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梁間さんの『お兄さん』  作者: 紀山 康紀
文化祭騒動編
13/17

第11話「祭りは未だ終わらない」(台高祭⑥)

台高祭最終日。

手がかりを元に推理し、文化祭を騒がす怪盗の正体を突き止めた梁間。

これで怪盗事件は一件落着、後は文化祭が終わるのを待つだけだ。

......と思ったのも束の間。

今度はなんと、怪盗の”模倣犯”が暗躍しはじめて......!?

1

      ー 台高祭3日目 10:00 ー 校舎1階 駐輪場からの出入り口


   「......模倣犯が現れたんだ。......”怪盗スワップ”の」

 

 首を捻った。

 モホーハン?......モホーハンモホーハン......モンハン?

 ......ああ、「模倣犯」か。

 一瞬、ハンターとしての血が騒ぎかけたが、どうやら退治すべきはモンスターではなくて人間のようだった。

   

   「どういうことか、私たちにくわーしく説明してくれるかにゃー?」

 さあ面白くなってきたぞとでも言うかのようにニヤニヤしながら、いつもの調子で日名川ひなかわ部長がたずねた。

   「そうだな......」

 水原みずはら氏は苦々しく口を開く。

   「各部活の部長の協力を得て”怪盗スワップ”は成り立ってるってのは、お前らなら知っているだろう。今朝話した通り、台高祭だいこうさい最終日の今日も俺たちは”すり替え事件”を起こす計画を立てている。

    今日予定している事件は3件。そのうち1件目、電脳研究部とフェンシング部のすり替え事件を今日の9:30に予定していた。この1件目の事件自体は完遂しているだが......その......」

 急に歯切れが悪くなった水原みずはら氏の言葉を日名川ひなかわ部長が引き継いだ。

   「なるほどにぇ〜。予定外の(・・・・)すり替え(・・・・)事件が(・・・)同時に(・・・)発生・・、ってところかね」

   「......その通りだ。模倣犯による犯行時刻は同時刻の9:30頃。美術部と陸上部がやられた」

 なんと。それはそれは気の毒に。

   「模倣犯、と言うからには、本家と同じものがあったんだろう?......犯行声明が」

   「ああ。犯行声明のメッセージカードも見つかってる。しかも、ご丁寧なことに”怪盗スワップ”が犯行声明に使っているカードと全く同じがらのものだ」

 同じ柄?

   「あれ?でもカードは確か水原みずはら先輩が......」

   「そう、怪盗スワップ事件で使った犯行声明のカードは、模倣犯の発生を危惧きぐしていた俺がこの手で回収していた。さらに実行委員長権限で、カードを撮影した写真もその場で削除させてた」

 回収していた!と偉そうに堂々と言われても、現に模倣犯が湧いて出ているのでまるで説得力がない。

   「とりあえず、模倣犯ちゃんが出てるってことは分かったわ。で、それを私達に話して水原みずはら君はどうしようっての?」

 腰に当てていた両手で腕組みをし、日名川ひなかわ部長は話の続きを促した。校舎と駐輪場の間を吹き抜ける冷ややかな風が、部長の長い髪を柔らかく揺らしていく。

 水原みずはら氏はフッ、と気障ったらしく笑う。

 ......嫌な予感がする。

   「本題はそこだ。日名川ひなかわ梁間はりま、お前らに手伝ってもらいたい。......模倣犯探し」

   「......は?」

   「模倣犯探しを手伝ってくれと言っている」

 やはり!

 俺はまくし立てるように噛み付いた。

   「何故、俺たちなんですか。他にも頼れる人はいくらでもいるでしょう。それこそ、”怪盗スワップ”の仲間たちを集めて正義の怪盗狩りでもなんでも勝手にすればいいじゃないですか」

   「いや、それはダメだな。日名川ひなかわ、お前なら分かるだろう?」

   「なんとなくね〜。大方、怪盗スワップ......各部活の部長達の中に模倣犯がいる(・・・・・)って考えてるんでしょ」

 水原みずはら氏は大きく頷く。

   「俺たちが使っているのと全く同じメッセージカードを持ち出してきた点と、事件の発生時刻が全く同時である点を考えると、”怪盗スワップ”内部に模倣犯が潜んでいる可能性が高い。わざと俺たちのやり方に被せてきている。......そこでお前たちだ!」

 俺の眉間を力強く指差して続ける。

   「部長達以外で怪盗事件の裏側を知っている人物は、梁間はりま雪彦ゆきひこ、お前だけだ。頼む、どうかこの模倣犯探しに協力してくれ。不満だろうが、事件解決のための協力者としてお前は唯一無二の人材なんだよ」

   「ちょっと待ってください。確かに俺は事件の裏側を知っています。ならば、まずは俺を模倣犯だと疑うのが筋じゃないですか」

 不服の意を込めて噛み付くと、水原みずはら氏はニヤッと笑った。

   「当然、その可能性も捨ててない。これは監視の意味合いもあるんだ。もしお前が模倣犯なら、犯人を探すフリをしながら模倣犯なりの動きを起こすだろう?サポート兼監視役として、日名川ひなかわを付けよう」

   「監視役は私かあ」

   「各部の部長達の調査だけでいい。部長どもに顔が割れていないお前はなおさら都合がいい」

 なるほど。嫌な流れだな。

 無論、俺は模倣犯などではないが、これは関わらぬ方が吉ではなかろうか。

   「......あっそうだ、用事を思い出した。大切な用事があるんでした。じゃあ用事がありますので俺はこれにてドロンいたします。お疲れ様でした。さて用事用事」

 本能がこの場から早々に立ち去るが吉と告げている。

 模倣犯探し?冗談じゃない!誰がそんな面倒なことを。

 俺は素早くきびすを返し右の手のひらで別れを告げ、にこやかに校舎の中へ消えようと試みた。しかし、手首を掴まれた。

   「まあまあまあ、話だけでも聞いていこうじゃないの!」

 日名川ひなかわ部長はニコニコ笑いながら、両手で掴んだ俺の右手首を離さない。案外、力が強い。

   「いやいやいや、用事を思い出しました」

   「まあまあまあ」

   「いやいやいや」

 綱引きの要領で俺の右腕を引っ張り合う。油断すると肩が抜けるのではないかと思うほどの激しい攻防だ。左手で部長の手を引き剥がそうと努力したがこれがまた離れない。こんな小さい身体のどこにそんな力があるというのか!

 見るに堪えない化学部のやりとりに呆れたのか、水原みずはら氏はわざとらしく、ひとつ咳払いをした。

   「まあ待ちたまえ後輩。もちろん、タダで頼もうだなんて思ってない」

 その言葉と同時に二人の動きが止まり、部長がようやく右手を解放してくれた。

   「そもそも今回の模倣犯事件は完全に我々の失態だ。お前が我々に協力する義務はどこにもない。......だがもし、模倣犯探しに協力してくれるというのなら、こいつをお前さんに譲ろう」

 そう言って、水原みずはら氏は制服の胸ポケットからスッと何やら白い封筒を取り出した。

   「生々しい感じがしますね。現金か何かですか」

   「自分の目で確かめてみたまえ」

 渡されるがままに封筒を両手で受け取り、中を覗く。封筒にスッポリ入る大きさの紙が1枚入っていたので指でつまんで外に出してやった。

   「......これは......お食事券?ですか」

   「そう!”炭火焼肉みなみかわ”の食事券1万円分だ。今年の台高祭だいこうさいのスポンサーのひとつでね、元々はイベントの景品にでもしてくれって頂いたものだ」

   「へえ、こりゃまたずいぶんと太っ腹だねぇ」

 背伸びをした日名川ひなかわ先輩がひょこっと食事券を覗き込んで感心している。

   「どうだろう?悪くない取引だと思うんだが。ひとつ頼まれてはくれないか?」


 返事に迷う。心の天秤がグラグラと揺れていた。

 引き受ける、引き受けないの2択の天秤皿に様々な感情の重りが乗せられていく。安いプライドや水原みずはら氏への不信感など断る理由はいくらでもあったが、面倒事厄介事に巻き込まれるのを何よりも避けたかった。

 やはり断ろう、と思い封筒を突き返そうと手を動かした時、ふと妹たちの姿が浮かんだ。

 そういえば久しく外食をしていない。たまには外で好きなものを目一杯食べさせてやるのもいいかもしれない。

 次から次へとハイスピードで肉を平らげるかすみと、高価な肉ばかりを集中的に集めるみぞれ。

 妹たちの姿が浮かんだ。うーん......なんだか1万円では足りない気がしてきた。


 長く溜息を吐いて、俺は観念した。

    「......分かりました。自分の身の潔白くらいは証明してみます」

    「そうか、助かるよ」

 食事券の入った封筒を俺から受け取ると、水原みずはら氏はそのまま素早く懐にしまった。模倣犯を見つけた暁にもう一度受け取ることになるだろう。

    「ちょいとちょいと、実行委員長様よう?梁間はりま君にはご褒美があるってのに、監視役を勝手に押し付けられた私にはなあんにもないっての?」

 日名川ひなかわ部長が腰に手を当て、頰を膨らませている。動きがわざとらしく、この人がどこまで本気なのか分からない。

    「お前は”怪盗スワップ”側の人間だろう、手伝ってしかるべしだと思うが。でもまあ、そうだな......”オレに貸しを作れる”、ってのはどうだ?」

 その言葉を聞いた途端、口角が釣り上がって日名川ひなかわ部長の口が三日月のようになった。指をパチンと鳴らし、「オーケー、悪くない。それでいこう!」と元気よく答える。人の弱みを握り優位に立つのが相変わらずお好きなようだ。

 台高祭だいこうさい最終日。こうして俺は、目の前にぶら下げられたエサに見事食いつき、得体の知れない探偵稼業に片足を突っ込んでしまった。どうせ化学実験室で時計と見つめ合うくらいしかすることがないのだ、それならば少しくらい人助けしても良かろう。面倒だが暇潰しの人助け、その程度の浅い考えだった。

