第12話「プラタナスは日陰に笑う」(台高祭⑦【終】)
台高祭最終日。
体育館では文化祭のフィナーレを彩る閉祭式が華々しく催されていた。
しかしその閉祭式に梁間の姿は無い。
彼は、最後の最後まで文化祭に騒動を持ち込んだ「模倣犯」と直接対峙していた。
「模倣犯」の正体、そしてその悲しい目的が遂に明かされる。
1
ー 台高祭3日目 15:10 ー
廊下の先には誰もいない。
天井からの淡い光が白いタイルの床に弱々しく反射しているのが奥まで続くばかり。こうも人気がないと、慣れた校舎とはいえ不気味ですらある。
靴が床を鳴らす乾いた音だけが静まりかえった廊下に反響し、そして染み入るようにどこかへ消えていく。
つい1時間ほど前まで他校の生徒をも巻き込み、あちらこちらで賑わいを見せていたこの台泉高校の校舎は今、世界が終わったかのような薄暗い静寂に包まれていた。
と言っても、我が校の文化祭、台高祭の熱狂と騒乱は台泉高校の生徒と共に体育館に移動しただけであり、現在その体育館では華々しく祭りのフィナーレを飾る閉祭式が派手に開催されているはずだ。
本来ならば、俺もまた台高生の一人としてその閉祭式に出席し、周りの生徒がそうであるように体育館の床を狂ったように殴打しあるいはジャングルの獣のような奇声をあげ、そのフィナーレに快哉を叫ぶくらいはしなければならない。が、千人のうちの一人や二人いなかろうが閉祭式は滞りなく恙無く進行するのであり、ならば俺のような日陰者が一人欠けたところで大した問題にはならんのだ。えてして、社会の縮図だと思った。
14時に台高祭の一般展示が全校生徒による拍手と共に無事終了を迎え、その後1時間の撤収作業時間の間に校舎は日常の様をほとんど取り戻しているようだった。校舎の壁や柱で我こそはと存在を主張しあっていた各部活の貼り紙たちは存在を抹消され、また各地で口を開けていたカラフルなゴミ箱も何処かへ姿を消していた。俺もまた3日間羽織っていた白衣から解放され、半袖のYシャツに制服のズボン姿という慣れ親しんだ格好に戻っている。白衣を脱いだだけで随分と身軽になった。
装飾を失って日常と変わらぬコンクリート剥き出しになった壁を見ると、こんな俺でも少し侘しい気持ちになる。そんなことを思っても後の祭り。祭りの後を噛み締めながら、俺は目的の教室へとゆっくり歩みを進めた。
俺が閉祭式をすっぽかしているのは、あのような騒がしい場所が苦手だということ以外にも、もうひとつ大きな理由がある。”人”に会うためだ。
俺はこれから、件の事件の”模倣犯”に相対しようとしている。
......”模倣犯”の行動動機は理解しているつもりだ。
その上で、”彼女”が何故あんな事件を起こすに至ったのか。自身の傲慢は承知で、知りたいと思った。
目的の教室に近づくにつれ、嫌に緊張している自分がいることに気がつく。
会う相手が女子だからだろうか。まさか。ひとり、苦笑いする。
下る階段の手すりを撫でる手が少し汗ばんでいるような気もして、制服のズボンに手を擦り付けた。ポケットの中には大事な”証拠”と日名川部長からの”預かり物”が入っている。証拠の方はともかく、この”預かり物”の方は俺にもその価値がよくわかっていない。
幸いなことに、教師や台高祭実行委員に見つかることなく目的の教室の前に到着できた。彼らに見つかったが最後、閉祭式を欠席していることを咎められかねない。遅刻日数で最多勝を狙えるくらいには不真面目な生徒である自覚は持っているので、万が一の際には、泣きながら相手の足元にすがりつき「許してつかあさい、許してつかあさい」と乞うていたかも分からない。
戸の前に立っても、中からは人の気配がまるでしない。シャッターが降りた店の前にいるような気分になる。
これまで引き戸の前に張り出されていた「作品展示中」と書かれた味気ない貼り紙は例によってやはり撤去され、戸にはめられた四角い窓ガラス越しに中の様子が伺える。
目的の人物は、やはり中にいた。
教室の電気はつけずに椅子に座り、窓の方を向いているのが見える。これまた不気味だ。
もし何も知らない通行人がふとこの窓ガラスを覗いたなら、明日にでも美術室に幽霊が出るという噂が学校中を駆け巡るだろうと思われた。
展示されていた作品はほとんどそのままになっており、絵に囲まれながらこちらに背を向ける”彼女”の姿はそれ自体がひとつの作品のようで画になっていると思った。
この入口をくぐるのも、ここ数日で何度目だろうか。勇気のある者だけがこの戸をくぐれと言わんばかりに存在感を放つ扉。入りづらさは相変わらずだが、流石にもう慣れてきた。
トントントンと一応ノックをしたが、返事は無い。こちらを気にする様子もない。
これは自由に入り給へということだろうと勝手に解釈し、伊賀者のようにゆっくりと美術室の床に足をつけ、そしてなるべく音を立てないように慎重に引き戸を閉めた。
”彼女”は、絵を描いていた。
いや、正確には「描こうとしていた」かもしれない。
見れば、”彼女”が向き合っているひと抱えはありそうな大きさのキャンバスはまだ真っ白で、その手には下絵用の真新しそうな黒い炭を持っていた。絵画には詳しくないが、あれはきっと絵を描くための道具なのだろう。
相手に聞こえるように、ひとつ、わざとらしく咳払いをする。
「突然入ってきた非礼は詫びる。少し、話をしてもいいか?」
俺がそういうと、こちらを振り返る首の動きと共に長く艶やかな黒髪が”彼女”の背中で踊った。
「閉祭式中にわざわざ一人で来るなんて。もしかして、私に告白でもするつもりかしら」
そう言ってのけた”彼女”の言葉にはほとんど感情が籠もっておらず、声はどこまでも無機質だった。
2
元々窓が北に面している教室とあって、直接日が差し込むわけではないので照明をつけなければ昼でも相当に暗い教室だ。直射日光を避けるこの立地はもしかしたら美術品への配慮かもしれない。
とにかく日が沈む時間にはまだ早いが、それが今、より一層暗く感じられる。
「告白というよりは告発と言った方が正しいかもしれないな。何か心当たりはないか」
「さあ、刑事罰に問われるようなことはしてないつもりだけれど」
”彼女”はそう言って首を少し傾げてみせた。髪先が膝の上に置いた手にかかりそうになる。表情は全く変わらず、まるで氷の仮面でも被っているかのようだ。
「怪盗事件の話さ」
「そういう話なら、貴方のお友達の方が詳しいんじゃない?随分と熱心に調べていたみたいだし」
「残念ながら、軒山に聞いても分からないことでな」
どこまでもしらばっくれるつもりらしい。言葉遊びをするために俺はここに来たわけじゃない。
覚悟を決め、ポケットの中で拳を強く握った。
「......犯人の気持ち、ってのは、流石に本人に聞かないと分からないだろう」
そう言った途端、”彼女”の体が強ばったように見えた。
しかし返事は、無い。否定も肯定も弁明も無い。
これから長い話をすることになると思うと、溜息をつきたい気分だった。遠回しに「お前が模倣犯だ」と言ってのけたが、相手が「はいそうです」と素直に答えてくれるはずもない。やはり論を尽くして証拠を提示しなければ、まっとうな話はできそうにもない。
これから人を論理で追い詰めようというのに、意外にも俺は冷静だった。これまでに得た情報を元に、持っている手札を順番に全て切っていく。
「台高祭の3日間で起こった、正体不明の怪盗によるすり替え事件。この事件は、台高祭実行委員長の水原先輩と、台高祭に出展している各部活の部長たちの共謀による犯行だった。
