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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

時戻しの神のお話

作者: 六幻

 僕の目の前で、一人の女性が戦っている。とても可愛らしい女性だ。僕の『可愛い』はズレているようだが、それはどうでもいい。

 問題があるとすれば、その女性が非常に僕好みで、ボクっ娘で、好きな人、というか神がいて、好きな神のために世界を整えようとか回りくどいことを考えちゃうタイプで、好きな神が敵に回っていて、なおかつ負けそうだと言うことだ。


「ううむ、由々しき事態だね」


 僕は不満げにそう呟いた。別に、彼女に想い人ならぬ想い神がいるのは良いんだ。僕だって彼女が好きだしモヤモヤする所はあるけれど。

 だけれど、彼女が負けそうで、尚且つ死んでしまいそうだと言うのがいただけない。

 単に負けて改心して好きな神といちゃいちゃちゅちゅのラブコメだかなんだかよく分からんゲロ甘い展開になるなら良いのだけれど、僕の気に入った女性、彼女も神だよ?が死んでしまって、想いが届かないままというのはいただけないのだ。

 何故かって、僕はハッピーエンドが好きなのだ。例えそれが人類が絶滅しかけた状況の原因であろうとも、『僕の気に入った娘が幸せになること』を満たしていないのはハッピーエンドとは言えないのだ、僕としてはね。