 この些細な選択が、後々(のちのち)の高校生活を大きく変えることになろうとは、この時の俺には知るよしなど無かった。


2

      ー 台高祭3日目 10:20 ー 校舎1階 駐輪場からの出入り口


   「計画していた今日の分の"怪盗事件”の方は各部の部長たちに連絡して一度止めておく。それと”模倣犯”が現れたってことも正式に、な」

   「部長たちの中に犯人がいる可能性が高いのに、模倣犯事件のことを明かしてしまって大丈夫ですか?」

   「本来の怪盗事件とは別に事件が発生していることくらい、部長たちも既に知っているはずだ。当然、”怪盗事件”のことを知っている部長たちの中に模倣犯がいるだろうと互いに疑心暗鬼になっているだろうな。だから、”怪盗事件”を一度凍結させて、部長たちには不用意に出歩かないように通達する」

 なるほど。これで模倣犯による事件が続けば、校内を徘徊はいかいする部長どもは容疑者筆頭候補になる。模倣犯が今後現れなければそれはそれで台高祭だいこうさいの平和が保たれる。どちらに転んでも悪くはない。

 しかし、ここでひとつ懸念すべきことがある。

   「水原みずはら先輩の言うことは理解しました。しかし、この話はあくまで”部長たちの中に模倣犯がいて、その模倣犯が実行している”という仮定に基づいたものです。そう断言できる根拠が、何かあるんでしょうね」

 俺は語気を強めて言った。あやふやな推論に付き合って面倒を背負うのは御免だからだ。

   「その点は抜かりない。犯人はおそらく部長達の中にいる。その証拠に、これを見てみろ」

 水原みずはら氏はズボンのポケットから金属製のカードケースを取り出し、その中からカードを2枚抜き取って二本指で挟んで俺の方に押し付けてきた。言われるがまま、受け取る。

   「これは......化学部と......陸上部にあったメッセージカード、ですか」

   「そうだ。化学部の方はお前たちが昨日みたもので、陸上部の方はさっき回収してきた模倣犯が残したものだ。メッセージカード自体は台高祭だいこうさい前日の部長会議で部長どもに配ったんだが、実はその時、俺の方であらかじめ簡単な細工をしておいた。どうだ、何か気づくことはないか?」

   「あ、ちなみに化学部のカードの文章を書いたのは私でーっす」

 ダブルピースでアピールする日名川ひなかわ部長を尻目に、2枚のカードを両手に持ち見比べる。

 水原みずはら氏の言う通り、全く同じカードを使用した犯行声明のようだ。


###########################


  【化学部諸君】


 君たちのビーカーとラグビー部のチョコレートは


 私がすり替えさせてもらった


                 怪盗スワップ


###########################


###########################


  【陸上部諸君】


 君たちの竹串と美術部の筆は


 私がすり替えさせてもらった


                 怪盗スワップ


###########################


 文章の形式も本家に則っており、またこのカード最大の特徴でもある「文字が全て定規で書かれた直線で構成されている」という点も見事に模倣されている。

 カードを鼻の先まで近づけ食い入るように見てみたが、定規で引いた線に癖や特徴は発見できず、カード自体に目立つ汚れ等も見当たらない。模倣犯による模造品だと言われなければ、やはり同一の怪盗による犯行声明だと思うだろう。

 水原みずはら氏の細工とやらがなんなのか、見当がつかない。

 

   「すみません、分からないですね」

 俺がそう言うと水原みずはら氏は満足げに鼻を鳴らした。

   「いや、分からないのも無理はないんだ。それだけじゃあ分からないように仕組んだからな」

 そして今度は先程のカードケースから同様のメッセージカードを数枚取り出し、俺に受け取らせる。生物部、ラグビー部、将棋部、映画部、美術部......などなど10枚ほど。これまで本家の怪盗が残していたカードのようだ。

   「さっき渡した化学部のカードを加えて、山札にしてみろ」

 言われるがままカードの山を作り、化学部のカードを上に重ねてみた。高さが1cmあるかどうか、完成した山札をジッと観察すると、あることに気付いた。

   「これは......線ですか」

 山札の横、つまりカードの厚みが重なった面に、鉛筆で描いたと思われる線がうっすらと浮かび上がっている。......しかも4面全てに。

   「犯行声明に使うカードに実行委員長の印鑑を押すわけにもいかないからな、俺が部長達に配ったカードには、その印としてこの線を入れてある。しかもこの線は、1枚1枚のカードを手にしただけでは絶対に気付けないほど薄く描いておいたんだよ。これならば、カードを回収した時にそのカードが本当に俺が配ったものかどうか、だけが(・・・)判別・・できる(・・・)

 なるほど、この方法ならばもし部長達の中に模倣事件を企む反逆者がいても、似せて作ったダミーのカードを使った瞬間に発覚し実行委員長から厳しい追及を受けることになるだろう。1枚1枚を見ただけでは誰もこの印には気付けない。これは上手い策だ。

   「うーん、これは流石に私も気付かなかったなー」

 頭の上で両手を組み、日名川ひなかわ部長が悔しそうに言う。

   「それで、これまで本家の怪盗事件で使われたカードはどうだったんですか」

   「うむ、今のところ全部本物だった。......本物だったんだが、不可解なことがあってな。今度は、模倣犯が残したその陸上部のカードを、山札の真ん中くらいに入れてみろ。そうすれば、俺の言ってることが分かるはずだ」

 今度は模倣犯のカードを、水原みずはら氏の指示に従って山の中間ほどに差し込んで札の束を観察した。これまた厚みが重なった面を順に見ていく。模倣犯はおそらく水原みずはら氏が付けた印には気が付いていないはずだ。当然のことだが、模倣犯のカードを入れた部分で印となる線が途切れているのが分かる。

 が、しかし。

   「あれ?この面だけ線が繋がってないかい?ほら、ここ」

 俺が見ていた反対側の面を、日名川ひなかわ部長が指を指した。山札を持っていた手を入れ替え、部長が示した部分を見る。

   「本当だ。この(・・)だけ(・・)()がってる(・・・・)......!?」

 長方形をしたメッセージカード、その短辺にあたる面の片方だけ、あの線が途切れることなくうっすら繋がっている。他の面をもう一度確認するが、線が繋がっているのはやはりこの面だけだ。これはどういうことか。

 水原みずはら氏は腕を組んで踏ん反り返り、日名川ひなかわ部長はいつも通りニヤニヤするばかり。静観するこの姿勢から察するに、この二人は全て分かった上で俺を試しているらしい。このまま黙っていようものなら「ほら、はよなんか言ってみろ」とそしりを受けそうだ。少し頭を使ってみようか。

 水原みずはら氏が付けた印は4面。しかし模倣犯が用意したカードにあった印は1面のみ。水原みずはら氏が仕掛けたこの仕組みに模倣犯がもし本当に気付いているのなら、同様に印を付けだだろうが......実際はこの状態だ。

 つまり模倣犯は、この印の存在自体には気付いているものの、それは1面にしかないと思い込んでいる可能性が高い。どういう状況であれば、そう思い込んでしまうだろうか......。

 そうか、それは......!

 

 カードの束、印が繋がったその面を二人に向けて俺は言った。

   「模倣犯には、この印を見る機会があった。しかしその時目にしたのは、この面に描かれた薄い線を1本だけ。そしてカード1枚だけでは4面の印を確認することはできない。だから模倣犯は、印が1面にしか描かれていないと思い込んでしまった。......模倣犯の正体はメッセージカードの束を定点からのみ観測できた人間......つまり、部長会議に出席していた部長達の誰か。......といったところでしょうか」

 水原みずはら氏は鼻を鳴らし、口元に白い歯を覗かせた。

   「その通り。お前に頼んだのは間違いじゃなさそうで安心した」

   「さっすが私の後輩だね〜。鍛え甲斐があるってもんよお!」

 日名川ひなかわ部長は嬉しそうに俺の背を何度もバンバン叩く。痛い。

   「......買い被りすぎですよ。このカードの束を見れば誰でも分かります。これ、お返ししますよ」

 そう言って俺は整えたカードの束を水原みずはら氏に差し出したが、右手で制されてしまった。

   「いや、そいつはお前らが持ってろ。今後、模倣犯の判別に役立つこともあるだろう。カードの回収もお前らに任せることも部長達に通達しておく」

 今度はピンと張った右手の人差し指を俺の額に向け、続けてこう強調した。

   「ただし、無用な疑いをもたれたくなかったら、そいつを絶対に人に見せるんじゃないぞ。話がややこしくなるからな!」

 人に指を向けるな、指を。

 額に触れんばかりに近づけられたその指を払いのけた。

   「はいはい、分かりましたよ。最悪口の中に押し込んででも隠します」

 愛用の二つ折りの財布を取り出し、ほとんど使っていないポイントカード類の中に数枚のメッセージカードを紛れ込ませる。これなら財布をスられでもしない限り人目につくことはまずないだろう。大した金額が入っているわけでもなければ入ってくる予定もない、まあなんとも頼りない財布である。

 財布をズボンの右ポケットにしっかりとしまい、俺は懸念を一つ口にする。

   「それで、模倣犯を探すにしても、俺、他の部長たちの顔なんて分からないですよ」

   「そこはほら、お前には使える連れがいるだろう」

 水原みずはら氏が俺の後ろを指差した。我らが部長、日名川ひなかわあかりが両手の2本指をVの字にして指の間を開けたり閉じたりしている。蟹の真似だろうか。

   「部長たちの顔と名前は全員覚えてるよーん。私、1度見聞きしたことは忘れないからねん」

 記憶力の化身め。


   「日名川ひなかわと協力してなんとか模倣犯を見つけ出してくれ。最悪でも模倣犯による事件の発生を防げればそれでいい。解決したら報告。それじゃあ後は頼んだ!」


 話すことだけ話すと、実行委員の仕事があるからと言って水原みずはら氏は校舎の中に急ぎ足で消えていった。流石は台高祭だいこうさい実行委員長、あれでなかなか忙しいようだ。

