十一話 気付けば早三ヶ月
第十一話です。
この世界、この神社に来てから早三ヶ月。結局元いた家に戻れずに、ずっとこの神社にいた。時の流れは本当に早い。
この三ヶ月の間、特に良いことも悪いことも特になく、実に平和な三ヶ月間だった。やっていた事といえば、神社の掃除と礼拝、農作業、それにこの世界の言葉についての学習だ。それ以外にも梨沙さんとのお茶の時間。それにご飯を食べたな。まあ、特に大きな事はなかったが、神社暮らしというのもなかなか雅で楽しい。その上に、早寝早起きと和食ときたら健康的だという点も良いと思う。……かなりの長時間に至る正座だけは勘弁して欲しい所ではあるが。
楽しい特に変わらない平凡な日常の中にも、ほんの少しだけは変わった点もあった。中でも一番変わったことと言えば、ここの言葉を前よりも、ずっと上手く話せるようになったことだろう。あの頭に響てくるような祝詞を毎日聞いているせいか、リスニングはかなり得意になった。……話をすることはまだまだ上達しておらず、相変わらず片言でしか話せないままだが。
それでも梨沙さんとは、だいぶ話が出来るようになった。梨沙さんと話が出来るようになったということはやっぱり嬉しい。話すことの出来る人物がいる。たったのそれだけで心に大きなゆとりが持てるということを、俺は思い知らされた。
梨沙さんと話が出来るようになったと言うことは、他にも大きなメリットがあった。それは彼女にこの世界の事を色々と質問出来るようになったということだ。分からなかった事が分かるようになるということはかなり大きい。
梨沙さんに聞いたことはこの世界の事についてだ。彼女はまず始めに、いきなり何を言い出すのかと驚いた。俺が日本にいた時にこの国はなんていうのか、なんて聞かれたら俺だって不審者かなと思う。その後に、俺は少し弁解をした。すると彼女がぼそっと呟いた。
「あれ、もしかすると一葉さんって記憶喪失みたいな感じなのでしょうか。でも、それにしては何だか記憶喪失っぽくない所もある感じもします。まぁ、別にどっちでもいいですよね」
いや、どっちでも良くないだろ、と内心では思いながら、彼女の呟きに対して突っ込みを入れるのも野暮なので黙っていた。そして梨沙さんが説明してくれた。
「えっと、今、私がいるこの国の名前は桜雲の国です。そして今私達がいるこの神社、桜庭神社ですね。この神社があるこの町は里原の町。そしてこの山が舞姫山。その山の山頂付近ですね」
……まるで聞いたことのない所だ。町の名前や山の名前はともかく、そんな国の名前何て聞いたこともないし、存在してもいない。莉世さんの冗談かな。そう考えもしたが、彼女の目は別に嘘をついているような目ではなかった。彼女の冗談ではないとなると、ここは何処なんだろう。元の世界とは別の世界という線がかなり強くなった。 元の世界に帰りたくはあるが、まだ半年である。たったの半年で世界を往き来出来るなんて最初から思っていない。それにまだ分かっていることも少ない。もう少ししたら戻る方法も見つかるといいな。
俺の住んでいた町とは違うということは黙っておこう。普通に考えてみると、
「実は俺、この世界の人間じゃないんだ」
なんて事を突然言い出した人がいれば、その人は、頭のネジが何本かしか無い人か、ただの厨二病でかなり痛々しい人にしか見えない。
でも、何だか梨沙さんなら信じてくれそうな気がする。でも、流石にまだその可能性に賭けるのは早すぎる。しばらくは黙っておく方が安全だな。時間ならまだあるのだ。
あっ、そういえば時間で思い出したが、この世界の時間も二十四時間で変わらないらしい。太陽の周りを回る周期や自転など違いがあったとしても別におかしく無いのだが。まあこの方が楽で良いので有難い。
……後は、彼女のことを梨沙さんと呼び、彼女は俺のことを一葉君と呼ぶようになった事だろうか。このようになったきっかけは本当にささいなことからである。
この間、名前を教えあってから俺と彼女は
「夢咲さん」
「桜庭さん」
と呼び合っていた。
ただ、一ヶ月程前のことだ。かなり唐突に彼女が俺を呼んできた。
「ねぇ、一葉さん」
