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囚われ人


「また?」


 血まみれの部屋を見渡して、男は冷たく笑った。


「いつになったら君はわかるんだろうね」


 男の持っていた杖から青白い光が噴き出し、床に倒れた女にまとわりつく。

 女に魔法をかけながら、男は甘い声で囁いた。


「俺の隣以外のどんな場所も、もう君を受け入れはしない」

 ーーーーたとえ、死の世界でさえも。


 女の真っ青な唇がひくり、とわななく。

 それを楽しげな瞳で見詰め、男はその唇に自分のそれを重ねた。









 **************



 苦しい。



 頭の中でその文字だけが瞬いて、今回は結構ケントを怒らせてしまったようだ、とミカは思った。

 前回首を吊って死んだ時にはここまでではなかったはず。だとしたらやはり、血がたくさん流れたのが嫌だったのかもしれない。リストカットした上でお湯に浸したのだから当然か。……そんなことを上手く働かない頭で考える。

 いよいよ苦しくなってもがき、シーツをつかんだミカの手は、すぐに何者かの手によって引き離されてしっかりと握り込まれた。

 重たい瞼をなんとか上げれば、至近距離にケントの整った顔。息苦しさの原因はやっぱりいつもと同じだった。

 男の腕にしっかりと拘束された体をなんとかよじり、長いこと塞がれたままだった唇をなんとか解放した。


「起きたのか」


 囁かれる声にミカは小さくうなづく。


「なんで、また死のうとした」


 今度は口を開かず、ただ緩く頭を振ることで答えた。

 ケントの苛立った声を、ミカは瞳を伏せてただ待つ。


「お前の望み通りの生活だったはずだ。前の日までずっと楽しそうにしてたじゃないか。それなのに、どうしてーー」

 ーーーーどうして、俺から逃げようとする?


 やっぱり沈黙を返す。

 それにまたケントが傷付いていることくらい、ミカは知っている。けれど言うつもりは一切ない。

 だからミカはただ、抱き締めてくるケントをただ受け入れた。


「ミカも知っているだろう。もう俺にはそんなに魔力がない。俺がお前を生き返らせることが出来るのも、あと数回だ。

 なあミカ、もう諦めてくれないか。俺からは逃げられないことくらい、もうわかっただろう? 魔力のない、俺に逆らう力のないミカには逃げ出すことも死ぬことも許されていないんだ」


 ミカを包むケントの腕にまた力がこもる。

 額をミカの首筋に押し当てて、ケントは苦しげに囁いた。


「いつになればお前は諦める? 諦めて、俺のものになってくれる? このどうしようもない事実を認める?……この黒髪も、この手も足も、瞳も、瞳にうつるものも、全部全部、俺のものだと」



 骨が軋むほど抱き締められ、女は苦しさに喘ぐ。それを見つめて昏く笑んだ男は、その震える唇に今度は優しく口付けた。








 夜が迫る。

 お昼頃にミカが目を覚ましてから、ケントはかいがいしく世話をしていた。死から醒めた直後は乱暴になるが、その後はとても優しくなるのだ。今もミカをベッドで寝かせたまま、キッチンで二人分の夕食を作っている。

 それをじっと見つめながら、毛布にくるまって、ミカは思いを巡らせた。

 もし支度が出来たらミカを抱き上げ食卓へ運び、まるで餌を与えるかのように自らの手で一口一口ミカに食べさせるのだろう。

 そしてお風呂の世話をし、髪を乾かし、添い寝をし、ミカのために有給を使う。


 ーーーーケントの生活は、ミカを中心に回る。



 ケントが思っているように、ミカはケントを愛していない訳ではない。

 それどころかミカは、ケントの執着とでも言えそうなほど重い愛と同じか、それ以上のものを抱いていると思っている。

 ケントと同じように、ミカも相手を自分に縛り付けて自分以外見えなくして、二人だけで生きていたい。生活のためにケントが働くのは妥協せざるを得ないけれどーー別に二人で心中するのも悪くないとは思うがーー、それ以外のことでケントの心を揺らされたくない。


 だから魔力を持たないミカは、何度も何度も繰り返し死ぬ。ケントの瞳に自分しか映らないように、自分のことしか考えられなくするために。

 ケントが生き返らせてくれると信じているから怖くなんてない。それに、もし生き返らせないのならば、それほどミカを想わなくなっているのならば、生きている意味なんてないのだ。




 そして、もう一つ。


『もう俺にはそんなに魔力がない。俺がお前を生き返らせることが出来るのも、あと数回だ』


 そのケントの言葉の通り、ケントはもう少しで力を失う。当たり前だ。魔力が溜まる速さを計算した上で、それより頻繁にミカは死んでいるのだから。

 だからケントは最近、死ぬたびにひどく怒る。ミカを永遠に失うことを恐れているからだと知っているから、ケントが冷たい声で自分を詰るのを聞くたびに、ミカは幸せになる。


 そしてーーーーケントが力を失った時、ミカは絶対的優位に立つことができる。


『死んでも良いの?』


 その言葉一つで、ケントを縛ることができる。

 いつもの優しい彼を狂わせ、惑わせ、自分しか目に入らないようにできる。

 それ以前に、ミカが万が一死なないようにとケントは細心の注意を払うだろう。今のように監禁するだけではなく、鎖につなぐかもしれない。たくさんたくさんミカを愛して、自分から離れないようにするだろう。それがミカは楽しみで仕方ない。


 記念となる、『最後』の死に方は何にしようか。

 ああ、ケントの目の前で血をいっぱい吹き出して倒れてみようか。自分の血に染まった彼はとても綺麗なはずだ。


 いつかはわからないけれどそんなに遠くないはずのその日を夢見て、布団にくるまったミカはこっそりと微笑んだ。









 ああ、しあわせ。


 そう呟いたのは、捕らえた人か、囚われた人かーーーーはたまた、両方か。






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