空き家
その日、陽炎が目に見えるほど暑い道路を、犬と一緒に歩いていた。こんなに暑いのに、犬は毎日散歩に行こうよと言わんばかりに尻尾を振るから仕方ない。夕方の少し気温が下がった頃を見計らって出かけようとしたが、結局暑さは留まる事を知らず、仕方なく犬を引き連れて出かける事にした。こんなの、私より体力のあるお兄ちゃんがすればいいのに、と心の中で愚痴を吐きながらも足を運ぶ。
いつもは通っている小学校の方向とは反対の方向へ散歩へ行くのだが、今日は犬が気分が変わったのか、学校の方向へと引っ張ったので、そのまま学校の方向へ進んだ。こうして散歩してみると、普段友達と話しながら見る景色と違った景色が見える気がして、少し胸が高鳴った。
あまり長い間犬に道を任せると、あらぬ方向へ行きそうだったので、今度は自分が犬を引っ張り、家へと戻ろうとする。
だが、今度は犬が戻らなくなってしまった。犬を引っ張ろうとすると、負けじと犬も自分を引っ張り、綱引きのようになる。何やら道沿いに付いた匂いを嗅いでいるらしい。
いつも通学路として通っているその狭い道の向かい側に、空き家があった。友達と話しながらだと目にも留めなかったが、こうして見るとかなり大きい。どうも犬はそちらの方向に行きたいらしい。
だが暑い中ずっと散歩もしていられない。さっさと犬を引っ張ろうとして、"それ"を見た。
この辺りでは見かけない大柄の男。もしかすると男ではないかもしれないがなんとなく男だと思った。顔は帽子に隠れてよくは見えない。
最初は挨拶をしようと思ったのだが、犬が、男を見るなり吠え始めた為、機会を逃してしまった。
「ごめんなさい、犬、吠えちゃって。」とたどたどしく言うが、返事は返ってこない。あまりにも不気味に思え、すぐに犬を引っ張って戻ろうとするが、犬はまだ吠え続ける。
「もう!行くよ。」と言いかけて、その男は何か呟いた。ただ、はっきりとは聞こえず、なんと言ってるのかはよく分からなかったはずなのだが、「おいしそう」と聞こえてしまった。
初めは困惑したが、次第に汗が冷や汗に変わり、犬を強引に引っ張り、後ろを見ずに家まで戻った。
夏休みが終わり、再び通学路でその狭い道を歩くと、空き家の付近でよくその男を見かけるようになった。だが、相手が気づいていない事の方が多く、気づいていても、特に近づく事も無かったため、そのまま毎日を過ごした。
だが、周りにこの男の事を聞いても誰も知らないという。
段々怖くなり、母親に相談したが、相手にもされず、父親も何かあったらすぐに近所の人に言うんだぞ、というだけで、特別何かしてくれる訳ではなかった。
とうとう交番にまで行って話を持ちかけたが、結局見間違いか何かだろうと言うことで話しがついた。
いよいよ両親から心配され、兄からも心配された。だけど、小学校の数年間、あの男を見かけ続けたのは間違いないはずなのだ。必死の訴えも虚しく、そろそろ小学5年生になろうとしていた。
「広瀬〜、まだ妹ちゃんのアレ、続いてんの?」
気軽に話す内容ではないような内容を時田が振ってくる。兄妹仲はさして悪くないものの、最近の怯えきった言動は、地元でも少し話題として広がりつつあった。
「お前さぁ、プライバシーとかそういうの無いの?」
辛辣に返すが、時田はお構い無しのようである。
「別に、ちょっと気になっただけだしいいじゃん。」
「まぁまぁ、落ち着きなよ。」
冷静ながらも会話に水を差すのは西谷だ。
「あの人懐っこい広瀬のところの犬が、その妹さんの言う大柄の男に吠えたんでしょ?」
「そうだったかな、あんま詳しい事は覚えてねぇ。」
とりあえずそう答えておく。
「そういえばもう1匹の犬はどうしたんだ?」
今更そんなことを。と思いながら口を開こうとすると、先客がそれを拒んだ。
「脱走しちまったらしいぜ。」
「え?マジで?てかなんで国沢知ってんの?」
横に現れた、少し太った国沢が続ける。