すり替えの犯行自体は単純で、2つの部の部長たちがそれぞれ自分の部の備品を持ち去り、もう一方の部長とブツを交換してメッセージカードと一緒にシレっと置いておく、というもんだ。実際のところはどうなのかは知らんが、見聞きした限りでは初日と2日目はわりあい計画通りにコトが進んでいたらしい。
そして最終日、3日目の今日も怪盗事件は続いていた。......この事件を外から見た人間には同じ事件が続いているように見えるんだが、当事者である水原先輩や部長たちにとっては今日のこれが、実はイレギュラーな事態だった」
ここで一度言葉を切った。長い話をするのはやはり苦手だ。
「今日の事件は水原先輩たちが元々計画していたものではなく、実のところ、模倣犯による犯行だったんだ。しかもその模倣犯が現場に残していたメッセージカードや犯行が全く同様なものだったから、水原先輩は本来の怪盗事件に加担していた部長たちの中に模倣犯がいると睨んだ。
......メッセージカードは水原先輩が直々に回収していたそうだから、犯行声明をカードから再現できるのは身内にしかいない、と考えたらしい」
そこまで話したところで、真一文字に結んでいた”彼女”の口がようやく、小さく開いた。
「面白そうなお話ね。......でもその事件、梁間君には全く関係が無さそうに聞こえるのだけれど」
「それがそうでもないんだ。あれやこれやしている間に、なぜか俺も事件の容疑者になってしまった。弁護士でも雇えれば楽だったんだがそうもいかんので、仕方なく自分で身の潔白を証明せにゃあならんのだ」
実は焼肉1万円分がかかってるんです、とは言わなかった。こちらの事情を打ち明ける義理はない。
ポケットから四つ折りの紙切れを一枚取り出し、それを指で広げながら続けた。
「調べた限り、今日の模倣犯の犯行はこうだ。犯行時刻と被害者とすり替えられた物を順番に言う。
『9時30分頃。美術部の筆と、陸上部の竹串』
『11時頃。物理部のネジと、室内楽部のストロー』
『12時30分頃。ソフトボール部のスプーンと、ヨット部の爪楊枝』
......ちなみに、竹串だのストローだのスプーンだのは使い捨ての物らしい。盗られたものだけ見ればしょうもないものばかりだ」
「随分と詳しい情報だこと。まるで探偵みたいね」
「お褒めの言葉は光栄だが、生憎俺は自営業には向いてないんだ。探偵にはならんよ」
不意に下りる長い沈黙。遠くの景色でも見ているかのような、一切温度が感じられない目を、"彼女”は俺に向けるばかりだ。
耐えかねて、再び咳払いをした。
「模倣犯を絞り込む手掛かりは、実はいろいろなところにあった。まずは......そうだな、ここから話そう」
長い話になることを覚悟し、しばし瞑目する。
ここから先は答え合わせだ。頭の中で記憶を整理し、いま一度改めて話を組み立てる。
模倣犯を特定するための材料を一つずつ、順番に提示することにした。文字通り、俺は最初のカードを切る。
初めに提示するのは水原氏の仕掛けだ。水原氏が今朝語ってくれた内容をそのまま”彼女”に伝えることになる。もしこれが小説で、繰り返し同じ話を聞くのが億劫な人ならば、少し先から読み始めるのをお勧めしたいところだ。
あらかじめポケットに忍ばせておいたメッセージカードの束を俺はゆっくり取り出した。
「まず見て欲しいのは、このメッセージカードだ。見覚えがあるだろう」
束の一番上の札をめくって”彼女”に渡す。渡したのは、”本家”の怪盗が2日目の犯行現場に残していた内の1枚。ここ、美術室で発見されたカードだ。
黙って確認を促すと、”彼女”はその文面を静かに読み上げた。
「『映画部諸君、君たちのDVDと美術部の筆は私がすり替えさせてもらった。怪盗スワップ』......ええそうね、私が発見したメッセージカードに間違いない。少し変わった犯行声明だと思うけれど、これがどうかしたのかしら」
「正直に言うと、このカード最大の特徴である奇怪な犯行声明は模倣犯の特定に関係がない。このメッセージカードで見てほしいのは、カードの厚みの部分なんだ」
渡したカードを返してもらい、再び束の上に戻す。そしてもう一束、ポケットから別のメッセージカードの薄い山を引き抜いた。
「......で、こっちが今日発見された模倣犯のメッセージカード。その総数は6枚だが、こうして重ねればちょっとした厚みが生まれる。それでもって、ここを見てほしい」
今朝水原氏にさせられたように、薄い山の一面を”彼女”の方に向けてみせた。
「ここに1本、見えるか見えないかくらいの薄い線が鉛筆で引かれている。1枚1枚を手にしただけではまず気づかないほど儚い印だ。とりあえずこの線が1本描かれているいるということを覚えておいてほしい。......そして次、本家の怪盗が残していたメッセージカードの山はというと......」
模倣犯のカードを左手に持ち替え、右手でもう一度ポケットから”本家の怪盗”が準備したカードの山をゆっくり慎重に取り出した。ここでもしカードを落としでもしたら格好がつかない。
俺はわざと、さっきと同じ面だけが見えるように手で包むようにカードを持っている。
「......ここ。やはり同じように薄い線が入っている。模倣犯はこの印に気づいて、自らが作った偽物のカード、ダミーカードにも同様の印を入れたと考えるべきだろう。模倣犯はなかなか抜かりない奴だったが、ここで重大な見落としをしていた」
そこまで言って、包むようにしていた手を開いて俺はカードの持ち方を変えた。”彼女”の方向からは少なくとも2面が見えるはずだ。俺の手元を見て、”彼女”の顔が一瞬たしかに強張ったような気がした。その顔を見て、俺は確信を得る。
「本家のカードには、この薄い線が実は4面に描かれていた。しかし模倣犯が再現した線は1本のみ。これは『模倣犯がメッセージカードの側面にあった印があること自体は把握していたが、それが4面全てに及んでいることには気付かなかった』という動かぬ証拠になる」
数枚重ねて初めて浮かび上がる4面に描かれている線のうち、1本だけ気づくとはどういう状況か。簡単なことだ。
「つまり、模倣犯はメッセージカードの山札を特定の方向から観察する機会があった。水原氏の自宅に不法侵入でもしていない限り、そんな機会は一つしかない。......メッセージカードを配った、台高祭前日の部長会議の場以外あり得ない。だから、模倣犯は少なくともあの会議に出席していた人間の中にいる」
メッセージカードの存在が直前まで伏せられていたことは、日名川部長に確認した。水原
氏が極秘で準備したものだというから、本人を除けば会議の場で初めて他人の目に触れたことになる。
ここまで話すと、それまで黙っていた”彼女”は感心したように肩を竦めてみせた。
「へえ、あの委員長さんも結構考えてたのね。やるじゃない」
「部長の誰かが裏切って模倣事件が起こった時に、回収したカードから模倣犯を割り出すための策だそうだ。もっとも、模倣犯の奴は本物のカードとダミーカードを使い分けていたから、犯人の特定はできなかったそうだが」
ここまでは水原氏の説明を俺が代弁したに過ぎない。
次のカードを切る。
「実行委員長が仕掛けた罠のおかげで犯人をある程度まで絞り込むことができた。そして次に考えるべきは、この模倣犯の動機だ。
模倣犯と本家の怪盗事件を比べた時に、模倣犯側にしかないある大きな特徴。これこそが、模倣犯が事件を起こした直接の動機だろうと推察できる」
「......随分もったいぶるじゃない。やっぱり貴方、探偵にむいてるわね」
皮肉な笑みをうっすら浮かべる”彼女”のからかいに耳を貸すことなく、俺は淡々と続ける。
