見せたい顔
「此処かぁ...」
緑川という表札。
とても広さがある屋敷。
だが、どんな家でも配達をしていた風花はインターホンなどついてない事が一目で分かる。
二回ほど扉をノックし、ギギッと音を立てて開く扉。
そこから見た風景は庭園の様に美しかった。
伊達に花屋で育っている訳ではない。
花が好きだからどんな花でも覚えてきた。
花言葉も知っている彼女はしっかりと腕にかかえた花を持ち玄関へと向かった。
「ごめんください。
ご注文のお花をお届けに参りました。」
なるべく大きく、でも控えめさがある声のトーンで響くように家の者を呼んだ。
「はい」
凛とした声、テノールで聞き取りやすくどこか安心する声。
現当主は女性だと聞いた。
そして、跡取りが居ることを知ってる彼女はここのご子息だと分かったのだろうか、姿勢をよくした。
「おはようございます。
花屋の四ノ宮です。」
「はい、ありがとうございます」
突然ふんわりとした声に変わり心の中で首をかしげた彼女は頭を上げると小さく声を漏らした。
自分の目の前にいる人物は同じ学校で部活の後輩でもある奏の姿。
たしか、名字は緑川。
「先輩、知らなかったでしょ?」
クスクスと笑うこの男は自分の反応を面白がっている。
「知らなかったよ...でも、なんでうちの華道部に入ったの?」
奏と風花は華道部の先輩と後輩。
華道なら家でやるではないか。という問いかけに奏は考える素振りをした。
「言えないような事なの?」
「微妙ですね。それより先輩、配達お疲れ様です。四ノ宮花屋の花は母が好きでね、生けるなら絶対なに四ノ宮だ、って言い張ってて」
話を反らすようにさっと花をもらい受けた。
いや、奪い取った。と言った方が適切だろう。
「ありがとう。またお願いします!」
「いえいえ。あ、先輩」
立ち去ろうとした彼女に奏は何かを企む笑みを一瞬向けたが瞬時に楽しそうな顔へと変えた。
「何?」
「俺が生ける花、見てください。見てほしいんです」
「いいけど、跡取りなら見てもらう相手沢山いるんじゃ...」
「居ますよ。でも、皆誉めるばかりでつまらないんです。先輩なら俺より才能あるんですから指摘してください」
「そうなんだ、私で良かったら相手になるよ!でも才能とか、言い過ぎだって。じゃぁ、お邪魔します」
彼女の楽しそうな顔を見て愛しい者を見つめる彼。
彼は彼女に惹かれている。
花の生け方でもあるが、彼女自身にも。
最初は純粋に。
花を魅せるのが好きな彼女にとって生け花はとても好きで高校の生け花展では何度も賞をとっていて、天才だと、囁かれる。
そんな彼女の花を見て虜になった一人でもあるのが奏だ。
華道家の出身でもない彼女の花を活かす生け方。
その生け方に惹かれた。
華道の道を進む者として、男として。
追い付ける様に、同じ部活に入って彼女のことを知る度に、彼女の1面を知ることに。
心が、惹かれた。
一人の女性を愛した。
四ノ宮風花という一人の女性を、緑川奏という彼が愛している女性。
だから、見て欲しかった。
憧れ、敬愛、それらの感情を言い訳にして。
もう一人の、後輩ではない男としての自分の姿を。