聞いた時は流石にビックリした。でも、これは彼女なりの冗談なのかな、と思い俺もその冗談に乗っかって、こう呼び返してみた。
「何、梨沙さん」
今となっては何が面白かったのか分からないが、なぜか二人でクスクスと笑いあった後に、彼女が尋ねてきた。
「なんだか、こっちの方が呼びやすいような感じもしますね。どうですか、これからは下の名前で呼び合ってみませんか」
「問題ない。梨沙さん」
「分かりました。一葉さん」
そして二人で呼び合った後すぐにでひとしきり大笑いした。それから、お互いに下の名前で呼び合うようになった。たったのそれだけだ。
ただ、梨沙さんとの神社生活は良いことばかりでもなかった。さっきまでの楽しい話とは違い、まるで深い悲愴感に包まれていくような事だった。
……それは、結局この三ヶ月、大体巫女装束を着て過ごしていたということだ。最初に巫女装束を着てから基本は巫女装束だった。その上巫女装束が増えていった。最初は一着だった巫女装束。それが二着、三着と着実に増えていき、今となってはもう五着だ。これだけあればしばらく服の心配はいらないな。……冗談である。断じて、そんな訳などない。普通の服を所望する限りである。
俺が毎日巫女装束ばかり着るはめになった原因は至極単純だ。神社での手伝いをする時に、俺の私服を着ながら掃除する訳にはいかないからだ。ならば、男用の袴を使えばいい。何度もそう思ったが、前にも言った通り、ここには俺の私服と彼女の私服、それと巫女装束しかない。つまり、神社で働く為には巫女装束しかないのだ。
最初の頃は、神社にいる時は巫女装束。それ以外の時は私服と分けていた。しかし、その日一日私服を着るとその次の日は巫女装束しかない。そのせいで只でさえ着る機会の少ない私服を着る機会が更に減るのだ。
そのうえ、巫女装束の祝い。じゃなかった、呪いの様な物を感じる。俺が私服を着ていると、何故か私服がすぐに汚れてしまうのだ。農業をしていると土汚れや水汚れ。食事中も、必ず何かが跳ねて服に付く。別に食事を食べるのが苦手と言う訳でも無いというのに。なにもしていなくても、必ず何かしらのアクションが起こり、服を洗う事になるのだ。服を洗う際は当然巫女装束だ。そのくせに巫女装束を着ていると何も起こらない。農作業でもしない限り、汚れる事は特に無い。本当にもうこれは完全に呪われているとしか思えない。実に理不尽である。
もう最後には、もう巫女装束だけに限るが、もう女装しているという感じまでもが無くなり始めてきた。巫女装束に慣れてくるというかなり危険な極地にも達してしまったのだ。
こうなってしまった原因の一つはまず間違いなく梨沙さんだ。梨沙さんには悪いが、彼女の感性は少しばかり俺の感性を逸脱している。俺が巫女装束を着ている時の方が嬉しそうな顔をするのだ。それもただ単純に馬鹿にして、笑い者にしている訳でもない。本当に嬉しそうにするのだ。
どうしてもその理由が気になり、彼女に尋ねた事もあった。すると彼女はこんな事を言ったのだ。
「お揃いの巫女装束、良いですよね。何だか姉妹みたいで嬉しいです。それに本職の巫女みたいに良く似合ってますよ、巫女装束」
こんな言葉を聞くことなんて今まで絶対に無かった。そもそも巫女装束を着る機会が無かったが。何度もこれを言ってしまっては悪いのだが、彼女の感性は俺にとっての感覚だと本当に意味不明なのだ。何がどう思うと、男がお揃いの巫女装束を着ているのを見て、姉妹みたいで嬉しいと思えるのか。それに巫女装束が似合うという言葉は男として褒められている気が全くしない。そんな不思議な感性の持ち主である莉世さんだが、お茶を選ぶ感性は一流だ。この不思議な感性が適切なお茶を選ぶのに役立っているのだろうか。
ただ、彼女の巫女装束を着ている俺をお笑い草にしないという、その態度のせいで、俺が巫女装束を着ている時の違和感を消し去っていったのだ。別に変だ等と言ってからかう人さえいなければ、女装をするという行為も別におかしなことという訳でもなかったのかもしれない。……だからといって巫女装束を着ていたい等と思っているという事は断じて無い。無いと言ったら無い。