「それは、犯行現場の場所だ。怪盗事件の方は、水原先輩が各部長に適宜犯行の指示を出し、彼らにとって都合がいい、客入りがあって多忙な部活をその都度ターゲットに選んでいた。だから、こちらには犯行現場に規則性や関連性は見当たらない。
しかし、今回の模倣犯は別だ。犯行現場に一貫した特徴がある。犯行現場だけを並べると、
『北校舎2階 美術実験室と南校舎3階 2年3組教室』
『北校舎3階 2年5組教室と南校舎1階 物理実験室』
『北校舎2階 1年6組教室と南校舎3階 2年2組教室』
模倣犯の被害にあった部活は、北校舎と南校舎から一つずつ選ばれている。模倣犯が物をすり替えると考えた時、校舎が分かれていれば往復の距離がそれだけ長くなり犯人にとっては非常に不利なはず。しかし犯人はわざわざこのような手間がかかる場所を犯行現場に選んでいる。これはどう考えても不自然だ。不自然ならば、流石になにか意図があるのだろうと見当はつく」
犯行現場が南北に分かれている、というのは自販機で話した時に日名川部長に気付かされた情報だ。しかしよくよく考えてみると、ただ怪盗の真似事ですり替えをするだけなら全ての現場を遠い場所の組み合わせに設定するのは愚策である。
「.........」
「ところでこの3日間、台高は怪盗騒ぎで随分と盛り上がったみたいだ。怪盗の正体を暴いてヒーローになりたい目立ちたがりな奴らや、話題に食いつく野次馬が大勢いたそうだな。俺に害がない限りそいつらがどうしようと別に構わないが、彼らは共通してある行動をとっていた。
お前のとこもそうだったから分かるだろうが、奴ら、被害現場に押し掛けるんだよ。何か情報はないか、証拠は残っていないか、ってな具合でな。これを逆手に取れば、怪盗事件によって群衆の動きを操ることができる。言ってしまえば、この動線誘導こそが模倣犯の狙いだった」
思えば、俺も怪盗事件に踊らされた哀れな操り人形の一体だったわけだが。
日名川部長に言われるがままその他大勢の野次馬と同様に怪盗を追い、いつの間にか被害現場巡りツアーに参加していたのだ。ラグビー部のマネージャーさんやその他被害にあった部の人々の話ぶりから、聞き込みをして回っているのは俺らだけではなく大勢いたようだ。
「今日の被害現場を結ぶ最短距離の動線を考えてみた。
北2階から南3階、
北3階から南1階、
北2階から南3階。
前提として、1階で北校舎と南校舎を行き来しようとすると一度外に出て校舎をぐるっと回る必要がある。これは面倒だから、普通は校内の階段を使って2階から上にある中央広場を通る。それでも、この3組の動線はそれぞれ2パターン考えられる。
例えば北2階から南3階に行くことを考えた時、南への移動を2階で済ませ、南側の階段で上に上がるパターン。それから、北側の階段で先に3階へ上がってから、南に移動するパターン。どちらのパターンも最短距離だから、どのルートを選択するかは余人に委ねるしかない。
しかしもし、片方に退っ引きならない障害物があって、ルートが一方に限定されていたとすればどうだろう。大勢の野次馬は間違いなくそのルートを行き来するはずだ。模倣犯はそこに目を付けた」
この台高祭期間中、俺の意に反する形で校舎をいろんな人間に連れまわされた。怪盗の出現に端を発し、倉橋、妹たち、軒山、日名川部長と順に行動を共にし、校舎を端から端まで歩き回った。とても疲れた。
そしてそのいずれの場合においても、俺たちの動線を明らかに妨げているものがあった。
......あれは心底騒がしかった。
「この台高祭期間中、2階の中央広場のステージで有志バンドによる演奏がずっと続いていた。あの不快な重低音と叫ぶような歌声にどうしてそこまで熱狂できるのか俺には理解できないが、まあそのせいで、ステージの周りで人がごった返していて、それはもう凄まじい混み具合だったな。
あれじゃあ、2階の中央広場を行き来することはできない」
倉橋と共に化学実験室からラグビー部へ向かった時。
軒山と一緒に美術室から化学実験室に戻ってきた時。
日名川部長に連れられて化学実験室から美術室を目指した時。
3日間とも、異なる時間帯に何度か2階を通りかかることがあったが、中央広場は常にステージを取り巻く人だかりで大変な混雑だった。そして倉橋に見せてもらった特設ステージのタイムスケジュールによれば、台高祭の展示時間中はびっしりとバンド演奏のスケジュールで埋まっている。俺が偶然のタイミングで大混雑にかち合う星の下に生まれた極めて不運な人間でない限り、おそらくあの混雑模様は3日間ずっと続いていたに違いない。実行委員会の動線計画の悪さを何度呪ったことか。
「2階で南北の行き来ができなければ、さっき挙げた3組の被害現場の動線はどうなるか。これはもう明白だ。
最短経路を考えると、南北間の移動はすべて3階に集中する。もう少し踏み込んでいうなら、野次馬たちは全員、3階の中央広場を行き来する。動線が集中するこの『3階の中央広場』、何があったかな」
もちろん、俺が忘れているわけではない。これは問いだ。
張っていた肩を脱力させ悟ったように瞑目し、”彼女”は問いに静かに答える。
「......クラス壁画ね」
「そう。あの中央広場には1年生のクラス壁画が飾られていた」
畳2枚分はあろうかという大きさの板にちぎった色紙を張り付け、クラスごとに1枚の大きな絵を作り上げる。それがクラス壁画だ。今朝の軒山の談によれば、展示と同時に人気投票も行われていたはずだ。
俺たち1年生の壁画は3階、2・3年生の壁画は4階の中央広場の壁や柱にそれぞれ立てかけられていた。
「つまり、模倣犯の狙いは1年生のクラス壁画を見せることだった。壁画を大勢の人間に見せたい人物による犯行だ。
この動機から考えれば、おそらく模倣犯の正体は、1年生の壁画製作に関わった人間だろうと見当がつく」
壁画製作に関わった人間と親しい人物、例えば親友や恋人による犯行、という線も無くはないが、それでは結局『壁画の製作者』から枝分かれ式に容疑者が無限に生み出されてしまう。だからここでは、それらの根源である製作者について言及するにとどまる。
他にも「壁画作品の熱狂的なファン・崇拝者」や「何かスピリチュアルなものにとり憑かれた霊媒体質者」などを想像すればこれまたキリが無い。動機や状況を現実的に考えて、やはり「壁画制作者」と言い切ってしまうのが妥当だろう。
「ここまでの材料を考慮すれば、模倣犯の犯人像はかなり絞れる。1年生の壁画制作に関わり、かつ前日の部長会議に出席した人間。この人物こそが、模倣犯になりうる存在だ」
ここで一度言葉を切って、”彼女”を見る。長い話を短縮するためにこの時点で一切合切を白状してくれることを内心期待したのだが、”彼女”は唇を真一文字に結んだまま微動だにせず、また視線も俺を捉えて動くことはない。
「1年生の壁画製作に携わった模倣犯は、当然1年生である可能性が高い。だから俺は最初、1年生が部長を務める部の部長が模倣犯だろうとアタリをつけた。......1年生で部長会議に出席できることが模倣犯の必要条件だったからな。だが今日現在、台泉高校に該当する部活動は無い」
模倣犯の動機から正体が1年生らしいと気づき、ここに来る前に日名川部長に確認した。部として承認されていない同好会や愛好会を除けば1年生が部長を務める部は存在しない、と。つまり部長会議に出席した部長たちは全員2年生以上だったと分かる。
「前日の部長会議に出席した人間の中に、1年生の部長はいなかった。しかしもし、何らかの理由で部長会議の中に1年生がいたとすればどうだ?
