御預けにしてたから
改行の仕方を変えてみた。
驚愕に体が硬直したのは一瞬。私は反射的に男性から距離をとった。
今の私は驚きの表情を浮かべて、少なからずの恐怖を宿したした目をしている事だろう。それは、男性が私の髪色を当てられた理由がわからない事からくる恐怖だ。
男性は私の反応に一瞬惚けた表情を見せ、次いで慌てた表情に変えると両手の平を見せて左右に振った。
「そんな怯えないでくれ! ただそうなら聞きたい事があっただけなんだ!」
「……なんで銀髪だと?」
男性の弁明には答えず、私は疑問を投げかける。それに何か文句を言うことも無く、男性は答えてくれた。
「さっきの会話で所持金の事が出ただろう? 今迄プレイしてたら所持金が無いなんてありえない。ありえるとしたら始めたばかりの奴だ。 そういう奴の心当たりが、銀髪でちょっと騒ぎになってるプレイヤーだったんだ。しかも女性って話だったから、そうなのかと思ったんだよ」
「え……さ、騒ぎってどういう事?」
男性の答えに聞き捨てなから無い言葉があり私は狼狽える。
確かに注目はされていたけど、騒ぎになっているなんて思いもしていないのだから当然だ。
男性は私が知らなかった事を予想出来ていたらしく、「やっぱり知らなかったか」と呟く。
「驚かしたお詫び……って訳でもないけど、ちゃんと説明する。場所を変えないか? すぐ近くに飲食店があるんだ」
私は男性の提案に即頷いた。
武器は何時でも買える。それよりも騒ぎになってると言う話の方が、私にとって重要だった。
◆◆◆
移動した飲食店は本当にすぐ近くにあった。その為に移動時間は数分にも満たなかったが、その間に男性は自己紹介をしてくれた。
アバター名はダーツヴァイト。短くダーツでもヴァイトでも、好きに呼んでくれと言われ、私はダーツさんと呼ぶ事にした。
どうやらクランのマスターをしているらしく、クラメンの勧誘をしているから二人で居ても不思議に思われはしないだろうと、気を利かせた説明をしてくれるなど、いい人そうではある。
そうしてダーツさんの自己紹介を聞いたが、私の自己紹介はしていない。
私が少し言い淀んだのを見て、ダーツさんが無理に言う必要は無いと言ってくれたので甘えてる形だ。
正直申し訳ないけど、どう騒ぎになってるかわかる迄は身持ちを固くしたい。
「飲食店に居て何も頼まないじゃ変だし、何か頼んでいいぞ。これくらいは奢りだ」
との事なので、オーダーを聞きに来たNPCに料金が安いデザートと紅茶を注文する。
注文した途端、テーブルに品が出たりするのかなと少し期待していたが、どうやらそんな事はないらしく店の奥に引っ込んでしまった。ちょっとがっかりである。
「一瞬じゃないが、リアルに比べたら来るのはかなり早いぞ」
どうやら私が考えていた事を察したらしく、ダーツさんは小さく笑いながらそう言った。
考えを読まれて笑われた私は、少し恥ずかしくなりフードを目深に被り直す。
そんなちょっとしたやり取りの間に注文した物が提供され、騒ぎの説明が始まった。
「それで、騒ぎってどういう?」
「色々と要因があるが、まず騒ぎになってるのは掲示板でだ」
それを聞いて顔を顰めた。
私は掲示板で騒がれる事で良い事など殆んどないと思っている為、既に嫌な予感しか浮かんでいない。
そんな私の気持ちを察してか、ダーツさんは安心させる様な優しげな口調で言葉を続ける。
「大丈夫だ。ネガティブな内容じゃない。主に騒がれてるのは、プレイヤーなのかNPCなのかゲームマスターなのかだ」
続いた言葉に、今度は困惑の表情を浮かべてしまうのも無理ないと思う。
NPCかどうかは船から降りる時に言われてたけど、ゲームマスターって何処からそんな話が?
「要因があるんだよね?」
先程ダーツさんが色々要因があると言っていた。その要因でそう思われている筈だ。
「俺がスレを読んだ感じ、大きく三つかな。まず髪の色だな」
ごめんなさい。アインツにズルして貰いました。いや、まぁ、一応仕様の範疇だけど。
「これは……設定の仕方がわかれば誰でもできると思う」
「それって教えてもらえたりは……」
いい機会だから設定の仕方を言ってしまおう。むしろ、ダーツさんにお願いして掲示板に書いてもらった方が、本人降臨とかせずに済むのではなかろうか。
その事をダーツさんにお願いすると、快く請け負ってくれた。
称号ではなくアバター名で掲示板に書き込みをしているらしいので、より一層情報の信憑性が出そうだし、髪色の問題はとりあえずなんとかなりそうだ。
「で、そこにある光源反射の設定をオンにして───」
「え、あれって反射する色変えられるのかよ」
「───を設定した後に明暗設定欄で───」
「そこチェックしないと駄目なんだな」
「───をすると天使の輪が付くんだけど、そのままじゃ可笑しいので───」
「マジか! そのままだと脂ぎってる様にしかみえねぇのに……」
と言うわけで、ツラツラと説明をダーツさんに話して行く。
ダーツさんは時折驚愕や感嘆の相槌をいれながらも、真剣な表情で説明に聞き入っていた。
「以上かな」
「とりあえず感想として、お前さんの銀髪にかける情熱がすげぇ」
いや、設定したのはアインツだから! 私が設定を拘りまくったみたいな言い方やめて!
