第一話 〜決意〜
今日、俺は……
ーー高校生になりましたーー
内心ちょっと、いや、結構嬉しいかもしれない。
俺は陰風帝。先ほども言ったが、今日から高校生で、内心お花畑の状態で学校に向かっている最中だ。
俺の中学は県内でも有数の超規則の厳しい学校だった。週末には必ず頭髪と服装のチェックはされるし、有料娯楽場へは生徒だけでは行かないだとか。後者の方は小学生かよ。
まぁとにかく厳しかったわけだが、今回は、人生で一番と言ってもいい高校生活だ。しかも俺の受けた海城高校は、ここら辺ではあまり厳しくない方だ。それに、なんたって学校の近くには海があるのだ。まさに天国。
ただ、学校まで遠いのが玉に瑕。
とぼとぼと歩き続け、俺はこれから毎日のようにお世話になる駅へと足を運ぶ。
電車に乗り込むと、人はそこまでいなかった。というかほとんどいなかった。この辺りは結構田舎なのだ。
だが、少し向こうの方に一人、座っている少女がいた。普通の人だったら気にしなかったものの、その少女が身につけているのは、俺と同じ海城高校の制服だった。
それに……
「綺麗だ……」
俺は思わずそう小さくつぶやいてしまった。幸い気づかれてはいないものの、こんなことは初めてだった。俺は恋などをするような性格ではないのだ。正直そこが俺のコンプレックスでもあるのだが。俺はとにかくそういうことに鈍くて、人と付き合うのが面倒くさいとまで思えるほどに。
それもあって俺には友達が二人しかいない。まぁ俺はそこに関してどうこう思うことはないのだが。
「あ……」
俺は少し彼女をガン見していたら、誤って目があってしまった。そして俺は瞬間的に目をそらす。
とても気不味い。
なんか変な風に思われてないといいのだが。
そんなこんなで目的の駅、海ヶ丘駅に到着する。
俺はすっと立ち上がり、開いたドアから足早に歩み寄ると、すぐに改札口へと行った。一刻も早くあの人と一緒にいたくなかったからだ。あんな空気の中いたらいつか窒息死してしまう。
駅を出ると、電車から出た時も若干したが、海の塩の匂いがとてもする。俺はこの匂いが好きだ。多分寝っ転がったら寝てしまいそうだ。これは変だろうか。
幸い駅から学校まではそこまで遠くはなく、徒歩で十分もあればたどり着く。
言ったとおりほぼ十分でたどり着く。校舎は別に変わったところもなく、とても普通だった。この高校は一学年二百人前後のちょっと少なめの高校で、校舎も二棟までで、部室棟と校庭がひとつくらいだ。
歩いていると、道に立っている人からプリントを渡された。クラス割のようだった。
見たところ、クラスはAからEの五クラスで、一クラス四十人とくらいだった。ちなみに俺はDクラスと、なんか若干微妙な感じだったが、問題はクラスメイトの方だ。
俺はさっさと自分のクラスへと向かった。
一年は一棟の一階で、D組は下駄箱を右に曲がってまっすぐ行くとAからCを抜かしたところにあった。
俺は嫌々その教室に入る。
中はごく普通だった。ここら辺の中学からきた人はもう知り合いがいるので、みんな自分達のグループでわいわいガヤガヤ話していたが、俺はこの周辺なんて全くの無知だ。知り合いなんて以ての外。話せる人などいるはずがなかった。
ただ、席は窓側の一番後ろとなった。この高校はちょっと異常で、出席番号が早い方は廊下側から座っていくというよく分からないシステムだ。ここら辺では普通なのだろうか。俺の中学は普通窓側からだったんだが。
まぁなにあれ窓側の一番後ろというベストポジションを獲得できたのは幸いだった。
よっこらと、俺は椅子に座る。椅子はやはり木と鉄パイプのおなじみの椅子だった。カバンから荷物を取り出し机の中にしまい込む。
「………」