例えば、部長に代わって代理で出席した、とかな。だが仮にも部の代表者が集う会議だ、ある程度の部員の人数が揃っている部活なら1年生が上級生を差し置いて代替要員になるとは考えにくい。ということは、模倣犯は頭数の少ない部に所属していると言える」
上級生全員が集団食中毒になった、等のアクシデントを除けばだが。もっとも、そんな話は耳に入ってきていない。
「頭数が極端に少ない部......その中で模倣犯が所属していると思われる部は3つある」
3つだけだと断言できるのは、当然根拠があってのことだ。
今日の昼頃に出会った怪しげな黒ローブを身に纏った地学部部長・月ノ瀬|先輩。
変なのに捕まったと思った矢先に死を予言されたり思考を読まれたりと嫌に困惑する事態に陥ったあの時だが、実は非常に重要な情報を手に入れていたのだ。
日名川部長との会話の中で彼女が発した『3人しかいない孤独な2年生トリオ』という言葉を俺は反芻した。『3人しかいない孤独な2年生トリオ』とはどういうことか。
孤独な2年生が3人。前後の文脈から考えて、『その部にいる唯一の2年生部員』が3人しかいない、ということだろうと見当がついた。部員が一人だけだという地学部の月ノ瀬先輩と、我らが化学部にいるただ一人の2年生・日名川部長はこれに該当する。ではもう一人はだれかと考えた時に、思い当たる節が一人だけいた。
「2年生部員が一人しかいない部だ。それは地学部、化学部、そして」
一呼吸おいて、俺は床を指差した。
「......美術部だ」
台高祭2日目。昨日の夕方、軒山に付き添ってこの部屋に来た時。
長テーブルの内側で気怠そうに活字を追っていた愛想のない受付嬢が言っていた。『白鷺美樹が部長で私が副部長。他に部員はいない』と。
孤独な2年生トリオとはすなわち、日名川灯、月ノ瀬真矢、白鷺美樹の3人。この3人が所属する部には、彼女たちを除いて2年生部員がいない。つまり、何らかの理由で部長会議を欠席せざるを得ない場合、代役になれる2年生がいないのだ。
「この3つの部活の中で、台高祭前日の部長会議に出ていた1年生だけが今回の模倣犯たりえる。地学部は部員が2年生部長ただ一人だし、化学部はうちの部長が会議に出席している。残るは美術部だが......」
台高祭前日、化学部1年生は化学実験室で出展準備に追われていた。スマホで見せてくれたのは、たしか倉橋だったか。
「部長会議が行われているその時間、美術部の部長・白鷺美樹は生放送のテレビに出ていた。見たんだよ。台泉駅前からの中継で、台高祭の宣伝をしてた。つまり、白鷺美樹は部長会議に出席していない」
そこまで言うと、それまで俺の話を聞いているのかいないのか、身動きひとつせず口を真一文字に閉ざし無表情だった”彼女”は目を伏せすべてを悟ったかのように軽く天を仰いだ。白く細い首元が露わになる。
「では、不在の部長に代わって会議に出席した人間は誰か。美術部には白鷺美樹を含めても部員が2人しかいないのだから、もう一人の美術部員こそが部長会議に出席した1年生であり、クラス壁画に客の動線を集めるべく模倣事件を働いた犯人だ」
ここまで言い切った。
長い、長い溜息をひとつ、口から吹き出すように吐いて、目の前の”彼女”を正面から見据える。
「......奥海由華さん。あんたが模倣犯だ」
返事の代わりに返ってきたのは、まるでこちらに興味が無いような、例の冷たい眼差しだった。
3
沈黙が続く。俺と彼女の視線が真っ向からぶつかる。
言うべきことは全て言った。しかしなおも続く沈黙。いかん、自分の立てた推論にもしや何か綻びがあっただろうか、と不安になってきた。さあ、何か言ってくれ、頼むから!
ポケットの中で手のひらに脂汗が滲んでいくのが分かる。美術室に静寂が降りてからどれほどの時間が経過しただろう。5分ほどだったような気もするし、もしかしたら30秒ほどだったかもしれない。
やがて奥海さんは、一見するとそれがそうだとは分からないほどの小さな笑みを浮かべ、静かに言った。
「ご名答。まさか、梁間君にバレるとはね」
良かった、合ってた......。緊張と不安が解けて胸を大きく撫でおろしたい気分だったが、ここでそれをすると格好がつかない。せいぜい無感動を装うことにする。
「俺が過ごしたこの3日間にたまたま情報が転がってただけだ。奥海さんに辿り着いたのは完全に運だよ」
「謙虚な探偵さんだこと。とりあえず、褒めてあげるわ」
「......今日起こしたすり替え事件の手口がしょうもなかったのは、奥海さんが一人ですり替えを行っていたからだな」
「ええ、そうよ。でも厳密にいえば、すり替えそのものは行っていない。これがどういうことか、梁間君、貴方に分かるかしら?」
顎を少しだけ上げて、奥海さんは冷たい目をしながらもひきつるような微笑を浮かべている。こちらを試しているようだ。
実はその問いへの回答は用意してある。模倣犯が単独だろうと思ったのも同じ理由だ。
「物のすり替えってのは見せかけで、本当は各部活に物を置いて回っただけ、ってところじゃないか?今日の模倣犯事件で被害にあった備品は竹串やらストローやら爪楊枝やらと、言ってしまえば近所のスーパーでも買い揃えられそうなものばかりだ。そういう『簡単に手に入る備品』をあらかじめ自分で用意しておいて、各部活のチラシだの部誌だのに隠すようにして置いていく。これなら一人でも無理のない工作ができる。
初日ならまだしも、怪盗事件が台泉高校で広く知られたこの3日目なら、傍目からは連続すり替え事件の一端に見えるって寸法だ」
初日や二日目の怪盗事件に比べて模倣犯のやり口のスケールが小さいことはずっと気になっていた。怪盗に対する各部活の警戒が強まったために模倣犯も事件を小さくせざるを得なくなったのかとも思ったが、犯人の目撃情報が無かったことからいずれにせよ実行犯はごく少数だろうとアタリがついた。
奥海さんは首を縦に振った。
「正解。さすがね。貴方の言う通り、ターゲットにしていた部と同じ備品を準備して、それを置いて隠して回っていただけ。そこまで隠密に動いたつもりはないけれど、本当に誰にも見つからないとは思わなかった」
自然な物言いに俺は思わず呆れた。文化祭で怪盗出現というアクシデントに乗っかった探偵気取りは少なくなかったはずだが、彼らと各部の部員による監視をこうも簡単にすり抜けていたとは。「君は抜群に影が薄いんだね!」とは言わなかった。
目にかかっていた前髪を右手でかぎあげ、改まった調子で奥海さんは言う。
「で。模倣犯の正体を見事暴いた梁間君が、いったい私に何の用かしら?縄で縛って実行委員長様のところまで引っ張っていくの?それとも、このことを弱みにして私を生涯ゆするつもり?」
表情らしい表情は浮かべず、飄々《ひょうひょう》として奥海さんは物騒なことを口にする。
「人聞きが悪い。最初に言っただろう、台泉高校に名を馳せていらっしゃる犯人様に聞きたいことがあるって」
「あら。そうだったかしら。貴方があまりにも長い話を一方的に聞かせるものだから、忘れていたわ」
「奥海さんが『へえ、あっしが模倣犯でございやす』ってさっさと白状してくれてさえいれば、俺だってこんな長話をしなくて済んだんだ。......聞きたいことはひとつだけだ。どうして、こんなことをしようと思ったんだ」
覚悟を決め、真っ直ぐに奥海さんの目を捉える。すると、彼女の方が視線を横に逸らした。