あ、でも、目の色だけは凄く拘ったよ。
「次の要因はなんなの?」
「タイミングが良すぎた事だな」
「なんの?」
「プレイし始めたタイミングがだ」
これは全部説明されなくても、なんとなく予想が出来た。
要するに、アイテムが枯渇していて攻略が止まっていた所に、タイミング良く積荷が乗った船で私が来たと言うわけだ。
「俺がさっきの店で聞きたかったのはこの事なんだ。始めるには遅い時期で、第二ロットはまだ出てない時期。なんでこんなタイミングなんだ?」
「テスト終わる迄、御預けにしてたから」
「……テスト?」
「うん」
ダーツさんは目を丸くし、再度私に聞き直すが答えが変わるわけが無い。
なにか大層な理由でも期待してたのか、すぐに脱力した様にテーブルにうつ伏せてしまった。
「……何を期待してたの?」
「いや、ちょっと、俺もGM説派で……ふっつーな理由で気が抜けたと言うか……。そうだよな、そういう時期だったもんな……。真面目に勉強したらゲームなんかせんよな……おじさん、学生時代不真面目だったからな」
なんか知らないけど、凄い勢いで落ち込んでいってる。てか、なんか良くわならない自虐始めてるんですけど。
放っておいたらそのままズブズブと落ち込んでいきそうな勢いだったので、私はあわててダーツさんを元気付ける。それに最後の要因があった筈だ。それを話してもらわなくては私が困る。
「あぁ、すまん。最後の要因……これが一番GM説の最有力候補扱いなんだが……」
最有力と聞いて私は真剣な表情を浮かべ、ダーツさんの続きに耳をかたむけた。
「見抜きができないかららしいんだ」
「見抜っ……」
え、ちょ。え?
私は思わず両腕で肩を抱くようにして、椅子ごと後ずさりながら軽蔑した目をダーツさんに向ける。
「おい! そんな目で俺を見るな!」
そんな目を向けられたダーツさんは、心外だと声を荒げた。
いきなり見抜きがどうのこうのなんて言われたら、普通引くと思うのだけど何も考えていなかったのだろうか。それとも私が見抜きの意味を知らないと思っていての発言だったのか。
正直ネトゲに浸りきってたら嫌でも知っていきそうな事だろうに。
「WAOだと意味が違うんだ! とあるアビリティの蔑称なんだよ!」
未だ距離をとって軽蔑の目を向ける私に、ダーツさんは悲鳴の様に説明を続けた。
「<看破>って言う、<鑑定>とか<識別>とかのアビリティLVが高くてINTとDEXが足りてると覚えられるアビリティがあるんだ。 そいつはMobの名前とかLV、特性や弱点を見破るって便利なアビリティなんだが……この<看破>、プレイヤーの名前もわかっちまってな。 一時掲示板で盛大な名前晒しがあって、このアビリティで名前を見て晒す奴を見抜き野郎って呼んでるんだよ。 名前を見破るのにしばらく相手を見続けなきゃいけないらしいから、ぴったりな蔑称だろ?」
なるほどと私は頷いた。
名前が分かるようになるアビリティがあるという事は知っていたが、そんなことがあったとは全く知らなかった。
確かに自己紹介もしていないのに勝手に名前を知られて、掲示板などに晒されたらそんな呼び方をしたくなってくる。
「……あれ?」
そこでふと先ほどのダーツさんの言葉を思い出す。
「じゃぁさっきの意味って、私の名前がアビリティで見破れないってこと?」
「そういうことだ。掲示板じゃ大騒ぎさ。蔑称の事をなんかそっちのけで、<看破>アビリティ持ちが情報交換してるぐらいだよ」
今度は私が勘弁してとテーブルにうつ伏した。
そんな私にダーツさんが申し訳なさそうに声をかけてくる。
「ショックなところ悪いけど、なんでか聞いてもいいか?」
「なんでって聞かれても……」
そもそも、その<看破>アビリティ自体が初耳なのに、なんで名前を見破れないのかなんて分かるわけが無い。フードを被るまではずっと周りの視線に晒されてたから、フードで顔を隠したからといった理由ではないだろうし。
というか、そんなアビリティを向けられていたから<感知>が反応していたのか。原因が分かってちょっと安心した。いや、内容は全然安心できないけど、反応の理由がわかっただけまし───。
「あ。そっか、<感知>アビリティか」
「お? なんだそりゃ?」
あれ? <感知>アビリティ知らないのかな。
ともあれ、<看破>が効かない理由としては<感知>が一番の原因な気もするので、<感知>についての説明をダーツさんにしてあげる。
どうせ初期から覚えられたアビリティだからそこまで隠すことでも無いだろうと思い、軽い気持ちで教えたのだけど、ダーツさんは眉間に皺を寄せて唸った。その反応に首を傾げていると、ダーツさんは<感知>の事を全く知らなかったと言った。
「……習得可能アビリティ欄にもないな。かなり良いアビリティだから欲しいんだが……習得条件ってわからないか?」
「初期選択欄に普通にあったから……」
わからないと口に出して続けなかったが、ダーツさんは十分に察したらしく腕を組んで考え込み始めた。
それを見て、私は少し怖くなる。というのもこのアビリティはアインツに絞り込んでもらったアビリティの中から選んだものだ。自分で初期選択欄から見つけたものじゃない。
……絞り込んでもらっただけだし、アインツが追加したとかじゃないよね?
「初期選択にあったとすると……条件はステータス値か?」
ややあって、ダーツさんはポツリと呟いた。とはいえ言った本人もあまり自信は無いのか、眉間の皺はなくならない。
今迄と今回、どちらが読みやすいんだろうか。




