怖い称号しかない
あからさまに本の形で出てきたのに、結局はウインドウ表示なのはちょっと残念だなぁ……。
開ききった手帳を机の上に置き、私は頬杖をついて小さくため息を吐く。
期待を膨らませただけに、それが裏切られて少し落胆してしまった。
そんな気持ちになってしまった為に、システムの操作などのヘルプが表示されたが、どうせ従来通りの操作だろうと私は流し読みをし始める。
だが、ふと目に留まった説明文に、落胆するには少し早合点だった事に私は気付いた。
確かに表示されたウインドウをタッチしたりなどの従来通りの操作もできる様だが、他に中々面白い操作方法がヘルプに表示されていた。
私は頬杖から顔を上げて、開きっぱなしだった手帳を改めて手に取る。そして、そのまま視線を表示されたウインドウへとやり、表示されている項目を注視してみる。
すると、極小さなノック音の様な音が鳴り、注視した項目にカーソルが合わさった。
注視する先を別の項目にしてみると、今度はその項目に音と共にカーソルが合わさる。
試しに視線をウインドウから外してみると、グラスとグラスを軽く打ちつけた様な音が聞こえて、再びウインドウを見ているとカーソルが解除されていた。
「ほうほう……」
今度は項目の一つである【冒険譚を読む】を注視してカーソルを合わせる。それを維持したまま、私は手に持っていた手帳のページを捲ろうと試してみてると──。
「おぉっ! すごい!!」
手元からのページが捲れる感触と共に、表示されていたウインドウがあたかもページが捲られたかのように、右端からするりと切り替わった。
次は逆側のページを捲ろうとしてみると、ウインドウの左端からするりとページが捲れて最初の画面に切り替わる。
「うわっ、すごい! これすごい! なんか面白いこれ!」
一人でテンション上がりまくりである。
ページを捲るときに手元を見ないっていうのに違和感を感じるけど、これは十分すごい!
私は感嘆の声を上げながらページを進めたり戻したりして、手元の感触とウインドウの切り替えを楽しむ。
これ、カーソル合わせてないと捲れないのかな?
と、ふと湧いた疑問に、試しに手帳だけを見てページを捲ろうとしてみるが、まるで糊づけされたかのように捲れる気配がない。どうやらダメらしい。
まぁ、雰囲気を楽しむ分には今の状態でも大満足である。
「とりあえず、試しに誰かの読んでみようかな」
まだ自分がどんな内容で書くのかも決まっていないし、何か書き方として参考になるかもだしね。
【冒険譚を読む】のページを開き、【自分の冒険譚】【フレンドの冒険譚】【著者検索から】など、新たに表示された幾つかの項目うち、まずはフレンドからかなと【フレンドの冒険譚】ページを開く。
……まさか、アインツの冒険譚とかでないよね?
開く瞬間によぎった考えに不安を感じつつ、開かれたページを見てみると、そこには【シキ】【ヴィーツ】【ダーツヴァイト】の3名のみの名前が表示されていて、アインツの名前はなかった。
流石に無いかー。
安心しつつも、少し期待外れな気持ちを感じてしまうのは致し方ないと思う。だって、なんか普通にありそうな気がしたんだもの。
「名前の順番、登録順なんだ」
表示された名前を見ながら小さくぼやき、とりあえず上から順に見ていこうと【シキ】のページを開──けない。
「あれ? 非公開になってる?」
【シキ】のページを開こうとしてみるた所、《非公開の為、閲覧できません。》のウインドウがポップした。
なんかだか兄にしては珍しい。一般公開はしていなくてもフレンド公開ぐらいはしていそうなものなのに、それすらもしていない。
「……もしかして、書いてないからとかかな」
お兄ちゃん、《白騎士》なんていうネームバリュー状態で冒険譚を書いてなかったら、それだけでなんか周りうるさそうだし。フレンド登録も《白騎士》って名前に釣られた人とか沢山いそうだし。
ま、書いてる書いてないは今度の時に本人に聞いてみよ。さぁ次っと。
【ヴィーツ】のページは非公開ではなかったらしく、問題なく開くことができた。できたんだけど……。
「メモ帳だこれ」
書かれている内容は全てゲームに関する情報で、確かにプレイ……冒険して行くには役立つ情報ではあるのだけど、全てが箇条書きされている様は冒険譚というよりメモ帳である。
ちなみに、以前に教えてもらった草原のモンスターの情報も箇条書きされていた。
ものすごく味気ないけど、うーん……役立つな、これ。でも後にしよう。
軽く目を通すだけのつもりが、知らない情報や箇条書きで読みやすい事もあり、思わず読み込んでしまいそうになって慌ててページを戻す。
森にいるモンスターの情報とか、昼と夜でのモンスターの出現変化時間とか、すっごい気になるから後で絶対目を通しとこう。
そう心に決めて、最後の【ダーツヴァイト】のページを開く。
どうやらダーツさんはAuthorシステムを上手く使っているようで、冒険譚らしく書いているのもあれば、クランに関する事やクランメンバーへの通達、そして攻略に関する内容の投稿もあった。
冒険譚らしく書いてあるのはちょっと日記っぽい調子で、私に会った時の事もぼかす所はぼかして書いてあった。こういう投稿の仕方は参考になるかも。
クランに関しては、クランに参加したい人向けな内容だったからスルー。今のところ何処かに所属したいとかもないし、まだ誰かと一緒にって状態でもない。
最後の攻略に関する情報は、エリアボスであるランペイジベアの事みたいだ。特に新しい投稿を見ると、今度の日曜日の22時に攻略をしに行くみたいだ。
「時間、ちょっと難しいかなぁ……」
応援しに見送りとかしたいけど、今度の日曜日は定期検査だけじゃなく、調整もするから都心の方行かないといけないしなぁ……。
仕方ないし、この投稿に応援のコメント残して満足しよう。
【コメントの入力】を選択すると、持っていた手帳の手前に光の輪郭で作られたキーボードが現れ、私は思わす苦笑いを浮かべた。まぁ、流石に手記とかは無理だよね。
とりあえず、ランペイジベアの討伐の応援に軽く装備のお礼を書いておけば、名前を非公開にしても私って分かるかな?
「そっか、非公開だと称号で表示されるんだっけか」
名前を非公開にチェックを入れて【コメントの投稿】を押すと、《ネーム欄が[駆け出しの冒険者]で表示されます。よろしいですか? Y/N》という確認ウインドウがポップされた。
それを見た私は、いったん投稿をするのを辞めて称号一覧を表示させる。変えてみようかなと遊び心を覗かせたのだ。
称号:
[駆け出し冒険者][注目の的][歩む者]
サブ称号:
[アインツと友達の][クリティカルを体験した]
サブ称号というのは、称号の頭に装飾として付けられる称号だ。例えば[駆け出し冒険者]と[クリティカルを体験した]を称号として設定すれば、ステータスに表示される称号が[クリティカルを体験した駆け出し冒険者]となる。……長いなぁ。
まぁ、ちょっとした個性をサブ称号を使う事で出せる様になっているという訳である。もちろん、普通の称号だけでも個性的なものだってある。
「……なんか、設定するのが怖い称号しかない」
そう、まさに私の称号のことだよ!!
プレイヤー名は通常では見る事の出来ないWAOではあるけど、その変わりに称号が見える。その為に、称号を珍しい物にすればそれだけだ個人特定が可能という事になりかねない。
もっと収得条件が分かりやすそうな称号が手に入ったら変えよう。そうしよう。
少しばかり悲しい気持ちになりつつ、私はダーツさんの投稿にコメントを書き残してログアウトしたのだった。




