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ビタースイーツな関係


ほろ苦い思い出って、誰にでもありますよね。

私にもあります。

こんな仕事をしていると、色々な話を聞きますからね。


楽しい話に悲しい話。嬉しい話やつまらない話。

人間千差万別とは言いますが、似通った話でも必ず違う。


そしてね、出会いやすいんですよ。

人が死んでいる現場に。

この仕事、訪問介護をしているとね……

孤独死や家族がいない時間帯の訪問、それに訪問中に容体が急変して……とかね。


えぇ、そりゃもう様々……


どれもが忘れられない話なんですけど、特に印象深かった話がありましてね。


ある老夫婦の家へヘルパーに入ったんですが、仲良いふたりでね。

いつも笑顔で迎えてくれるんです。


ご主人が要介護レベルでほぼ寝たきり。

ヘルパーが入る時には、大概がオムツ交換や更衣なんですが、他の御宅なら、介護中は誰も口をきかないんですよ。

むしろその場にいないんですが……


このふたりは介護中でも喋ってる!


それも、


「あんたの介護は疲れるわ」

「仕方ないだろ、動けないんだから」

「じゃぁ、動けるようになりなさいよ」

「それが出来たら苦労せん」

「まるででっかい赤ちゃんだわぃ」

「お前に食わしてもらう飯は、とても美味しいよ」

「そりゃ、食べさせてもるえるからよ。たまには私に食べさせて」

「面目ない……」

「でも、好きになったんだから仕方ないね」

「……苦い事言うなよな」


って漫才見てるみたいで楽しいんですよ!

いつもこんな調子! ついつい笑っちゃう!

だから、ここのお宅は人気があったんですよ!

行けば腹が捩れるくらい笑えるから、皆が行きたいって!


笑うっていいですよねぇ、でも凄い事なんですよ。

きっといつもそうでも無いだろうし……


そうそう、何でバレンタインデーの前にこんな事話すかと言うと……


ある日、奥さんが言ったんですよ。


「バレンタインデーって好きな人にチョコか何かをあげるんだろ」


って。


その時、ご主人は酸素に経管栄養。Drは終末期だから覚悟をしておいてくれって言われたばかり。

目もすっかり閉じてまるで眠っているみたい。


でも私達が話している事は聞こえているのかな? 時々頷くように顎を引くんですよ。


だから、奥さんが「まだ生きてるうちに」って思ったんでしょうね。

ヘルパーにお金渡して、チョコを買って来てくれって、言うんですよ。


でも規則があってね。サービス以外の事は原則禁止なんです。だから、私のとこに電話してきて、「買って来ていいですか?」って。


だから私、オッケーしました。もう少しの命なら、奥さんの願い。どんなに小さくても叶えて上げたい。

ヘルパーはすぐに行きましたよ。


それで奥さんに渡したらありがとうありがとうって涙流して喜んだって。


「あんた、私初めて渡すよ。初めてのバレンタインチョコ、あんたにやるんだよ。ちょっとは感謝しなさいよ」


って枕元で話し掛けてたそうですよー。

ご主人にとってはほろ苦いチョコ。奥さんにとっては、苦い事言いつつも、愛情たっぷりの甘いチョコのつもりだったのかもしれない。


それがね、最後だった。


次の日、ヘルパーが様子を見に行ったらね。

枕元で奥さんがご主人の手を握って眠っていた。


ご主人の枕元には奥さんのバレンタインチョコ。

ヘルパーは奥さんに「朝ですよ」って肩を揺すったんだけど、ピクリとも動かなくて。


よく見たら、二人とも顔から血の気が引いていて、息をしていなかった。

どうやら奥さんはご主人の頭に自分の頭を寄せて、寄り添うようにして息を引き取っていたみたい。

ご主人もうっすら笑顔を浮かべていてね。

二人とも幸せそうな顔をしていたんだって。


ヘルパーびっくりしちゃってね、私に電話が来たから、私も急いで駆け付けたんだけど……


二人の顔がすごく綺麗だった。

きっと、仲良く天国に行けたんだろうね。

奥さん、生前から一緒に逝きたいって行ってたから。


神様が最後のお願いを聞いてくれたのかも。その贈り物に、バレンタインチョコだったのかな?

ほろ苦い味なんだけど、甘い甘いチョコ。


二人の命日がちょうど2月14日。


二人には子供さんがいなかったから、近くのお寺に無縁仏で引き取られたんだけど、うちのヘルパー達はバレンタインデーには必ずチョコを持って行くんです。


「ホワイトデーは、二人で会いに来てくれるかも!」


なんて言いながらね。


あれ? ほろ苦い話を聞かせてって言われたのに、何か甘い話になっちゃいましたね。


今年持って行くチョコは、少し苦味のあるチョコにしようかな?


その時にはどうぞ、一緒にいらして下さいね。

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