 日名川ひなかわ部長と二人で外に取り残されたような形になる。部長は組んだ手を頭上高く上げ、うーんと背伸びをして言った。

   「さーて、我々は我々の成すべきを成そうかね。模倣犯探し!いやあ面白くなってきたじゃない」

 いやあまったく面白くはない。

   「......で、この後どうしますか?」

   「どうしようかね〜。梁間はりまくんはどうするのがいいと思う?」

 なんで俺に振るんですか、という言葉が口から出かかったが、鼻先の報酬に釣られて今回の面倒話を引き受けたのは俺だ。俺が考えるのが筋だろう。


 状況を整理しよう。


 各部活の備品をすり替えてまわる”怪盗スワップ”事件は、各部活の部長達と台高祭だいこうさい実行委員長の水原みずはら氏による共謀きょうぼうによるものだった。台高祭だいこうさいでの話題作りのためにすり替え事件を連続して起こしており、そしてそれは最終日である今日も続けられている。

 しかしその最終日、打ち合わせていた事件と同じタイミングで模倣犯による事件が発生した。模倣犯の手口についてはまだ分からないが、”怪盗スワップ”が犯行声明として現場に残していたものと全く同じグリーディングカードを模倣犯も使用しているらしい。

 犯行タイミングの同期性とカードの再現という状況から、水原みずはら氏は”怪盗スワップ”、つまり各部活の部長達の中に模倣犯がいる可能性が高いとにらんでいる。それが正しいのかどうかはさておき、単独犯なのか複数犯なのかが分からない今、見立てでは少なくとも台高祭だいこうさいに出展している部活の数だけ容疑者がいることになる。そして模倣犯の目的は不明。

 

 現行犯で逮捕できれば一番楽なのだが、模倣犯の犯行現場にばったり出くわすというハプニングに期待して全てを賭けるのはあまりに分が悪い。かと言って模倣犯様の連続盗難ツアーを指をくわえてただ跡追いするのでは、流石に後手に回り過ぎる。さて、どうしたものか。


 いい手が何も浮かばない。己の無能さを呪った。


 どのくらいそうしていたのか分からないが、日名川ひなかわ部長の明るい声で思考の海から再び現実に戻ってきた。

   「まー、とりあえず私達にできることからやっていこうかね。模倣犯の被害に遭ったっていう美術部と陸上部に話だけでも聞いてみよう」

 妥当な案だった。手がかりがない以上、今はできることから一つずつ。


 立てた親指を校舎の中に向け「その前に一度実験室に戻ろうか」と促す部長の顔はやはりどこか楽しそうである。確かに、実験室に残っている軒山のきやまたちに何も告げずに調査のために長時間留守にするのは忍びない。

 腰まで伸びた長い髪を揺らしながら歩く小さな後ろ姿を追い、共に化学実験室へと続く廊下を進む。悲しいかな、理科系の特別教室が並ぶ南校舎1階の廊下には、台高祭だいこうさいの客は一切見当たらない。

 それは我らが拠点の化学実験室も例外ではなく、戻ってみれば先程までいた僅かな客の姿も無く、虚無が支配する空間と成り果てていた。実験展示を3日間に渡って手伝ってくれている映画部員達はそろって机に頭を突っ伏し、寝ている。

 こんな状況では、実験室の前まで来た客が回れ右して立ち去ってしまうのは想像に難くなかった。

   「にゃっはっは!お客さんが来るようなら二人で調査に行くのは難しいかと思っていたけれど、これなら大丈夫だね〜!」

   「これが大丈夫と言えるのかははなはだ疑問ですけどね」

 戻ってきた部長と俺の姿に気付き、空のフィルムケースを積み上げて遊んでいた軒山のきやまが手を振る。

   「ああ、おかえりなさい。実行委員長に呼び出されてましたけど、何の用だったんですか?」

 何も知らない軒山のきやまに、不用意に模倣犯出現の話をするわけにはいかない。日名川ひなかわ部長も当然そう考えていたようで、

   「例の怪盗事件の話だね。犯人について何か知ってたら教えてくれ〜、みたいな話よ」

 と流れるように茶を濁した。しかし嘘は言っていない。

   「ははあ、ということは実行委員会も例の怪盗の尻尾を掴めていないってことになりますね。こいつは面白くなってきた!」

 こいつも面白がるのか。薄々気づいてはいたが、こいつは日名川ひなかわ部長の性格に通ずるところがある。

 胸ポケットから愛用の手帳を取り出し、何やらメモしている。好奇心なのかお祭り魂なのかは知らないが、軒山のきやまも事件について調べているようで調査の進捗をこまめに手帳に書き込んでいる。水原みずはら氏が黒幕であることに辿り着けたのは軒山のきやまのメモによるところが大きい。

   「俺たちが出て行ってから、事件に何か進展はあったか?」

   「なんだい梁間はりま、昨日までとはうって変わって随分と積極的じゃないか。怪盗なんてどうでもいい、なんて言ってたくせに」

 軒山のきやまいぶかしげな視線を俺に向けてきた。

 事件なんてどうせ他人事だ俺には関係ない、と門外漢を気取っていた昨日までと模倣犯捜索の任を受けた現在とでは、状況がはっきりと異なっている。新しい情報が欲しい一心でなんとなく出た一言だったが軒山のきやま猜疑心さいぎしんを刺激するには充分だったようで、失言だったかもしれない。やはりこいつは鋭い。

   「無関心が肺呼吸しているような奴が能動的に尋ねてくるなんてよっぽどだよ。あの梁間はりま雪彦ゆきひこが、何か怪盗を捕まえなきゃならない動機でもできたかい?」

   「いやー......、そのー......」

 言葉に詰まっていると、日名川ひなかわ部長から助け舟が出てきた。

   「実行委員長も相当切羽詰まってるみたいでね、知っていることがあればなんでも教えてくれって泣きつかれたのよ。そんなことだろうと思って、そういうのに強そうな梁間はりまくんを私が連れてったのよ。それで梁間はりまくんね、こう答えたの」

 オホン、と小さな咳払いをし、前髪をダランと下げて続けた。

   「『事件のことはよく分からないですけど、まあ、俺も何か分かったら実行委員に報告しますよ』......って!!」

   「うっわ、めちゃくちゃ言いそう。てか日名川ひなかわ部長、梁間はりまのモノマネ上手ですねー」

   「でっしょー!結構自身あんのよコレ!」

 いや全然似てないから。ポケットに手突っ込んでそんなホストみたいな立ち方はしていないはず。......俺、いつもあんな暗い顔してるのかなあ。

 とにかくまあ、話はうまいこと逸れた。

 そういうことならと軒山のきやまは手元の手帳のページを繰り、今朝の事件について教えてくれた。


   「怪盗は今日も元気に仕事してるみたいだねー。事件発生は今から大体1時間前。今回はなんと同時に2件の事件が発生してるみたいで、これはいよいよ複数犯の仕業としか考えられないね。で、被害にあったのは電研部とフェンシング部、それから美術部と陸上部」

 一息ついて続ける。

   「すり替えられたものは、電研部のPC用マウスとフェンシング部のパンケーキ用の粉。あとは美術部の筆と陸上部の竹串、だそうで。例によってこれまで通り、あのメッセージカードが各現場に残されていたらしい」

 水原みずはら氏が話してくれた内容と軒山のきやまの話に相違はない。

 となるとやはりひとつ疑問が残るのだが、当然軒山(のきやま)もそれに気付いていたようで、

   「......なんだけれども、美術部がやられるのは2回目なんだよなあ...」

 と首を傾げている。

 今までの犯行、つまり怪盗スワップによるこれまでの犯行は全て異なる部活をターゲットにしていたため、2日目に被害にあった美術部に対してこの最終日に2度目の犯行を仕掛けるというのは、模倣犯にしても少し美学に欠けるように思う。......こんなことをする輩に美学なんてものがあるのかどうかは分からないが。

   「なるほどにぇ...こいつぁ厄介な事になってきたぜぇ親分」

   「いや俺親分じゃないですし。というかあんたの方がよっぽど親分でしょうが」

   「そうですよ部長。世界は広しと言えども、梁間はりまほど親分という肩書きが似合わない人間もなかなか見つからないでしょうよ」

   「似合わんで悪かったな」

 いつもの軽口でケラケラ笑う級友に冷ややかな目を送る。

 そんな不毛なやりとりをしていたのだが、軒山のきやまは実験室の入口に客と思われる女子高校生らしき3人組の姿を見つけると跳んで行ってしまった。「やあ、マドモアゼル」という挨拶から淀みの無い話術で彼女らを実験室の中へ自然に招き入れるその技術は流石だと感服してしまう。

   「なんだかんだであいつ、人誑ひとたらしなんだよな。詐欺師に向いてるんじゃないか」

   「梁間はりまくん、心の声が漏れてるよん」

 日名川ひなかわ部長はオホンと咳払いし、共に軒山のきやまを目で追いながら続けた。

   「この調子なら、化学実験室は軒山のきやまくんに任せて大丈夫そうだねえ。お客さんもそうそう来ないだろうし」

 台詞を引き取って、俺は不吉な言葉を付け加えた。

   「怪盗がここに来なければ、ですけど」

   「違いにゃい」


3

      ー 台高祭3日目 10:40 ー 校舎2階


 本来の化学部員がほとんどいなくなった化学実験室を後にし、日名川ひなかわ部長と俺は模倣犯事件の情報収集に乗り出した。模倣犯へのわずかな手がかりを求め、本来の事件と今回の模倣犯騒ぎで2度、すり替え事件の被害に遭っている美術部に行ってみることにした。