「......どうしてって、さっき梁間君が自分で言ってたじゃない。この文化祭に来ている客の流れを変えたかったからよ」
「そうじゃない。質問を変えよう。......何故、自分が製作したクラス壁画を大勢の客に見せる必要があったんだ?」
俺が知りたいのは、計画を実行するための準備と手間、さらに模倣犯という汚名を被るリスクを背負ってまでそうする理由はなんだったのかということである。
表面上だけの話ではあるが、これまでクラスで見てきた奥海由華という人物はこのような面倒事を能動的にはたらくような人間では決してなかったはずだ。
積極的に級友と関わることをせず、しかし割り当てられた役割は無難にこなす。休み時間は頬杖をついて本を読んでいるか机に突っ伏しているかのどちらかで、友人と騒ぐような姿を見かけたこと無い。夏休み中の壁画制作の時も、ずさんな作業分担で製作作業のほとんどを押し付けられても顔色一つ変えず黙っていた。運命論者じみていながらもどこか超然とした振る舞いに、俺はいつの間にかある種の憧れと身勝手な仲間意識を抱いていたのかもしれない。
そんな彼女が、台泉高校全体を巻き込むほどの規模の事件を能動的に引き起こした。活力に欠ける同類だと思っていた奥海さんが、だ。俺にはその理由が、疑問で疑問で仕方がないのだ。
「......もちろん、酔狂や冗談でこんな事件を起こしたりはしない。でも、その理由を梁間君、貴方に話す義理はない」
奥海さんの切れ長の目が鋭さを増し、睨むようにして俺の両目を捉えている。
その言い分はもっともだった。ただのクラスメートである俺の質問に彼女が答える義理も義務も道義もない。
やはりダメか。そもそも、他人様の心の内をお聞かせ願えるほど俺は偉くない。
それ以上の追及を諦め踵を返そうとすると、奥海さんがため息交じりに天を仰ぎ、そして小さく口を開いた。
「......だから、ここからは私の独り言。立ち聞きの趣味があるのならどうぞご自由に」
聞かせたいということだろうか。
ぽつりぽつりと、彼女の口からゆっくり言葉が零れ始めた。
「......私はね、絵で負けるわけにはいかないの」
はっきりとそう呟くと、スカートを手で押さえたまま彼女はゆっくりと椅子から立ち上がり、窓に寄りかかるようにして外を見ながら続けた。
「小さい頃から風景画をよく描いていたわ。感性が豊かな子供だったみたいでね、いろいろな景色を見るのが好きだった。
ある時から、ただ見るだけでは飽き足らず、自分の目で見た景色とその感動を形として残しておきたくなった。だけれど景色を記録しようにも当時はカメラなんて持っていないし触らせてももらえなかったから、自分自身の力で形にするしかなかった。そこで記録手段として選んだのが、風景画。
いろんな景色を描こうとした。だけど事はそう簡単じゃなかった。滑り台の上から見た彩り豊かな屋根が続く住宅街、電車の窓の外を流れる紅葉した山々、祖父の家がある田舎の青々とした初夏の風景。頭の中には美しい映像が常に焼き付いているのに、その美しさを表現する技術を持ち合わせていなかった。
......悔しかった。並の子どもなら握ったクレヨンで白紙の上に色を落とすだけで満足できるのでしょうけど、小さいながらも完璧主義者だった私は「こんなものが描きたいんじゃない!」って泣いて描いて紙を破り捨てるのを繰り返していたわ。......自分の描いた絵が世間一般的に見て下手だっていう自覚が既にあったのよね」
フッと皮肉な笑みを浮かべると、奥海さんは足元に視線を落とした。
「だから、私は学んだの。自分の頭の中にある映像を表現するためのあらゆる技術と技法を学んだ。独学で正しい手法を身につけるには限界があったから、両親に頼み込んで絵画教室にも通った。古今東西で名作と呼ばれ崇拝される絵画について研究した。そして描いた。描いて描いて描いて、とにかく描いた。自分の持ちうる時間のほとんどを、絵につぎ込んだ。全ては、理想の1枚をいつの日か自分の手で描き上げるため。
小学校高学年の頃には、市の絵画コンクールで毎回入選するくらいには技術が身についた。他人が見てもそこそこ評価されるものは描けるようになった。でもまだ足りなかったし、そんなものでは満足できない。だから私は、また描き続けた。絵のことばかりにかかりきりで、おかげで小中学校の思い出なんてほとんどないわね。友達のひとりも家に招かないものだから、両親には内向的な娘として心配をかけたかもしれない」
話しながら、奥海さんは美術室の中をゆっくりと歩き回り始めた。この3日間展示されていた作品たちが並ぶ、美術室を。コツ、コツ、コツとローファーが床の上で乾いた音を規則的に鳴らす。その場に立ち尽くしていた俺は、その様子を黙って見ていた。
「通学の利便性と放課時間の自由を鑑みて、私はこの台泉高校を選んで入学した。そして美術教師による指導とさらなる作品資料の閲覧機会を求めて、ここ、美術部に入ったわ。で、不幸なことに私は出会ってしまった。
あの人......白鷺美樹に」
そこまで話して、奥海さんは一度言葉を切った。
次に口を開くまで、随分と間が開いた。
「......簡単に言えば、白鷺先輩は天才だった。センスとか才能とかそういう安い言葉で人の能力を評するのは好きではないのだけれど、あの人には才能があると言わざるを得ない。
私が時間をかけてようやく手に入れた技術を、あの人は最初から持っていた。風景画なんて描いた経験がほとんどないなんて言っておきながら、描き上げたのがあの作品よ」
彼女が顎で示した先は、美術室の前方にある黒板だった。黒板には紙に絵の具で描かれた風景画が磁石で雑に張り付けられている。彼女が示したのは、1枚の桜並木の絵だった。3日間ずっとそこに貼られていたのに、俺はこれまで大して気にも留めていなかった。
息をのんだ。
見覚えのある風景だ。おそらくうちの校庭沿いにある桜並木だろう。暖かい感じがする。春風で花弁が乱れ舞う美しい一瞬を切り取った、俺にも分かるほど見事な絵だった。
「どう?すごいでしょう?上手いでしょう?」
奥海さんの声は、震えていた。
「あの人は『まだまだ由華ちゃんには及ばないね』なんて笑っていたけど、こんな作品を見せられてその言葉を認められる人間がどこにいるの!?......正直悔しかった。センスだけで人の努力に並んでくるんだもの、それは悔しいわよ。......でもね、それだけじゃない。あの人自身にタレントとしての魅力があるから、あの人が描いた作品はそれだけで日の目を浴びるの!その果てがこれよ!」
彼女は両手を勢いよく力強く広げ、この空間に展示された作品群の全てを示してみせた。いつもの冷徹な彼女の姿からは想像できない感情的な仕草で、俺は面食らった。
美術室内に3日間展示されていた作品の一つ一つを睨みつける。その全ては、白鷺美樹のサインが入った作品だ。あの桜の絵とは雰囲気がかけ離れた、色彩鮮やかな抽象画だ。
「あの人は......白鷺美樹は、風景画を描かなかった!描くための技術も感覚も......才能も!最初から持っていながら、今回の文化祭で作品を展示するのが分かっていながら、あの人は一切描かなかった!描いたのはこのわけの分からない抽象画ばかり!そんな作品でも、自分のサインさえ入れておけば注目されると分かっていたからに違いないのよ!!