「まあ小学校から同じだしな、そっか、時田、学校は一緒だけどクラスは違うかったな」
この4人組の中で出身校が違うのは西谷だけである。4人は中学1年の時からクラスが一緒で、仲良くなった。
「お前んとこも大変だな、中学入らない内に不登校になるんじゃねぇか?」
「おいおい、もうこの話はやめてくれ、頼むわ。」
「すまんすまん、俺がこんな事言わなきゃよかったな……。」
時田が手で謝罪を表現する。
「とはいえ、妹をこのままにはしたくないんだよなぁ……。」
意外と妹想いなんだな、という国沢にうるさい、とだけ言葉を投げ、荷物を手に取る。
「もう帰んの?広瀬。」
「あぁ、また明日な。」
「じゃあな!」
おう、とだけ返し、駐輪場へ向かう。
帰りがけ、何気なく妹が謎の男を見たという狭い道の近くを通ってみた。古びた空き家がぽつりと建っている以外は雑草ばかりである。付近に家も見当たらない上に車の音も全く聞こえなかった。
そこに、中年の女性、言葉を濁すならおばさん、2人が並んで会話していた。何やらこの辺りで不審者が出たという話らしいが、よくは分からなかった。
家に帰る途中、下校途中の妹に出くわした。下校中はチラチラと周りを観察する癖が付いてしまったようで、妹の方が早く自分に気づいた。
「お兄ちゃん、またあの男を見た気がする……。」
「今通ったけど誰もいなかったと思うぞ。」
「そう……。」
悲しそうに呟いて下を向く妹を一旦忘れ、後ろを向く。
そこには見かけない服装の人の影があった。すぐ去ってしまったため、ほんとに人影だったかも怪しいが、もしかすると妹の言うことは案外合っているのかもしれない。
こんな気にさえならなかったら、今頃後悔していなかったかもしれないのだが。
少し経ってから、休みの日に妹が男を見かけるという道の近くの空き家を探検してみないか、と誘ったのは国沢である。最初は断ったが、時田、西谷も来ると言うらしい。仕方ない、とばかりにとりあえず約束だけはしておいたが、果たして妹にこれを伝えたらどんな顔をされるだろうか。帰り道のペダルが少し重かった。
休み当日、一番空き家に近い自分の家で少し遊んでから向かう事にした。この日は妹と犬が家にいる。両親は二人とも用事で家にいない。
「それじゃ、行ってくる。」
「う、うん……。」
と、ぎこちない返事をしてきた。そうそう、言い忘れてた事があった、と妹に耳打ちする。
さっきよりももっとぎこちない返事が返された後、空き家に向かう事になった。
空き家までは自転車で10分ほどの場所にある。それにしてもこの空き家、柵もないのか。
「思ったより大きいな……。」
と第一声を発するのは時田だ。
「探索は骨が折れそうだね。」
と西谷。
4人それぞれ、荷物を持っているが、中身はせいぜい懐中電灯、携帯ぐらいだろう。何かあったら、と果物ナイフとエアガンを忍ばせているのは自分だけだろう。少し恥ずかしくなったのは秘密だが、そんな事を考える内に、先頭を時田が進む。
「1時間後に集合って事でよかったっけ?」
「キリよく14時に集合しよう。」
今回の探索は2人1組ですることになった。俺と西谷、時田と国沢に分かれた。
「お邪魔しまーす!」
「おい時田、そういうのはやめろよ。」
冗談混じりに言ったが、実際誰も使っていない、中がどうなっているかも分からない家に4人も客が来るのだから邪魔も当然だろう。
入ってみると、予想以上に中が暗い。扉を閉めるとほぼ真っ暗になった。西谷がカーテンを開けようとしたが、人通りが少ないとは言え、万が一侵入がバレたらまずいと思い、カーテンは閉めたままにしておく事を促した。
玄関から見えるのは階段、左右に分岐する廊下だった。
「俺と国沢で右行くから、左頼んだわ。」
「オッケー。」
そう言って2組に分かれた。
何年前からここは空き家だったのだろうか。床は当然の如くホコリが散っており、棚などの家具もそのままだった。この家の住人は引越した訳では無いのか?
