ブラウニーって何?
とっくに日が暮れて、ゲーム内時間的には明け方といった方が正確ではあったが、リアル時間ではお昼が少し過ぎた辺り。
リアルではそんな時間帯な為、夜の帳が完全に下りたメルトレレスではあってもプレイヤー達である人々の人数は健在である。
それでも目に見える景色が夜であり、所々にある街灯の僅かな光源に釣られてなのか、プレイヤー達の会話は細々と小さなもので物静かな夜と言えない事もない。
そんな昼間と違った様子を見せる街中を眺めながら、私はメルトレレスを歩き始めた。
淡い光で照らされたメルトレレスの街中は、明かりが届かずに暗い場所もあるというのに不思議と優しさを感じさせてくれている。
それは、夜で暗い港街を数少ない街灯が照らしているという、この光景が幻想的──いや、もっと軽い感じの、いかにもファンタジーの設定画っぽい、といった感じだからだろうか。
それに耳を澄ませなくとも聞こえてくる静かな波の音も、そんな感覚に拍車を掛けていた。
「やっぱ、夜の街って好きだなぁ」
VRのゲームに限らず、ゲームの夜時間の街というのが私は好きなのだ。BGMとかも良いの多いし。
勿論こうしたBGMの無い、環境音のみというのも大好きだ。ただ一つ気になる事といえば、鈴虫など生物の環境音がない事だろうか。
「海辺だとそういう生き物いなかったりするのかな……?」
生まれも育ちも内陸なので、そこらへんの事がわからず誰に問うでも無く独り言ちる。
そんな感じで目と耳で街中を楽しみながら歩いている間に、私は最初の目的地である雑貨屋へとたどり着いた。
雑貨屋に吊るされている看板には、回復系を扱っている目印であるビンと生産系を扱う羽ペンの目印が描かれている。
それを今一度確認して出入り口である扉に視線を向けると、扉には「ブラウニー営業中」と書かれた板が吊るされていた。「closed」の看板じゃないの?
「ブラウニーって何?」
私の疑問にシステムが反応したのか、ヘルプウインドウが表示される。
どうやら住民な寝静まった時間帯のお店は、ブラウニーという妖精が主人に代わって店番をしているらしい。その為、プレイヤー達はどの時間のタイミングでも買い物ができる様になっている。
ただし、その分ブラウニー達は融通が利かないらしく、値段交渉や交流による友好度の変動など一切無い。その為、効率より実際の冒険者としての楽しみ方をしたい場合は、日中にお店を利用しようとの事だ。
ははーん、なるほど。リアルとゲームの時間の進み方が違うから、夜しか出来ない人はずっと夜って訳じゃないけど、極力ゲームを遊びやすくする為のシステムなんだろうな、これは。
採取用の道具が欲しいだけだし、今の私にはこのシステムはありがたい。買っていこう。
扉を開けて中にはいってみると、お店の中は意外と明るかった。煌々という程ではないけど、備え付けられたランプが灯り中々ムーディーな雰囲気を醸し出している。
しかし、その雰囲気を打ち壊すかのように、レジ台らしき上でクルクル回っている寝巻き姿の様な小人が居た。
「いらっさイませー」
すごく気の抜けた声である。
「採取用の道具が欲しいんですけど……」
「採取用、採取用。コれですネー」
と、目の前にアイテム名と料金、そして購入と書かれたボタンがついたウインドウがポップする。
どうやらこのボタンを押せは購入となるらしい。実にシステマチック。
欲しい物の内容に問題はないので、購入を押して取引を完了させる。
他に必要な物はあっただろうかと店内を見回していると、棚にあった小瓶類に目が止まる。
中には液体が入っているようだが、ただの水という訳ではなさそう。店内のこの明るさでもわかるぐらいに色が青い。
「アレって回復ポーションですか?」
「アれはー、解毒薬ですネー」
聞いてて思ってたけど、ブラウニーのイントネーションって滅茶苦茶だなぁ。
それよりも解毒薬とな? ここら辺に毒の状態異常を与えてくる敵性MOBがいるって事なんだろうか?
「サー? 有ルなら必要なんじゃナイですカー?」
……なるほど、これはブラウニーとは交流できませんね。すっごいコッチに興味なさそうなんだもの。未だレジ台の上に回り続けてるんだもの。
「HPの回復ポーションはあります?」
「朝になタら、オ店に並べるトかー」
どうやらまだ準備中のご様子。
とりあえず、解毒薬は持ってて損がある物でもないので、そのまま2個ほど購入してお店からでる事にした。
「マいどありがトござしたー」
ちなみに、最後の最後までブラウニーはずっと回り続けて止まる事はなかった。
「さて……」
小さく「うーん」と唸る。
思ったより買い物がすぐに終わってしまい、朝の時間までまだまだ時間が残っている。どうしようかなと視線がメニュー欄を彷徨わせ、私は《ブック》の項目で目を留める。
そういえばこれの事忘れてたや。
本や図鑑って言ったら図書館だろうけど……あるのかな? まだ町全体を周ったわけじゃないけど、大通りは一通り見て廻ってそれらしい建物なかったし。うーん。
「ギルドにハルバークさんいるかな?」
ふと、道を尋ねたりなど色々教えてもらった相手を思い出して、小さくこぼす。そして、それが割と悪くない方針じゃないかと思ってくる。
ハルバークさんがいなかったとしても、ギルドで何か情報収集というのはお約束とは言えばお約束だし。とりあえず、ギルドに向かおう。
そう決めた私は、雑貨店の前からギルドに向かって足を進み始めた。