することのなくなった俺は、首にかけていたヘッドホンを耳に装着する。それからポケットの中や入れておいたウォークメンをを操作して音楽を流す。曲は俺の好きなロック系のものだ。数少ない親友からは、性格と趣味が合っていないとよく言われたものだ。別にいいじゃないか。見た目で判断しないでいただきたい。
そして、数分時間が経過すると、担任らしき先生が教室に降臨した。
「は〜い。海城高校へようこそ。早速ですが、今から入学式ですので、送れないようにしてくださいね」
早速すぎるだろ。もうちょい何かあるだろ。と心の中で思いながら、俺はたったかと準備をすませて体育館へと向かった。
***
何事もなく式も終わり、その後もすぐに授業もないので下校となった。
早く帰っても暇なので、俺は少し寄り道をすることにした。とは言っても、少し海を見に行くだけだ。なぜかというと、正直俺にも分からない。なんとなく行きたくなったのだ。
海はそこまで遠くはなかった。
海には人は全くいなくて、いるのは俺一人だけだった。俺は砂浜のその側の石段に座り込むと、海を眺めた。
いい景色だった。
俺の家の周辺にはこんなものはなかった。とても新鮮で、心地よかった。塩の香り。吹き来る風に音を立てる波。心の中が安らいだ。
俺が今悩んでいる悩みもスッキリしそうだった。
が、それはただの現実逃避で、実際はスッキリなんてするはずがなかった。それで、俺が今抱えている悩みとは、部活なのである。この学校はとてもいい。とてもいいのだが、生徒は必ず部活に入るという決まりがあるのだ。
俺は中学の頃は部活などには全く行っていなかった。理由は、ただ面倒くさいからである。
しばらくボーッとしていると、もう日が沈みかけていた。俺は重い腰をよっこいせと持ち上げ立ち上がる。
「はぁ……」
一体どうしたものか。
部活には入って行かないという方法は校則に引っかかるから無理だ。だから三年間ずっと続けれる部活にしなければならないのだ。
俺は駅に着くと、すぐ来た電車に乗り込む。寄り道したおかげで朝の子とばったりということはなかった。それだけが唯一嬉しいことだった。
家に着くと、特に何もすることがなかったので自室へと直行する。
俺の部屋は大体五畳ほどの広さだ。まぁそこに机やらベッドやらが置いてあるのでそこまで広くは感じない。
「あぁもう……」
俺はベッドに倒れこむと、頭をかき回した。
翌日。
俺は昨日と同じく七時に起きると、リビングへと向かった。リビングには朝飯を作っている母さんと、机に座ってニュースを見る妹の風花がいた。
俺は妹の正面に座り、へたれ込んだ。入部期間は二週間。あと十三日あるが、きっと嵐のようにすぎていくと思うとどうしても気が楽にならない。
「どうしたのお兄」
心優しい風花はそんな俺に気遣ってくれた。
「え?あぁ大丈夫。心配してくれてありがとうな。風花」
妹を褒めてやると、風花は嬉しそうに照れていた。それを見ているととても癒される。
「お兄友達できた?」
「俺の性格知ってんだろ?できるわけねぇだろ」
俺はあまり人付き合いは得意ではない。特に知らない人と喋るとどう接しればいいか分からなくなってしまう。
唯一友達の奴らは俺と気が合って、なんだかんだあって仲良くなった。
しばらくしたら、母さんが朝食ができたと言うので、取りに行った。
俺は朝食を一気に口にかき込むと、学校の準備を済ませた。
「んじゃ行ってくる」
「いってらっしゃぁい」
「気をつけてねぇ」
母さんと風花の見送りをもらって、俺は昨日と同じく駅へと向かった。
俺はカバンから本を取り出すと、栞の挟んであるページを開き読み始めた。
読んでいる本は心理戦を題材にした本で、読者側も頭を使えてとても面白い本だ。
読んでいると、あっという間に駅に到着した。しかし電車が来るまでに少し時間があった。
「……あ」
周りを見渡すと、偶然そこには昨日の少女がいた。あっち側は気づいていないが、少し目線がいってしまう。
俺は気を紛らわすため本へと視線を戻す。
