十二話 魔法ってなに
メリークリスマスです!第十二話です。(二日遅延)
「一葉君、もしよろしければ、今日一緒に山を下りて町へ行きませんか」
これは、今日の掃除、それから朝拝が終わり、家に戻った時に梨沙さんがなんの脈絡も無しに発した言葉である。唐突に町へ行こうなんて言われたので流石に驚いた。
というか、この世界にも町はあるのか。一ヶ月もこの山の中にある神社で過ごしたので、町なんてあることをすっかり忘れていた。いや、実を言うと知らなかった。常識的に考えると、どう考えても町はあるだろう。俺と梨沙さんしかこの世界に人がいないという訳でもあるまい。
山を下りて町へ行く。そう聞いて、俺はあの山の中での出来事を思い出した。俺は、あの惨く苦しく本気で死にかけた一ヶ月前のサバイバル生活を思い出した。町へ行って帰るのに一日じゃ済まない。数日位かかるだろ、これ。幸いにも今回は一人じゃないとはいえ、流石に辛いと思う気持ちは残っている。
ひとまず、落ち着いてまずは彼女に町までの距離を聞いてみることにしよう。
「町、どれくらい、かかる」
「ええと、今からこの神社を出るとすれば、うーんと、大体夜位でしょうね」
遠い。物凄く遠い。非常に遠い。俺の語彙力が露骨に落ちる位には遠い。少な目に見積もったとしても、大体十二時間位山を下り続けることになるのだ。そもそも下りでこれである。帰りの上りはもっと時間がかかるだろう。それに夜に到着するというのならば、今日は町で一泊するのだろう。但し、帰りは野宿待ったなしだ。いや、町で二泊して、三日目にかなり早く町を出て、無理やり野宿せずに深夜までに神社に着くという予定なのかもしれない。
ただし、どちらにせよ帰りが辛いことには違いがない。あっ、ひょっとするとこの神社には車があって、それで町まで行くのかもしれない。でも、ここで一ヶ月位暮らしてきたが、車なんぞ一回たりとも見たことなどないが。
自分一人で頭を捻っていても仕方がない。そう思い、梨沙さんに聞いてみることにした。
「町、どう、行く」
「行きは歩きですね」
ああ、やっぱり行きは徒歩なのか。……ん、その言い方だと帰りは違うのかな。
「帰り、どう、する」
「あ、帰りですか。帰りの事なら心配要らないですよ。帰りなら、これを使いますので」
そう言って梨沙さんは手の平サイズの直方体の塊、それに丸いスイッチの様な物が付いた謎の道具を見せてくれた。これどう見ても何かのリモコンだよな。スイッチが一つしかない物凄く単純なリモコンだ。……こんなリモコンでいったいどうやって移動するんだ。まさか、ボタン一つで自家用ヘリコプターでも飛んできたりするのかな。もしもそうだとすれば、ちょっと面白いな。
不安と期待、二つの感情が混ざり合い、ドキドキしている事が俺自身にもしっかり感じられる。そして、梨沙さんに例の機械を指差しながら、いったい何なのかを聞いてみた。
「これ、何」
「これですか、これは地点記録式転送装置ですよ」
今、何と言った。そう思っているとそれが顔に出たのか、梨沙さんがもう一度言ってくれた。
「聞き取れませんでしたか、地点記録式転送装置です。私は略してブックワーカーなんて呼んでますけどね。お爺様がそう呼んでいたのが私に移っただけですけど。どういう意味だったのか結局私に教えてくれませんでしたし」
一体全体何処をどう略せばそんな名前になるのか。それにそれは、略称では無くどちらかといえば愛称だろう。由来はブックマークにワープにマーカーなのかな。まあ、略称についてはひとまず置いておこう。
だが、そんな道具なんて今まで聞いたこともない。そもそも転送装置ってなんだよ。そんなのSF小説とか漫画以外で見たことないぞ。ていうか一体どういう原理で転送なんてするんだよ。これは梨沙さんの冗談だろうなぁ。……嗚呼、でも梨沙さんの目が冗談を言っている時の目じゃない。
ただ今回はそこまで悩む必要もない。推測するのではなく、実際に使ってしまえば済むだけの話だ。よし、早速梨沙さんに頼んでみよう。
「これ、使っていい」
「別に構いませんよ」
案外あっさり承諾したな。こんな凄そうな道具だから、もっと粘って交渉しないと使わせてくれないと思っていたのだが。それでも、梨沙さんに許可を貰ったという事は変わらない。早速押してみる事にしよう。
「えい」
カチッと言う音と共に俺の視界が一瞬暗転する。暗転した視界は瞬きする速度よりも早く、元に戻った。視界が戻った時、俺の目の前には堂々とそびえ立つ神社の本殿と、周りに透明な輝きを放つ謎の粒子のような物があった。ただ、粒子の様な物はあっという間に消滅したが。え、これって本当だったの。何だかんだと言って半分位は疑っていた俺にとって、本当に衝撃的な事だった。えぇ、本当に何がどうなっているんだよ、これ。あ、梨沙さんが神社の参道を走って本殿の方へ来た。俺は思わずに梨沙さんに尋ねてしまった。
「どう、なってる」
「これの仕組みの事ですか、たしか起動した場所と予め設定しておいた目的地の空間を膨大な魔力を使って別の高次元空間への道を作りそこを経由することによって瞬間的に移動するというシステムだったと思うんですけれど。」
今、何と言った。……ついさっきも全く同じ事を言っていた気がする。まあ、いいや。全く意味が分からずにポカンとしていた俺の姿を見て、彼女は慌てて説明し直してくれた。
