十話 初めての対話
申し訳ありません。一日遅れました。
十話です。
最後の方の言葉は残念ながら何と言っているのか聞き取れなかったが、名前の部分は確かに聞き取った。
「桜庭 梨沙」
彼女は静かに、こくんと頷いた。出会ってからずっと知りたかった名前。こんなにも親切にしてもらっているのに、ずっと彼女呼びじゃあ失礼に値する。俺が彼女の名前をしっかり感じていると、唐突に声が聞こえた。
「私も――――、貴方――名前」
やっぱり所々聞き取れない部分はあったが、ある程度は聞き取れた。聞き取れた部分から彼女が何を言いたかったのか分かったので、俺も喜んで答えた。
「夢咲 一葉」
ただ単純に名前を伝えるだけなら特に片言にならずに話せた。彼女も俺の名前を知りたかったのか。彼女は、満足しきったような笑みを浮かべている。どう思っているのかは、分からないがこの表情を見ていると、嫌なことなんかは考えていないという風に感じられる。
たったほんの少しだけの会話。ただこれだけでも、俺と彼女は少しだけ語り合えた。もしかすると彼女……いや、桜庭さんも語り合えた喜びを噛み締めているのかも知れないな。俺と桜庭さんの周りを穏やかな薫風が戦いでおり、神社が優しく俺達を見守っていてくれたような気がした。
お互いに語り合えたことが嬉しく、二人共上機嫌なまま、本殿から家に戻り縁側にてお茶をすることになった。空の太陽はもう沈みきっており、今にも降り注いできそうな星空がそこにあった。
彼女の淹れてくれた今日の緑茶は、少しばかり変わっていた。何だか桜の香りがする。茶葉に桜の葉がブレンドされているみたいだ。味は、桜の緑茶らしくほんの少しだけ塩味が効いている。まるで先程まで肌で感じていたあの薫風を体内で感じられるように爽やかな風味がする。この緑茶はまるで今の彼女の名前や気持ち、この情景全てを表しているかのようなお茶だった。今、こんなにも最適なお茶を選択出来るとは、彼女は間違いなくお茶が好きだろうな。そうでないとこんなことが出来るはずがない。幸福感に満たされながら俺はそう思った。
そのまま時間は過ぎ去って行き、後は昨日とほとんど変わらなかった。この後、夕食を美味しくいただいて、風呂に入って、もう後は眠るだけだ。
……言葉通り、本当に昨日とはほとんど変わっていない。なぜなら、本来なら今日着るはずだった俺の私服では無く、また巫女装束を着ることになっていたからだ。何が起こったかを説明すると、風呂の後によく見ると俺の服がなかった。昨日と同じように彼女に助けを求めると、また新しい巫女装束をくれた。
お風呂から上がり、巫女装束を着た後にどうにか頑張って聞いたのだが、今日は色々なことがあったので、服の洗濯をすっかり忘れてしまっていたらしい。泊まらせてくれているだけではなく、色々としてくれて心から感謝はしている。でも、彼女少しばかり抜け……じゃなかった、天然な部分もあるのかな。
そういう訳で今日も今日とて巫女装束を着て眠ることになった。というか、一日中巫女装束を着ていると、最初は動き難かった巫女装束だ。しかし今は少しずつだが着なれてきたのかな。最初と比べると、着て動き回り易くなったな。いつも着ているような洋服と比べれば、まだまだ相当に動きづらいが。
その後は、なんだかんだでここの言葉を覚える為の学習をしっかりとし直してから、ゆったりと心地よく眠りについた。




