え゛っ
自分の描写の限界に挑戦。
突進してきたウリ坊に対し、私は右足を軸に半身になり避ける。その際に、振り上げる様に後ろ足を斬りつけた。
何回か戦い気付いた事だけど、どうやら部位を攻撃してダメージを与えると、その部位に対応した効果が表れる様だ。今もすぐ横で、ウリ坊が派手に転倒している。
私は振り上げた剣を両手で握って一歩踏み込み、アーツ〔スラッシュ〕を発動。途端にシステムのアシストが加わって加速、振り抜いた剣筋に光が走る。剣は吸い込まれる様にウリ坊の胴を切り裂き、断末魔の悲鳴をあげさせた。
「よしっ」
HPが無くなり四散するウリ坊を見つつ、私は小さく息を吐く。
構えを解いて血糊を飛ばす様に剣を一振り。そのまま流れる様に風切り音を出しながら逆手に移行して鞘へと収めた。
ぉ、今のは綺麗に出来た。
などと自己評価して少し得意気になりつつ、リザルトを確認して行く。いつもの皮と肉がドロップしただけの様で、レベルアップはしてないみたいだ。
今現在、採取メインから戦闘をメインにフィールドを歩いている。というのも、手作業で採取してからだいぶ経ち、〔ポイントサーチ〕で探しても光芒が見つからない事が多くなってきたからだ。
ちなみに、経過は非常に良好で、今までの失敗の連続はなんだったんだと言いたくなる程だ。失敗が全く無いという訳ではないが、採取出来ずに終わる事はあれ以来無くなり、偶に二束手に入る事だってあった。
こんなに失敗しなくなった要因は、 どう考えても図鑑だろう。〈採取〉のレベルも上がってはいたけど、1から4になったぐらいでこんなに劇的に変化があるとは思えない。
何か条件があるんじゃないかと勘繰っていたが、意図せずして正解をついていた事になった。何か採取をする場合は、情報を得て先に図鑑を埋める必要がある。どう埋めるかは探さないといけないけども。
なんだか色々とやる事が多いなぁと、近くの陽光草を採取しながら物思いに耽る。
まずは調合をやってみるでしょー?採取用の道具を探すでしょー?ぁ、調合用の道具も探さないとだ。それに、図鑑関係の情報も探さないとだし、採取がこうだと調合もなんかありそうだから、何かしら情報が欲しいところだし……。うーん、沢山あって忙しい感じだなぁ。
それでも、こういった新しく始めたMMOでやりたい事が沢山あって、なにから手を出していったらいいのか悩む感じが私は堪らなく好きだったりする。何よりこれはVRのMMOだ。マウスやキーボードにコントローラーといった指先だけを動かすだけじゃなく、自分自身の体全体を使ってやっていく感じが物凄く充実感を感じさせてくれる。まぁ、今やってるのは自動採取で全く体動かしてないんだけど。
私は思わず苦笑を浮かべ、採取の結果を見届ける。インフォが出ない所を見るに失敗はしなかったみたいなので、私はインベントリに仕舞いこもうと手を伸ばし、束の数が多いことに気づいた。
「あ、やった! 三束も取れた!」
初めて陽光草を三束採取出来たことに、私は嬉しさで声をあげた。実は物思いに耽ていた時に一回失敗してしまったので品質が若干落ちてしまっているけど、一つの陽光草からの採取で三束手に入ったのは嬉しい。陽光草は〈調合〉で嫌になるほど消費すると思うので、沢山あって困ることはない。
とはいえ、そろそろ採取は切り上げたほうがいいかもしれないなと、私は空を見上げて思う。まだ夕方と言うほどではないが日が傾き始めていてるし、狼のクエストだけがまだ終了していないのだ。採取が楽しくて、採取をしていても安全なウサギやウリ坊しか湧かない場所にいたから、狼はずっとそっちのけだった。
夜になるとMobの湧き方が変わるという話だし、そもそも日が落ちて暗い中で初見の狼と戦うというのも避けたい。先にクエストを終わらせてしまおうと決め、私は街道から離れるよう歩きだした。
◆◆◆
目標である狼だが、残念ながらMobの名前が判明するスキルを持っていないので、私には名前を知ることができない。
クエストの通りの名前なら逸れ狼という名前になる訳だが、その名の通りに逸れで一匹だけで湧くMobだ。本来狼は群れで行動する生き物だから、一匹でいても不思議ではない名前にしたって所だろうか。