現に、私が描いた風景画は誰にも見てもらえない!注目されない!!見れば私の作品だって優れていると分かるのに、私の絵は誰にも見てもらえないのよ!!」
怒声のような叫びが、美術室に響く。
「私の作品を見てほしかった!!だから、あんな小細工で、人を私の作品に誘導したのよ!!」
相手が感情的な分、俺は冷静であるように努めた。
彼女の言い分はつまり。
「......つまり、自分の作品であるクラス壁画をより多くの人間に見せること。それ自体が目的だった」
ほとんど泣きそうな顔で、奥海さんは悲しげに、力なく笑った。
「さすがね、梁間君」
こんなに感情を露わにできるものが、機械であろうはずがない。
彼女は、奥海由華は、血の通った人間だった。
4
言いたいことを叫ぶようにして全て出し尽くしたのか、奥海さんは倒れこむようにして力なく椅子の上に身体を沈めた。目と頬がほんのり赤く、長く艶やかな髪は乱れ、ぐったりとしている。床の一点を見つめているが、その焦点が果たして合っているのか分からない。
彼女のこんな姿を見ることになろうとは夢にも思わなかった。普段の彼女を見ていたから、きっと事件を起こした動機も実利が伴う計画的かつ無味なものだろうと予想していた。まさか感情的な犯行だったとは。正直、驚いている。
そして驚くべきことはもうひとつある。うちの部長は一体どこまで未来が見えているのか。
「奥海さん。あんたに預かり物がある」
俺がそう言うと、彼女の黒目だけがこちらを向いた。
ポケットからメッセージカードを1枚、取り出す。3日間の怪盗騒ぎで使用された例のメッセージカードと同じものだが、中身が違う。ここに来る直前、『これ、預かり物だから機会があったら渡しておいてね』という謎の伝言と共に《ひなかわ》部長が俺に託したものだ。
宛名が無い上に、中のメッセージも一言だけで一体誰に向けてのメッセージカードなのか皆目見当もつかなかった。だが今この状況になって、このカードが誰に宛てられたものなのかがようやく分かった。
ゆっくり歩み寄りカードを差し出すと、彼女は膝の上に置いていた両手を弱々しく持ち上げた。まるで賞状でも貰うかのような仕草でメッセージカードを両手で受け取る。
「うちの部長が預かったメッセージだ。機会があれば渡してくれと頼まれた」
「......誰から......?」
「......読めば分かるさ」
そのカードの裏面に書かれているメッセージを、俺は既に読んでいる。
人の手紙を勝手に読むのは気が引けたが、宛先が書かれていなかったのだから仕方がない。
透き通るように白い右手を捻り、奥海さんはカードを裏返した。
途端、彼女の鋭い目がカッと見開かれ、左手で口を覆った。その手は、いや彼女の全身が、小刻みに震えているのが分かる。カードを包み込むように胸に当て俯くと、声にならない嗚咽が漏れてきた。泣き顔は、見えない。
メッセージカードには書かれていたのは、たった2行の文章だった。
『You are my RIVAL!! いつか必ず追いついてみせる。
Miki Shirasagi 』
白鷺美樹自身は、奥海さんを最初から認めていたのだ。それも、自分より遥か上にいる存在として。
なおも丸くなったまま震える背中。こうなった今になって、分かることがある。
「ここからは俺の想像で、妄想で、独り言だ。勝手に聞き流してくれて構わない。
......おそらく白鷺先輩は、最終日の模倣犯事件の犯人の正体に最初から気づいていたんじゃないか。そして同時に、犯人の目的が作品に注目を集めることだと知った。彼女......白鷺先輩は、自分の知名度の中で埋もれてしまいかねない奥海さんの......ライバルの作品が日の目を浴びて正当に評価されるチャンスだと思った。だから、各部の部長たちに対して外出禁止命令が下っていた状況下で、わざと人前に出ていく。......そうすれば周囲の疑惑や注意が白鷺先輩に向いて、奥海さんの行動が露見しにくくなる。......まあ、あの人に集まる注目が、クラス壁画を上回ってしまったら、全部水の泡だけどな」
白鷺美樹出現の情報が校内を飛び交っていたことは、軒山から聞いていた。奔放な人だと思ったが、もしも、その行動に何か別の理由があるとすれば。
そしてもう一つ。
「それからこの美術室。ここに展示されている白鷺先輩の作品を奥海さんはさっき『わけのわからない抽象画』と言っていたが、もしかすると、あの人がこの場で抽象画しか出さない別の理由があったのかもしれん」
丸まった背中から、顔だけが反射的にこちらを向く。
涙に濡れた漆黒の瞳と、目が合った。
その目の奥に吸い込まれそうになり、俺は一瞬言葉を失った。
「......別の、理由......?」
「ああ。......白鷺先輩は抽象画以外の絵を出さなかったんじゃない。出せなかったんだ」
「出せなかった......?」
台高祭の前日、軒山の奴が得意気に紹介していた。
「奥海さんが知っているかどうか分からないが、白鷺先輩の作品は、写実的な表現で脚光を浴びているらしい。そんな彼女が、どうして写実的な表現を一切伴わない抽象画なんて出したのか。逆に言えば、どうして自分の持ち味である『写実的な作品』を出さなかったのか。
その理由はおそらく、奥海さんの存在だよ」
「......私?」
「きっと白鷺先輩は、奥海さんが出展するであろう風景画の横に、自分の絵なんて並べられないと思ったんじゃないか。奥海さん自身が、さっき自分で言ってただろう。
『見れば私の作品だって優れてる』......って。
そうだ。見れば分かる。......いや、見比べられれば分かってしまう。俺は芸術に詳しくないから自信がまるでないが、2人の作品を有識者が見比べれば十中八九、奥海さんの風景画の方が技術的に高く評価されると、そう考えたんだ。
だが彼女は自身の作品で個展の開催を控えている。自分の価値を貶めるわけにはいかない。だから技術的に比べられることのない抽象画を展示し、さらにその作品すべてに自身のサインまで入れて、奥海さんの作品との差別化を図った。......ざっと、こんなところじゃないか。知らんけど」
白鷺美樹は、奥海さんを目標としていた。
自分の作品が奥海さんの絵に見劣りすると思い、そして彼女が背負う知名度やブランド性、そしてプライドが邪魔をして、本気の絵を提出できなかったのだ。.....という、あくまで仮説。俺の想像である。
長い独り言だったが、おそらく奥海さんの耳には最後まで届かなかっただろう。
メッセージカードを抱くように握りしめ、肩を震わせ、ひとり泣いていたから。
「全く。才能がある人たちが羨ましい」
俺の独り言だ。
来た時と同じく、音が鳴らないように戸を慎重に閉めて俺は美術室を後にした。
クラス壁画の人気投票の結果を俺は後で軒山から知ることになる。
俺たち1年8組の壁画は、1位に僅差の2位だったそうだ。
5
ー 台高祭3日目 16:30 ー
閉祭式が終わり、体育館から引き揚げてきた台高生の姿が校舎内に戻ってきた。
文化祭が終われば自動的に日常に戻るかと言われると、そうではない。お片付けが残っている。
自分たちの出展で使用した教室・スペースの片付けと復旧作業は使用した団体が全責任を負うことになっている。既にあちこちの教室では撤去していた机と椅子の搬入が始まっていた。俺たち化学部には化学実験室と化学講義室を文化祭前の状態に戻す義務が課せられているが、その義務を果たす前に俺にはもう一仕事残っている。
体育館に行くと、俺の”依頼主”が他の実行委員たちに閉祭式の撤去作業の指示出しをしているところだった。体育館には台高祭実行委員が20名ほど残っているばかりで、入り口の陰からコソ泥のように中の様子を伺う俺の他に生徒はいない。”依頼主”の大きく強い声が体育館によく響く。
目立たずに”依頼主”と接触できる機会を探るのに夢中になっていた俺は、背後から近づいてくるもう一人の人間に気づかなかった。
俺はその人間に毒薬を飲まされ......はしなかったが、いきなり背中を強く叩かれたのですくみあがった。
驚いて振り返ってみると、そこにいたのは諸悪の根源、日名川部長だった。
「アッハッハ!!びっくりしたでしょう!梁間くんはほんっと、いいリアクションしてくれるよねえ~」
「......何しに来たんですか」
元々愛想がいい方ではないが、この時は不機嫌と不信感を一切隠さなかった。
「まあまあ、そう睨まないでおくれよ。盗って食おうってわけじゃないんだから」
小さな身体に白衣をはためかせ拳を口に当て、こちらは忍び笑いを隠そうともしない。
「君、これから模倣犯事件の報告をするんだろう?なら私も立ち会わなきゃ」
「いやまあ、そうですけど......」
「あ、そういえば。『あのメッセージ』はちゃんと届けられたかい?」
「......メッセージは、多分、渡せたと思います。あとは知りません」
「そうかい」
それだけで伝わったようだ。だが待て。
「ちょっと待ってください。日名川部長は最初から全部知ってたんじゃないですか?」
