異世界なら宇宙戦艦で無双できる! そう考えていた時期が私にもありました
「総員、第一級戦闘配置。艦載機全機発進」
艦長の命を受け、乗組員があわただしく動く。
戦闘員は持ち場へ、非戦闘員は待機場所へ。
全員がヘルメットをかぶる。
艦底が左右に開き、艦載機が射出される。
主砲、副砲、対空・対地機銃が展開される。
艦載機はV字型の四編隊。上下左右に展開する
宇宙戦艦アンジェリーナは戦闘態勢に入った。
西暦二二〇二年、地球は天の川銀河シリウス宙域の盟主となっていた。
アンジェリーナは地球の最大戦力。前世紀末、地球から十数万光年離れた星にあった敵性文明を、単艦で制圧した実績がある。
二月十三日、辺境調査船団からSOSを受けた地球は、救助のためアンジェリーナを派遣したのだ。
SOS発信地点は地球から天の川銀河中心方向に一九七四光年。
アンジェリーナは高速ワープで到着した。SOSから半日。ちょうど日付が変わったところだ。
「あの中か…」
低い声で艦長が呟く。
見据えるのは映像パネル。
映っているのは放射状のオーロラに見える巨大な発光体。
中心には、アンジェリーナが余裕を持って通れる円い穴が開いている。
「行くしかあるまい。総員、警戒態勢をとれ。島田、突入するぞ」
「了解」
アンジェリーナはシールドを展開し、発光体に突入した。
光のシャワーを抜けた先は青い空。
「環境確認、ハビタブルです。生命反応あり。拡大します」
「なんだこれ、ドラゴンじゃないか」
「おい見ろよ、何匹も飛んでるぞ」
パネルには、旋回飛行するドラゴンの姿。
さらに。
「文明の存在を確認。映します」
地上を映すパネルには、ファンタジー世界を思わせる建物が並ぶ。
人間と獣人が並んで歩く姿もある。
「ドラゴンに獣人。それに建物。まるで異世界ですね」
「本当ね」
若い乗組員から緊張感が抜ける。
「こら、我々は観光に来たんじゃないんだぞ。森山、船団の反応を探すんだ。相川、司令部に報告しろ」
「「了解!」」
「敵性飛行生物、多数接近中」
「映せ」
「おいおい、本当かよ…」
パネルに映ったのは、ドラゴン、ワイバーン、それに比肩する巨大鳥。
空を埋め尽くすかのような大群だ。
そして冒頭の場面に至る。
「これは…どういうことだ?」
思案顔な艦長。
飛行生物の群れは主砲の射程距離手前で散開。
アンジェリーナを取り囲んだ。
攻撃はしてこない。かといって、逃げる素振りはない。
先制攻撃は許されない。交戦開始には、正当防衛という大義名分が必要なのだ。
こちらが動けば向こうも動く。これでは埒が明かない。
「やむを得んな。全体、一時静止せよ。相手の出方を見る」
『異世界の皆さん、ここは、あなた方が来るところではありません。悪いことは言いませんから、早々に立ち去ってください』
乗組員たちの頭の中に、若い女性の声が告げた。
艦内に動揺が広がる。
「狼狽えるな! 我々の使命を思い出せ!」
艦長の叫び。
動揺を使命感で上書きする乗組員たち。
艦長が声に答える。
「私は地球軍所属、宇宙戦艦アンジェリーナの艦長、沖川だ。我々の星の調査船団の救助要請を受け、ここに来た。目的を果たさずに退くことはできない」
『そちらの事情は理解しました。ですが、こちらにも事情がありましてね。もう一度だけ忠告します。早々に立ち去った方が、あなた方のためになりますよ』
「くどいな、それはできん」
『そうですか…。では、仕方ありませんね。自己責任ということで、納得してください』
飛行生物の群れは去っていった。
「古田先輩、謎の声は忠告と言ってましたが、無視してよかったんですか?」
「土田か。心配は要らんよ。新任のお前は知らんだろうが、あの程度の巨大生物なら、対空機銃で一撃だ」
「そうよ。私たちは、艦より大きな宇宙生物だって葬ってるんだから」
「大体だな、この艦のシールドを破れるわけがないだろう。主砲の直撃だって跳ね返すんだぞ」
「うん、そうですよね南野先輩。アンジェリーナは無敵の戦艦。それに間違いないですよね」
「ま、そういうことだ。念のため戦闘態勢は維持。スペースレオ隊は散開して捜索を開始せよ」
艦長の命を受け、艦載機が散開しようとしたとき、悪夢が始まった。
「地上から攻撃。スペースレオ三番機、十番機、撃墜されました」
「何だと!」
「引き続き攻撃。スペースレオ一番隊…、全滅です」
「そんな…馬鹿な…」
動揺する乗組員。
さらに、驚愕の報告が入る。
『こちら艦載機ドック。艦底の装甲が損傷しています』
『側面第二副砲塔、使用不能。砲身が変形していきます』
「何が、一体何が起きてるんだ!?」
「映像、出ます」
映し出されたのは魔法使いのような服装をした四人の女性。見た目年齢は小学生、高校生、大学生、二十代半ばとばらばらだ。
小学生は無表情。突き出した手から高エネルギー弾を放ち、艦載機を撃ち落とす。残りは数機しかない。
高校生は楽し気。副砲の砲身を手で押し、軽々と曲げている。おそらく主砲も同じ運命だろう。
やる気に満ちた大学生が放つ粒子砲のような攻撃はシールドを難なく突き抜け、装甲にダメージを与える。
そして大人の女性は艦首に立ち、満足そうに様子を見ている。
乗組員たちに言葉はない。唖然としながらそれを見ていた。
「な、何だ…これは」
艦長が絞り出す。
それに、大人の女性が反応する。
『あらあらうふふ。神様の言うことを聞かなかったから、罰が当たってますのよ』
「罰だと…」
『はい。ちょっと前にも、おバカさんたちが同じ目に遭いましたわ』
「ま…まさ…か」
『はい、そのまさかですわ』
映像パネルに、調査船団の最後が流れた。
アンジェリーナと同じ主砲の一撃は、ドラゴンに傷一つ付けられない。
巨大鳥の爪は、アンジェリーナと同じシールドを容易く引き裂く。
一方的な蹂躙だった…。
『このおバカさんたちは、外見で私たちの世界を見くびった報いを受けましたのよ』
「わ、分かった。引き返そう」
『では、その前に事態を報告してくださいね』
通信士が連絡を取る。司令部の反応にも力がない。
「では、さらばだ」
『それは甘い。帰るのは私を倒してから』
小学生が立ちふさがった。
『あらあら、仕方ありませんわね。そういうことですから、おバカさんたち、頑張ってくださいね』
『彼女は私たち四天王の中では最弱。だから、なんとかなる…かもしれないけどならないかな?』
『艦首についている大きなのを使えば、可能性はゼロではないと思いますよ』
他の三人は見物の構えだ。
「艦長!」
「うむ、やるしかあるまい」
アンジェリーナは空間殲滅砲の発射シーケンスに入った。
ワープに使うシステムを利用し、対象を周囲の空間ごと引き裂く超兵器だ。
「空間殲滅砲発射!」
エネルギーが迸り、空間を歪めながら小学生に迫る。
が…。
『イラスレイジ』
攻撃は反射され、アンジェリーナは霧散した…。
事の顛末は、アンジェリーナの通信回線を通し、司令部にも伝わった。
この出来事は「惨劇のバレンタイン」として後世に残り、件の宙域は進入禁止となった。
いきおいでかいた。はんせいはしていない。