 美術室は北校舎の2階。南校舎1階の化学実験室からは階段を上がって行けば最短距離なのだが、2階の中央広場には有志バンド団体が次々と轟音を響かせるステージが設置されており、それを取り巻く大勢の観客達がひしめきあうので2階での南北間の移動が困難になっていた。耳を塞ぎながら仕方なく一度3階に上がり、中央のクラス壁画展示スペースを横切って北校舎に移動し階段を降りる。そうしてやっと、2階の廊下に面した美術室の前にたどり着いた。

 まったく、1階から2階に来るだけでなんでこんな徒労を強いられなければならないのか。人の導線を全く考慮しないステージ計画をする実行委員会に不満がつのる。

   「美術部の部長は......たしか白鷺しらさぎ美樹みき、先輩でしたっけ」

   「そうそうその通り。サギ―は私と同じ2年生」

   「サギ―、ね。随分と仲が良さそうでしたが」

   「まあね。数少ない私の友人だから」

 日名川ひなかわ部長は明るく、しかしどこか自嘲気味にかっかっかと笑った。

 俺の方の数少ない友人である軒山のきやまと昨日ここに来たときには件の白鷺しらさぎ先輩は留守だった。

 一切の来訪者を拒むように閉め切られた美術室の引き戸。これも昨日となんら変わらない。しかし部長はそんなことおかまいなしとばかりに勢いよく戸を開け放ち、ズンズンと中に入っていく。俺もそれに続く。

 ツン、と絵具特有の匂いが鼻をさす。週に1度、授業でこの部屋を訪れる度にこの匂いを嗅ぐが未だになれない。

   「たのもー!たのもー!白鷺しらさぎ美樹みきはおらんのかー!」

 道場破りじゃないんだから。

 威勢の良い部長の声は客のいない美術室の中に響きわたった。大小様々な絵画の作品がずらりと並んでいるのに見物人がいないというのはまるで美術品の倉庫か、もしくは有名画家のアトリエのようである。

 こだまの代わりに無味で小さい声が返ってくる。

   「白鷺しらさぎ先輩なら留守です。......何か用ですか」

 声の主はやはり、奥海おくみ由華ゆか。これまた昨日と変わらず受付の長机で頬杖をついて読書にふけっていたようで、本を閉じて浅い溜息をひとつついて顔を上げた。気怠けだるそうな表情を隠そうともしない。

   「ああ、大声を出してすまなかったね。私は化学部部長の日名川ひなかわ。察しの通り、美術部部長と話がしたくて来たのだよ」

   「化学部......そういえば梁間はりま君は化学部だったわね。貴方の先輩かしら」

 半眼の黒目が俺の方をじろっと向いたので、俺は黙って頷いて見せた。

   「先程も言ったように、白鷺しらさぎ先輩なら留守です。受付の当番を私と代わってすぐにこの部屋から出ていきました」

   「それは何分前?」

   「さあ......30分くらい前ですかね」

 それはおかしい。

 全ての部長に水原みずはら実行委員長から待機命令がくだっているはずなので、この状況で白鷺しらさぎ氏が30分も現場を留守にしているというからには、彼女に疑念を抱かざるを得ない。ステイホームの精神が欠けているのではないか?

 日名川ひなかわ部長は奥海おくみさんになおもおどけた調子で語りかけた。

   「いくつか聞きたいことがあるんだけれども、お嬢さん、質問に答えてもらえるだけの時間はあるかな?」

   「どうせまた”すり替え事件”とやらのことでしょう。今はご覧の通りお客さんもいませんし、ご自由にどうぞ」

   「聞きたいことは......そうだね、3つほど尋ねたい。一つ目、白鷺しらさぎ美樹みきの行方に何か心当たりはあるかい?」

 奥海おくみさんは瞑目めいもくし首を横に振った。

   「残念ながら何も知りません」

 そう言う割にこれっぽっちも残念そうには見えない。

 後輩も行き先を知らない。だがまあ、昨日見たようにあの人は有名人ってこともあって目立つらしいから、無理して探さずとも騒ぎが先に耳に入ってくるような気はする。

 日名川ひなかわ部長はそれ以上特に追及することもなくあっさりと一つ目の質問を諦め、次に移った。

   「じゃーあ二つ目だ。当番の交代で白鷺しらさぎと入れ違いになったみたいだけど、事件のことで何か知ってることがあれば教えてくれないかにゃ?」

 日名川ひなかわ部長はいつもの調子でおどけながら会話を進めているが、奥海おくみさんの仏頂面は一向に緩む気配はない。台本でも読んでいるかのように淡々と口を開く。

   「事件は白鷺しらさぎ先輩が受付担当をしている時に起こったと聞いています。私はその場にいなかったので詳しいことは知らない。ただ、昨日と同じく筆を取られたと聞きました」

   「筆......それで、筆を取られて代わりに何が残されていたんだい?」

   「さあ......私が来た時には何も残ってなかったので」

 すり替え事件に固執した模倣犯ならば、これまでの事件と同様に2つの部活の間で備品を取り替えて現場に残しているはずである。軒山のきやまの話では、美術部とセットで被害に遭ったのは確か陸上部だったと記憶している。美術部にも何か残されていると思うのだが......

   「そうかい。知らないなら仕方がにゃい。最後に聞きたいのは、この美術室に戻ってきた時のことだ。白鷺しらさぎ美樹みきと30分前に受付を交代したと言っていたけど、それまで君はどこにいたのかにゃ?」

 暗に奥海おくみさんを疑っているかのような質問だが、それでも彼女の表情は一切変わらない。

   「1階の自習室で読書をしてましたけど、それが何か?」

 大学受験を控えつつも自宅では勉強がはかどらないという悩みを抱えた3年生が主として勉学に使用しているのが1階の自習室だ。俺も何度か利用しているが、机一つ一つがセパレートされていて他人の目を気にすることもなく静かな時間を過ごせるので割と気に入っている。定期試験前を除けば満席ということもなく、気軽に席につくことができる。

 日名川ひなかわ部長は真剣な顔で一瞬何か考えるような仕草をすると、すぐにいつもの調子に戻った。

   「いんや、別に。悪かったね、突然お邪魔しちゃって」

   「いえ、例の怪盗ほどではないのでご心配なく」

 また手元の本に目を落としたままこちらを一瞥することもなく、奥海おくみさんは独り言のように答えた。

   「そうだね、邪魔者はそろそろおいとまさせてもらうとしますよん。梁間はりまくん、行こうか」

   「へいへい」

 安い皮肉をさらりと受け流し、部長は俺を出口へと促す。入ってきた時とは逆の順番で美術室の戸をくぐると、去り際に部長は半分振り返って付け加えた。

   「やい、白鷺しらさぎ部長殿が戻ってきたら伝言しておくれよ。『あまり勝手に出歩くな』ってね」

 部屋の中から返事はなく、部長はゆっくりと戸を閉めた。




   「さて、次は美術部と同時に被害にあったっつー、陸上部あたりに聞き込みに行こうかね」

 美術部で大した手がかりを得られなかった以上、今は軒山のきやまの調査より有力な情報がない。......この調子で模倣犯を見つけることなんてできるのだろうか。時間だけが過ぎていくような気がしてならない。

   「目指すは2年3組教室の陸上部。3階だ!行くぞ、ついて参れ!」

 日名川ひなかわあかりが階段の前でグルングルン腕を回している。

 どうやら俺のテンションが下がるとこの人のテンションが反比例的に上がるらしい。

 全く気は進まないのだが、俺は日名川ひなかわあかりについていくことにした。


  ー 台高祭3日目 11:30 ー 北校舎3階 廊下


   「ちょっと、そこの君」

 陸上部の教室へ向かう途中の廊下で声をかけられた。

 漆黒の長いローブを身に纏い顔はフードに隠れていて分からないが、声は女性のものだった。背は俺の肩ほどの高さで、間違いなく日名川ひなかわ部長よりは大きい。長い黒髪がフードの中からずあっと垂れ下がり、手には怪しげな数珠。見るからに怪しい。

 長いローブの袖から出る青白い手が俺たち2人を招いている。

   「......はい、何か?」

 警戒心を剥きだしたまま、恐る恐る返事をする。

   「君、占いは信じる?」

 突然の問いに、俺は戸惑った。俺の隣では日名川ひなかわ部長が微笑を浮かべるばかりで、この未知との遭遇においては助けを期待できなさそうだ。

 正直に答える。

   「根っから信じることはしないですが、聞くくらいはする。科学的根拠に欠けていても俺には知りえない予知能力を持っている可能性を否定はできないから、まあそういうもんかと思うだけです」

   「なるほど。面白い心がけだね。私、星占いができるんだけど、おひとついかが?」

 星占い。占いは詳しくないが、広義では星座占いと同じだったか?