「なんのことかしらん。わたしゃあなぁんにも、知らないよ♡」
そしてまた意地の悪い笑みを浮かべる。こうなってはもう何を聞いても暖簾に手押し。絶対に何か知っているだろうに、最後まで俺に何も言うつもりはないのだろう。
やがて、体育館入口でコソコソしている不審な二人組にいち早く気付いた水原伸介実行委員長殿が颯爽と近づいてきた。
「あの......ッ!?」
俺が口を開こうとするとその口に手を当て、水原氏は自身の唇に人差し指を立てた。
「ここじゃ人目につきすぎる。体育館の裏に来い」
言われるがまま、スタスタと肩で風を切って歩く水原氏の後を日名川部長と俺はついていく。体育館とプールの間にある、アスファルト舗装がされたスペースに連れていかれた。体育館を使うバスケ部やバドミントン部の連中がこの場所でたむろし涼んでいるのをよく見かける。なるほど、永久日陰で風通しがいい。
と、水原氏は歩みを急に止め流れるようにこちらを振り向き、オールバックの額を俺の目の前に近づけてきた。近距離から俺の目を睨み上げるような姿勢だ。柑橘系の匂いが鼻についた。
「で、梁間よ。台高祭が終わっちまった後で聞くのもなんだが、模倣犯について何か分かったか?」
俺は黙って小さく頷く。
「そうか。では、話せ」
命令形の言い方に不快感を覚えないでもないが、指摘するだけ面倒なので大人しく従うことにした。日名川部長は俺の傍らで微笑みを浮かべるばかり。今朝と同様に、話に割って入るつもりはなさそうだ。
覚悟を決め、大きく息を吐きだして、言った。
「模倣犯の正体は、分かりました。ついでにその動機についても」
「ほう。それで?」
「以上です」
「は?」
「以上です。これ以上はお話しできません」
口をぽかんと開けて、実行委員長様がこれはまあなんともお間抜けな顔をしていらっしゃる。
奥海さんを模倣犯として売り渡すことに、俺は抵抗があった。あの彼女が髪を振り乱し感情を爆発させ、肩を震わせ涙を溢す姿を見たら、そんなことをする気にはとてもなれなかった。
生意気な後輩の言い草に激昂するかと思ったが、水原氏は落ち着いていた。
「何故だ。......犯人をかばう理由が何かあるのか」
正体は明かしませんが犯人は見つけましたという言い訳自体が嘘だ虚言だと罵られてもおかしくないはずだ。「先生、宿題はやったけど家に忘れてきました!」に通ずるものがある。しかしこの人は俺の言い分を信用した上で、冷静に問いかけているようだ。ある程度の叱責や罵倒、憤慨を覚悟していただけに、俺は若干戸惑った。
何故か。何故かと問われれば......
「そうですね......情け、ってところでしょうか」
本当は同情と言いたいところだが、生憎なことに俺には人の気持ちが分からない。
「情け......情けか。お前のような奴が情けをかけるんだとしたら、犯人はよっぽど可哀そうな奴だったに違いないな」
そう言って、水原氏は皮肉に笑ってみせた。......思っていたほど深刻な話ではなかったのかもしれない。そもそもこの模倣犯事件というアクシデントそのものを、台高祭のイベントとして楽しんでいたのではなかろうか。
「そういうことで、完璧な報告はできませんので、朝にご提示いただいた報酬は辞退します」
報告として考えていたセリフを全て吐き出したので、最後に深々と頭を下げた。
水原氏はごつごつした手で顎を撫でながら、ふぅんと鼻を鳴らした。
「そうか。この場合、確かにそういうことになるな。お前の不完全な報告に対して、俺は報酬を渡すことはできない。あーあ、せっかく焼肉屋の食事券なんて大層な報酬を用意したのに、無駄になっちまった」
制服の懐から食事券が入っていると思われる封筒を摘まみ上げ、これ見よがしに弄ぶ。そして日名川部長の方を一瞥した後、わざとらしい口調でこう続けた。
「だがまあ、仮に?もしも俺が、この封筒をここに、不注意で?誤って?落としてしまっても?多分気づけないだろうなあ!それに俺は忙しいから、封筒のことなんてきっと、忘れてしまうだろうなあ!勝手に拾っていくようなコソ泥がいたら、大変だなあ!好きに使われちゃうだろうなあ!」
ほとんど棒読みのような言い方で空に向かって言い放った後、水原氏はすれ違うようにしてもと来た方へ歩いて行き、角を曲がったところで姿が見えなくなった。
......一枚の封筒をその場に残して。
「酷い棒読みでしたね。あの人、あれで本当に演劇部なんですか?」
「素直じゃないのさ、彼は」
部長は苦笑いし、地面に落ちた封筒を指差した。
「んで。梁間くん、それ、どうするの?」
「......どこぞのコソ泥にでも拾われたりしたら大変ですからね。俺が預かっておきますよ」
「それがいいね」
微笑む日名川部長に見守られながら、俺は膝を折って地面から封筒を拾い上げる。
封筒の中には焼肉屋の食事券と一緒に、この3日間でイヤというほど目にした例のメッセージカードが1枚、同封されていた。何か書かれてやしないかと一応確認する。
一言だけ、メッセージが残されていた。
『お疲れさん』
6
ー 台高祭3日目 17:00 ー
夕方にしてはまだ明るいが、それでも先月に比べると日はだんだんと短くなってきているようだ。校舎の外でちらほらと点灯し始めている街灯の光がそれをよく物語っている。
続々と下校する生徒達の流れに逆らいながら、日名川部長と俺は化学実験室へ戻った。
教室に入ると開口一番、二人からの叱責が飛んできた。
「あ!やっと戻ってきたなサボり魔め!!仕事ほっぽってどこで油売ってたんだよ!」
「そうっすよ!この倉橋、おサボりは許しまへんで!!っすよ!」
白衣から解放されいつもの見慣れた制服姿になった軒山と倉橋が待ち構えていた。
「すまん、ちょっとヤボ用でな。まだ仕事は残ってるか?」
やれやれ、とでも言うようにかぶりを振り軒山が答えた。
「まったく。片付けは僕と倉橋で全部終わらせちゃったよ」
「そうか、それは大変に申し訳なかった」
殊勝な俺は深々と頭を下げてみせた。最近、俺の頭が軽くなっているような気がするのだが気のせいだろうか。
腰に手を当て踏ん反り返った倉橋が溜息まじりに言う。
「ま、梁間くんには前日準備で結構働いてもらったっすから、多めに見てあげるっすよ」
「なんと。これはこれは。ありがたやありがたや」
「た・だ・し!!この掃除はしてもらうっすよ!!」
両手を合わせ御心が深い倉橋大明神を拝んでいた俺の目の前に、雑巾が1枚、突きつけられる。
大明神は両手の人差し指を、化学実験室の前方に向けて言った。
「梁間くんのためにちゃあんと仕事は残しておいたっす!さあ、最後にこの黒板をキレイにするっすよ!!」
さあさ寄ってらっしゃい見てらっしゃいと言わんばかりにチョークで大きく書かれた「化学部」の文字、そしてその周囲に描かれた賑やかでカラフルなイラスト。
理科系教室の黒板は上下スライド式になっているので、黒板2枚分の掃除が俺を待ち構えていた。
「倉橋と相談して、ここの掃除だけ梁間のために残しておいたんだ。文字通り、とっておきの仕事だろう?感謝したまえ」
軒山が得意げにニヤリと笑う。
倉橋の人差し指に自分の人差し指を合わせて「E.T」などと言いながら遊んでいた日名川部長が声を張り上げた。
「ほれほれ、梁間くんの掃除が終わらないと私たち帰れないよ〜!?ほら、チャッチャと片付けておくれやす!」
3人の顔を見比べる。......まったく意地の悪い連中だ。
手近な実験机の蛇口を捻り、賜った雑巾を水で濡らす。
すると、軒山が何か思いついたように言い出した。
「あ、どうせ梁間が綺麗にしてくれるんだ、折角だから落書きしようっと」
「それいいっすね!自分もやるっす!」
俺が顔を上げた時には、軒山と倉橋がヒャッホウと奇声を上げチョークを黒板に立てていた。カッカッと硬い物が当たる音が忙しく繰り返される。
「おいふざけんな!余計な仕事増やすんじゃねえよ!」
「まあまあ。どうせ全部消すんだから他に何描いても一緒だろう」
「ハッハッハ!巨匠・倉橋蘭の現代美術に、者共打ち震えるがいいっすよ!!」
「あ、いいな。私もまーざろっ♡」
人が一生懸命止めるのも聞かずに、3人がそれぞれ思い思いの落書きを始めた。
軒山は猫耳メガネで三白眼美少女メイドのキャラクターを、黒板の右半分にデカデカと。
倉橋はバンクシーの二番煎じのような何か意味ありげなネズミのイラストを、余白を見つけては次々と。
日名川部長はよく分からない有機化合物の構造式を、文字の上だろうが余白だろうが関係なくつらつらと。
黒板がおおよそ「黒板」と呼べなくなる状態になるまで、そう時間はかからなかった。こうなっては止めても無駄、止めようとする努力自体が徒労である。絞った雑巾を片手にその場に立ち尽くし、茫然と見ていることしかできなかった。
「梁間くんも何か描いたら?こんなに堂々と落書きできる機会なんてそうそうないよ?」
「そうっすよ!どうせ自分で消すんだから、何か描かないと損ってもんっす!!」
いや描けば描くだけ俺の仕事が増えるんだが......