「だけれども、僕には力が無い。ああ、なんてことだ……あ、パンツ見えた。 無地の白か……可愛らしい」


 自らの無力を、僕は嘆くことしか出来ない。これじゃあまるで、どこぞの娯楽小説を読む一般人だ。作者の筋道を変える事など出来ない、そんな存在。ああ無力。


「いっそのこと、かっ拐えたらまだいいんだけどね」


 それなら、ハッピーエンドではないにしても、僕が彼女を愛でることは出来る。寝取りものは好きではないけれど、うん。僕的にはましだ。

 彼女は嫌がるかもしれないが、と考えて、心がざわついた。可笑しいな。


「あっ……駄目だよ。それじゃあ……ああっ!あああっ!?……負けてしまった」


 彼女は胴を貫かれてなお、まだ足掻こうとしていた。だが、間に合わないし、助からない。僕にとってのハッピーエンドは、叶わぬ夢と化した。

 喜んでいるのは、可愛い彼女を殺した奴等。憎い、苛立つ、腹立たしい。それでも僕では敵わない。ああ無力。


 彼女が事切れたことを再度確認して去っていく彼等を見送り、冷たくなった彼女に触れる。涙が溢れた。視界が滲んだ。


「……悲しいなぁ……僕は……僕はなんて無力なんだ」


 これでも僕は、神の一柱。だけれども、存在感が薄く弱かった。だからこそ彼女の手に掛かり殺されることはなかった、ちっぽけな存在。

 残るのは、彼女の好きだった神……天秤を司る調停者と、幸運を引き込む神、そして旧き力を持つ神が三柱。


「……気に食わない」


 どうして彼女が殺されたきゃいけなかったのか、それはまあ、理解できるが。


「……腹立たしい」


 けれども、もう少し救いが欲しいと願うのが、自己中心的な考えに陥るのが、この僕だ。


「妄執の神、イカれストーカー……色々言われたけれたど、うん。僕は自覚している。

 でも、どうしようもないんだ。僕は、僕だ。治したくても治せない、イカれた神。それが僕なんだ。だから……」


 無くなった体温を探るかのように、僕は彼女の骸を抱き締める。血と共に、少しの汗臭さを感じた。一杯動いていたからね。悪くない薫りだ。


「だから、僕はやり直そう。 二周目では彼女に幸福が有るように」


 時戻しの神である僕は、久方ぶりにその権能を発揮した。そして世界は巻き戻る。因果も執念も死も、僕以外の全てを無かったことにして。



◆◆◆◆◆



「ん……と、危ない危ない」


 足元がふらついた。僕は力が無い。それは殴り合いの力や魔法の力だけでなく、全てにおいて、だ。

 だから、他の神が鼻唄混じりに行使できる、自らの権能であっても、こうして反動がある。が、成功したので良しとしよう。


「とはいえ、服は着替えないと」


 彼女の血がべったりとついている服を脱ぎ去り、ささっと着替える。元のままだと、聡い彼女に気付かれてしまうからね。

 まあ運命力を操る彼女なのだから、僕を意識したらすぐに気付かれてしまいそうだが。


 戸を開け外に出て、僕は神々が争い自滅する、そんな惨劇より以前の世界に戻ってきたことを、改めて自覚した。

 あの鬱陶しいくらいに暑い太陽神も、あのひょろ長い蛇神も、みんなみんな生きているのだから。


「彼女は、何処にいるのかな?」


 てくてくと、思うがままに歩く。途中で声を掛けられることはない。見られることすらない。

 友人……友神?であると思っていた隠密の神も、似たような感じだったらしいが、はて僕は何故こうも薄いのだろうか。まあいいか。


「おやタニアじゃないか」

「ひっ……な、なんだ、マルシェか。 噂をすれば影、だね」


 僕に声を掛けてきたのは、マルシェ。件の隠密の神だ。友神だと思っていたが、僕のいない所でただの知り合いと言っていたことは忘れないからね、うん。


「それよりタニア、今度は誰に御執心なんだ? カーラーか?マカラカンナか?」

「運命神さんだよ。あの造形と一人称に融かされてね」

「おいおい、流石に脈ないだろ。 アシェムが誰が好きかは知れ渡っているだろう?」

「……分かっているさ。 彼女に振り向いてもらうつもりはないよ。悲しいけどね」


 僕が好きになる(ヒト)は、僕を好きになってくれない。何故かって、僕が他神の心を理解したくともできない、イカれた神だからだ。憐れみの目は向けられるけどね。ああ、嫌だ嫌だ。


