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多くない?

 ついに待ったこの日。


 定期テストと言うボスを倒し、後は終業式と言う感動のエピローグを迎えれば、夏休みのエンディングが控えた日。


 待望のVRMMO、World Author Onlineを始める日。


 私は、両手で持っていたWAOのパッケージを掲げ、背中からベッドにダイブした。そしてそのまま掲げていたパッケージを抱き締め転がり回る。


「えへへへへ」


 表情がだらしなく崩れ、笑みを浮かべた口から堪らず笑い声が漏れる。


 私のテンションはうなぎ登りどころか、もう龍が天を登るが如しだ。何言ってんだかわからなくなってきたが、ともかくそれくらい舞い上がっていた。


「明来、先にINしてメルト───」


 世界の時が止まった。───気がした。


 流石に人に見られると、非常に恥ずかしく思う事をしていた私は、いきなり部屋に入ってきた兄に対して固まってしまう。対して兄は、少し驚いた様子だったけど、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「そこまで喜んで貰えると、あげた甲斐があるよ」

「本当ありがと!でもノックぐらいして!」


 手元にあった枕を投げつけるも、悠々とキャッチされてしまった。おのれ。


「ごめんごめん。INする前に聞きたくて、焦ってたよ。ほら」


 笑ながら謝る兄は、枕を投げ返さずに近づいて渡してきた。枕ぐらいなら、別に投げ返していいんだけどね。


「ありがと。でも本当にお金渡さなくていいの?」


 私の分のWAOを手に入れていたと聞いた後、価格を知った私は慌てて支払おうとしていた。だけど、何故か頑なに受け取ろうとしないのだ。冗談抜きに結構な値段なんだよ。


「いいんだよ。それは明来の分なんだから」

「私の分だから払わない理由にならないと思うのだけど……。お兄ちゃん、自分の分も買っててお金大丈夫なの?」

「ん? いや、買ってはいないよ?」

「へ?」


 この兄は突然何を言い出すのか。


「あー……言ってなかったね。通りで話がズレてる感じがしたんだ」

「懸賞か何かで当たったりでもしたの?」


 購入せずに手に入れるとなると、それくらいしか思いつかない。


「当たらずとも遠からずかな。テスターとして貢献した報酬で貰ったんだ」

「テスター!? テストあったの!?」


 定期テスト期間中、クローズド抽選落ちと自己暗示で乗り越えていたけど、本当にテストがあったなんて。参加したかった。


「10回ぐらいに分けてね」

「多くない?」


 βどころじゃない。多過ぎて、驚くより逆に呆れてしまった。


「ちゃんと全部参加して、疑問質問、不安不満、要望希望、バグ不具合を投稿してたからね」

「なんて意識の高いテスター」


 なるほど。そんなにしっかりテスターテスターしてたなら、報酬として貰える可能性は無くは無い。


 テストなのに体験版感覚な人が多く、テストにならない事が多々あると聞いた事がある。そうならない様に、ある程度の貢献をしたテスターには報酬があるとか。


 とはいえ、


「ゲーム本体をくれるなんで、相当な事したんだね」


 ゲームをそのままポンと貰えるなんて聞いた事がない。


 手に持つパッケージが兄の努力の賜物だとなると、こう、掲げるとなんだか神々しい物の様だ。


「あぁ、まさか二個も貰えるとは思わなかったよ」


 掲げてたパッケージ、落っことしそうになった。


「二個ぉ!?」


 普通こういうのって、お一人様一点とかじゃないんですかね。二個とかどういう事なんですか。というか、本当だとしても何したら二個も貰える事になるんですかね。


「スタッフの方からお兄さんも是非どうぞって、僕の分くれたんだよ」

「え、ちょっと待って、なんでお兄ちゃんの分がオマケっぽいの」

「そりゃ明来の為にテスターしてたからね。GMやスタッフ方達も分かってくれる人が多くてさ、システム管理AIともかなり仲良くなれたし、明来が好きそうな生産システムに出来たと思うよ。」

「……」


 言葉も無いです、お兄様。


 いや、普通、そんな一人の要望でシステムが変わるわけがないと思うのだけど、こうやって結果としてパッケージが手元にある訳で。

 しかも、スタッフの方達の反応からして、兄が私の為にテスターしてたの理解してるっぽいし。


「だからお金は気にしなくていいよ」

「お金払って終わりの方が気にならなかったよ...」


 GMはわかる。スタッフもわかる。システム管理AIってなんでしょうかね。ただのNPCのAIじゃないよね。お兄様、一人別ゲーしてませんか。

 そも、このゲームって精密情報管理AIがどうたらこうたらで出来たゲームだったような……おや? お兄様、主人公かなんかしてますね?