   「見知らぬ人に誕生日を教えるのは気味が良くない」

 俺がそう言うと、フードから僅かに覗く唇が怪しく吊り上がった。その唇には黒い口紅が差してあり、西洋の魔女を連想させる。魔女に不用意に逆らってしまった俺は呪い殺されてしまうのだろうか。

   「クックック......最近の子はしっかりしておるねえ。なら、星座だけならどうだい?」

   「まあそれなら......おひつじ座ですけど」

   「そうかい。ではひとつ、占ってみようかねぇ......」

 独り言のように言い、今度は小声で何かをブツブツとつぶやき始めた。耳を傾けても意味の分からない音の羅列で、まさしく呪文のようだ。数珠を両手で挟み込むように持ち、忙しなく数珠を擦っている。

 突然目の前で始まった狂気じみた一幕に他の通行人が好奇の視線をチラと向けるが、関わりたくないのかみな足早に過ぎ去っていく。できることなら俺も早くこの場を去りたかった。部長は腕組みをしたまま見守っている。

 どれくらいそうしていたのか、やがて「......ハッ!!」という大きな発声で呪文が途切れる。力が抜けたように、数珠を持っていた両腕がだらりと落ちた。

   「見えた。君の運命......」

 運勢ではなく運命か。なんとなくこちらの方が重い感じがする。

   「......君に死の運命が見える......」

   「死、ですか」

   「そう。死相ともいう」

 フードがコクリと頷く。何故俺はこんなところで死の宣告を受けているのだろう。

 これが純粋な倉橋くらはしあたりだったら慌てふためき喚くところだろうが、己の死の運命を嘆き悲観するにはまだ早い。大事なことを聞いていない。

   「残念です。ちなみに、俺の死はいつ頃ですか」

   「............そのうち」

 はあ。それはそうだろう。なにせ俺は不死身ではないのだ。

   「......プッ。フフッ。アハハハハハハ!」

 何が起こったのかと思ったら、吹き出したのは俺の隣で沈黙していた日名川ひなかわ部長だった。抱腹絶倒とはまさにこのこと、腹を抱えて涙目になりながら大爆笑している。

   「フフッ......フフ......ウフフフフフフ......」

 部長に呼応するように、目の前の黒ローブも肩を揺らし始めた。耐えきれなくなったのか、やがてこちらも腹を抱えて笑い出す。

   「アハッ。アハハハハハハッ!!!ちょっと日名川ひなかわさん、笑わないでよ!」

   「ヒヒヒヒ、最初に笑わせてきたのはそっちだろう!なんだい『......そのうち』って!アッハッ八ハッハハハハ!!あ~おかしい」

   「自分で間抜けなこと言ってるって分かってて我慢してたのに!つられてわたしも笑っちゃ......フフフッ......ッフフフフフフ!!」

 2人の爆笑が続くにつれ、自分の心がスーッと冷えていく。背後にあった壁を拳でバンバン叩きながらなおも笑い続ける黒ローブに俺は声をかける。

   「それで。俺はいったいなんの三文芝居に付き合わされたんですか」

 ヒーッ、ヒーッと呼吸を整え涙目になったと思われる両の目尻を左手で拭うと、黒ローブは深々と被っていた漆黒のフードを上げ、その顔を晒した。知らない顔だった。

   「からかって悪かったわ。わたしは2年の月ノ瀬(つきのせ)真矢まや。この学校で唯一無二の地学部員」

 先程垣間見えた口にはやはり黒っぽい紅を差し、長い前髪がかかる大きい丸眼鏡。両目の下にはツルを模したような紺とも黒とも言えない色のペイントを肌に施しているため、その素顔ははっきりとは分からない。が、小顔で鼻がスッと高く、この怪しげな化粧をとればおそらく整った顔立ちをしているのではと思われた。

 こちらもようやく笑いが収まった日名川ひなかわ部長が、彼女の言葉を継いで補足する。

   「月ノ瀬(つきのせ)さんは同じ理科系部活の部長仲間なのさ。ほら、化学実験室と同じ南校舎1階にある地学実験室は分かるかい?あそこを根城にしてるのが地学部なのん」

   「その通り。ようこそ、地学部へ」

 そう言って15度の角度で頭を下げられる。そもそもここは3階の廊下であるし別に地学部に用があって積極的に関わっているわけではないが、こうも綺麗なお辞儀をされてしまうと反射的にこちらも頭を下げてしまう。

   「日名川ひなかわ部長と同じ化学部で1年の、梁間はりまです。で、地学部の部長さんがなにゆえこんなところでそんなことしてるんですか」

 つい愛想のない言い方になったが、不快な素振りは見せずに月ノ瀬(つきのせ)と名乗ったその先輩は黒ローブの内側からA4の紙を1枚取り出し、穏やかな表情のままこちらに差し出してくる。

   「地学部の宣伝。うちの部、地学実験室でプラネタリウムの上映してるんだ。そのチラシにスケジュールが載ってるから、よかったら梁間はりまくんも来てみて」

   「プラネタリウムとその格好になんの関連が?」

   「特に関連性はないけど、部室でこのローブを発見したから占い師のコスプレをしてみたの。結構、サマになってるでしょう。占いってみんな好きだから、そう声をかければ立ち止まってくれるんじゃないかなーと思って」

 紙を俺に手渡すと、その場でぐるりと1回転してみせる。その動きに従って、靴まで隠してしまうほど長いローブの裾がふわりと舞い上がった。それにしても、なぜ数珠?占い師のアイテムと言えば水晶が一般的じゃあなかろうか。

   「あっ、いま君、なんで水晶じゃなくて数珠なんか持ってるんだって思ったでしょう!」

 思考を完全に読まれ、内心ドキリとした。

   「確かに水晶があれば完璧だったんだけど、アレ、結構高いのよね。地学部なのに水晶が手に入らないってのも皮肉よ。あ、この数珠はうちのじいちゃんの仏壇から拝借してきたの」

 聞いてもいないのに故人を軽んじる発言を耳にしてしまったような気がするが、まあ気のせいだろう。

 ビラに目を落とす。可愛らしいデフォルメの魔女のイラストと共にスケジュールが一覧になって掲載されている。魔女だの占い師だの節操がない。1日に3回、星空のテーマを変えてプラネタリウムの上映をしているらしい。

 どちらかと言われれば、プラネタリウムは好きだ。何年か前に母親に連れられて行った台泉だいせん市天文台で見たプラネタリウムは見事だった。感触のよい椅子の背もたれを倒せば、見渡す限りの星空。加えて、暑くもなく寒くもない適度な環境。世の中にはあんなにも寝心地の良い空間があるものかと感動さえ覚えたものだ。

 だが所詮は高校の文化祭、プラネタリウムにはそれなりの機材や設備が必要なはずだが、部員が1人しかいない地学部にそれが準備できるのだろうか。フカフカな高級リクライニングチェアは無くても仕方ないが、プラネタリウムにクオリティを期待するのは酷かもしれない。

 などと考えていたら、

   「あら、失礼なこと考えてない?言っとくけどね、プラネタリウムの装置は大学のサークルで使われてたもので、先輩のツテで今年我が部にやってきたの。だから今年は動作・品質ともに文句のない作品に仕上がってるわよ!」

 とまたしても思考を先読みされた。なんだ?この人はもしや、テレパス能力を有した超能力者の類ではあるまいか。

 日名川ひなかわ部長が俺にそっと耳打ちをする。

   「驚くのも無理ないね。月ノ瀬(つきのせ)さんはね、勘で人の考えが分かるんだってさ。まるでエスパーだ」

 俺は驚いた素振りを見せたつもりはないが、この部長はその心中を察したかのようなタイミングでこういうことを言う。いやいや日名川ひなかわ部長、あなたも十分エスパーですよ。

   「わたしの目に狂いが無ければ......梁間はりまくん、君、なかなか地学の素質がありそうね」

   「生まれて初めて言われました」

   「気に入ったわ。地学部に入ってみない?うち、部員がわたししかいないのよ」

   「はあ。それはお気の毒様です」

 俺はゆっくりかぶりを振る。

 台泉だいせん高校では兼部が認められているが、その権利を行使する気は毛頭ない。

   「あっはっは。月ノ瀬(つきのせ)さん、うちのカワイイ1年生を引き抜こうったってそうはいかないよ!こっちだって部員が足りなくて死活問題なんだ」

 俺と月ノ瀬(つきのせ)先輩の間を遮るように、日名川ひなかわ部長の腕が伸びてきた。

   「そこをなんとか頼めない?3人しかいない孤独な2年生トリオのよしみじゃない」

   「絶対ダメ!......と言いたいところだけど、そこまで言うなら少しくらいなら貸してあげてもいいのです」

   「や~ん♡日名川ひなかわさん、ありがと!」

 えっ、俺の意思は反映されないのだろうか。

   「じゃあ今度、梁間はりまくんを少しお借りしようかな。今日のところはとりあえず、プラネタリウム、見て損はさせないから良かったら来てね!なんならそのまま入部してくれてもいいから」

   「はあ。いつか機会があれば是非行かせてもらいます」

 月ノ瀬(つきのせ)先輩は黒いフードを再び深く被り、僅かに見える口元に皮肉な笑みを浮かべて言った。

   「来なさそうだけども、入部届は準備しておくから」


      ー 台高祭3日目 13:00 ー 


 変な人に絡まれ時間を無駄に使ってしまったような気がするが、目的の人物から事件に関する話を聞くことができた。

 陸上部の部長は日に焼けたたくましい腕とはち切れんばかりのふくらはぎ、そして白い歯が印象的な丈夫じょうふだった。頭に白いタオルを巻き付け半袖を肩まで巻く仕上げているその様は、陸上部の出し物である縁日えんにちに似合い過ぎている。土日は子供連れの家族客で盛況だったようだが、今は暇を持て余した数人の生徒が小銭を落として遊んでいるだけだ。

 水原みずはら氏が各部長に話を通しておいてくれたこともあってか、人気のない場所でスムーズに話を聞くことができた。と言っても、主に話をしたのは日名川ひなかわ部長だが。

 いわく、事件に気づいたのは9:30過ぎで、無料配布していた陸上部の部誌からメッセージカードと絵画用の細い筆が出てきたらしい。部誌は1年間の実績やおちゃらけた部員紹介が掲載されており、A4の紙を数枚ホッチキスで束ねただけの簡素なもので、特別な細工が施せるようなものではなかった。

 出てきたメッセージカードも譲り受けることができた。カードはこれまでと全く同じで、水原みずはら氏が命じて作らせたものと同様にペンと定規を使って直線だけで文字が書かれており、その文面も変わらなかった。


