はいこれ
途中で脳内に設定が生えるから、説明が多くなってしまう。
そんな私の様子に、拓篤さんは私がわからない事を察したらしく、詳しく説明してくれた。
聞くにことの始まりは、回復アイテムなどの販売数がプレイヤーの数に追い付かず、買い占めや転売で入手が困難になり始めた頃に遡る。
あまりにも入手が出来ず、また高値で取引される回復アイテムに、自ら作り出そうと〈調合〉アビリティを初めとした生産アビリティを修得する人達が続出。しかし結果は、生産の大変さを周りに知らしめる事だけだった。
第一に、素材アイテムの見つけにくさがあげられる。
WAOの景色はそれはリアルに出来ていて、自生しているそれが素材アイテムとは見分けがつかない。
事前に素材アイテムの見た目を調べ、苦労して探し当てた人もいたにはいたらしい。
そこで第二の問題だ。
見つけたとしても〈採取〉などのアビリティがないと、自生している見た目通りの数しか採取出来ず、素材の入手数が苦労に見合わない。
そして入手した所で第三の問題。
〈鑑定〉などのアビリティがないと、まともにアイテムの品質を見ることが出来ず、また使用用途の注釈も読めない。
使用用途がわからないのも辛いが、生産品は素材の品質が肝心になる為、品質が見れないのは更に厳しい。
そんな障害が有ったが、貴重なSPで生産アビリティを修得した人達は後に引けず、やっとの思いで素材を集めて生産品を作る所までこぎ着けた。
ここで、全ての人達の心を折った第四の問題。
生産にはレシピと言うものがあって、それを元に生産品を作り出せる。
だけど、回復アイテムに限らず生産品を始めて作る場合、自分自身で手順を考えてレシピを作る必要があったのだ。
素材はレシピに書かれていただけに、素材さえ集まれば作れると誰もが思っていた。
そこにこの仕打ちである。
手順の内容は、情けや容赦無くノーヒントだ。
素材アイテムを苦労して手に入れたのに、無為に失敗していく生産に発狂した人達がいるとかいないとか。
「レシピって本当に手探りなの? クエストとかNPCに教えて貰うとかないの?」
「クエはわかんねぇけど、NPCに聞いても駄目だったらしい」
レシピが白紙だったのを見た何人かは、雑貨屋などの店を営むNPCに聞いて回ったらしい。
成果は無し。
メルトレレスの店は何処も委託販売店の様なもので、店員が何かを生産してはおらず、そういった事はわからないと言われたらしい。
「何人かは上手くレシピを作れたみたいで一時店売りと性能が違うのが出てたんだが、今じゃ見かけなくなったよな」
「店売りの方が性能が良かったしね。苦労と売り上げの精算が合わなかったんだろうね」
勿論と言うべきか、レシピを公開する様な人はいなかったらしい。
そんな事があって、SPが枯渇気味である最初に生産をするのは、余程生産好きな人かマゾじゃないかぎりあり得ないと言った風潮の様だ。
「それでチャレンジャーなんだ」
「素材集めるの大変だぞー」
「大丈夫だよ。必要そうなアビリティ、全部取っておいたから」
「……は?」
なにやらニヤニヤと腹立つ笑みを浮かべているが、話聞くに、大変なのは各種アビリティがなかったせいだと思う。
ちゃんと全部取ってある私に問題はない。
「え……全部って、〈採取〉とかそういう?」
「うん」
さっき草抜きって言った筈なのだけど、拓篤さんは聞き流していたらしい。
改めて聞いて、驚愕の表情を浮かべている。
「メグルちゃん、ちょっとアビリティ見せてくれね?」
拓篤さんのお願いに快く承諾する。
今後にPTを組む機会があるかもしれない事を考えると、今のうちに私のアビリティを知っておいて貰うのは重要だろう。
私はメニューを呼び出してアビリティ項目を選択。一覧を呼び出した。
〈剣Lv1〉〈受けLv1〉〈疾駆Lv1〉〈潜伏Lv1〉〈感知Lv3〉〈探索Lv1〉〈識別Lv1〉〈採取Lv1〉〈調合Lv1〉〈抽出Lv1〉
おや、〈感知〉のレベルが上がっている。
停留施設で何かに反応していたのが経験値となっていたのだろうか。
〈感知〉アビリティは危機に敏感になるという説明だけに、何に反応していたのか少し怖くなる。
