軽っ
その声と同時に、私から少し離れた地点。私と鏡アバターの位置と繋げて、丁度三角形にとなる位置に泡が湧き立ち、中から人影が現れる。
白い。
その姿を見た第一印象は、その一言に尽きた。
性別が判断し難い中性的な顔立ち。身体の方も起伏が少なく、ゆったりとした衣服もあいまって性別がわからない。
唯一女性らしい床にまで届きそうな髪は、まるで無重力の様に漂って翼の様に広がっていた。
それら全てが白い。
白い髪に白い瞳、纏っている衣服も白く、露出している肌も病的な白さをしている。
異常なまでの白さは、姿形は人のそれなのに、現れた人物を人ならざる雰囲気にしていた。
「初めまして、アインツと申します」
人の良さそうな笑みを浮かべて、アインツと言った人物は軽い会釈をした。
その見た目も然ることながら、人と思えない者から発せられる言葉に、私は言い得ない違和感を感じてしまい反応に固まる。
違和感の理由はおそらく、雰囲気が人間離れしているのに、口調や声質、表情の変化が人間味溢れているからだろう。
「すみません、何分NPCAIでは無いのでアバターが特殊なんです。違和感あると思いますが、気にしないでもらえるとありがたいです」
私が固まっていたを見て察したのか、アインツはそんな事を言ってきた。
NPCAIという言葉に、なんか私も察してしまった。
「もしかして、システム管理AI……とか?」
「あ、シキから聞いていましたか? 良かった、なら話ははやいですね!」
いえ、良くないです。そんなニコニコとした笑顔をしないでください。
何これ。チュートリアルでラスボス───いや、神様とエンカした。ゲームの管理AIだし、神様みたいなものだよね。
「えー……その、システム管理者? が一介のプレイヤーに会っていいんですか?」
「いえ、本当は接触するのは良くないのですが、シキがあんなに溺愛する妹さんがどんな方なのか興味ありまして」
私は今、猛烈に「お兄ちゃんテストで何してたのっ!?」と兄に問い詰めたい。運営側AIに興味持たれるとかどんだけよ。
「操作感覚の具合はどうですか? 何か違和感があったり、動きが鈍いとかありませんか?」
「え? い、いえ、特に問題はないです」
ニコニコとした笑顔から一転して、急に真剣な表情を浮かべて聞いてきた質問に面食らってしまう。
システム管理というだけあって、やっぱり気になる所なのだろうか。
「感度は強過ぎてたりは? 静電気の様なピリピリとした感じはありませんか?」
「だ、大丈夫です。初期設定も問題なくすみましたし」
「……そうですか、それは良かった」
アインツは安心した様に頷くと、再びニコニコとした笑顔を見せる。
一体何をしに来たんだろうこの人。初期設定に不備がないか、わざわざ確認しに来ただけとは思えないし。ただ話をしに来たのではなかろうな。
「そういえば、アバターの設定途中だったみたいですね。どうぞ私を気にせず進めてください」
「気にせずって……」
管理AI放っておいてアバター設定とか、神経図太くても無理でしょ。本当に何しに来たのよ、このAI。
思いきって聞いてみようかな。藪蛇にならないといいのだけど。
「えっと、アインツさんは何をしに来たんですか?」
「敬称はいりませんよ。口調も砕けて結構ですからね」
中々無理な注文をしてくれる。
「興味があったと言うのもありますが、本当は初期設定に不備がないか直接確認しに来ました」
その理由は、システム管理AIとしては普通の様に聞こえる。だけど、一介のプレイヤーに直接会ってまで確認する内容ではないと思う。
「納得してないみたいですね」
私が訝しげな表情をしていたのだろう、アインツは苦笑を浮かべていた。
「本当の理由が言えないなら、無理に聞きませんけど……」
正直気になる。気になるけど、踏み込んで余計なトラブルに巻き込まれるなら、そんなのごめんだ。
まぁ、今この状況も一つのトラブルなんですけど。
私の言葉に、アインツは首を横に振って笑う。
「いえ、口止めされてただけですから、気になると言うのなら言っちゃいますよ」
「軽っ」
口止めされてるのに言っちゃうんですか。喋ってはいけない事柄じゃないんですか。
「一応、先程の理由も本当ですよ?口止めされてるのはシキの事です」
「お兄ちゃ───シキの?」
「はい。先程シキからwisがありまして“これから妹がWAOを始めるから、問題無いか見てくれないか”と。それを受けて様子を見、アバター設定する様だったので接触を」
「……」
お兄ぃちゃぁん!?
何をしてんの!? 運営側AI相手にwisってなに!? おかしいでしょう!! なんで運営相手にwisが送れるんですか!? 受けた側も受けた側で、本当に来るとかどうなってるん!? しかも接触とか駄目でしょう!! システム管理の仕事どうした!?