###########################

  【陸上部諸君】

 君たちの竹串と美術部の筆は

 私がすり替えさせてもらった

                 怪盗スワップ

###########################


 これが怪盗スワップの模倣犯が作ったものだと分かる今では、その真似根性に少し不気味さすら感じられる一品だ。

 しかし部長の話の中で最も気になった点は、美術部に残されていたという竹串を持って現れたのが白鷺しらさぎ美樹みきだということだ。10時過ぎにフラーっとやってきた彼女は「ウチの部、またやられたわぁー」とはにかみながら陸上部部長に竹串を渡して美術部の筆を受け取ると、そのまま何処かへ消えたらしい。


 その後もおよそ1時間おき程度に模倣犯によるすり替え事件が発生し続け、その情報が入る度に嬉々として現場に飛んで行く日名川ひなかわ部長と共に事件の情報収集に奔走する羽目になった。

 事件発生を聞きつけてはその2箇所の現場に急行して被害に遭った部の部長から話を聞き、そうこうしているうちに次の事件発生の情報が耳に入ってくる。事件を聞きつけた大勢の野次馬たちと共に次から次へと現場巡りをするような格好になり、事件発生と聞き込みのウロボロスにがんがらめにされていた。

 結果的に、完全に犯人の後手に回っているのは否めない。

 3階のソフトボール部で話を聞き終えたところでようやく聞き込みがひと段落し、これまでに得た情報をまとめるべく休める場所を探して手すりに体重を預けながら階段を下っていた。

 

 2階の廊下は中央ステージから変わらず響いてくる騒音と人の往来の激しさで、話し合いに向いた環境ではなかった。

 耳を塞いで逃げるように部長と共に階段を降り、食堂横の出入り口から外に出た。近くのコンビニまで飲み物を買いに行く手間と時間が惜しい台高生だいこうせいと冷えた缶コーヒーを求める教員が利用する自動販売機が設置されているのは、台泉だいせん高校広しと言えどもこの出入り口だけである。2台並んだこの自販機は、名実共に台泉だいせん高校のオアシスそのものだ。

   「はーっ。...せっかく自販機もあることだし、ここで少し小休止といかないかい?」

   「それは良きアイデアかと」

   「何か飲むかい?お姉さんがおごってあげよう」

 白衣のポケットから取り出した小銭を片手でお手玉のようにチャリンチャリンともてあそびながら、日名川ひなかわ部長はこちらにニッと笑いかけてくる。ポケットにダイレクトで小銭が入っているというのもなかなか粋な心がけなのかもしれない。

   「いや、自分で買いますのでお構いなく」

   「そうかい?遠慮しなくてよいのだよ?」

   「ヤクザと日名川ひなかわあかりから施しを受けるなって言われて育ったんで」

   「フフッ......そりゃ正しいことかも分からんね!」

 腹を抱えて笑う部長を尻目に、財布から取り出した小銭を右側の自販機に投下し、少し迷って炭酸飲料のボタンを押した。ガタン、という音と共に目当ての缶ジュースが落ちてきたが、この時の衝撃で中の炭酸が少し振らさっているのではないかと俺はいつも不安になる。

 日名川ひなかわ部長は小さいペットボトルのお茶を選んだ。背の低い彼女が自販機上段のボタンを押せるだろうかと心配したが、手を伸ばせば届く高さだったので杞憂きゆうだった。

 自販機と相対するように、その向かい側のタイルの壁に二人で並んで背を預けた。俺はその場に腰を下ろし、日名川ひなかわ部長は立ったまま壁にもたれている。

 缶を開けるとプシュっと強い音がしたが、中身が溢れ出してくるようなことはなかった。安心してそのまま口をつける。

 メインストリートから遠く、また北校舎1階には催し物が全く無いことも手伝ってこの場所は比較的静かだ。さらに北に面した出入り口というだけあってこの場所は永久日陰、涼しいときたもんだ。......北門きたもんだ。

   「......静かだね」

   「......そうですね」

   「梁間はりまくんは静かなのは好きかい?」

   「......まあ、騒がしいのに比べれば、沈黙は好きですかね。そう言う部長は?」

   「私かい?私もまあ......静かな方が好きかもしれないねえ。どちらかと言うと」

   「はあ、意外ですね。部長は太陽に向かって笑顔で走っていく人種だと思ってましたよ」

   「そうかな?」

   「そうですよ」

 お互い顔を向けることなく、じっと真っ直ぐ前を見つめたまま言葉を交わす。その視線はきっと平行で、どこまでいっても交わらない。そんな気がした。

 耳を澄ませば、どこか遠く、校舎の中か外かは分からないが、楽器による演奏らしき音が風に乗って流れてくる。吹奏楽部か室内学部か、そのあたりの部員による演奏だろう。

   「さて、事件の話をしようか。梁間くん的にはこの模倣犯事件、どんな風に考えてるのかな?」

 言われて、白衣のポケットからA4の紙を折りたたんだものを取り出した。演劇部が出し物の宣伝のために校内で配っていたチラシだったが、裏に最上級の余白があったのでメモ代わりにありがたく使わせてもらっている。

 軒山のきやまが書いたものほど上手くないが、これまでの模倣犯による事件の経緯を走り書きでまとめていた。


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 ●9:30頃?

美術部(北2F 美術室)「筆」 作品の展示

↑↓

陸上部(南3F 2-3)「竹串」 縁日


 ●11:00頃?

物理部(南1F 物理実験室)「ネジ」 自作ロボットの展示

↑↓

室内楽部(北3F 2-5)「ストロー」 演奏、喫茶


 ●12:30頃?

ソフトボール部(南3F 2-2)「スプーン」 かき氷

↑↓

ヨット部(北2F 1-6)「爪楊枝」 玉こんにゃく販売


〈メッセージカード〉

・すり替えられた物と必ず一緒に置いてある

・文字は手書きで、定規を使って筆跡が隠されている(怪盗と全く同じ)

・怪盗事件で使われたカードと全く同じ種類のグリーディングカードが使われている

・いずれの部でもカードが部誌やチラシの中から出てきた


〈模倣犯について〉

・恐らく部長の誰か?(怪盗事件の裏側と詳細、カードについて知っている)

・犯行の瞬間を誰も目撃していない(白鷺美樹の姿が数ヶ所で確認されている)

・自分の部のスペースで他の部の部長の姿は見ていない(白鷺美樹を除く)

・単数なのか複数犯なのかは不明

・動機が不明

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 自分のメモに目を落とす。

   「そうですね......気になる点がないわけではないですけど......」

   「ほう?」

 日名川ひなかわ部長がニヤニヤしながら俺を見る。考えを少し整理するため、数秒間俺は黙った。

   「なんというか......すり替えられている物のスケールが明らかに小さくなってるんですよね。昨日はチョコレートだのビーカーだのトングだの、出し物の”内側”に入らなければ手に入れられないような物が多かった。それに対して模倣犯が盗っている物はストロー、竹串、スプーン......出し物の”外側”、つまり客の立場で手にすることができる物ばかり。......盗み方がしょうもなさすぎる」

   「うんうん、確かにそうだねえ」

   「それに加えて、メッセージカードの残し方もなんか姑息な感じがする。堂々と置かずに部誌やらビラの山の中に隠すような残し方をしてるのがこの模倣犯の特徴っぽいんですが、これまでの怪盗の犯行に比べて豪担さに欠けてませんか?」

   「うんうん、確かにそうだねえ」

   「......それと、部長たちの中にこの模倣犯が本当にいるのかってのも疑問です。俺と同じように怪盗事件の仕組みに気付く一般生徒がいてもおかしくない」

   「うんうん、おっしゃる通り」

   「......バカにしてます?」

 部長は顔の前で大きく手をブンブン振って笑いながら言った。

   「いやいや、バカにするなんてとんでもねえでござんすよ。梁間はりまくんの指摘はどれもいいところを突いていると、わたしゃあ感心してんのさ!」

   「いいところ、ですか。まるで何もかも全部知っているかのような言い方だ」

   「さあ、どうだろうね~?」

 悪戯っぽく笑う部長の顔を睨む。恐ろしく頭のいいこの人のことだ、既に何かに気づいているだろうに、それを口にせず人を試して楽しんでいるんだろう。本当にいい性格をしている。

   「それじゃあひとつ、お姉さんが教えてしんぜよう!......梁間はりまくん、被害にあった場所を見て、何か気づくことはないかにゃ?」

   「場所......?」

 言われて、手元のメモに再び目を落とし被害にあった部の立地を確認する。

 この時初めて気づいた。犯人の規則性。


   「......同時にすり替えられた部の場所が()()()()()()......そして階がバラバラ......」

   「ご名答!この盗み方にはなーんだかキナ臭いものを感じるんだよねえ」

 確かにそうだ......。この盗み方では犯行現場間を移動する手間もかかるし、それだけ犯行が露見するリスクを負うことになる。ただすり替え事件を真似たいだけの快楽主義な模倣犯なら、まずこんな盗み方は考えないだろう。

 ということは......