そんなことを考えている時、後ろにいた西谷が悲鳴をあげた。
「どうかしたか!?」
「ご、ゴキブリ……。」
なんだゴキブリか、と安堵しつつも、確かにホコリに紛れて小さな豆粒がそそくさと動いている。
「ゴキブリぐらいで叫ぶのはやめてくれ、こっちが驚く。」
「ご、ごめん……。」
まあゴキブリ以上にヤバいものを見つけるのなら話は別だが。その時は絶叫していいぞ、西谷。
しばらく進むとクローゼットらしき所にたどり着いたが、その先は収納で特に何も無さそうだ。それにしても暗い。懐中電灯が無かったら危なかった。
とりあえず戻るか、と言いかけた所で携帯のバイブレーションが震えた。急いで見ると、ヤバいものが見つかったから来てくれ、とだけ書かれてあった。何がどうヤバいのが具体的に説明して欲しい。
仕方なく玄関まで戻り、そのまま向かい側の道へ行く。そこに時田と国沢が突っ立っていた。
「何があったんだ?」
そう聞いたが返事が返ってこない。大丈夫か?と思い顔を覗き込むが、その顔の目線の先にあったものが先に目に入ってきた。
手術台。そうにしか見えなかった。部屋の間取りから考えるにはここはリビングだと思うが、明らかにリビングにあるべき物ではない。
そして、当然のごとく血痕が広がっていた。懐中電灯を動かし、確認するが、床だけでなく、壁や天井にまで広がっていた。
よくテレビで死体を刀なんかで斬ると血飛沫が出るシーンがあるが、大抵の場合、死んだ人間は当然ながら心臓が止まっているので、血飛沫という現象は起きない。ここまで血飛沫が広がっているのを見る限りでは、生きた人間、いや動物かもしれない、が斬られた、という事になる。
壁をよく見ると、波状の血痕があった。この振幅、もとい上下の幅を見るに、頸動脈でも斬られたのだろうか。中学生が見るにはあまりにもショッキングな絵面だった。こんな事を知っている自分も十分危険人物かもしれないが。
「これは……。」
「何やら見てはいけない物を見てる気がするな……。」
しばらくの沈黙の後、いつもはお調子者の時田が帰ろうぜと言い始めたので、諦めて玄関へ向かおうとした時──────
「うわぁぁぁ!!!??」
逆に振り向いた事で先頭になっていた西谷が悲鳴をあげた。
「西谷!?西谷ぃ!?」
「どうしたの!?」
「西谷が……消えた……?」
と、足を運ぶ自分も一気にGがかかったような気がした。
「広瀬!?」
「どうなってんだ!?」
おいおい、俺はきちんと生きてるぜ、ってここはどこだ?懐中電灯を急いで探し、手元にある事を確認する。懐中電灯を付けると天井が照らされた。それでようやく原因が分かった。
「床が抜けただけだ、大丈夫だ。」
全くだ。焦らせるなよ、と思いつつ、自分より先に落ちた西谷を探す。幸いすぐに見つかったのは良かったが、それと同時に見つかってはいけないものも見つけてしまったのが不幸だった。
西谷の方に懐中電灯を付けたまま固まっている自分を見て、困惑する西谷だったが、すぐにその懐中電灯が向けられているのは自分で無いことに気づき、横目で隣を確認する。
見事なまでに無惨な姿の死体だった。首から下が原型を留めていない。
「……あ……あぁ……。」
西谷が絶句するのも無理はない。余程死体慣れしている人間がいなければそうなるだろう。
いや待て。こんな事が自然に出来るはずはない。出来るはずがない。
駆けつけた国沢と時田もかなり強ばった表情をしていた。空き家の冒険を持ちかけた国沢は冷や汗だけでは済まないほどの汗をかいている。
「なんか……すまん……。」
国沢が謝るが、今は謝罪よりも欲しいものがあった。
「と、とにかくこれは誰かがやったに違いない……自然にこんな事は出来ない……。」
「って事は、この空き家の中に犯人いるかもしれねぇじゃねぇか!!」
「落ち着け!大声を出すな!」
焦る時田を咎めるが、自分も今すぐにでも大声を出したい。ここまで冷静でいられる自分が少し恐ろしかった。
「そ、そうだ、もしかするとまだ生きてる人がいるかもしれない。」
手術台の事を思い出し、希望を見出す事に成功したが、死体の山から生きた人間がいるとは到底思えない。そもそも、ここは……。
「なんで地下なんかあるんだろう……。」
心の中を代弁してくれたのは西谷だ。いくらボロ屋敷とは言え、戦時中の防空壕の名残には思えなかった。それにしては狭すぎる。
