ちょっと壁になって
ポリゴン片となって消えていくウリ坊を見ながら、いま一度大きく深呼吸をして荒くなった呼吸を落ち着かせる。
辺りを見回して他にMobが居ないのを確認した私は、手先で剣を逆手に持ち直して鞘に収めた。
剣のしまい方に関してはもう開き直った。この病気は発症したら受け入れていかないといけない事を、私はこの歳で深く理解している。
「スタミナはどうだった?」
「結構キツイね、これ。意識的にはまだいけるって思ってても、体が動かなくなるよ」
途中でスタミナが切れて動けなくなり、ウリ坊の突進が直撃しかけた時は肝が冷えた。なりふり構わず地面を転がって事なきを得たけど、当たっていたら大ダメージは確実だっただろう。
あの様な経験はそう何度もしたくは無い。これは早めにスタミナ関係のアビリティを取って、レベルを上げて不安を無くした方がいい。
とはいえ、必要APがバカにならないからなぁ。って、おや?
小さな溜息をつきながらアビリティウインドウを眺めていたら、先程までと表記が違う事に気づく。
さっきは必要APが9だった〈スタミナ回復力強化〉が8に減っている。こんなすぐに減るものなんだろうか?
いや、むしろ必要APが9って事が多過ぎなのかな。〈スタミナ最大値強化〉に変化は無いし、ザッと見てもAP9も必要なアビリティも無いし。案外、レベル上げてたらすぐに減って簡単に修得できるかも。
必要数の多さに少し憂鬱になってたけど希望が見えてきた。
「さて、これでウサギとウリ坊と戦った訳だが、次は三人で狼狩りでもするか?」
」
「あ、ちょっと待って。外からメールがきた」
シキはそう言うとウインドウを開く動作を見せ、何やら操作を始める。メールの内容を確認したのだろうか、小さな頷きを口からこぼして顔をあげた。
「母さんがご飯が出来たからやめろってさ」
「もうそんな時間か?」
三人揃って時刻を確認する。どうやら思っていたより時間がかかっていたらしく、時刻は7時を過ぎたあたりだった。
「ウリ坊探しに時間とられ過ぎたな」
「あの人集りじゃ、仕方ないよ」
ヴィーツさんが、私達がご飯でログアウトするなら自分もログアウトして食べちゃうと言うので、三人揃ってメルトレレスに戻り始める。
「飯食べたら二人はまたインするのか?」
「私はそのつもり」
「僕は課題あるから、先そっち終わらせないとかな」
どうやら夕食を食べた後に課題をやる予定でいたらしく、兄は「メルトレレスの案内が出来なくてごめん」と申し訳なさそうだ。私は気にしないでと笑みを見せるも、いまだ申し訳なさそうにしている。そこまで気にする事でもないだろうに。
「ならメグルちゃん、飯の後二人で──」
「タク、お前も課題あるんじゃないか?今、課題の言葉にいやそうな顔しただろう?」
ヴィーツさんの言葉に、やや食い気味にシキが被せる。
ヴィーツさんが“課題”で顔をしかめたのを、私もはっきりと見た。アレは嫌な事を忘れていたのに思い出された顔だ。
「い、いや、確かにあるっちゃあるけど、別に一科目ぐらい……」
「常日頃から単位がヤバイってメール送ってくるのは誰かな?」
続くシキの言葉にヴィーツさんが呻く。
私は、離れてからも交流あったんだなぁ、と場違いな事を思っていた。
「そんなで何かあっても、もう相談には──」
「やるよ!ちゃんと課題やっから!」
ついにヴィーツさんが折れて悲鳴の様な声を上げる。
「ったく、メグルちゃんと二人っきりになりそうだからって、そんなに目くじら立てなくてもいいだろうに……」
「タク、何か言ったかい?」
「いいえ! 何も言ってないです!」
ヴィーツさんが何かを小さくボヤいたみたいだけど、残念ながら聞き取れなかった。まぁ、兄の反応を見るに愚痴でも言ったんだろう。
結局、二人とも課題をやる話に落ち着いたらしく、夕食後にINするのは私一人になったみたいだ。