「単純に言うと魔法を使って予め決めた場所に移動出来る魔道具です。さっきの話も前にお爺ちゃんが言っていた話をそのまましただけなので、私もあんまり理屈としては分かってないんですけれども……」
どんどん声が消え入りそうになっていった梨沙さんの説明を受けて、突っ込みを入れたい事が色々と見つかった。その中でも、まず第一に突っ込みたい所がある。魔法ってなんだよ。まだ、画期的な新エネルギーが見つかり、それを使用しているとか言った方がまだ信じられるぞ。そもそも俺は、魔法なんて使えない。常識的に考えると当たり前だが。
「魔法、何」
「何って言われても、魔法は魔法です、としか私には言えませんけれども……」
かなり困惑した様子で梨沙さんが答えてくれた。梨沙さんからすると、魔法とは常識的な物で世界中に普通にある物らしい。俺がさっき言った言葉を、俺に対して魔法と言った部分を科学に変えて同じ事を言われても、梨沙さんと同じような反応になるだろう。
「えいっ」
梨沙さんが何かを思いついたのかいきなり叫んだ。すると彼女の手の内に小さく透明な光の珠が浮かんでいた。え、本当になんなだよこれ。何も無い所からいきなり出てきたぞ。あっ、そうか。マジックだな。どういうトリックだろうか。それにしても綺麗な珠だなぁ。
……思わず思考回路が変になった。そもそも巫女装束に物を隠せそうな場所なんて殆ど無い。それ以前にあんな光の珠なんて今まで見たことも無い。これが魔法なのか。実際に見せて貰ってもまるで意味が分からない。魔法があれば楽しいだろうと思った事は幾度かあるが、本当に見てみると全く理解出来ない。
でもこれは、理解出来ないと言うよりも、信じたくないと言った方が正しいか。魔法なんて、今まで生きてきた中での常識を完全に覆す様な物だから。そのような出来事を、人間はなかなか信じる事が出来ないと聞いたことがある。
例えば、暗黒時代の横浜ベイスターズとか阪神タイガースがリーグ優勝した上に、日本一になったと聞いて、それを信じる事が出来る人なんているだろうか。いや、そんな人なんて殆どいないだろう。というか、そんな奴なんぞいてたまるか。……まぁ、阪神タイガースは暗黒時代中にでも、一度だけリーグ優勝出来そうになった年があったが。だが、魔法が存在するなんて事は、それと同じ位あり得ない事なのである。
しばらくすると、だいぶ落ち着いてきて、この現実を直視出来る様になってきた。梨沙さんが見せてくれた光の珠、その上に俺もワープしてしまったのでもう魔法の事は疑う事が出来なくなった。魔法は存在しているとして考えると、確実に分かる事が一つある。
それは、ここはまず間違いなく地球ではないという事だ。地球に魔法なんて存在しない。つまりここは地球ではない。その上、元の宇宙とすら違う可能性までもが出て来てしまった。
しかし、魔法なんていう物があるのならば、この世界に来てしまった理由としても頷ける物がある。ワープなんて出来るなら次元間移動も出来そうなものだ。
そう思っていたが、実際は少し違うらしい。この後に、梨沙さんが更に説明してくれた。彼女曰く、このような空間移動することが出来る道具は非常に数が少なく、貴重な道具であるという事らしい。そしてこの道具の場合は、予め場所を設定していないと、次元の狭間へ跳ばされる様なのだ。そこは何も存在していない虚無の空間であり、そこに別の世界が広がっているという訳でも無い様なのである。つまり幾ら何でも別の世界に行ける道具は無いと言う事だ。
やっぱり、魔法が絡んでくると話が途端に難しくなり、良く分からなくなる。今回の場合は、そう簡単に、次元間移動は出来ないと言う事でいいようだ。
他にも、分かった事がある。それでも、元の世界に帰る為の方法には、間違いなくやはり魔法が絡んでくるだろう。まず今の科学技術ではワープすら出来ないのに、次元間移動なんて魔法無しで出来る訳が無いからだ。そもそも俺が科学技術の最先端を知っている訳でも無いので科学はサポート位にしかならないだろう。と言う事は、言葉だけで無く魔法も学ばないといけないのか。言葉とは違い、学んだからと言って使えるようになる物なのかどうかは分からないけれども。それでも知らないよりかは、知っている方が良い。
まずは、この世界の魔法事情。例えば魔法の普及率や性能だろう。そのために一番良い行動は、町へ行く事だろう。梨沙さんに聞くという方法もあるが百聞は一見にしかずだ。直接町を見るのが一番良い。そうと決まれば、思い立ったが吉日だ。
「町、行きたい、な」
「はい、それでは一緒に行きましょうか」
ニコニコした顔で梨沙さんは、頷きながらそう言った。早速梨沙さんに頼んだ後、流石に巫女装束から普段の私服に着替えた。流石に町へ巫女装束へ行くと変人に見られるだろうからな。普段着も巫女装束な梨沙さんも流石に、それを着たまま町へは下りないらしいしな。
一ヶ月近く、巫女装束ばかり着ていたがもうこれにておさらばだ。町へ行けば服の店もあるだろう。これで毎日の巫女装束暮らしは終わりだ。巫女装束の呪縛から解放される。これからもずっと箪笥の中で眠っていてくれ。さようなら、今までありがとう、巫女装束。君とはもう二度と会うことも無いだろう。