しばらくしたら電車はやってきた。昨日の同じようにならないよう、俺は彼女と車両を一つずらして乗ることにした。
駅を出て、学校に向かうと、そこには見慣れた顔があった。
「よう影郎。久しぶり」
「初日に欠席とかなんだよお前」
俺のことを影郎と呼ぶこの男は、俺の唯一の友達の一人、安藤咲夜だ。因みになぜ俺のことを陽炎ならぬ影郎と呼んでいるのかというと、理由は簡単で、影が薄い男(郎)だからだ。
「で、不登校のお前がなんで今日に限ってやってきたんだ?」
実のことを言うと、安藤は相当の引きこもりなのだ。別に学校が嫌だというわけではない。ただ家で遊びたいだけだというのだ。その引きこもりの安藤が投稿するとは珍しいと、俺は今こいつに聞いているのだ。
「ん〜…。実はさぁ。俺もそろそろ引きこもり卒業しようと思ってさぁ。この学校部活参加率Cだと退学だしさ。まぁそれ以前に授業参加しないと留年になるし」
確かに。と俺は納得する。
「で、影郎は決めたのか?部活」
「それがさぁ。全くなーー」
「あ、あれは!」
俺の言葉を遮り、安藤は声を上げる。
何事かと俺も安藤の視線を追うと、そこには駅でよくあう彼女がいた。
「清水沙奈先輩じゃないですか!」
「お前あの人知ってんの?」
俺は頭にポンと浮かんだ疑問を安藤にぶつける。
「お前は知らないのか?あの有名人を。清水先輩はこの学校で一番可愛いと評判の女子なんだよ。そんで、あまり人前では喋らないクールなところもいいんだよ!」
いい忘れてたが、こいつはなかなかのオタクで、こういう女に対してのことには結構うるさいのだ。
「でもなんで知ってんだ?お前学校に来てねぇのに」
「まぁちょっとした情報網だよ」
いったいなんの情報網なのか知らないが、便利なものだ。正直俺もあの人のことについて知りたいと思っていたのだ。
「ちょっと詳しく聞かせてくれないか?」
そう言うと、安藤は一気に目を見開いた。
「ま、さか……。あの影郎が女子に興味を持つなんて……あり得ない。明日は雨だな」
「おいおい。さすがに傷つくなぁ……確かに自分でもそっち系は鈍い方だと自覚してるけどさぁ、俺だって女子にくらい興味持つよ。一応男なんだから」
俺は中学卒業までずっと安藤と話すか本を読むかの二択で、他の生徒、ましてや女子となんて全く付き合いがない。そんな俺が清水のことについて教えてくれと言ったら確かにビックリするだろうが、さすがにさっきの言い方は傷ついてしまう。
「んっとなぁ……教えてくれと言われてもさぁ。俺が知ってんのは今の情報くらいなんだ」
「そ、そうだよな」
「でも、部活なら知ってるぜ」
「部活?」
それは少し興味があった。なんの部活に入るか悩んでいたところだ。
「なんかゲームする部活らしいぜ。確かFPSだっけ?」
「え、エフ、ピー?」
「FPS。FirstPersonShootingの略で、アメリカ生まれのシューティングゲームだよ。独特の一人称視点の戦争ゲームで、その人気さからプロまであるんだ」
「へぇ……」
正直ゲームなんてやったことないからよくわからない。ただプロまであるシューティングゲームということは分かったが、一人称視点とはどういうことか全く分からなかった。
よさそうな部活だったら入ろうかと思ったが、無知の部活じゃあしょうがないので他の部活にするしかなさそうだ。
「おっと、俺教室ここだから」
Aクラスの安藤とはここで別れることとなった。
「おう。じゃあまた」
安藤と別れると、俺は自分の教室へと向かった。
今日から授業が始まり、なんとも大変な一日だった。まだ一日は終わっていないのだが、今日は疲れて早く帰りたい気分だった。
清水沙奈。
『あまり人前では喋らないクールなところもいいんだよ!』
人前では喋らないという面に関してだけはとても自分と気が合いそうだと思った。
俺はポケットからケータイを取り出すと、安藤の携帯番号を打ち込む。
