私のこと?
早速フードを目深に被って外を歩き、その効果に私は満足して思わず笑みを浮かべてしまう。
今迄は、外に出るとすぐに視線を感じたが、フードを被った今は全く視線を感じない。〈感知〉アビリティも反応が無いし、やっと気持ち的に余裕が出来た。
その為、マップに付けた次のマーカー先に向かう足取りは非常に軽い。スキップでもしてしまいそうになる。したらしたで、注目されそうだからしないけども。
そして到着したお店は、どうやら防具だけじゃなく、武器も扱う店らしい。店先にある看板には、武器を扱う目印の交差した二振りの剣に、防具を扱う目印の盾が描かれている。
武器……。どうしようかな。ニュービーショートソードって短いし、もう少しリーチが欲しいとは思ってたけど……。
とりあえず中に入って商品を見てから考えたようと、私はドアを開けて店の中に入って行く。
武具店の中には衣料店とは違って、金属製の武器を持った人達がちらほらといる。その数は非常に少なく、ぴったり片手で数えられる程度だ。
私は出入り口で店内をグルリと見回して、その事と品揃えをザッと確認する。思った通り空きがある場所が非常に多い。人が少ないのもそのせいかもしれない。
丁度良い防具が残ってるといいんだけど。
商品は武器と防具とで別れて展示してあるので、私は真っ直ぐ防具の方へと向かって行く。
「ん? おい、そこの坊主」
その時そんな声が耳に入る。どうやら物陰に隠れていて見えなかった人がいたみたいだ。先程見た時、坊主と呼ばれる体格の人はいかなった。まぁ、人数を数え間違えたからといって、さしたる問題があるわけでも無い。
「おいおい、無視はないだろう?」
無視されたらしい。その声に剣呑な雰囲気は無いが、ここで一悶着はやめて欲し───。
「無視するなって、そこのフード被ったニュービー」
……。
ゆっくりと振り返り、声を発していただろう人物を探す。いや、探す必要は無かった。その人物はすぐ近くで私を真っ直ぐ見ていたからだ。
「……坊主って私のこと?」
返事を返した声で、坊主と呼んだ相手が女性だと気付いたらしく、男性が驚きに目を見開き狼狽え始める。
その男性は、大きくがっしりとした身体に、それを覆うフルメイルを装備している。
赤銅色の不揃いな髪に、顎髭を生やした精悍な顔付きで、切り傷のメイクしている様は傭兵団の団長といった感じだ。
腰には手斧があり、背には大型の盾と槍を背負っていた。
かなり上手いし、渋いキャラクリをしてる人だなぁ。
「いや、その……すまん! 悪気は無いんだ! 思い違いをしちまった!」
そんな渋くて団長然とした男性が、音をたてて両手を合わせつつ、深々と頭を下げる様は少々笑いを誘う絵図らだった。
「そんな謝らなくても大丈夫ですけど……」
あまりにも必死そうに謝る男性に少し引き気味になる。窺う様に発した声が、私が怒っていると捉えられたのだろうか。
フードを被った状態での後ろ姿では性別の判断はし難い事ぐらい予想出来るし、私は怒ってなんかいない。ただ声を掛けられたという事に驚いただけだ。
「そ、そうか?」
不安そうな男性に頷いて見せる。
「そんな必死に謝る程のことじゃ無いと思いますけど…」
「いや、クラメンの奴にこんな間違いしたなんて知られたら、俺殺されちまう」
大袈裟なと思うも、男性の顔色が心なしか悪く、冗談を言っている様には見えない。どうやら男性の知り合いには大袈裟な人がいるみたいだ。とはいえ、私がそのクラメンを知ってるはずも無いし、不安がる事は無い気がするんだけどな。
「それで、なんですか?」
ともかく、呼び止められた理由を聞いてみた。
「あぁ、悪い。腰の剣ってニュービーショートソードだろ? ニュービー武器で防具の方行くから声を掛けたんだ。
街近くの敵なら大した事無いし、防具より武器の方買った方がいいぞ。見たところ衣服はニュービーじゃないみたいだし、近場なら十分だと思うしな。」
どうやら男性は、初期武器を持っていた私を初心者と思い、アドバイスをする為に声を掛けたらしい。
確かに言われてみれば、兎や猪を相手にガチガチの防具を揃える必要は無いかもしれない。
「PT組むにも、今は火力押しでダメ受ける前に敵を倒す高速狩りが主流でもあるからな」
「回復アイテムが無いから?」
「同然知ってるか。……まぁ、嫌でも知るよな。その通りだよ。だからニュービー武器じゃ、PTに入れない奴もいる」
男性はそう言うと、ふと顔を上げて遠い目をみせ、
「だけどエリアボスを倒して、道が開通すれば……」
ポツリと何かを期待しているかの様にこぼした。
その様子に私は首を傾げ、それに気付いた男性は誤魔化す様にまくし立てる
「ぁ、いやまぁ、だから防具より武器買った方がいいぞ。ニュービー武器とじゃ比べ物にならないダメージ出るから、サクサク倒せてクエ進むし、元がすぐ入るからな。……てか、良くニュービー武器でそこ迄の装備買えたなぁ」
「運良く兎の足が出ましたから」
「お、そりゃ美味い。確か報酬八万ぐらいだろ? そんだけあればかなりいい武器買えるぞ」
「ぁ、いえ、このフードと衣服にさっき使って、あと三万ちょいなんです」
「あー、使った後か。まぁ、三万でもニュービーより全然いい物あるぞ。それにしても残り所持金三万ちょいってその装備偉い高いな」
「大体五万しましたけど、私は満足できる買い物でしたから」
不意に男性が訝し気な表情を浮かべる。
「……? 残り所持金三万ちょいなん?」
「はい、そうですけど……」
「その装備、全部で五万?」
「そうです」
何故か困惑した表情を浮かべる男性に、私はどうしたのだろうと首を傾げる。
「えー、兎の足で報酬八万で、五万使って、残り三万……。兎の足が出る前所持金いくらだったん?」
「ゼロですけど…」
「え、なんでゼ───」
と、男性が言いかけた所で何かに気付いたのか、表情が固まり言葉が詰まる。「まさか」と小さく呟き、顎に手を当てて思案気な表情を浮かべ始めた。
その一連の様子に、私は何事かと少し不安になっていく。それが表情に出ていたのか、男性は一言「あぁ、悪い」と言って言葉を続ける。
「ひとつ聞きたいんだが……」
「なんですか?」
男性は口の横に手を当てながら、私に向かって屈み込む。その動きは内緒話をするかの様だったので、自然と耳を寄せる。
「そのフードの下って、銀髪か?」




