読めないぞー?
案内の人が窓口から離れ、奥の方に行ってから数分も経たずに戻ってきた時、その手には束になった紙があった。
なんだろうと思いながら見ていると、戻ってきた案内の人が「どうぞ」と、それを差し出してきたので私は受け取る。
受け取って気付いたのだけど、紙束となってるのは二つあって、別けてみると言うほど枚数がある訳ではないみたいだ。
えーと……メルトレレス周辺の敵性生物!?
一つ目の紙束の1枚目には、少し太字ででかでかとそう書かれていた。
私は慌ててもう一枚の紙束に目を向ける。もう一束の1枚目には『メルトレレス周辺の採取物』と書かれていて、驚きに目を見開く。
「これって、メルトレレス周辺で出てくるモノの情報が書いてあるんですか!? いいんですか、これ!?」
「はい、その通りですよ。クエスト対象の情報を提供するのもギルドの勤めですから、お気になさらずに使ってください」
にこやかに言う案内の人に、私は思わず苦笑を浮かべてしまった。
欲しかった情報が手に入って図鑑を求める理由がなくなる所か、こういった情報はギルドで聞けば手に入る事が今回の事で判明した。
案内の人が言う様に、クエストを出しているギルドがその対象の情報を何も知らない訳がない。
情報を人から聞くというのはゲームでは割とお約束な事で、私は情報を得ようと図鑑の事を聞こうとしていたけど、まずは情報の事を聞くべきだった。
ちょっと先走ってたかな、と小さく反省をして、受け取った『メルトレレス周辺の採取物』の紙束を一枚めくる。
……んー? 読めないぞー?
いや、正確には名称は読める。しっかりと陽光草と書かれているのは読み取れた。その下には絵も描かれていて、それが陽光草だとも分かる。その下に書いてある説明文らしき部分が、ミミズの這ったような文字で読めない。
「あの……使わないと読めないと思いますよ」
「え? あ」
眉間に皺を寄せて紙と睨めっこしていた私は、案内の人の言い難そうな小さな声に一瞬呆けた顔を向け、言葉の意味に気付いて再び紙束に視線を落とす。
そして、指先で紙束を軽く突っつくと《使用すると図鑑に情報が乗ります。使用しますか? Y/N》といった内容が表示された。
ぁ、使うってそういう。
少し頬に熱を感じながら、私はYesを押した。
《【陽光草】の情報は既に素材図鑑に乗っています。》
《【毒葉草】の情報が素材図鑑に乗りました。メニュー欄にあるブックから確認できます。》
《【月光草】の情報が素材図鑑に乗りました。メニュー欄にあるブックから確認できます。》
おぉ、知らない採取物が二つある。
名前からもう毒ですと自己紹介してる物と、陽光草と対になってそうな物か。
続いて『メルトレレス周辺の敵性生物』をタップして使用する。
《【ホワイトラビット】の情報がモンスター図鑑に乗りました。メニュー欄にあるブックから確認できます。》
《【ボアレット】の情報がモンスター図鑑に乗りました。メニュー欄にあるブックから確認できます。》
《【逸れ狼】の情報がモンスター図鑑に乗りました。メニュー欄にあるブックから確認できます。》
《【ウルフ】の情報がモンスター図鑑に乗りました。メニュー欄にあるブックから確認できます。》
《【ウルフヘッド】の情報がモンスター図鑑に乗りました。メニュー欄にあるブックから確認できます。》
《【ナイトバット】の情報がモンスター図鑑に乗りました。メニュー欄にあるブックから確認できます。》
《【ベア】の情報がモンスター図鑑に乗りました。メニュー欄にあるブックから確認できます。》
上の三つは受けたクエストの名称そのままだから、どんなMobかはわかるかな。
ナイトバットはヴィーツさんが夜に沸くって言ってた奴で、ウルフの群れも夜だと平原で沸くけど、基本森に出るんだっけ。
ベアはまったく知らないけど、エリアボスがクマだし森の中のMobかな?
「どうもありがとうございました」
「いえ。ただ、ギルドが全て把握しているわけではありません。情報を信じきって注意散漫にならない様に気をつけてください」
二つの紙束を返すと、案内の人は真剣な表情を浮かべながらそう注意を促してくる。
これは……ギルドから手に入る情報以外にも何かあるって、暗に仄めかしてるってことなのかな。
そう考えた時、私はとある事にふと気付いた。
「あの、今の紙束の情報の中にランペイジベアの事がなかったんですけど、それはなんでです?」
エリアボスであるランペイジベアが、住人にも認識されて問題視されている事はハルバークさんにエクストラクエストを受けた時に確認できている。
なのにギルドが何も把握していないというのだろうか。ここまでしっかり情報制限がされていて、いきなりメタっぽくエリアボスだから情報がないなんて単純な理由ではない筈だ。
「それは、情報がすぐに古くなってしまい、正しい情報を提供できない為です」
「情報が古くなる?」
「はい。問題になっているので情報収集に努めてはいるのですが、件のランペイジベアは日に日に凶暴性が増し、強く賢くなっていて情報が追いついていないのです」
それって……
「成長してる……ってこと、ですか?」
「恐らくは。とはいえ、生き物がこのような速度で成長するとは思えません。しているとしても、その理由が判明しない限り正しい情報は得られないとギルドは考えています。ですので、正しい情報を提供するには、ランペイジベアを討伐してその死骸を調査してからになると思います」
「……」
言っている事を完結にメタっぽくしてしまうと、つまりは「エリアボスは倒されてからじゃないと情報提示されないよ」って事だけど……なんだろ、なんか、言い回しが引っかかる。
ダーツさんがエリアボスに挑戦するのは今度の日曜日。冒険譚にはかなり用意周到な様子が伺えたけど……やめよ、なんか考えるとフラグになりそうだし。後で冒険譚に気をつける様に追加で書き込みしておけばいいや。
「じゃぁ、ランペイジベアが討伐されたって話を聞いたら、また来ますね。情報ありがとうございました」
「その時はしっかり用意をしてお待ちしております」
お互いに笑顔で言葉を交わして、私は案内所を──ギルドを後にした。