   「......この盗み方に犯人の意図が隠されている可能性が高い?」

   「そうとも言えるねえ。もしくは”自分にとって都合のいい立地の部を標的にしているだけ”、って線もあるかもしれないけれども、学校の構造上、このパターンの可能性は薄いかにゃあ〜」

 犯人の意図。もう少し深掘りすれば、犯行の動機。

 そんなこと、犯人でもない限り分かるはずが無いと推理を諦め、自分の考えの中から除外してしまっていた。だがもし犯人の動機が分かったなら、少しはその後ろ姿に手が届くかもしれない。

 考えをまとめるため、瞑目めいもくする。

 


 その時。

   「ああーっ!ヤバい、もうすぐ時間だ!!!」

 意識が自分から離れている時に部長が突然大声をあげるものだから、喫驚仰天、心臓がキュッとすくむような感覚に襲われた。

   「なんですかいきなり......驚かせないでください」

   「こんなところで油売ってる場合じゃあないんだよ!さあ、行くぞよ!」

 口早にそう言うと部長はしゃがんでいる俺の白衣のえりをギュッと掴み、何か重い物でも引きずるように校舎の中に戻ろうとする。その力の強いこと、体勢を崩しそうになりつつもなんとか立ち上がって部長の手をほどき、力強く歩を進める彼女の横に並んだ。階段をすっさすっさと上がっていくので置いていかれないように俺も足を早める。

   「一体何が始まるんです?」

   「そりゃあ、聞くだけ野暮ってもんさね。見てのお楽しみ!」

   「はあ。そうですか」

 俺の返事とも言えない返事を最後まで聞かずにいつものたくらみ顔を浮かべたまま、部長は前に向き直った。


4

      ー 台高祭3日目 13:30 ー 校舎2階 中央広場特設ステージ


 台高祭だいこうさい期間中、校舎のどこにいても楽器の音が聞こえていた。

 その音の源はここ、2階の特設ステージだった。

 南北の校舎間を移動するための広場なのだが、特設ステージが中央にドンと居座りその周囲で100人は優に超える大勢の若い観客が入れ替わり立ち替わりで常に熱狂しているものだから、その役割はこの3日間果たされていない。

 ドラムやベースが奏でる重低音が地を伝って内蔵を細かく揺さぶり、マイクとスピーカーを通して時々ハウリングさせながら聞こえてくる金髪ボーカルの叫びが耳をつん裂き、それに興奮した多種多様な制服姿の立ち見客が獣のようにあげる奇声に遂に耐えかね、俺は耳を塞いだ。

 酷い騒音だ。

 ステージや群衆から少し離れたところ、トイレの入口近くで日名川ひなかわ部長の隣で並んで立っていたが、この狂気に満ちた空間に俺は限界を感じていた。

   「部長!何が見られるってんですか!」

 騒音に負けないよう、部長の耳元で声を張り上げた。こんな騒々しい場所にいてもなお平然としている部長は俺を見てにっしっしと笑い、口元に人差し指を立てて静かに、しかし少し大きな声で言う。

   「まあまあ。もう少しの辛抱さ。見てりゃ分かるよ」

 

 やがてバンドの演奏が終了し、ボーカルが「おいテメエらァァァ!!愛してくれてサンキューゥゥゥ!!」と最後に叫んでゾロゾロとステージを降りていった。照明が絞られているため暗くて何人居るのかいまいち見えなかったが、どうやら5人組のバンドだったらしい。俺には音楽が分からないがただただ騒音を掻き鳴らすその行為に腹が立ったので、何がサンキューだ馬鹿野郎お前らなんざファッキューだ、と思いながら俺は心の中で中指を2本立てた。

 出演バンドが交代するようだ。この合間の時間でステージから離れていく客は思いの外少なく、ここで熱狂してる輩はきっと一日中この場所でこうしているんだろうなと思った。

 腕章を付けた2人組の実行委員がキーボードを抱えて舞台の裏に消える代わりに、次のバンドがステージ後ろの暗幕から姿を現した。どうやら4人、ボーカルにギター、ベース、ドラムのようだ。そして全員女子で構成されたガールズバンドらしい。黒と白を基調としたゴシックロリータじみた格好で、スカートを揺らし乾いた靴音を立てながらそれぞれの持ち場についた。

 楽器担当がベンベンボンボンとそれぞれ音を鳴らす。演奏が始まるのを待つ間、観客同士の声を潜めた会話が至る所から聞こえてくる。まるで映画の上映前のような雰囲気だった。

   「お目当てはこのバンドですか」

   「......まあね。まだ気付いてないのかい。よく見てな、きっと驚くから」

 気付いてない、とは一体どういう意味だろう。そう思った瞬間、静寂を切り裂くようにステージの上でギターが掻き鳴らされた。

 俺も含め、その場にいた全員が、音のする方に目を奪われた。

 散漫だった熱気がキュッと正されたような。

   「そうら、始まった」

 見事なギターのイントロとドラムのビートに観客が一斉に沸く。

 観客に応えるように、背の低いボーカルが口元にマイクを近づける。

 美しく澄んだ、しかし力強くのびやかな歌声に、フロアは一層熱を帯びた。


 その声を聞いた瞬間に、記憶の中で引っかかるものがあった。

 どこかで聞いたことがあるその声。背の低いボーカルを、俺は遠巻きにジッと射るように見た。

 ダランと垂らした長い黒髪を踊らせて、身体でリズムを刻みながら喉を鳴らしている。化粧のせいか白っぽい顔の中で赤い唇と紅潮した頬が際立っていた。これだけの視覚的特徴を得てもしかし、それが誰なのか分からなかった。

 そんな俺の様子を見兼ねて、隣に立っていた部長が俺の肩を叩く。膝を折って部長に耳を貸した。

   「あれ、歌ってるの、うちのらんちゃんだよ」

   「えぇぇ!?」

 慌ててステージの上に目を戻す。

 トレードマークのツインテールを解いて特殊な化粧をしていたので気付かなかったが、言われてみれば、あそこに立っているのは間違いなく倉橋くらはしだった。

   「倉橋くらはし、あんなに歌上手かったのか......」

   「夏休み中に一緒にカラオケに行った時にね、私も初めて知ったのん。中学の時からの友達と一緒にバンドやってるんだって」

   「へぇ......」

   「梁間はりま君たちには内緒にしてくれって言われてたんだけどさ、これ聞かないのはもったいないと思ったから連れてきちゃった♡」

   「はあ......」

 暗がりの中で彩り豊かに明るく照らされたステージで輝く同級生の姿に、俺は釘付けになっていた。

 何に対しても積極的で活発な割によくドジを働く、数学が少し苦手な女子。

 行動的な部分が欠けている俺は、彼女の明るいところにある種の尊敬の念は抱いていた。

 しかしそんな彼女に、こんなに優れた一面があるだなんて、一度だって考えたことはなかった。

 才能が違う。


 そんな言葉が脳裏をちらつく度に、昔の苦い記憶が俺の胸をギュッと絞め上げる。

 羨望せんぼうとも嫉妬しっととも違う、変な感情をまだ抱いてしまう自分に心底嫌気が差す。

 自分の周囲だけが突然暗くなったような感覚になった。一層、ステージの上の彼女が眩しく見える。

   「ほんと......」

 絞り出すように言った。

   「歌上手いっすね......」

 曲が終わり、拍手と歓声が巻き起こったが、それが目の前ではなくどこか遠くのことのように感じる。

 すぐに2曲目が始まり、その輝かしいステージを俺は黙って見ていた。


5

      ー 台高祭3日目 14:00 ー 南校舎1階 化学実験室


 30分ほどのバンド演奏を最後まで鑑賞し、俺と日名川ひなかわ部長は数時間ぶりに化学実験室に戻った。どうやら軒山のきやまもどこかで倉橋くらはし出演の情報を掴んでいたらしく実験室を抜け出してこっそりと見に行っていたようで、帰り道で合流した。結果的に、何も知らなかったのは俺だけだった。

   「いやあ倉橋くらはし、凄かったですねえ!綺麗な声してるとは思ってたけど、あんなに歌えるなんて僕めちゃくちゃ驚きましたよ!......で、それより聞きたいんですけど......」

 軒山のきやまは部長と俺を交互に指差しながら続けた。

   「あんたらいつの間に二人で出かけてたんですか!デートですか!デートなんですか!」

 いや違うから、と俺が軒山のきやまの人差し指をへし折ろうとするより早く、日名川ひなかわ部長が俺の左腕に抱きついてきた。

   「そうなの〜ん。今日はハネムーンなのよ!ね、ダーリン......♡」

   「誰がダーリンじゃ誰が......ちょっ、くっつかんでください!この......離れんかい!」

   「あらん残念」

 部長の悪ふざけをなんとか振り解いた。

   「なーんか怪しいなあ......」

   「ま、冗談はさておき。本当のこと言うと、例の怪盗事件のことを調べてたのさ」

   「ほう、怪盗事件!そいで、何か進展はありましたか!?」

 軒山のきやまの目がいやに輝いた。

 部長が近くにあった椅子に腰掛けるのに従って、俺と軒山のきやまも同様に腰を下ろした。実験机と実験机の間の通路を3人で顔を突き合わせて塞ぐような形になる。まるで不良の溜まり場だ。

   「進展、ってほどじゃあないけどね。気になる点はいくつかあったよ......ね、梁間はりま君」

   「ね、と言われても......」

 気になる点はいくつもあるし、実は模倣犯についてある程度の仮説も立っている。

 その上で、日名川ひなかわ部長にどうしても二つ、確認しておかなければならないことがあるのだが......水原みずはら氏に箝口令かんこうれいを敷かれているためこいつの前で模倣犯事件のことをおいそれと話すわけにはいかない。

 そしてなんだかんだで軒山のきやまは勘が異常に鋭い。こやつに気取られぬように慎重に言葉を選ぶ。


   「なんというか......犯人はすごい奴だとは思ったな」

 警戒しすぎて、雲って高いところにありますよね、というくらい間抜けな発言になってしまった。しかし軒山のきやまは顎に手を当て、射抜くような鋭い視線でジッと見てくる。

   「すごい”奴”?......”奴ら”じゃなくて?......この事件は単独犯の犯行だって言うのかい!?」

 おっと、口を滑らせたか?

 そういえば元々の怪盗事件の犯人は複数犯だろうと推理していたのは誰でもないこいつだった。 

   「いや、別に深い意味はない。言葉の綾、表現のあらだ、忘れてくれ」

 俺が少し狼狽したところに軒山のきやまが顔をズイズイと近づけてくる。

   「なら複数犯である物理的証拠でも見つかったとか!」

   「いや別に......というか近い」

   「トリックは!?一卵性双子の入れ替えトリックでもあったかい!?」

   「んなもんねぇよ......というか近い」

 参ったな......この調子じゃ部長に話を聞けない。こいつの興味をどこかに逸らさなくては。

 これまで散々情報を共有してくれていた軒山のきやまには大変申し訳なく誠に遺憾いかんではあるが、今この場においては少し邪魔だ。

 辺りを素早く見渡す。この実験室に客はいない。軒山のきやまに客の相手を押し付けるのは無理だ。

 席を外してくれと直接言ってしまう手もあるが、怪しまれて後々面倒なことになりそうだ......


