大嫌い
「ヒーにぃなんて大嫌い!」
本当は大好きなのに、そんな言葉を投げつけてしまう。
フィルドお兄ちゃんはそんな私に対し、困ったように笑みを浮かべるだけ。
それが気に食わなくて、癇癪をどうにも抑えられない。
当たり散らすだけ当たり散らし、それでも決して怒ってくれないお兄ちゃん。
小さい頃からその関係は変わってなくて。
ううん、小さい頃は同じように癇癪を起こしてもまだありがとうもごめんなさいも言えたのに……
「ミミール。機嫌を直しておくれよ」
「ふんだ! 知らない」
こうしてきっかけを作ってくれているのに、自分で突っぱねちゃう。
大好きだからこそ、こんな行動をしちゃう自分になんて可愛くないんだろうってそう思うのに上手く行動できない。
最近グッと身長も伸びて目立つようになったお兄ちゃんは、それまで見向きもしなかった女の子達に囲まれるようになった。
そして、元々中身はとっても素敵だったから、常に女の子に囲まれるようになって――そう、ただのちっぽけな嫉妬だって分かっている。
お兄ちゃんは昔と変わらずずっと優しくしてくれるし、こんな面倒くさいだろう私の相手だって文句一つ言わない。
だからこそ、不安でたまらないの。
本当にちょっとした事ですぐヘソを曲げる相手が面倒じゃないわけないのに、ずっと傍に居てくれて。
他の男の子達と遊びたいだろうに、冷やかされてもなお私と遊んでくれる。
そんな相手に私が惚れない訳がないのに、つい先日好きな人が出来たって、相談に乗ってくれだなんて……酷いよぉ。
だけど、馬鹿な私は私に任せて! だなんて思ってもない事をまた言っちゃった。
その時何とも言えなさそうな顔をしてて、でも嘘だよとも言ってくれなくて。
それからも練習とか評してデートを何度かやったのだけど、それが私の為じゃないって思うとどんなに楽しくとも不機嫌になっちゃう。
一度不機嫌になってしまえば、もう後はどんどんネガティブな考えばかり浮かんできちゃって。
今日だって私から無理矢理引っ張り出したのに、こうして怒り出す始末。
でも、今日に関しては私は悪くない。
だって、お兄ちゃん私と話しているのに視線を外すんだもん。
しかも、その視線の先には可愛い洋服を着た女の子。
私だって頑張ってお洒落しているんだよ?
そりゃ、可愛いとよく言われちゃう私には少し背伸びしているかもだけど、皆は褒めてくれたのに。
お兄ちゃんだって褒めてくれたじゃない。
「私悪くないもん!」
「ミミール!」
色々考えてたらお兄ちゃんと一緒に居たくなくて、それでそんな事を言い放ってしまう。
驚いたお兄ちゃんの顔を見て、また自分が恥ずかしい事をしちゃったと気付いて。
だから、居た堪れなくてその場から逃げてしまった。
こう言う時素直に謝れたり、甘えたり出来ると良いのだろうけど、私には無理。
ごめんね、お兄ちゃん。私役に立ててないよ。
でも、私、お兄ちゃんを心から応援出来てない。
振られちゃえば良いのにって、どうしても思ってしまうの。
家に帰り自分の部屋にこもり、布団に包まると自然と涙が浮かんでしまう。
苦しいよ、お兄ちゃん。
そんな素直になれなかった私にバツが落ちたのか、お兄ちゃんは冒険者になる為に街に出るのを当日にお母さんから聞かされる。
しかも、お兄ちゃんが言わないでくれとお願いしたみたい。
何よそれ、好きな子はどうしたの? とか、何で幼馴染なのに話してくれなかったの? とか、好きだったのは私だけなの? とか。
聞きたい事は山のように出てきたのだけど、あまりにショックで、お兄ちゃんの顔も見たくなくて。
後で思いっきり後悔するのだけど、その日は結局お見送りをしなかった。
そして一年が経ち、お兄ちゃんの居ない一年が経った。
なんか無駄に色んな男の子に話しかけられるようになったのだけど、全然嬉しくない。
私はお兄ちゃんと話したいんだから。
更に一年が経ち、来年には村を出て行った時のお兄ちゃんと同じ歳になっちゃう。
すると、やたらと色んな男の人から求婚されるようになった。
周りの女の子も既に吟味し終わった子は多いみたい。
でも、私はどうしてもお兄ちゃんを諦められなくて、全てお断りをさせて頂いた。
とうとうお兄ちゃんと同じ歳になって、でも私はそれでも誰の求婚も受け入れなかった。
村の他の女の子達は皆結婚しちゃってて、お父さんもお母さんも多分肩身が狭かったと思う。
それでも、私の好きにしなさいって、そう言ってくれて。
それは私が成人の日を迎えた日ですら言ってくれて、やっと素直にお兄ちゃんのお嫁さんになりたいって、そう泣きながら口に出来た。
そんな私を見て、妙に挙動不審になった両親だけど。
そりゃいきなり村を出て行った隣の家の三男坊を好きだと言って泣かれたら、驚きもするよね。
大丈夫だから安心しなさいって言ってくれたのだけど、私の泣き顔はよほど酷かったみたい。
お兄ちゃんに見られなくて良かったとつい思っちゃったのは、きっと乙女心の所為。
そして、次の日お兄ちゃんの家族の皆が喪服姿になっていた。
外に出た身内が亡くなったって……聞いた瞬間目の前が真っ暗になって部屋に引きこもってしまった。
もうすぐおめでたい日だったのにとか言ってたけど、全然聞く気になれなくて。
と言うか、お兄ちゃんが死んだのにおめでたい日とか、もう来る訳ない。
お父さんとお母さんどころか、お兄ちゃんのご両親も入れ替わり私の部屋の前に来てくれたのだけど、とても出て行く気にはなれなかった。
時間の感覚もなくなり、それでも涙が枯れず感情の整理も付かず。
それこそこのまま死んでしまえばいいと思っていたら、力強く扉をノックされる。
「誰? お願いだから一人にして」
「嫌だね! 俺が何の為に村を出たと思ってんだ」
聞き間違える訳がない、お兄ちゃんの声だ。
でも、何で?