 なんでだか、手に持つパッケージの重量が増えた気がするよ。掲げるなんて事、重過ぎてとてもできそうにない。


 でもゲームプレイはやるんですけどね。やりますよそりゃ。


 心なしか動きが遅くなった手を動かし、パッケージを開封していく。


「先にインストールしてなかったんだ」

「うん。開けたら手を出しそだったし」


 インストールが長いから先にやりなと、兄からパッケージ自体は先に渡されていた。だけど開けたりなんてしたら、私は絶対に遊ぶ。だから今からインストールだ。


「大体どれくらい掛かった?」

「20分くらいだよ」

「わぁ、結構するね。容量大丈夫かな...」


 VRのマシナリーに手を伸ばして引き寄せ、プラグを差し込んでいく。


 事前に空き容量は作っておいたので、言う程心配は無かったりする。


「と、部屋に来た目的を忘れてた」

「そういえば何か言いかけてたね」


 インストールを始める為にマシナリーを操作している私は、兄に一度振り返り「何?」と先を促す。


「スタート地点のメルトレレスで待ち合わせしようかと思ってるんだけど、外見ってもう決めてる?」

「まだ決めてないよ。 あ、でも目は緑色」


 兄が名前ではなく、外見を聞いたのには理由がある。


 従来のネットゲームは、カーソルを合わせるなり注視するなりで相手の名前が表示されたが、WAOでは対応するスキルが無いと表示されない仕様となっている。例外として、設定した称号だけは他人にも見えるとの事。


 そんな仕様の為、相手を名指しする事が難しく、掲示板では有名プレイヤーに二つ名を付けるスレッドなんて建ってたりする。≪鷹の目≫とか≪白騎士≫とか≪放火魔≫とか。


 付けてもらいたいとは思わないけど、二つ名って楽しいよね。掲示板に二つ名ある人と仲良くなれたら、ずっと二つ名で呼んでやるって夢があるんだ。


「お兄ちゃんはどんな外見なの?」

「髪色は銀髪で髪型は特に弄ってないよ。体型も弄ってないからそのままだし。装備は金属鎧に剣と盾と良くあるからなぁ」

「それでも結構分かり易くはなるよ」


 髪色だけでは不安が残るけど、装備も含めれば大分絞り込む事が可能性だ。


「ちなみに名前は?」

「シキ。カタカナでシキにした」

「シキって」


 その捻りも何も無い名前に、私は思わず笑ってしまった。


「アキラでも別によかったんだけど、流石に本名を使うのはどうかと思ってさ」

「だからって、苗字の春夏秋冬(ひととせ)からシキは安直過ぎるよ」

「分かり易くていいと思うけどなぁ」


 PCとは違って生身に近いVRでは、それくらいの安易さのが、自分自身も認識し易くていいのかもしれない。


「じゃぁ、私も決めた。私は漢字で四季にする」

「僕の真似だし、読みが被りまくりじゃないか」

「ダメかー」


 笑ながら言う私に、兄は苦笑浮かべた。それも一瞬の事で、すぐに思案顔になる。


「んー、それじゃ、四季メグルとかは?四季は漢字でメグルがカタカナ。悪くない響きだと思うけど」

「また安直な...。てか思いっきり本名じゃん!」


 兄はネトゲに本名を付けたがる趣味でもあるのだろうか。


「いいと思うけどなぁ」

「響きは確かにいいと思うけど...」

「狙ってつけた様な名前だし、本名とは思われないと思うよ?」


 四季メグル。

 命名の由来としては、そのままの読み通り、“四季が巡る”から付けただろうとは思われそうだけど、実際本名だし躊躇う。


「名前を決める時に他に思いつかなったら、選択肢の一つと考えておくよ」


 結局、今決める事はしないで先延ばしする事にした。そんな慌ててつける物でもないしね。


「じゃぁ、外見もその場で決める?」

「ぁ、少なくとも黒髪にはしないよ。あと、折角だから結わけるぐらい長くする」


 あまり髪を伸ばせる状態じゃないので、ゲームの中ぐらい自由に髪を伸ばしてみたい。

 と言っても、うなじで結って、小さな房が出来る程度でいい。長過ぎたら長過ぎたで邪魔そうだしさ。


「髪色は決まってないの?」


 私は小さく唸り考える。

 黒髪にしないのは、リアルがバレない為の保険の様なもので、黒髪が嫌というわけじゃない。


 私はオフゲのVRゲームしかしてなかったから経験はないが、VRMOにて意外と多くの人が、リアバレして一悶着みたいな事があるのだ。

 私はそれが少し怖くて、黒髪を避ける。だからこれと言って希望の色はない。


「お兄ちゃんと同じ銀髪にしようかな」


 なので兄の髪色に乗っかる事にした。


「銀髪の長髪、それに緑眼ね。それだけわかれば、場所が場所だしわかるかな」


 兄が満足そうに頷くと同時に、ゲームのインストールが終了した事を知らせる音がなった。


 予測時間見てなかったけど、思ったより早く終わったんじゃなかろうか。


「終わったみたいだし、部屋に戻って先にINしておくよ」

「わかった。設定に時間掛かったらごめんね」


 私のマシナリーは特殊なので、設定に時間が掛かる恐れがある。その事は兄も分かっているらしく「気にしないでゆっくりやりな」と、笑顔を見せて部屋を出て行った。


 部屋に残されたのは私と、極小さな駆動音を放つVRM。そのVRMはゲームのインストールが終わり、使用者の接続を待っている状態だ。私にはそれが、異世界へと通じるワープゲートに見えた。


「よし」


 小さく深呼吸した後に意気込むと、私はVRMを被りプラグを接続していく。


 否応無しに高鳴っていく胸の鼓動。


 接続を完了させて、ゆっくりとベッドに横になる。そのときにチラリと時計を見ると、時刻は6時を過ぎたあたりを示していた。


 ゲーム内時間だと、夜明け前だろうか。


 身体から力を脱いて、ベッドに沈み込む感触を味わう。


 後は行くだけだ。


 今一度、深呼吸。


「Call,Start‼︎」


 私の冒険を、始めよう。

ルビってどうやってつけるんですかね?

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