 などと考えていると、日名川ひなかわ部長の白衣のポケットが震えて鳴り出した。

   「あらあら、お電話かいね。ちょい待ってておくんなまし」

 ポケットからスマホを取り出して立ち上がり、少し離れたところでそれを耳に当てはじめた。ああ、とか、ほぉ、とか、にゃるほどねえ、とか適当な相槌で30秒ほどの短い通話を切り上げ、スマホをポケットの中に投げ入れるようにしてしまいこちらに戻ってきた。

   「なんかねー、同じクラスの子が店の呼び込みで手持ち看板使いたいから、化学部で持ってるやつを少し貸してほしいって電話だった。貸しても問題ないかね?」

 壁にかかった時計を見て軒山のきやまが答えた。

   「一般展示の時間はあと30分しかないですし、その方は売り上げのためのラストスパートかけたいってところですかね?どうせ化学部にもうお客は来ないでしょうし、お貸ししていいんじゃないですか」

 右に同じ。俺も黙って頷いた。

 日名川ひなかわ部長は満足げに笑った。

   「そっか。じゃあ、看板持ってっちゃうね。と同時に、化学部の展示はいま、この瞬間をもって終了とする!」

 わあ、なんて雑な閉店宣言。声高らかに発せられた宣言に、化学実験室にいる手伝いの映画部員たちの間からまばらな拍手が巻き起こる。......軒山のきやまの言う通り人気のないうちには客が来ないと分かりきっているのだから、早めに切り上げて片付けを始めた方が得策だろう。

   「と、いうわけで。これから撤退作業に入るぞよ。軒山のきやま君は薬品類の片付けをよろしく。薬品庫の鍵は先生にお願いして開けてもらって」

   「へい、了解です」

   「で、梁間はりま君は私と一緒にきてちょんだい。ああ、白衣はもう脱いでいいからね」

   「......?」

   「あの看板、私のようなか弱い美少女の細腕には少し重くて持てないの。だから看板持って一緒に来てね♡」

 なんで俺が、と普段なら言うところだが、日名川ひなかわ部長と二人きりになれる絶好のチャンスだ。......もちろん、模倣犯事件の話をできる機会という意味で。

   「はあ、仕方ないですね。ついて行けばいいんでしょう」

 重い腰を椅子から引っぺがしてのっそりと立ち上がり、実験室入口近くに立てかけてあった看板から化学部の名前が大きく書かれた画用紙を剥がして手に持った。


 確かに少し、重いかもしれない。


      ー 台高祭3日目 14:15 ー 1階 外 メインストリート


 日名川ひなかわ部長に連れられるようにしてやってきたのは、校舎の外だった。

 もうすぐ台高祭だいこうさいも終了の時間を迎えるとあって、制服姿の客がまだいるものののこれまででは考えられないほど人通りが減っていた。初日に倉橋くらはしと共に訪れたテニス部のフライドポテト屋もそろそろ店じまいを始めようかというような雰囲気になっている。

 そんなメインストリートを見渡せる日陰で、部長と俺と手持ち看板は適当な壁に背中を預けていた。珍しく部長も白衣を着ていないので、遠目には制服姿の男女が並んでいるように見えるだろう。

 石を3mほどの高さまで積み上げた特徴的なモニュメントが目の前にあり、その台座にかかる影はまだ短い。ちなみに台高生だいこうせいの男子がこのモニュメントを陰で「チンせき」と呼称しているのは有名な話で、校舎の駐輪場側にある、石を円形に配置したモニュメントにも対になる”別称”があるのだが、それはまたご想像にお任せしたい。

 やはり今日も暑い。汗でベタついた首や腕をぬるい風が撫でていく。

 通気の悪い実験室に比べれば、この場所は風が通るだけまだマシかもしれない。

   「......看板、同級生のとこに持っていかなくていいんですか」

   「いいんだよ。あれ、作り話だし」

 ......嘘だったのか。俺が何故、と聞くより早く、部長は口を開いて続けた。

   「梁間はりま君、なーんか私と話したそうにしてたからさ。なーにか私に言いたいことがあるんじゃなーいのかにゃ?」

 多分この時の俺は、文字通り目を丸くしていたに違いない。

 得意げに笑うその顔に、この人はどこまで見抜いているのかと俺は舌を巻いた。思うに、ここまでくればこれはもはやサトリの類ではあるまいか。

 この模倣犯事件についても既に犯人やら事件の裏側やらを全て知っていて、その上で俺を泳がせて遊んでいるのではないか。確証はないが、どこかでそう感じられてしまう。

   「......流石ですね、気付いてたんですか」

   「まあね〜!あれだけチラチラとヤらしい視線を向けられれば誰だって気づくわよん」

 ヤらしい視線なんぞ向けた覚えが無いので無視して話を進める。

   「......例の事件のことです。日名川ひなかわ部長に聞いておきたいことがいくつかあります」

   「ほう。まあ、話してみれ」

 部長はこちらを向いたまま、その微笑を崩さない。

   「まずひとつ目。今回の”怪盗事件”に参加している部活の中で、一年生が部長を務める部はありますか?」

 俺がそう言うと、その口角が少しだけつり上がった気がした。

   「いんや、今年は無いね。”同好会”とか”愛好会”とかなら確か、一年生が代表を務めるとこがいくつかあったはずだけど、”部”ではそれが無い。今の部長は全員二年生だ。ついでに言えば、同好会と愛好会は一般展示への正式な出展は認められていないね」

 なるほど。人の顔を覚えることに関しては日名川ひなかわあかりの右に出る者はいない。この情報は間違いないだろう。

   「ふたつ目。......”怪盗事件”で使用されていた例のメッセージカードの件です。あれは部長会議の場で実行委員長の水原みずはら氏から各部活に配られたんですよね?」

   「そうだね。今朝、梁間はりま君が水原みずはら君に話した推理通りさ」

   「その部長会議はいつの会議ですか?」

   「台高祭だいこうさい前日のやつだよ。カードを犯行現場に残すんだーってのは直前まで伏せられてて、私もあの会議の場で初めて知った」

 

 普段はおちゃらけた人だが、豊富な知識と確かな記憶力を持っているのでこういう時は頼りになる。日名川ひなかわ部長の発言は全面的に信用していいだろう。


 やはり、思っていた通りだ。間違いない。

 とすると、模倣犯の目的は恐らく......


 ......そこまで考え、口惜しいような、惻隠そくいんの情に駆られた。


   「少しだけ、分かったような気がします。ありがとうございます」

 日名川ひなかわ部長はフッと、優しく鼻を鳴らした。

   「礼に及ぶようなことは何もしとらんよ。......して、梁間はりま君はこれから、どうするんだい?」

   「とりあえずこいつを、部室棟に置いてきますよ。実験室に持って帰って、嘘だとバレたら面倒でしょう」

 そう言って俺は、壁に立てかけておいた手持ち看板を持ち上げてみせた。

   「そうかい......なら、後は頼んだよ。こっちのことはこっちで何とかしておくからさ」

 壁に預けていた体重をスッと前に戻し、右手をヒラヒラさせて「また後でね」と言い残すとそのまま南校舎の入口へと消えていった。化学実験室に戻ったのだろう。


 校舎の影の中で、俺と古びた看板だけが取り残された。俺が寄りかかっている壁には背中から伝わるほどの熱はほとんどなく、ひんやりとしている。確か、昨日の夕方もこんな感じだったなと苦笑した。

 人の姿がまばらになったメインストリートから視線を足元に落とし、少し考える。

 

 模倣犯の正体は分かった。

 犯行の動機も、おおよその検討はついている。

 失礼を承知で言わせてもらえば、”犯人”は少し、ほんの少しだけ、俺と似ている気がした。

 

 だからだろうか、柄にもなく話をしたいと思った。

 

 ”犯人”は性格的におそらく閉祭式には出ないだろうから、他の生徒が閉祭式で体育館に集まっている間に捕まえて接触してみよう。

 水原みずはら氏が俺の顔の前に垂らしていた報酬をみすみす逃すのは惜しい気もするが、こうなっては致し方が無い。

   「焼肉はまた今度かもなあ」

 そんな独り言も夏の終わりの風に吹かれてどこかに消え、俺はやや大きいその看板を脇に抱えるようにして持ち上げ、日の当たる暑い中を部室棟へ向かって歩き出した。

 

こんばんわ。ここまで読んでいただきありがとうございます!

年末年始の予定が無いことで有名な紀山康紀のりやま やすのりです。


はい、文化祭騒動編の6話目です。前回で終わると思いましたか?あとちょっとだけ続きます。

前回のお話で「怪盗事件」の真犯人は梁間が突き止めてくれましたが、今度はその「模倣犯」が出現してしまいました!

文化祭なんて面倒だとのたまっていた梁間ですが、結果的に校内をぐるぐる回らされています。

最初は倉橋。次は妹たち。その次は軒山......と、一緒に回るパートナーが次々と替わっていましたが、最後は日名川部長とバディーを組んで「模倣犯事件」の解決に奔走します!さてさてどうなることやら......


次のお話で文化祭騒動編が終わります。「模倣犯」の正体も明らかになります。

ここまでのお話の中に「模倣犯」の正体へと繋がる証拠やヒントがいくつも散らばっていますので、皆さんも是非推理してみてください!

台高祭のラストまで見届けていただけると幸いです。

皆様、最後までどうぞお付き合いくださいまし!

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