遠目から見て、大きさに個体差でもあるのか大型犬と同等だったり、それより若干大きいものもいる。色は灰色の一色のみで、何か目につく模様などはない見た目をしていたが、この平原のフィールドではあの灰色は非常に目立つ。
油断をしていなければ、気付かれずに距離を詰められると行ったことはないだろう。感想として思ったことは、「予想してたより大きい」だった。
ヴィーツさんが狼は動きのパターンがどうこうで強いみたいな事を言っていたけど、これ普通に大きいから強いのではと思ってしまう。
四足歩行の大型Mobは慣れてないと非常に怖いのだ。リアルでの話で例をあげるなら、熊が一番分かり易いと思う。四足で自分に走り寄ってきた勢いのまま、目の前で前足と体を持ち上げで襲い掛かられる様を想像してほしい。かなり怖い。
他のVRゲームの話だけど、四足歩行の大型MOB相手に恐怖で腰が引けて、防御とか全然できなかった記憶がある。
二足歩行の大型Mobは意外となんとかなるんだけどね。あれは最初からああいうものだってわかってるから。四足歩行の大型MOBは、いきなり目の前で自分の身長を超えられるから非常にビビるのだ。
対策としては、遠距離で倒したり、高い位置に陣取ったり、立ち上がらせないようにしたりといった所だ。もし、遠距離攻撃がなかったり、高い場所がなかったり、立ち上がらせない手段がないような、今の状態みたいな場合は───。
「正面から行って慣れるしかないよね」
私は鞘から剣を抜き放ち、特に孤立した位置に湧いていた狼に視線を向けてターゲットする。
距離があるとはいえ、遮蔽物も何もない場所で戦闘態勢になってターゲットした為に狼はすぐ気付き、カーソルのマークが黄色から赤に変色した。それを確認して、私はその場で迎え撃つ態勢をとる。狼が湧きやすい場所に、態々突っ込む事もないと思っての迎撃だ。
さて、ウサギとウリ坊を足して割った様なとの話だけど、どのように来るのか。ウサギなら横っ跳びで距離を詰めてきて、ウリ坊が愚直に突進で来る。
狼は───真っ直ぐ私に向かって走りだした。それを見た私は右足を少し後ろに下げ、狼に対して体を斜めにする。軽くつま先立ちをして、どちらの足にも重心が行き反転出来るよう身構えた。
ウリ坊ならこのまま突進してくるだろうけど、狼がそれをしてくるかどうか怪しい。狼の武器と言ったら牙。牙で攻撃となると、たぶん手前で飛びかかってくる。ウサギの動きが混ざっているとしたら尚更。あの大きさで飛びかかられたら確実に抑え込まれるから、正面から防御はしちゃ駄目だ。盾は防御じゃなく、払うのに使った方がいい。
猛ダッシュで私に近づいてくる狼に向けて、左手の盾を少し前に出して構える。その際に、狼が盾の影に隠れる事がないように注意するのを忘れない。
そして、私と狼の距離が一メートルを切った。その瞬間、狼がほんの僅かに身を屈めたのを確認し、私は手に持つ武具に力を込め───。
「ッ!?」
前に出ていた左足を素早く引き、体面を左へと向ける。
狼が視界の左へと消えかけたのを、私は僅かに遅れながらも追いかける事に成功した。しかし、遅れた事に変わりはなく、狼が次の動作に入っているのを先回りさせた視線が捉える。
一メートルを切った直後、私の正面から左側へと跳躍した狼は、そのまま地面に跳ね返るかのようにして私に飛びかかってきたのだ。
「こんのッ!」
私は左手の盾を転身の勢いを乗せたまま、狼の側頭部へと力一杯叩き込み、そこを支点に体を捩じって狼の攻撃から体を逃していく。側頭部に盾を受けた狼の攻撃も逸れた為、私はなんとか避けきることができた。
だけど安心するのはまだ早い。無理矢理避けたせいで、非常に悪いものとなっていた態勢を素早く直して狼に向き直る。すると、狼は狼で側頭部に受けた盾が効いていたらしく、飛びかかりの着地にたたらを踏んでいてまだ背を向けていた。
勿論こんなチャンスを逃すはずがなく、狼の胴体に向かって私は振り被りからアーツ〔スラッシュ〕を叩き込む。狼が痛みに悲鳴をあげるのを私は聞きながら、更に切り上げで追撃をしようとする。しかしそれは距離をとられた事で空を斬り、距離が開いて仕切り直しとなった。
その状態のまま、私と狼はお互いに睨み合い出方をうかがう。そんな緊迫した空気の中、私の動悸は激しくなっていた。
……あっぶなーッ! すっごい危なかった! 全く、最初のフィールドにこんなMob配置するなよ!!
