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SF短編

危機回避能力

作者: 寝る犬

 子供の頃は、それが当たり前だと思っていた。


 ぼくは今までに、少なくとも二回死んでいて、五回は恐ろしい目にあっている。

 そのたびにぼくは別の世界線へと飛び、今までと同じなのに、少しだけ違う人生を送っていたのだ。


 ◇ ◇


 もっとも古い記憶は三歳。

 リビングで遊んでいたぼくは、自分で放り投げたボールを追ってストーブに突っ込んだ。

 かけてあったヤカンの熱湯と、赤熱した鉄が皮膚を焦がす。


 あわてた親の顔が急激に遠のいて、次の瞬間には、ぼくの投げたボールがストーブの上を越え、転々と転がって行くのを眺めていた。


 小学校一年生、通学路でふざけていて道路に飛び出し、どこかの会社の社用車がぼくを吹き飛ばした時もそうだ。

 ぐしゃりと地面に叩き付けられ、ピクリとも動くことのできないぼくは、次の瞬間友達と一緒に、その白い車が自分の横を走ってゆくのを見送っていた。


 ◇ ◇


 無事に中学生に進級したころには、ぼくはこの能力が他人とは違うことに気づいていた。


 ある一定以上のショックな出来事が起こると、その原因となる行動をキャンセルした状態で、人生がほんの少し巻き戻る。

 おかげでぼくは、大きなリスクを冒しても、チャレンジすることが出来、中学受験も成功していた。


 ギリギリの成績でも、失敗してもやり直せばいいだけだと言う平常心のおかげで、普段の実力が出せるのだ。

 受験を経験した人ならわかるだろうけど、こういうことは緊張しないだけでも大きなアドバンテージになっていた。


 ◇ ◇


 そしてぼくは、高校受験を迎えた。

 ダメでもともと。

 今回は自分の実力以上の進学校だ。

 ここに入学できれば、ぼくの将来は安泰だ。


 合格発表の日、自己採点ではたぶんムリと言うのを知ったうえで、ぼくは張り出された紙を確認する。


 ……ない。

 何度確認しても、ぼくの受験番号は無い。

 予想通りだ。でも大丈夫。


 ぼくは例の能力が発動するのを待った。


 十秒、二十秒、十分、二十分、一時間、二時間……。


 いつまでたっても世界線の移動は起こらない。

 そして滑り止めを受けていなかったぼくは、浪人することになった。


 ◇ ◇


 この能力は、自分に都合の悪いことをやり直す能力ではないのだ。

 あくまでも、大きなショックを受けるほど、予想外の事態を回避する能力。


 落ちて当たり前と思っている物事が、予想通りに起こったとしても、世界線の移動は起こらないのだ。

 つまり、時間を巻き戻そうと、自分から車に飛び込んだりした場合にも、予想通り死ぬだけで、世界線の移動は起こらない可能性が高い。


 自分のことを万能に近い特別な能力を持った人間だと思っていたぼくは、それが大きな間違いであることに気づき、おとなしく予備校に通っていた。


 そんなある日。


 ぼくは彼女に出会った。

 テレビで見かけるアイドルグループのセンター。

 ぼくが決して届くことの無い愛情を捧げる彼女は、ぼくを見つけると、頬を染めながら駆け寄ってきた。


「あの、突然のことで驚くでしょうけど……」


 そして彼女はぼくに告白する。

 駅で偶然見かけたぼくに一目ぼれしてしまったのだと。

 どうしてももう一度会いたくて、忙しいスケジュールを縫ってここで待っていたのだと。


「お願いします。お付き合いしてください」


 周囲を見回し、素人ドッキリ系の番組でない事を確認する。

 ぼくは頭に血がのぼるのを感じ、夢見心地のまま「こちらこそ、おねがいします」と上ずった声で答え――


――そして、あまりのショックに世界線の移動は起こった。


 ◇ ◇


 それからは、能力に頼らない生活を心がけるようになった。


 気が付けば私は――そう、もう自分を「ぼく」と呼ぶには年を取りすぎた――私は八十歳を超え、家族に看取られながら人生を終えようとしていた。

 驚きの全くない、予想通りの、良くも悪くもない人生。


 交通事故で死ぬことも、アイドルと結婚することも無く、ただ淡々と予定通りの人生を過ごしてきた。


 こうして家族に看取られ、そろそろ寿命かなと思っていた通りに、死んでゆく。


 持っていた能力と比べれば、あまりにも平凡な人生。

 しかし、それでも最後の瞬間、私は「素晴らしい人生、素晴らしい能力だった」と満足の笑みを浮かべた。


――終

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