身の回りに気をつけようと思いながら、アビリティウインドウをフレンドに見える様に設定を変えて、拓篤さんと兄の方にウインドウを向ける。
「はいこれ」
「……」
「これはまた、メグルらしい……」
アビリティウインドウを前屈みで凝視し続ける拓篤さんに、その後ろからアビリティを見て苦笑する兄。
なんですか。なにか文句でもお有りですか。いいじゃない、ゲームなんだから趣味に走ったって。
現実じゃ、草むしりとか絶対やらないけども。
「始めて見るアビリティもあって気になるけど、まず言わせてくれ」
前屈みの凝視していた格好から、空を仰ぎ額に手を当てる拓篤さん。
偉く大仰な動作で、バッと手を振り払った。
「強化系補助アビリティが無いとかアホか!」
「僕もこれは擁護できないかな……」
アホ呼ばわりなんて酷いと思ったら、まさかの兄まで味方になってくれなかった。
「そんなに酷い?」
「スタミナ強化は絶対いるぞ」
わけを聞いてみると、WAOでの肉体的性能は完全にステータス依存となっているらしく、いくら現実で体力があって筋力があっても、ステータスの数値が低いと無意味らしい。
そんなに筋力の違いがあったら、体感の感覚に違和感が出たりしないのか疑問に思ったが、DEXとAGIを除き、ステータスの5の数値が成人の平均の性能となる仕様としてあり、後の細かい事は初期設定のDEXとAGIの数値で支障が出なくしているとの事だ。
これは初期ステータスのQ&Aと同時期に出た情報だとか。
ただ、それでも一つだけ大きな問題が残った。
それはスタミナ切れだ。
スタミナはVIT依存らしい。そして初期ステータスのVITは、高くて15程になる。
平均が5なら充分な数値だと思ったけど、拓篤さんはそれに苦笑して頭を振る。
「装備の重量でペナルティがあるみたいでな、全然持たねぇんだ」
「それにアーツで消費もするから、すぐ息切れしちゃうんだよ」
アーツとは、様々なアビリティに付属していて、アクティブで発動するものだ。
例えば〈剣〉ならば、斬撃系共通初期アーツとして〔スラッシュ〕が使える。
それにしても、話を聞いていたらものすごく不安になってきた。
装備品は剣と盾だけなので重量ペナルティは少ないとは思うけど、アーツをまともに使っていけるかわからないのは問題だ。
「やっぱりスタミナ強化取った方がいいかな?」
「俺は取った方がいいと思うぞ」
「とりあえず必要なAPだけ確認しておいて、試しに戦闘してみたら?」
兄の提案に頷き、修得可能アビリティを表示させる。
初期選択の時とほぼ同じ量のアビリティが表示されたけど、こっちには最初からソートや種別タグがあるので困ることは無い。
すぐに目的の〈スタミナ最大値強化〉と〈スタミナ回復力強化〉を見つける事が出来た。
「最大値強化は7で回復力強化は9みたい」
「異様に高いね」
「だな。俺の時は4ぐらいだったぞ。まだ戦闘も何もしてないからか?」
「どちらにしろ、AP溜める為に戦闘しないといけないし、戦ってみない事にはわからないよ」
「そうだな」
難し気な表情を浮かべていた二人は、ともかく戦闘をしようという話で落ち着いたらしい。
少し置いてけぼりをくらったが、どうやら私の必要SPは多い様だ。
初期アビリティが戦闘向きじゃないせいな気もする。
まぁ、戦ってみてスタミナの重要さを体験するとしましょう。
◆◆◆
メルトレレスを囲う外壁を抜けると、そこは広々とした草原だった。
一番最初のフィールドということもあるのか、激しい起伏や視界を遮る様な木々に足を取られそうな丈の茂みなど、プレイヤーの行動を妨げる様な物は全くと言っていいほど無い。
そのおかげでフィールド全体の様子が一望でき、数多くのプレイヤーがいることが確認できた。
私達はメルトレレスの門から出たすぐの場所、道の端で辺りを見渡していた。
「結構人いるんだねー」
「ソロで安定して狩れる場所がここしかないからな」
「PT組みは、道を進んだ先にある森の中に行ってると思うよ」
兄が指差す道の先に、確かに鬱蒼とした木々が壁の様に広がってるのが見てとれた。
「森の先は?」
「始まりの街、タメカルネがある筈だ」
「筈?」
なにやらはっきりしない物言いに、私は首を傾げる。