「とにかく、早く出ないといけないけど……。」
「どうする?」
残念な事に地下から1階へ登るものが見当たらない。脚立もない上、柱から穴までが遠く、あまり頼れなさそうだ。
「仕方ない、肩車して、俺が西谷を上に登らせる。後で俺を引き上げてくれ。」
「了解……!」
「せ、生存者は結局探さないの……?」
「そ、そんな暇ないだろ!今はここを出るのが先決だ。」
そうだ、と肯定しようとした時だった。思いもしなかった声が聞こえた。
「おぬしら、待ってくれぬか?」
死体の山から這いつくばって出てきたのは老人だった。
「せ、生存者だ……。」
「まだいるかもしれない……!」
だがそれを老人は一蹴した。
「恐らくだがおらぬ。いたとしてワシぐらいの老人じゃ……。」
「どうして……。」
老人は続ける
「ワシは誘拐されたんじゃ。」
「ゆ、誘拐!?」
「そう。他の……今は亡骸となったこやつらも同じじゃろう。」
「ま、マジかよ……。」
「ワシは、ワシをさらった奴に、殺すならもう長くないワシから殺せと言ったが、奴はそれを聞かずに若いのから殺した……。」
横の死体の山は確かに若い顔が多いような気がする。
「ひでぇ……そんなことをするやつがこの中に……、そうだおじいさん、その犯人とやらは今ここに、この空き……屋敷の中にいるんですか!?」
「わからん……。だがこの地下にはいない!いるなら1階か2階だ。そこにいなければ外だろう。」
「……。」
どうすればいいのだろうか。老人を見捨てる訳にはいかない。とりあえずなんとか3人全員を1階にあげなければならないが。
「……なぁ、警察呼ばないか。」
「名案、と言いたいけど、それだとここに入ってきたのバレちゃうよ。」
気弱そうに西谷が言うが、
「それどころじゃねぇぞ!!近所に殺人鬼がいるかもしれないんだぞ!!!」
と珍しく捲し立てるように国沢が言った。
「あれ?」
携帯を開いた時田が困惑している。
「どうしたんだ?」
「……ここって圏外だっけ?」
全く気づかなかった。待て待て。最初に手術台を見に行った時はメッセージが使えたはずだ。妨害電波でもあるってのか?まさか。
「ここが通じにくいなら、外まで行くんじゃ、そしたら使えるかもしれん。」
外でならさすがに使えるか、ともあれまずは引き上げてもらわなければ。
「急いで引き上げてくれ、頼む。」
「おうよ!」
4人はこれまでに無いぐらいの連携を見せ、老人も1階に引き上げた。
「急げ、早く行かないと……。」
そう言った時田が止まった。
「おい、どうした……?」
だが、目の前に現れた者を見て止まるしか無かった。
大柄の男がそこに立っていた。手に何か持っている。男はそれを顔に近づけて、食べた。頭だ。こいつは人間の頭を食べたんだ。形容するに値しない、恐ろしい音が響く。よく見ると、もう片方の手には明らかに鈍器のような物が掴まれていた。
男を前に固まるしか無かった4人だったが、男もなぜか止まっているだけだった。喋りもしない事が逆に自分達を焦らした。
すぐにカバンに潜ませて置いた果物ナイフとエアガンの存在を思い出すが、果たしてそれだけで勝てる相手なのだろうか。相手は大柄な上に鈍器も持っている。防御に失敗すれば一巻の終わりだ。
だが多勢に無勢だ。時田、西谷、国沢に急いで耳打ちをする。
「いいか、とりあえず四肢を封じれば相手も抵抗は難しい。だから、左腕に時田、右足に西谷、国沢は左足を頼む。俺はカバンで防御しながら、右腕に飛びつく。」
「そのあとどうすんだ……?」
「正当防衛って事でとりあえずなんとかボコすんだ!最悪俺のカバンの中にエアガンと果物ナイフがあるから、それでなんとか……!」
「携帯をじいさんに渡さないか?」
「そうだ、その手が……!」
いや待て。そもそもなんで会話が始まってすぐにあの老人は助けを求めなかったんだ?なんで外に出れば携帯が通じると分かるんだ?玄関まで誘ったのは老人だ。そしてそこには男が……。
ぬかった。これは罠だ。後ろには既に凶器と狂気を引っさげた老人が立っていた。
「……。」
笑顔で立っているが、この老人の笑顔は果たして本当に笑顔なのだろうか。自分の見ている光景を何一つ信じられなかった。
こうなったら仕方ない。強行突破だ。無茶でもここで殺られるよりかは遥かにマシだ。
「こうなったら強引にでも行くぞ……!」
「わ、分かったよ……!」