「もしもし安藤?一緒に帰ろうぜ。うん……うん……分かった。校門前な。待ってるわ」
こうして、俺は安藤と帰ることにした。
校門へととぼとぼ歩いていると、俺の視線にある人物が写った。
「あ」
よく会うなぁと思いながら俺は清水先輩を見つめた。しかし、彼女の様子が少し変だった。
周囲を警戒して左右を確認すると、少し奥にあった路地に入っていった。
なんだと思い、俺は少しその路地が見えるところまで移動する。
するとそこには、清水先輩がカバンからPSPを取り出してゲームをしている姿があった。
少し衝撃的だったが、そんな思いもすぐに消える。周りから可愛いだの言われると人前ではゲームなどやれなくなるのも無理はない。なにせ人前では喋らないクールキャラみたいなことを言われているのだ。俺だったら堂々とやってしまいそうだが。
そして、俺の視線の先には、もう一つ、目を疑うものが写り込んでいた。
「え…」
そこにいたのは、五人くらいの女子グループで、中心人物らしき人の手には、携帯が持たれていた。持っているだけなら別にどうでもいいのだが、明らかにあれは清水先輩を撮ろうとしていると、俺は直感した。中には暇なやつもいるもんだよな。
「ねぇちょっといっつもあいつしゃしゃってね?マジうぜぇわぁ」
「分かる。人気があるからって絶対気取ってるわ」
そこで喋っていたのは、三年の女子グループだ。それも相当ぐれているグループで、なかなか手を出す人はいない。そんな彼女等は、男子に人気のある彼女、清水沙奈に嫉妬しているのだろう。
グループの中心人物、一条晴は、手に持ったケータイを清水に向けた。
「これ流せば結構ヤバくね?」
「クールキャラと思いきやただのオタワロスってか」
そういいながら、彼女たちは笑ほうけていた。
「んじゃ、はい、チー…」
一条は清水にピントを合わせ、シャッターをきった。
「ズ!………て、あれ?」
しかし、そこに写っていたのは、全く違う人物だった。
「誰こいつ……」
首にヘッドホンを掛け、右手には本を持っている少年がこちらに向かってピースのポーズを決めていた。
「うわー誰?キモ…!」
「ヘッドホンとかマジオタクだわ〜」
「趣味悪りぃな」
俺はとても不愉快だったが、別に後悔はしていない。人を助けたという事実は変わらないのだから。
「お前も周りには気をつけた方がいいんじゃねぇのか?」
清水に俺はそう告げると、ヘッドホンをかける。本を開いて読みながら歩き始めると、後ろから肩を叩かれた。
振り向くと、そこには清水が立っていた。顔は少し赤くなっており、昨日の目があった時と同じ顔をしている。
彼女はもじもじと照れ臭そうにしながら、振り絞った言葉を口にした。
「あ……ありが…とう……」
彼女は俺に向かってそう言うと、足早にその場を去って行った。
なんて清々しい気分なんだ。と、さっさと校門に向かった。
「あれ、影郎少し遅かったね」
「ちょっとあってな。まぁもう帰ろうぜ」
「そだな」
安藤へ事情を説明すると、さっさと家へと向かった。もちろん清水先輩のことは伏せておくことにした。あとで安藤にいちいち言われるのも嫌だったからだ。
「安藤……」
「ん?」
俺は安藤に告げた。
「FPSってやつする部活、入ることにした」
安藤は少しびっくりした顔をしていたが、すぐに笑みを見せ、「俺も付き合うぜ」と、俺と一緒にのってくれることになった。
FPSなんてものは本当に初めて今日聞いたばかりで、全く分からない。でも、それは安藤から聞けばいいことだ。
でも、なんでここまで俺があの部活に入ろうと思ったかというと、正直何も言えない。自分でも分からないからだ。
空はもう日が落ちて来ている。駅について安藤と別れると、俺は電車に乗り込む。
ひょっとしたら俺は、あの清水という先輩に、
特別な感情を抱いているのかもしれない。