「森の中にボスエリアがあって、そこのボスを倒さないと先に行けないんだよ」
各街に通じる道にはかならずボスエリアがあり、そこにいるボスを倒さないと先には進めない仕様となっている。
一度倒されれば誰もが通れる様になるし、倒されたボスは時間湧きで何度も戦う事が可能だ。
その事は私も調べて知ってはいた。
だけど、それ以上に驚いた事があった。
「まだ倒されてないの!?」
一週間と少し経つというのに、今だボスが倒されてない事だ。
たった一週間でと侮るなかれ、廃人と呼べる人種のLV上げ速度は異常だ。ただでさえゲーム時間が倍速しているのだから、ボスを倒す強さになっている人はいる筈だ。
「そこで例のアイテム枯渇問題になるわけだけど……。ボス撃破のボーナスは知ってるか?」
「うん」
一度倒せば時間湧きするボスだが、一度めの撃破時に経験値やクエスト報酬の増額などのボーナスがある。
その分、一度のボスは強化されていて生半可では倒せない調整をしているらしい。
「森にいるボスは熊なんだけどな、ボーナス狙いで殆どの人達が挑戦したんだよ。だけどその熊がな、特別な攻撃こそないもののすっげぇ攻撃力で、回復アイテムの使用率が半端じゃないんだ」
なんかオチが読めた。
「そんなわけだから、皆が皆アイテムを買い漁っては挑戦、消費、また購入、挑戦、消費ってな感じてやらかしてな。回復アイテムが枯渇して今にいたる」
「今なら回復アイテムがあれば安定して倒せそうだけど、肝心のアイテムが無くてね」
「開通するの、当分先になりそうだね……」
「いや、多分そうでもないだろ。メグルちゃんが始めたおかげで輸入品が来たし、なにかしら動きがあると思うぞ」
拓篤さんの言葉で思い出すのは、船員達が積荷を運ぼうとしていた光景と停留施設に集まった人集り。
なるほど。
アイテムが枯渇しててボス撃破か出来ない状態だった所に、積荷を乗せた船が入港してきたら人が集まりそうだ。
「ま、ボスはトッププレイヤーに任せて、俺達はゆっくりLV上げだな」
「さし当たって、スタミナがどうなるかメグルの戦い振りの見学かな?」
「ん、まぁ、出来る限りやってみるよ」
「簡単なレクチャーしてやるよ」
拓篤さんのレクチャーは敵の事だった。
この最初のフィールドである草原に出現する敵対Mobは、小型のウサギ、ウリ坊、狼、コウモリの全部で四種類。
小型のウサギはアクティブになると、非常に早い動作でサイドステップをしながら近づいて、突進紛いの頭突きしてくるらしい。
攻撃力は大したことないが、的が小さく素早い為に攻撃が当たり難く、ちまちまと削られ頭にくると拓篤さんは一人憤慨していた。
あの大剣じゃ、確かに当てるのは難しそうだものね。
かなり柔いらしく、当たりさえすれば簡単に倒せるとの事。
ウリ坊はウサギと打って変わり、アクティブになると真っ直ぐ直線に突進してくるらしい。
速さはウサギに及ばないが、攻撃力がありタフなので無理に迎え撃とうとすると痛い目にあうとか。
最後に狼だが、こいつは街道より非常に離れた位置に湧くらしく、街道付近にはいないらしい。
いたとしても、一匹狼なので群れではないらしいのだが、夜になると群れで現れてシャレにならない強さになるのだとか。
一匹狼の時の行動はウサギとウリ坊を足して割った様な感じらしく、ウサギとウリ坊を安定して倒せる様になれば、然程怖くはないみたいだ。
コウモリに関しては、夜にしか出現しないとの話なので流された。
「以上だ! なにか質問は?」
「ありがと。今の所ないよ」
私は拓篤さんに礼を言うと、街道から外れて草原に足を踏み出す。
さぁて、VRMMOでの初戦闘だ。
拓篤さんに行動パターンを教えて貰って、ほぼチュートリアル戦闘みたいなものだけど、私は沸き立つ高揚感を感じていた。
スタミナってハンデがある中、何処までやれるかやってみますか。
目先に、敵対Mobを示す黄色マーカーをつけたウサギが現れ、私はそれを注視、ターゲットする。
それにウサギも気づいたのだろう。
黄色のマーカーが、私がターゲットされて敵意を向けている事を知らせる赤色へと変わる。
その事を認識して、私は剣を抜き放った。