それと同時に目の前の男に飛びついたが、男は中学生4人の邪魔を諸ともせずに、4人を振り払った。
同時に後ろから老人が襲いかかる。手に持っているのは果物ナイフとは比較にならないほどの長い包丁だった。
最初に悲鳴をあげたのは時田だった。だがお調子者ながらも体力はある時田、老人を蹴り飛ばすほどの体力はあったようだ。老人は倒れ込み、なんとか牽制に成功するものの、包丁は背中に刺さったままだった。無理に引き抜くと出血が増えて死ぬかもしれないが故に、迂闊に触れないのが辛い。
一方防戦一方かに見えた大柄の男は国沢の豊かな腹に噛み付いた。戦闘中に直接栄誉摂取しながら相手にダメージを負わせるとはアナログながらも効率的な攻撃だと思うが、そんなことを考えている時では無い。
こちらはこちらで右腕にある鈍器を必死で押さえ込んでいたが、あまり持ちそうにない。
と、男の右手は鈍器を離し、腹に一物を食らった。慈悲の欠片もない一撃に、倒れ込むしかなかった。
「広瀬!!!」
唯一無傷の西谷が叫ぶが叫ぶだけでは意味が無い。だが叫ぶ他ない。
老人が再び立ち上がった。横にあったテーブルから別のナイフを手に取る。ナイフを取った時に落ちてきた、見覚えのある首輪を見て絶句した。
男は鈍器を手に取り、西谷に向けて穿つ。咄嗟の判断で避けるものの、コンマ1秒で第2波が来るとは思わなかったのだろう。今までの誰よりも大きな声を出した。
激昂した国沢が反撃に出る。負けじと男にかぶりついたが、あっさり跳ね除けられてしまった。
急いでカバンから果物ナイフを取り出し顔めがけて投げつける。と同時にエアガンを取り出し、まずは油断していたであろう老人の方に乱射した。だが、所詮エアガンだった。エアガンでは老人は倒せない。男に投げつけた果物ナイフはもはや行方知れずである。
終わった。好奇心は恐怖心、そして死に至った。
悟っても無駄だった。妹が無事な事を心から嬉しく思った。
これまで無言だった男が口を開いた。多分、おいしそう、って言ったような気がした。
トドメを刺されようか、という時に──────やっと来てくれたか───────
パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。男と老人はかなり焦っている。こんなに滑稽な犯罪者を見るのは初めてだ。そもそも犯罪者自体見るのが初めてだが。
この辺りで意識が朦朧として来た。空き家に誰かが入る音がする。何か叫びながら。
だが無常にもそこで記憶は一旦途切れる事となる。
出かける前に、14時を過ぎても帰ってこなければ警察を呼んで欲しいと妹に伝えておいたのが役立ち、無事男と老人は逮捕、自分達4人は全員生存する事が出来た。
休み明けに学校に行ったのは一番軽傷だった西谷だったが、生徒に質問攻めを食らうわ、教師に呼び出されるわで散々だったらしい。
翌日の新聞の一面を飾る事にもなり、「お手柄中学生」と称されたものの、一歩間違えれば大事件に発展していた可能性もあったとして、世間では賛否両論が交わされた。全員助かったのが不幸中の幸いだった。
もちろん、両親や教師に大目玉を食らった。だがいくらなんでも病院で怒鳴ることはないだろう。
こんな愚痴を言える程度には回復した。
空き家は死体を回収し、取り壊され、厳重にお祓いしたらしい。
なんとか一件落着、と言いたいところだが、もうしばらくはこの話題を嫌でも聞くことになるだろう。妹が気を毒さないか心配である。
もし、私が電話をかけるのが遅かったらどうなっていただろうか、などと考えたくはないがやはり考えてしまうものである。
結果論でしかないが、当時小学生だった自分の優秀さに少し陶酔感すら覚えた。
しかし、兄の物理的は傷とは対象に自分の精神的な傷は中々癒えなかった。いわゆるトラウマというやつだ。
だが、土曜の朝、必ずやっている事がある。空き家の跡に出来た墓の前で弔う事だ。今の自分にはこれしか出来ないことを悔やみつつも、兄がいる家へと戻る。
犬もすっかり年老いたせいで、散歩すらもしなくなってしまったおかげで、この付近の道を通ることは無くなったが、たまに通る時は常に周りを確認する。癖は直らないものだ。
細かい見出しとかページを変えれるらしいですが、全く分からなかったので今回はそのまま書きました。
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