せっかく三人揃ったのにと思わなくもないけど、ゲームは今日で終わりというわけでもないし、プレイの初日で確認したい事も沢山あるから丁度良かったとしよう。
◆◆◆
というわけで、ログアウトする為に場所は変わってギルドハウスです。
宿屋じゃなく、ギルドハウスです。
どうやらログアウトするには絶対宿屋と言うわけでは無いみたい。ここら辺の説明は流し読みしてたからなぁ。
ヴィーツさんに教えて貰うに、ログアウト自体は何処でも出来るとか、ただペナルティが付くし最後に立ち寄った街に強制転移される。
それを避けるには、セーフティエリア──言うなら街とかMobが湧かない安全地帯の建物内でログアウトする必要があるみたい。だから遠出する時はテントが
必需品なんだとか。
じゃぁ、宿屋はなんの為にあるんだって思ってたら、兄が聞かずとも教えてくれた。
宿屋でのログアウトは、デスペナルティや重症ペナルティによるステータス減少の回復を早める効果があるんだって。
後は冒険者感を感じたい人用だと、これは冗談で言ってたけど一つの楽しみ方だとは思う。
とまぁ、以上のログアウト仕様なので、ギルドクエストでドロップアイテムを消化して落ちようとなった次第である。
で、あるのだけど───。
「……ねぇ、ヴィーツさん。なんか注目されてるんだけど」
「まぁ、ちょっとした有名人だしな」
先に言ってたおくと、注目されているのは私ではない。
私の髪に視線を向けてる人が居ない訳では無いけど、明らかに兄の方が注目を集めている。
……なんとなく、兄から半歩離れる私。
「有名人?おに……っと、シキが?」
「おう。時間ある時に掲示板の『有名な人に二つ名付けようぜ』ってスレ覗いてみ。そしたら面白い事教えるよ」
おや、そのスレタイには見覚えがある。
「それなら見たことあるよ」
「お、じゃぁ言うけど、こいつが《白騎士》」
そう言って、ヴィーツさんが指差したのは我が兄だった。
……マジでか。
マジでかッ!?
掲示板で色々言われてた《白騎士》さんですか! ってか待って。え、じゃぁお兄ちゃん今レベル幾つなんだろ? 掲示板じゃ偉く強いって祭り上げられてたけど、そんなにゲームにINしてなかった気が……。
とりあえず、もう半歩兄から離れよう。
「てかそんな簡単にプレイヤー特定出来る物なの?」
このゲームはプレイヤー名は見えない仕様だ。容姿だけでもソックリさんは沢山居るはずなのに、ギルドハウスに一歩入ってこの注目は異常だ。
「いやだって、シキってスキャニングアバターじゃん」
そでした。特定余裕でした。
と、思った所でとある事に気付き、私は咄嗟にヴィーツさんの背に張り付いた。
「うおッ!? なんだどうした!?」
「ちょっと壁になって」
「なんで!?」
「私もスキャニングアバターだから」
「今更だろ!! つか離れて!! ヤバイから!! 周りの嫉妬の目がヤバイ!! 特にお前のあぬィッ?!」
ヴィーツさんが兄と言おうとしたしたので、抱きついたまま両脇腹に貫手をしました。
「……タク」
「ち、ちがっ。マジで離れろって! 大体顔隠しても髪で丸分かりだろうがっ!!」
……そでした。そっちで特定余裕でした。
観念して離れた私に、ヴィーツさんが心底ホッとしたため息をついた。
失礼な、そんな私にが引っ付くのが嫌か。
「……ささっとクエストやって落ちよう」
あのですね。今まで兄に注目してたり、私に注目してもメインは髪の色だったんだけど、今のやり取りをやっちゃったせいで顔をガン見されてるんですよ。
それでですね、なんかまた〈感知〉アビリティが反応してるんですよね!!
は、はやく逃げたい。
二人をせっついてクエストを受注。目的の納品はあるのでそのまま受け付けでアイテムを渡してクエストクリア。
報酬を受け取った後、短めの挨拶を交わしてソソクサとログアウトしたのだった。
ちなみに、クエストの報酬金額は8万とかなり美味しい物でした。
ソロ活動開始だー。