と思ったが、軒山が白いチョークを投げて寄越したのを反射的に受け取ってしまったので、仕方無く俺も黒板に歩み寄る。
「これだけ描いたんだから、黒板消しで消すくらいは手伝えよな」
「分かってるって」
軒山が描いた性癖の左下に余白があった。特に何も考えず、気の向くままにチョークを動かしてみた。
「うっわ!梁間くん、絵上手っすね!!才能あるんじゃないっすか!?」
傍らで俺の手元を覗き込んでいた倉橋が感嘆の声を上げてくれる。
褒めてくれるのは素直に嬉しいが、肯定はできない。
俺は苦笑いして、言った。
「いやいや、これが精一杯なんだ。俺には才能なんて無いんだ」
こんばんわ。今年一年、みなさまお疲れ様でございました。
布団の親友、紀山康紀でございます。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
いやあ、長かった文化祭騒動編が終わりました。
現実の時間にしておよそ2年間、長いこと書き溜めていた話を全てこの2020年の年末に放出いたしました。この長編を書く間に福岡ソフトバンクホークスの日本一決定の瞬間を3度も目にしました。おめでたいことです。
一方で、僕自身はこの話を書き切るまで次のお話に移れなかったので非常に苦しかったです。
(途中、やむなく1話完結のお話を投稿しましたが)
書きたいこと、そしてこの先の展開に必要なことは全て文章にできたかと思います。達成感がすごい。大学卒業と同時にようやくバイトを辞められた時のことを思い出します。
本編、文化祭騒動編・計7話で解説したい箇所だけ解説します。
お話の流れとしては、
【前日】・第6話「待つと待たざるとに関わらず、まさに祭りはやってくる」
化学部の文化祭前日準備に関するお話。
白鷺美樹に関する重要な伏線がありました。
【1日目】・第7話「そして祭りは幕を開ける」
文化祭初日の午前中に関するお話。最後に犯行声明が見つかり、事件の発生を予感させました。
水原実行委員長、奥海由華、白鷺美樹が登場しました。
クラス壁画についての情報が開示されました。
・第8話「怪盗、現る」
文化祭初日の午後に関するお話。「怪盗事件」発生が発覚し、倉橋と共に事件の調査に向かいます。
水原実行委員長がメッセージカードの回収に来ました。
ラグビー部、テニス部、生物部で重要な情報を得ました。
【2日目】・第9話「彩を見て、足元の薄墨色を知る」
文化祭2日目に関するお話。梁間は妹たちと共に文化祭を遊山します。
霞、みぞれの能力が文化祭の中で発揮されました。
将棋部、剣道部、美術部で重要な情報を得ました。
美術室で重要な描写がありました。
【3日目】・第10話「雪はその色を問う」
文化祭最終日の早朝のお話。梁間が「怪盗事件」について推理で追求します。
「怪盗事件」の詳細が明らかになりました。
「怪盗」の正体と目的が明らかになりました。
・第11話「祭りは未だ終わらない」
文化祭最終日の朝〜昼過ぎのお話。「模倣犯」が現れました。
「模倣犯」の出現について水原実行委員長から聞かされ、「模倣犯」の特定を依頼されます。
水原実行委員長がメッセージカードに仕掛けた罠に関する描写がありました。
「模倣犯」の犯行の特徴に関する考察がありました。
倉橋のライブとそれに伴う動線制限に関する描写があります。
・第12話「プラタナスは日陰に笑う」
台高祭のラストです。梁間が「模倣犯」と対峙します。
「模倣犯」の正体、犯行の詳細、動機が明らかになりました。
最終日の白鷺美樹の不可解な行動に関する言及があります。
と、こんなところでしょうか。作者の頭が弱いために細かい伏線などはよく覚えていませんが、多分こんな感じです。
執筆期間が長かったために各話で何を解説したかったのかもはや記憶があやふやで思い出せません。
思い出せる部分だけ解説します。
●「プラタナス」とは......
最終回のサブタイトルにもなっている言葉。別名「スズカケノキ」とも呼ばれる広葉樹の植物の名前です。
花言葉は「天才・非凡」。......笑う「プラタナス」の描写が2度あることにお気づき頂けましたでしょうか。エモいですね。片方はともかく、なぜもう片方も「プラタナス」なのか。次に投稿するお話で明らかになります。
●倉橋が第11話で歌っていた曲
曲は僕の頭の中で確実に決まっていますが、みなさんが想像される曲でよいと思います。
本当は歌詞も書きたかったのですが、JASRACが怖かったのでやめました。
無限大な夢の後の何もない世の中じゃあ、仕方ないですよね。
●第7話のスライム作りについて
伏線でもなんでもありません。ただっただ、スライムの作り方を記述しただけです。
ホウ砂さえ手に入れば皆さんもご家庭で簡単に作ることができますので、ぜひお試しあれ。
(ホウ砂は薬局で買えるとか買えないとか)
ちなみに、不要になったスライムは酢に入れればそのうち液体に戻るはず(経験談)です。その後どう処分するかは皆様の知恵と勇気と判断に委ねます。
●日名川灯は超能力者か何かなのか
いや、普通の人間です。頭はすごくいいですが。
常に梁間の思考の数手先まで見えているのは、頭がすごく良くてすごいからです。すごいでしょ。
作中でも屈指の切れ者です。
そのうち梁間と直接対決する機会が、あるかもしれません。
解説は以上です。もうほんと何にも思い出せん。私は誰だ。何故生まれた。
作中のあれこれで何かご不明な点等ございましたらいつでもご質問くださいまし。
もしよろしければ作品の感想・評価も頂ければ幸いです
ホンッットに長くなりましたが、もしここまで読んでいただけているのならこれほど嬉しいことはありません。
重ね重ねになりますが、最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
本編が完結するまでは投稿をやめませんので、また次のお話でお会いしましょう!
それではまた!!あざっした!!