「成る程?戻ってきたな? まーた何時ものハッピーエンドを拗らせたか」

「ふふふ、よく分かったね。 隠密の神としては印象的だったかい?」

「まあ幸せになったところで傷付いて泣きながら引きこもるまでがセットだからな、印象にも残るわんなもん」

「……」


 何も言い返せない。ああ無力。


「しっかしお前も難儀だよなぁ……っと、それはさておき、アシェムの場所は知ってるのか?」

「いや、知らない」


 と言ったら、マルシェは僕の後ろを指差した。


「彼処が住み家で、本神は今、あっちにいる」

「ああ、あの可愛い姿は確かに……ありがとうマルシェ君。助かるよ」

「気にすんな。神観察は趣味なんでね」


 礼を言って、彼女の、アシェムの許へ駆け……ようとして息切れし、気持ち小走りで向かう。追い付いた。


「アシェムさん」

「時戻しの神とは珍しい。ぼくに用かい?」

「勿論……フォルセへの告白はいつなんだい?」

「ななな何を言ってるんだぜ? ぼくは別に告白なんて……」


 アシェムさんが真っ赤になった。なにこれ可愛い。分かっていたけど可愛い。でもモヤモヤする。なんだろう、この感情は。


「大丈夫、言いふらしたりはしないさ」

「……」


 真っ赤にしたまま、頷いた。うんうん、可愛らしくて頬が緩む。


「で、告白は……」

「~っ! お、おいおいまだに決まってるだろ? 大体告白前にとびっきりのプレゼントを……」

「やめといた方がいい」

「……お前、戻ってきたな?」


 先ほどまでは恥じらう乙女だったアシェムさんの目が、すっと細まった。力の弱い僕はビクリと震えた。


「ご、御明察。 だからこそ言いに来たんだよ、僕のハッピーエンドの為にね」

「……ぼくはどうなったか、聞いてもいいよな?」


 薄く笑うアシェムさんに、僕は神妙な面持ちで頷いた。


「人間とアシェム、その他四柱の神によって討たれたよ。 フォルセはどうやら君のやり方が気に入らなかったらしい。君の誘いを断っていたからね」

「……」


 アシェムさんは小さく息を吐いた。


「良いぜ、信じてやるよ。 じゃあぼくはどうすれば良かったんだぜ?」

「それは恋愛下手な僕には分かりかねるね。ただ、女は度胸でまっすぐ告白するのが良いんじゃないかな?」

「……そういやお前、いきなり現れたと思ったら告白繰り返したりストーカー扱いされてたな、おい」

「それしか思い付かなくてね。 どうしたって分からないんだよ、やり方は。

 ただ、君が告白する気になれば協力する神はいるはずだよ」

「……おいおい、ぼくの想い神は言わないって話だったよな?まさか約束する前だから関係ないなんて……」

「公然の秘密と化してるみたいだよ、マルシェ曰く」


 アシェムさんが羞恥のあまり真っ赤になった。ああ可愛い。ぎゅっと抱き締めてくんかくんかしたい。そして可能なら舐め……駄目だ駄目だ、彼女には想い神がいるのだから。


「で、どうするんだい? 言うだけ言うのもありだと思うけれど。 駄目なら僕が巻き戻してもいい」

「……ちょっといいかい?ぼくの記憶も連れていけるんだよな?」

「僕以外か……うん、間違いなくぶっ倒れるけど、一柱までなら頑張って連れていくよ」

「お、おう。倒れる前提なのかよ」

「倒れたら膝枕してくれたら嬉しいな」

「おーけー、振られたら頼むぜ」

「任せたまえよ……あっ、でも本気で嫌われるまではぐいぐい押してみるのも良いんじゃないかい? 僕が巻き戻すならフォルセが根負けする可能性も確かめた方がいい。既成事実を作る……うん、無理そうだね」


 既成事実、と言った段階で、アシェムさんは顔を真っ赤にして俯いた。初々しい。と同時に胸が痛む。何故だろうか。


「まあ、既成事実は無理でも砕けるまでアタックするのは本当試した方がいいと思うよ。

 彼、堅物だろう? 調停者としての責務が~って断りそうじゃないか。

 君の誘いを断るときも調停者としてどうたらと言っていたし」


 あの時は調停者として許せないとかだった気もしたが、似たようなものだろう。うん、きっとそうだ。


「……言ってくるぜ」

「うん。アシェムさん、頑張って。運命神に言うのはなんだけれど、運命に好かれますように」

「……おう」


 アシェムさんは、のろのろと歩いていった。直接的に手を出せない僕の無力が情けない。ああ無力。



 それから一週間後、アシェムさんとフォルセが恋人になったことを聞かされた。嬉しそうなアシェムさんと、満更でもない様子のフォルセを見て、嬉しいはずなのに、僕は泣いた。

 そして胸に張り裂けるような痛みを感じて引きこもった。


「おーいタニア」

「……マルシェ? なんだい?」


 引きこもっていた僕に、何処かから入り込んだマルシェがやって来た。相変わらず隠密が極まっている。


「元気出せよ。女のお前じゃレズでもバイでもないアシェムは無理だったんだって」

「……僕は別に、彼女と付き合いたかった訳じゃあないのだけれど。 単に僕好みで可愛らしいと思っただけで」

「嘘つけ」

「本当だとも」

「なら恋と好意の違いが理解できてないな、お前。子供かよ」


 失礼なことを言われた。僕は他神を理解できないだけで、自分のことはよく分かっていると言うのに。


「……僕だって、他神を愛する気持ちは分かるさ」

「じゃあ聞くけどよ、アシェムがフォルセの隣で笑っていて、どんな気持ちだったんだ?」

「胸が張り裂けるように痛かった。悲しかった。僕の好きな、ハッピーエンドだった筈なのに」

「で、愛する気持ちが実らなかった時はどんな気持ちか分かるのか?」

「……胸が痛……あっ」

「おっ、気付けたな」

「……嬉しくないものだね」

「ま、そんなもんだ。 じゃ、俺は帰るからな」

「好きにしたまえよ」


 少し立ち直りかけていたけれど、僕は追加で失恋と言う大ダメージを受けて、再び外に出る気がなくなってしまった。ああ無力。豆腐メンタル。


「……ああ、そうそう。アシェムから伝言でな、ぼくの所に来たら膝枕してやるから元気出せよ、だそうだ」

「それを聞いたら行くしかないじゃあないか!堪能するしかないじゃあないか!さあ教えたまえ!アシェムさんは何処にいるんだい!?」

「お、おう……今は家だな」

「ありがとうマルシェ君!行ってくる!」


 ぼくは 元気に なった!


Fin

この後アシェムさんの膝枕を堪能したタニアであった。


なお、タニアがアシェムに対してさん付けなのはアシェムがアシェムさんと呼びなさいと言っていた場面を目撃したからである。終わり。

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