「あぁ、私とシキはフレンド登録してますから」
「はいィ!? なんで!?」
「テストの時、運営者が投稿フォームでやり取りするのが面倒になりまして、AIの私なら、聞いた事をそのまま文字に変換出来るからと、登録許可をしたのです」
「そう言うのって、テスト終わったら消えると思うんだけど!?」
「はい。ですから正式に開始された時、改めて登録させてもらいました」
「いいの!? いいのそれ!? 問題起こらない!?」
「私はフィールドエリアには入れないので、GMコールと変わりない状態ですから大丈夫ですよ」
「専用GMコール持ちって時点で大丈夫じゃないと思います!!」
アインツの白さって、頭の中まで真っ白なんじゃなかろうか。
いいのか運営、こんなAI放っといて。実害は出てないみたいだけど、非常にヤバイと思う。
「これでわかっていただけたと思います」
「聞かなかった事にしたいんだけど...」
まだ始まってすらいないのに、特大イベントを見てしまった感。既にクタクタです。
「と言う訳ですから、設定を続けてどうぞ。わからない事があればお答えします」
「……」
システム管理をしているAIがヘルプに答えてくれる高対応ゲーム。何これ、すっごいね。
もうサッサと設定してここから逃げよう、そうしよう。
「シキと同じ白髪にするのですか?」
どうしよう。髪色の設定を弄ってたら、高性能ヘルプが勝手に疑問をポップしてきた。流石に無視する訳にはいかないか。それに、
「シキは銀髪って言ってたけど? 私も同じ銀髪にするつもり」
口調はもう気にしない事にした。さっきのやり取りで、なんかもうどうでも良くなった。
「シキは銀髪のつもりだったのですか」
「白髪なの?」
「プレイヤーから見れば充分銀髪と言えると思います。私の様なAIは設定で見ているので、白髪と認識してしまうんです」
「へぇ〜」
ふととある考えが思い浮かぶが、実行するか大いに悩む。何故ならそこな真っ白AIを頼るからだ。
アレに頼るのはチートだろう。公式チートとはいえ、他の人が利用できないものを使うのは躊躇う。でも直接強さに関係ある事じゃないし。ぐぬぬ。
「……ねぇ、シキの設定ってどんな感じ?」
「シキのですか? すこし失礼しますね」
アインツがそう断りをいれると、翼の様に広がっている髪が淡く光始める。
その光景に驚いていると、光は唐突に消えた。
「シキの設定はこのようですね」
言われて鏡アバターに視線を戻すと、髪色が先程より白くなっていた。
アインツに言われたからか、確かに白髪にも見えるけど、十分銀髪と言えるだろう。
「.........」
どうする! 銀髪の設定聞いちゃうか!? それ言っちゃうか!? 言ったらもう引き返せないぞ!?
「そして本来の銀髪はこの設定です」
ちょ。
「ちょ、待っ───」
慌てて振り返るが、止める間も無くアインツの髪が発光しだし、鏡アバターに視線を向けると髪色が変わっていた。
「これが銀髪設定です。見れば分かると思いますが、大分違うでしょう?」
うん、そうだね。凄く違う。凄くキラキラしてる。駄目、無理、皆ごめんね。この髪色みたら設定変えるなんてできないよ。
でも、どうやったか聞かれたら、ちゃんと答えられる様にアインツに聞こう。独り占めは良く無い。
ただのトラブルになりたくない為の保身なんですけどね!
アインツから説明を受け終わって、次の設定の髪型を弄り始める。
「私みたいにします?」
「そんな長いのは邪魔くさいよ」
「浮かせましょうか?」
「……結構です!!」
危ない危ない。一瞬、面白そうとか思ってしまった。と言うか、あの浮いてるのって設定できるものなのだろうか。
少々気にはなるものの、最初の予定通りセミロング程の長さに変更する。カールなどはせずにストレートだ。
後はリボンかなにか結わく物が欲しいのだけど、そういった装飾品はないみたい。一応装備品扱いなのだろうか。
サクサクと進めて次は目の色だ。
「シキは青でしたが、何色にするのですか?」
「緑!!」
キャラクタークリエイトがあるゲームをやるとき、目の色は全て緑で通している。
理由としては単純。オリンピックを観ていた時、海外の出場選手の緑眼が綺麗で見惚れたからだ。それ以来決まって緑にしている。
理由を問うたアインツに、私はそう説明した。
「なら、綺麗な翡翠色の設定にしますか?」
「駄目! 私の拘りだから自分で見つける!」
時間が掛かってしまったけど、納得できる設定にできたし、アインツも特に何も言わなかったけど決定した時頷いてくれた。
髪色と反応が違うといわれても、拘りってそういうものだと思う。
残り設定に大したものはない。
肌の色とかあるけど、アバターの肌は元々色白な設定だし、それに不満はない。
後はメイクといったアクセントだ。
刺青や傷痕など、とある病気の方が飛び付きそうなものや、まんまメイクなどがある。
これらは無くていいだろう。VRの肌にそんな粗はないし、メイクをする必要は無いだろう。
「メイク設定はしないのですか?」
「下手にやっても厚化粧っぽくなりそうだしね」
「メイクが苦手なのですか」
「……うん、ちょっと」
そんなこんなで、やっとアバターの設定が完了した。
予想外の乱入者のせいで、偉い時間が掛かった気がする。
「……お兄ちゃん大丈夫かな」
「シキにはwisをしておいたので、待ちぼうけにはなっていませんよ」
「そですか……」
本当に放っといていいのか、このAI。