旅立ち
ある男が、世界を崩した。 そこから全てが始まった。
「この世界は空っぽだ。誰もが一人ぼっちだ。」
こんなことを口走るようになったのはいつからだろうか。
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「素晴らしい商品が出来上がりました!この商品で世界は必ず救われるでしょう!」
株式会社A&Tの最新機種発表会にて、社長の辻内は高らかにその「新たな商品」を発表した。彼が発表した「新たな商品」、それは「人型アンドロイド ミューズ」である。
「彼は絶対に口答えをしません!ただ黙々と仕事をこなしてくれます!彼は絶対にミスをしません!完璧なものをお客様に提供できます!彼は絶対に裏切りません!ロボットには感情がありませんからね!」
最後の言葉に会場が笑いで小さくどよめいた。
細かい説明の後、このプレゼンの最後に辻内はこう放った。
「私は、このアンドロイドで世界を変えたい。世界を救いたい。そして、私には私たちが開発したこのアンドロイドはそれが可能だという確信がある。私の、いや、私たちのこの奇跡の機械に少しでも期待をしている方は、是非とも体験してほしい。新しい世界の可能性を。」
会場は大喝采で包まれた。
全てはここから始まった。
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目覚ましのベルが鳴った。俺は目を覚まし、天井を見つめた。いつも通りの天井。いつも通りの朝日。何一つだって変わったことは無かった。俺はいつも通りテレビのリモコンを手に取って赤い電源ボタンを押す。いつも通りの爽やかな笑顔の女子アナが画面に映っていた。いつも通りのその番組は7時20分を告げて次のコーナーに向かおうとしていた。
「次のコーナーは今日はなんの日?です。」
笑顔のその人は言った。
「20年前の今日、世界的に大ヒットした人型アンドロイド、ミューズが発売されました!」
機械みたいに同じ笑顔の女子アナがはミューズについての説明をし始めた。ミューズには自動記憶装置が搭載されており、命令一つで最善の方法でその命令を遂行し、状況に応じて対応することが出来るアンドロイドであり、A&Tの技術力をフル動員して作成された初の人型ロボットである。その柔軟性と能力の高さから瞬く間に世界中で大ヒットした。発売から5ヵ月で数十年前の某企業の携帯端末の売上をはるかに凌ぐ、50兆ドルの売上を叩きただし、10年が経った今もなおA&Tは世界最大の多国籍企業として君臨している。
俺はそのミューズの特集に釘付け、とも言えないが朝の忙しさに支障が出ない程度に凝視していた。気づけば画面左上の時計には7:40と書いてあった。
「もうそろそろ行かなくちゃだな。」
そう呟いて、沢山の荷物を抱えて部屋を出た。すると長谷川さんが部屋の外で待っていた。
「利央、もう行くのか? もう少しここにいてもいいんだよ?」
いつも通りの優しい声で俺に話しかけてくれた。
「いいや、長谷川さん。俺は1人でも大丈夫です。だって俺もう25ですよ?第一、ここからだと病院遠いですし。」
そう言うと、長谷川さんは寂しそうな顔をしていた。
俺は生まれた時から一人ぼっちだった。というのも、赤ん坊の頃に親に捨てられたのだ。喜ばしいことに俺は孤児院の前に捨てられた。そして、そこの院長の長谷川さんに拾われた。そこからというもの長谷川さんには迷惑をかけ続けてしまった。ほとんど一人でいる俺に対し話しかけてくれたり、遊んでくれたりした。俺は育て親の長谷川さんに恩返しがしたくて医者になった。そして病院に務めることになった俺は孤児院を出るに至った。
「利明にはちゃんとお別れしたか?」
前田利明は同じ孤児院で育った唯一の友人だった。あいつも赤ん坊の頃に拾われた。だがあいつは俺とは対照的で、一人ぼっちではなかった。あいつの周りにはいつでも誰かがいた。しかし、何故かあいつはいつも一人でいる俺をいたく気に入った。俺は小さい頃から他人はあまり好きじゃなかったが、長谷川さんと利明だけは別だった。「ほとんど一人でいる」というのも利明と長谷川さんしか俺に近づいてこないからである。
「あいつは…利明は大丈夫です。あいつ、この時間に起こすと俺のことぶん殴ってくるんで。」
長谷川さんはクシャッと笑った。
ひとしきり笑ったあと、俺は顔を改めた。
「長谷川さん、25年間本当にありがとうございました。」
彼は少し言葉に詰まった。
「うん…寂しくなったらいつでも来てね。」
声は震えていた。
「それじゃあ、もう行きますね。」
彼は今にも泣き出しそうだった。孤児院を出る奴がいる時はいつでもこうだ。
「うん、またね。」
俺は玄関まで歩き、ドアノブに手を伸ばした。足が重いのも、ドアノブが硬いのも恐らく俺のせいじゃない。やたらと重いドアを開けると、気持ち悪いぐらいの日差しが孤児院の物悲しい玄関に差し込んだ。空は晴れ渡っていた。
まだ序盤の序盤で全然医者やってないしっていうところなんですけどここで一旦切ります笑
出来る限りどんどんアップしていこうと思うので暖かな目でご覧下さい。