正直に言って、最初の狼の横っ跳びを追えたのは偶然に近い。狼が身を屈めた時、少しだけ狼の頭の向きが左の方を向いていたのに気付いて、殆ど反射的に転身したら当たったというにすぎない。
あれが追えず、更に飛びかかりが対処できてなかったら死に戻っていた自信がある。そもそも、今の私のレベルは5なのだけど、適正レベルなのだろうか。なんか明らかにステータスが足りてない気がする。
ぁ、そもそもステ振りしてなかったわ。
とはいえ、狼がどんな感じかはわかった。身を屈めた時の頭の向きに気をつければ、なんとかなりそうだ。
私を睨んでいた狼が一鳴きし、再び距離を詰めて一メートル程で僅かに身を屈めるのを私は見つめる。狼の頭は右を向いているのを私は確認し、今度は遅れる事なく体面を右へと向けた。
これなら飛びかかられても余裕を以て避けれるし、避け際に攻撃する事も可能かもしれない。準備万端な私の前で、狼は地面を跳ね返るかのように───もう一度右へと跳躍した。
「もっかい!?」
完全に油断していた私は、その動きに着いていけずに固まる。
だけど、目だけは追えてる! 動きが追えてるならまだ出来る事はある!
私は更に右に転身しながら、右手の剣を逆手に持ちかえる。
どうやら三連続で跳躍するのは無理なのか、狼が地面に着地してタメができた。しかし、それでも転身し終る程の時間は稼げずに、狼が跳びかかりの動作に入る。私はその動きを目を細め見極める。
胴体に向かって来るようなら、身を投げ出して避けるしかないけど、私の顔に向かって来るなら───。
狼が咆哮と共に跳びかかってくる。その狙う先は、跳びかかりの高さから見て私の首。その高さなら、十分避けれる。
口を開いて牙を晒しながら跳びかかってくる狼を視界に捉えたまま、私は腰を曲げて体を狼の下にもぐり込ませつつ、転身で横に向いていた遠心力を縦に向ける。
そしてそのまま、逆手に持っていた剣先を狼の胴体にねじ込んだ。剣は予想以上に深く突き刺さり、跳びかかりの勢いも相まって掴んでいた手が引っ張られて離してしまう。
そんな滅茶苦茶な事をしたら重心が崩れるのは当たり前で、私は土煙をあげて派手に横倒しになった。
「痛ッ……」
狼と戦い始めて一番の痛みが転倒ってどうなんだろう等と、非常に悠長な事を思いつつも素早く立ち上がって短剣を抜き取り、狼を見やる。体から剣を生やした狼は、地面に崩れたまま動く様子がない。
「あれ? 倒せるほどダメージ与えたかな?」
不思議に思い、私は短剣を構えて警戒しつつ狼に近づき、その有様を見て納得した。突き刺した剣が、丁度首筋の位置に刺さっていたのだ。おそらくクリティカルが出たという事なのだろう。
私は短剣をしまって、狼から剣を抜き取る。なかなか深く刺さっていて抜き取るのに苦労したが、それだけの大ダメージを与えられたんだろうと思えば、これくらいの苦労に見合うというものだ。
剣を体から抜かれてポリゴン片となって消えていく狼を一瞥し、私は狼の湧かない場所に避難して休憩しようと、剣を鞘に納めることなくその場からそそくさと退散した。
「ここまでくればいいかな」
小さくため息をついて、私は剣を鞘に納める。ちょっと、いつものをやる気力もない。いつものをするには、もっとスマートに倒せた時にやりたい。戦ってて楽しかったけどさ。
まぁ、苦労して倒したんだし、レベルが上がってたり、いい物をドロップしてるといいんだけど、どんなものかなぁ。
「え゛っ」
ドロップ品は特別レアっぽいのは残念な事になかった。ただ、レベルが5から8になっていた。5から8である。3もあがっている。
「……狼さん、どう考えても適正レベル外ですわ」
あと1体倒さないといけないんだけど……一撃もらったらポックリあるよ、これ。ど、どうしようかな……。




