそうに部屋から出ていくレイラの後ろ姿を見送りゆっくりと息を吐き、レイラが用意してくれていたのであろう着替えに手を伸ばそうとすると
「うっ・・!」
軽い眩暈に襲われ、転ばないように思わず離れたばかりのベッドに手をついてしまう、先ほどレイラに偉そうなことを言っておいてこのざまである、この様子を見てからもわかる通り先程のレイラとのやり取りは決してレイラのお節介ではないことがわかる。
この情けない姿を見ればわかるかもしれないが僕は少々体が弱い、いやはっきり言おう、とある原因、そして絶対に改善できないであろう原因の影響で僕は生まれた時から非常に病弱なのだ。
そしてこんな僕に何ができるのかと他人だけでなく自分でも常に思っているのだが、この病弱な男の仕事とは・・・
魔王なのであった