「おい、開けろよミミール。
やっとお前を迎える準備が出来たんだ。
泣いて嫌がろうがもう逃がさないぞ」
初めて聞く強気な口調に、ついに幻聴が聞こえるようになったのかと思う。
それでもいい、私はお兄ちゃんに会いたい。
お兄ちゃんの姿が……見たい。
その思いから扉へ近づき――こうとして、弱りきっていた為一度へたり込んでしまう。
ほんの僅かなこの距離がこんなにもどかしいなんて。
「お兄ちゃん、今行くから待ってて」
ああ、もしかしたら私は死んじゃったのかも?
あんなに苦しかったのに、力は出ないけど苦しくないもん。
そのまま這いずって何とか扉の前まで行き、立て付けの棒を外して渾身の力で扉を開ける。
すると、そこには逞しい大人の男性の姿が。
ああ、でもお兄ちゃんの面影が見える。ああ、お兄ちゃんだ!
「お兄ちゃん、大好き!」
やっと口から素直に言葉が出てくれた。
もう遅いのに……でも、本当にやっと言えた。
その瞬間喜びが湧いてくるのだけど、お兄ちゃんは苦虫を噛み潰したかのような表情になっちゃう。
なんで? どうして?
幻覚のお兄ちゃんは私を嫌ってるの?
「あーもー、俺から言うつもりだったのに。
って、好きなのは俺だけじゃなかったのかよ?」
「違うもん、負けらずっと好きだもん!
お兄ちゃんこそ好きな人はどうなったの?」
ついついそんな言葉が飛び出るけど、懐かしいやり取りに再び嬉しさが込み上げてくる。
ああ、お兄ちゃんと今話せてるうぃ!?
えええ、なんで私抱きしめられてるの?
「ええい、僕が鈍感だった所為で気付かなかったんだよ。悪かったな!
ようやく邪魔な女どもが寄ってくるようになって気付く位に」
「ええ、でも私とのデート中でもよそ見してたじゃない」
「うるさい! そんなもんミミールに着せたら似合うのにとか、着せたいなって思ってただけに決まってるじゃないか。
そもそも、街に出たのも冒険者になったのもお前を誰にも取られないようにする為だぞ」
「嘘だ!」
「嘘なもんか! だったら何でこうして俺がお前を抱きしめていると思うんだ?
ってか、素直になったのか変わってないのかどっちだよ。
俺はこんなに変わったって言うのに」
「変わってないもん! 確かにお兄ちゃんはそんな強い口調も使わなかったし、俺なんて言った事なかったけど。
でも、私に優しくしてくれるのは変わんないもん。
そして、私がお兄ちゃんを大好きなのも変わってないよ!」
感情がそのまま口に出るようになったのは良いのだけど、出過ぎ。
言い終えてから、自分がとんでもない事を口にした事に気付いて固まってしまう。
ところが、お兄ちゃんからは何の反応もない。
それが怖くて怖くて、でもどうしても想いを知りたくて顔色を伺えば真っ赤に染まっているお兄ちゃんが視界に飛び込んでくる。
「あーもー。お前も変わってないし変わった!
あん時より綺麗になって、しかも可愛くもなっているとか予想してなかったぞ。
もう我慢出来ない。すぐ挙式を開くぞ!
大丈夫、全部準備は出来ている、任せろ」
「えっえっ、ちょっと待って。
け、結婚?」
「嫌なのか?」
あまりの展開について行けなくて混乱気味の私だけど、そう聞かれたら反射で首を激しく横に振っちゃう。
すると、そのまま抱きかかえ上げられて、ぎゃっなんて可愛くない悲鳴が漏れてしまった。
お兄ちゃん酷い!
「でも、待って。それには問題があるよ!」
そう、とっても大切な問題があるよ!
どうするの、お兄ちゃん。
なんて思っていると、ハッとした表情を浮かべたお兄ちゃんにゆっくりと下ろしてもらう。
そのまま見つめ合って、先に私が言うつもりだったのに言葉が出て来ない。
じっと見つめ合っていると、とろけるような笑みを浮かべるお兄ちゃん。
どうしよう、胸が高鳴りすぎて死んじゃいそう。
「ミミール。愛している。結婚してくれ」
「嬉しい! でもお兄ちゃん。死んでるのにどうやって!?」
別に死後の世界に連れて行かれるとしても、お兄ちゃんとなら本望なんだけどね。
とか思っていたら、ポカンとした表情を浮かべるお兄ちゃん。
その後目をさ迷わせたと思うと、そう言う事だったのかと呟いて爆笑しだす。
えっと、私置いてきぼりだよ! いったい何?
「ったく、この思い込みの激しいやつめ。
折角決めたのに台無しじゃないか」
そう言って、ぐしゃぐしゃと頭を撫でまさわされる。
正直言って、痛い!
それに、その笑い方絶対馬鹿にしているでしょ!
もー!
「ヒーにぃなんて大嫌い!」